11 ライオンとは戦えません
日間ランキングを見たら2位になっていました。私も夕月ちゃんも流石にビックリしています。
読んでいただいている皆様のおかげです。
引き続きお時間ある時にでも見ていただけたらうれしく思います。
「…………ごめん…なさい」
「別にいいけどよ。どうした? 体調悪いなら帰るか?」
「…ダメっ!」
顔は相変わらず赤い。そのうえ視線は定まらずキョロキョロしている。挙動不審な様子は一周回って面白く見えてきた。とりあえずもう少し落ち着くまで黙っている。
ただでさえ口数少ないのだ。これ以上悪化したら軽い事故である。
(なんか暇だな)
楓はシャドーを始めた。今日は左のキレがいい、サンドバッグを叩きたいなと思っていたところで腕をぐいっと掴まれた。
「…………今日は…それ…ダメ」
「落ち着いたか?」
「……なんとか」
目の前に来た夕月を改めてよく見ると、学校での制服姿の印象とはだいぶ違う。
ミントグリーンのフレアスカートにストライプのブラウス。緩いポニーテール。白い肌と綺麗な髪がよく映えている。意外に大人っぽい格好だが、顔に幼い印象が残るためそのギャップが破壊力を増していた。日光に照らされてキラキラ光る唇は何か付けているのかもしれない。楓を見上げる大きな瞳は若干潤んでいる。
(こりゃ言い寄られるわけだ。すっげえ)
両手を広げると楓を向いて笑顔を作った。
「……………感想…どうぞ」
「ん? すげえ可愛いぞ。まぁ俺がそう思うだけだから、気になるなら陽にも聞いたらいい」
「…………神代くん…だけで…大丈夫」
下を向いてプルプルしだした。今日の夕月は色々とおかしい。
「………神代くんも…とっても…かっこいい…よ?」
「そうか? よくわかんねえけど合格点ならよかったわ」
「……でも………できれば……その格好は…私の前…だけで…」
「ん? めんどくせえし要求されなきゃこんなの着ないぞ。で、要求してくんの小日向ぐらいだから着るのは今日みたいな日だけだろ」
「……そういう………ことじゃない」
不満そうな様子を見て苦笑した。そもそも休日に出かける事自体が稀なのだ。今日はたまたま休養日と重なっただけであって、できればトレーニングに費やしたい。プロテストまでまだ期間はあるとはいえ、その時間は有限だ。
だが目の前の少女は今日を楽しみにしていたのだろう。全体の様子からうれしくてしかたない、という気持ちが強く伝わってくる。
少しも隠そうとしない好意は楓の心を僅かに揺らす。
(まぁ、ここまで来て考えてもしかたねえな。深くは考えないでおこう。こいつの笑顔見てるとなんかうれしくなるし。とりあえずそれでいい)
「ほらどっか行くんだろ? 時間無くなるぞ?」
先に前を歩き出した楓は、それでも夕月の歩幅に合わせて歩いている。自分が横に並ぶのを当たり前に気を遣ってくれている事がうれしかった。
駆け足で隣に並ぶと、服の裾をためらいがちに掴む。楓は何も言わない。
きっとここが夕月の定位置。今日一番の弾ける笑顔を見せた。
◇ ◇ ◇
「で? どこ行くんだ?」
「…………今日は…晴れ」
「おう、そうだな」
スマホを見せてきた。表示しているのは県内の動物園のHP。
「…たしか買い物に行くといっていたな? ライオンでも買いに行くのか?」
「…………おみやげ…コーナー……狙い」
(嘘つけ)
買い物は勿論ただの口実。とにかく楓と二人で遊びに行きたかった。矛盾など全て無かったことにして少女は突っ走る。
「………細かい…男の子は……嫌われる…かも?」
「ほー、なら小日向は俺を嫌うわけか」
「………いじわる」
あまり苛めすぎてもかわいそうなので結局承諾した。正直なところライオンは楓も興味があった。単純に強い者に惹かれる。もしかすると夕月よりもテンションが上がっているかもしれない。
最寄りの動物園は電車を乗り継ぎ一時間ぐらいだろうか。二人で並んで座席に座る。
どんな動物が好きか、どこから見て回るか、夕月もいつもより口数が多い。楽しそうな顔を見ていると楓もなぜかうれしくなってくる。
―――
「……くん」
(ん?)
「………神代くん」
身体を揺すられ意識が戻った。
「おはよう」
「……お………おはよう」
いい匂いがする。シャンプーの香りだろうか。
楓はいつの間にか寝落ちていたようだ。夕月にもたれかかっていたようだが、身長差があるため楓の頭が夕月の頭の上に乗っている状況。
「重かっただろ俺の頭。起こしてくれてよかったのに。悪いな」
「………大丈夫…むしろ……うれしい」
小声でよく聞こえない。だが怒っているわけではないようでよかった。目的地に着く前に険悪な雰囲気はさすがに避けたい。
動物園に着いた二人は早速中に入る。楓としてはどうしてもライオンが見たかったため最初に行くことにした。
普段の様子とは違いちょっと浮かれている楓を見て夕月も笑みをこぼす。
で、ライオンのコーナーに着いた二人であったが
「寝てるな」
「………すやすや」
「ちょっと殴ってくる」と言い出した楓に夕月は「…死んじゃう!」と引き止める。
「それはアレか? 俺がライオン程度に負けるって意味か?」
「………神代くん…は…時々…わからない」
納得いかない楓を引っ張りながら休憩所へ行く。ちょうど昼だったため昼食にすることにした。
「何か買ってくるけど何にする?」
「……………ここに…あるのは…なーんだ?」
結構な大きさだ。バッグを持っていたのは気になっていた。重そうだから持ってやると言っても頑なに断っていたのだ。
貴重品類だろうか。
「…なるほど着替えとか下着類か」
「………ち…ちがっ!……ばかぁ…」
ゆっくりと中身を取り出した。大きめの弁当箱をテーブルの上に置く。
「おー! まじか! それは素直にうれしいわ」
「………頭が……高いぞ」
料理の腕には自分でも多少自信があるのだろう。こういう時の夕月は決まってドヤ顔になる。不快感が全く無いのは人柄なのだろう。
目の前に料理が並べられていく。何時に起きて作ったんだろうか。朝早いのが習慣になっている楓にはその辛さがわかる。本当に今日を楽しみにしていたんだなと再確認した。
「俺ちょっと飲み物買ってくるけど何にする?」
「…………コーヒー…微糖」
「ん? コーヒー好きなのか?」
「………………好きに……なったの」
「ふーんそっか」と席を立つ。だが途中まで歩いて何を思ったのか引き返してきた。
「弁当は蓋して置いとけ。自販機ちょっと離れてるからな。一緒に来いよ」
「…………え?」
朝の光景を思い出した。夕月はもともと凄まじいスペックである。そんな美少女が更に気合いを入れてここにいるわけだ。楓が離れた瞬間を狙っている男共もいそうだ。実際そんな粘っこい視線を感じている。
(なるほどな。男グループで動物園はおかしいと思ったが、ナンパ目的ってことか)
無理矢理手を掴んで立たせると、引っ張るようにその場を離れた。後ろから「チッ」という舌打ちが聞こえたので正解だったようだ。
「ったく、動物園まできて何やってんだか。バカじゃねえのあいつら」
「…………ありがとう」
「気にすんな。とりあえず離れるな」
夕月はじっと楓を見上げている。あまりに凝視されているため「どうした?」と聞いても返事は返ってこない。
不思議に思い顔を近付けてもう一度聞く。
「おい、どうした? 何固まってんだ?」
「………へ?…え?……な…なんでも…ない…よ?」
たどたどしい口調でそう言うと下を向いてまた黙ってしまった。握っている手には何故か力が入っていた。
今日の楓は困惑してばかりだ。まぁ何か悪いことが起きているわけではないからいいのだが。
無言で歩いていると突然声が聞こえてきた。
「おにいちゃーん!! ねえねえ見て!! あの人すっごく綺麗だよー!!」
「ば、ばかっ! 声デカイって!」
幼女と手を繋いだ陽が立っていた。
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