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アイラの街に帰ってきたハロルド達のパーティは、森の門の手前で武器を袋に入れたり布に包み始めた。街中で武器が見える状態になっていることは禁止されているのだ。サトシは斧を布で包んでいるアーウィンに近づき、側にある魔獣を乗せた背負子に手を伸ばした。
「じゃあこれ持って先に冒険者ギルド行ってますね」
「おう、頼んだ。それとギルドに報告があると伝えといてくれ」
はいと答え、アーウィンの背負子を抱えたサトシは背中の三体と共に門をくぐった。街には森の門から街道の門まで大通りが引かれており、森の門から入ってすぐの左手に目的の冒険者ギルドがあった。
サトシが荷物運びを初めて一ヶ月強だが、森から帰ってきた回数はまだ五回目に過ぎず見慣れないせいか、一人で大量の魔獣をギルドに運び込む姿は周囲の冒険者と衛兵の注目を集めた。しかしギルド職員はサトシを見知っており、普段通りの口調で普段とは異なる声をかけた。
「お帰りなさいサトシさん、何か魔獣に変化はありませんでしたか」
冒険者ギルドは警戒態勢にあるんだ、とサトシは感じ頷いた。
「ハロルドさん達が報告したいことがあると言付かってます」
「では報告が終わるまでに素材の計算も済ませておきしょう。サトシさんは応接室で担当が来るのをお待ちください」そう言って受付の職員に案内するよう言った。
「解体せず血抜きだけですか。急いで帰ってきてくださったのですね」
ハロルド達が遅れて部屋に来た時、案内した情報担当のギルド職員が軍からも担当が来るので、それを待って聞き取りを行うと告げられた。受付の職員が皆のお茶を配るのに合わせ、サトシはテーブルの上の菓子を皆が取りやすいように再配置した。
「壁の中に入ると安心しますね」
「壁も頼もしいが兵士たちも頼もしいぞ、サトシ。既に準備万端じゃないか」
菓子を取りながらハロルドが答えた。
「軍は街の外で戦うんですよね。冒険者は壁の上で街を守ったり…」
「先走るな、坊主。何かが起こっていることは間違いないが、何が起こっているのかは分かっておらん」
「サトシ君は冒険者として登録してから一年経ってませんので、戦闘に回されることはありません。おめでとうございます」
早口になるサトシをアーウィンは呆れたように、ジェリーはからかうように注意した。
「まったく普段の我が弟子とは思えない苛立ちぶりだな」
「三日目から帰ってくる間、魔獣についてみんな話してこなかったからなあ。妄想膨らましたかな」
キースとハロルドに言われ、サトシは自分の気持ちが落ち着かない理由を自身に問いかけてみた。
「冒険者として順調で、街に知り合いが沢山できて、でもそれが魔獣に壊されるんじゃないかって恐れてるのかもしれません…」
「可愛げのない坊主だの。その年で簡単に冷静さを取り戻されては、こっちはいいところ見せれんわ」
「家を借りてさあ女連れ込むぞってところでこれですから。サトシ君が怒り心頭なのも無理もありません」
「サトシは花街にでも行って身も心もスッキリさせてきた方がいいかもしれんな」
アーウィンとジェリーはからかい口調だったのにハロルドが真剣な口調で部屋が凍った。
「冗談だぞ」
「絶対に違う」
「いいこと言ったって顔してた」
「どうせなら商売女ではなく、結婚相手を紹介してあげてください」
「どっちもいりません」
「男がいいのか」
「いい加減にしてください」
サトシの表情にはもう緊張は無いようだった。
軍とギルドの情報担当が来て聞き取りが始まった。最初に自己紹介から始まったが、軍の担当が魔獣狩りであるハロルド達四人だけでなくサトシのこともすでに知っていたようで、サトシはその情報収集の本気度を感じた。そして本気の聞き取りにサトシが答えられるようなものはなく、魔獣狩りの皆はサトシが気づかなかったことまで詳細に報告し、情報担当の二人は他の冒険者から得た情報を提示して皆で現状予測を行なった。特に魔獣増加の原因について時間をかけて話し合われた。
魔の森の奥から増えた魔獣がやってきて縄張り争いに敗れたものが森から出て来て、人や田畑を襲うことは自然なことで問題にはならない。だが今回は増えた魔獣は縄張り争いをせず、人の縄張りにも来ず、狭い縄張りに留まっている。では何故魔獣はそのような通常とは異なる振る舞いをするのだろうか。
「考えたくはなかったがやっぱりボスが現れたのだろうな。そして俺たちアイラの街の襲撃準備をしているわけだ」
「少なくとも過去の事例には当てはまってるな」
「民間人を領都の方に避難させる余裕はなさそうじゃの」
「飢えた魔獣の前に差し出すようなものですからね」
四人の予想に情報担当の兵士は同意しなかった。
「軍としては、そうでは無い可能性を切り捨てるわけにはいきませんが、ボスの出現に対応した準備はしています」