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100 盗撮、盗撮、盗撮!

ご感想ありがとうございます!

また、評価PTもありがとうございます!

 開始のゴングなどなく、向かい合った二人は軽く左拳を合わせると、再び距離を取った。


 ――頭の中が冷たい。聞こえるのは自身の息遣いだけ。


 心臓の鼓動に合わせるようにステップを刻んでいく。瞬間の交錯、先に手を出したの慧だった。


 だらりと構えた左手は左足の踏み込みと同時に、下から角度をつけて楓に迫る。フリッカー気味の左ジャブは距離も長い。


(何度も見たんだよこの左は! 何度も何度も……何度も!!)


「なっ!?」


 慧が驚いたように目を見開く。慧の高速の左だが楓はあろう事か、右手で軽く払うようにいなした。


「おい、まさかこれで全速か? 遅いぞ天才」

「……驚いたよ。いなされたって事はしっかり見えているんだね」


 慧の表情から笑みが消え、鋭い視線は一直線に楓に向けられている。周りの観衆は、その緊張感に押されたのか静まり返ってしまった。


 ノーガードの慧とは違い、楓はしっかりとファイティングポーズをとっている。ガードを上げたまま、じりじりと慧に迫っていく。下がりながらも慧は牽制の左で距離を測っているようだが、楓の圧力は一向に衰えない。


 なにより、慧の左は寸止めするどころか、そもそも楓に避けられてしまっている。打った後はすぐに楓の側面へと回り込むが、逃したように見えても楓には一切の動揺が見られない。


(成長している! なんでこんなに急速に!!)


 慧は、はっとして結のほうを見た。


(そうか……そうか!! 姉さん!!)


 結は慧と視線が合っても反応を示さない。まるで「当然ね」とでも言いたそうな様子だ。その態度を見て慧は確信した。


「そうか、姉さんが」

「あぁ、お前の姉は鬼だよ鬼。……いつまで逃げ回ってんだ。ほら来いよ」

「……逃げる? 僕が?」


 慧が息を巻いて楓に迫る。一段とスピードを増した左は一発、二発、三発と連打された。その打ち終わりを狙って楓は、左ジャブを打ち込む素振りを見せる。


(だよね。左で打たれっぱなしじゃ主導権は掴めない。なら打ち終わりを狙って左からでしょ?)


 その楓の左に対して、慧が狙うのはライトクロス。自身の中でタイミングを合わせていく。


(1、2、3! ここに合わせる!!)


 慧のカウンターは決まったと思われた。だが、楓の左はフェイント。鋭く手元を動かしただけで、手を伸ばしてはいない。


 カウンターを合わせた慧は止まれない。右はもう引っ込めるのは不可能だ。


 慧の不発のカウンター、それに対して楓が逆にクロスカウンターを合わせる。慧の右を肩に乗せるように、左のフックを慧のこめかみの前で寸止めした。


「これは最低でもダウンだろ?」

クリスクロス(カウンター返し)。なんで……」

「おまえは絶対食いついてくると思っていたからな。ライトクロス得意だろ?」

「……やられたよ。今の左が当たってたらダウンどころかKOだったかな」

「だろうな」


 それでも納得のいかない慧は楓に詰め寄る。楓は自分のスピードを殺すために、まずはボディを狙ってくると確信していたのだ。スピード差があるならそれがセオリー。


 だが、楓は慧の左ジャブなどものともせずに、あろう事か逆にカウンターを合わせてきた。まるで来るパンチが分かっていたかのように。


「スピード差は確かにあるはずだよ! どうして!!」

「似てるんだよ」

「似てる?」


 ――結のパンチは慧に似ている。


 楓は結と対峙していると常にそう感じていた。左のバリエーションの多さ、速さ、角度。カウンターのタイミングからパンチの避け方まで。


「随分とよく真似たものだな」と感心していたものだ。だからこそ日常の練習が、そのまま慧対策に直結していた。


 そして今日、慧とやりあって確信した事もある。


「おまえの姉さんは弟そっくりだからな」

「……やっぱり姉さんか」

「おまえの姉は弟を模倣したと。俺はそう思っていた。でも逆だろ?」

「……」


 慧は否定も肯定もせず、両手を力なく下げると楓にさらに近寄る。楓にだけ聞こえるぐらいの声量で話し始めた。


「そうだよ、僕が姉さんを真似たんだ」

「やっぱりな、そんな気はした」

「姉さんには黙っててくれないかな?」

「別にわざわざ話す理由はない」


 慧はクスッと笑うと「ありがとう」と一言だけ残し、楓に背を向ける。そして結に歩み寄っていく。


「相変わらず速いわねあなたは。拳も動きも」

「ま、今回はやられちゃったけどね。あれは問答無用でKO負けだよ。テンプルに楓くんの左フックだもんね。立ってられる訳がない」

「実戦ならわからないわ。ボクシングはやってみないとわからない」

「ありがとう姉さん。楓くんのトレーナーになってくれて。これで……僕はさらに上を目指せる!」

「がんばりなさい」


 荷物を手に取った慧は、教室から出ようとして足を止めた。再び結に近付いていくと、顔を寄せて何やら耳打ちをしている。


 途端に頬を紅潮した結は、慧を見つめながら首を縦に振っていた。


「じゃあね楓くん! 楽しかったよ! 次は負けないからね!」

「おう、じゃあな。次はしっかり殴ってやるよ」

「その言葉はそっくりそのままお返しするよ」


「またね」と軽く手を上げて慧は去っていった。


 途端に教室内に沸き起こる大歓声。格闘技を生で見た者も多かったらしく、マスとはいえその衝撃は大きかったらしい。


 汗をタオルで拭っていると、まるでマスコミの取材のように、クラスメイトは楓を取り囲んできた。


 ――カッコよかった。いつプロになるのか。今のうちにサインください。


 などなど矢継ぎ早に質問責めをされて、若干うんざりしているとあずみが割って入ってくる。


「待て待ておまえ達」


 先生らしく場を収めようとしているのだろう。確かにクラスメイトだけではなく、教室内には外部の客も多い。サプライズイベントは終わったのだから、速やかに通常業務に戻るべきである。


 さすが教師だな、と感心していると。


「神代のサイン第一号は私だ!! はっはっは!! どうだ? 羨ましいか!?」


「おまえもか」と楓は額に手を当てた。





 ◇ ◇ ◇





「それにしても神代くんって、ただの悪党じゃなかったんですね。見直しました」

「委員長は俺が悪党だと?」

「ええ、違いますか?」

「否定はしない」


 遅めの昼休憩中の楓、響、泉の三人は、室内のテーブルの一角で、今は客として羽を伸ばしている。さすがに注文するのは控えており、各々が持参した弁当を机に広げている。


 楓と響が開けた弁当は、お揃いのクマがご飯の上にデコレーションされている。言うまでもなく夕月が今朝作ったものだ。今日は響もいたため、「ついでだから」と二人分の弁当を用意してくれていた。


「お揃いのお弁当とは……ラブラブですね」

「違うぞ」

「違うわよ!!」


 弁当の経緯を説明すると、泉はすぐに納得したようだ。


「それにしても……夕月さんが可愛いのは見た目だけじゃないんですね。クマって」

「……ウサギさん」


 いつの間にか夕月が楓の後ろに立っていた。「ウサギさん」と繰り返し呟いている。


「あら夕月さん。こんにちは」

「やっほー夕月ちゃん!」

「よう」


 夕月はクラスの催しに合わせているのか、浴衣姿で現れた。シャーベットカラーもよく似合う。白を基調として、青い小さな花柄がデザインされており、全体的に爽やかな印象を受ける。


 楓からプレゼントされたシュシュで髪を纏めている。歩くたびにポニーテールが嬉しそうに揺れていた。


 だが注目すべきは、おおよそ浴衣には不釣り合いなカメラである。首から下げた一眼レフの存在感が異質すぎる。


「夕月ちゃん! 超可愛い!! 超可愛い!!」

「……」


 やかましいぐらいな響の声など、まるで耳には届いていないように夕月は立ち尽くしていた。視線の先には執事姿の楓だ。


「どうした? おまえも昼まだなんだろ? 座れよ」

「……反則」

「あ?」

「……楓……とっても……カッコいい!」

「お、おう。そうか?」


 夕月はすかさずにカメラを構える。その目は本気だ。楓の晴れ姿を残そうと、何度もシャッターを切る。


「おい! 撮りすぎだ!! もういいだろうが!!」

「……まだまだ」


「いいよいいよ」などと夕月はノリノリである。一通り撮り終えると、一先ず満足したのかカメラを手離した。


「……眼福眼福」

「ちっ、好き勝手しやがって」

 

「寄越せ!」とカメラを強引に奪うと、中の写真を確認していく。おかしなものがあったら消してやろと思った。


「……か……返すのだ!」

「おいちょっと待て」


 今日撮った執事姿の写真だけかと思ったら、予想外の写真が次々に表示されていく。


「おい。どういう事だ?」

「……」

「おい!」

「…………な……なんの……事……か」


 そこには楓の寝顔がずらりと並んでいる。どうやら夕月は、隙を見ては楓の寝顔を撮っていたらしく、膨大な量の写真が保存されていた。


 思い返すと不審な時はあった気がする。朝目を覚ますと夕月が部屋にいた、なんてことは割とよくある事で、写真を撮る隙は確かにあった。


(だからって撮りすぎだろこれ……)


 遡って全て見るのは難しい程のボリュームだ。


「消す」

「……だ……ダメ!!」


 必死に抵抗する夕月を不憫に思ったのか、響は一瞬の隙を突くと、楓からカメラを取り上げた。そしてそのまま夕月の手元へと返す。


「おい! なにしやがるゴリラ女!」

「いいでしょー、写真の一枚や二枚」

「百枚や二百枚の話だ!」

「細かいわね!! それだけ愛されてるんでしょ! むしろ喜びなさいよ!」


 夕月のほうを見ると、もうカメラは奪えそうにないようだ。しっかりと両手で持ちながら警戒している。威嚇しているのだろうが全く怖くはない。


(はぁ……ったく!!)


 納得などできるはずもないが、諦めざるを得ない楓だった。

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