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街に住む六歳から十歳までの子供に対する教育は、親の身分によって実施方法とその内容が異なる。貴族の子弟は家が持つ人材から最高の専門家を先生として用意され、跡取りとしてふさわしい能力を身につけるように教えられる。親が市民権を持つか兵士の場合、学校に通い読み書き計算を学ぶのが一般的である。学費が払えないか市民権を持たない場合、家族から教えてもらえるのは稀でほとんどの場合無学で放置されているようである。
アイルを拠点に商隊の護衛を仕事にしているクリップには子供が三人いるが、全員を学校に学費無料で通わせている。市民か否かを問わず、現役か退役かも問わず、自領の兵士は子供を無料で学校に通わせられるのだ。
学費の負担がないことでその分生活に余裕が生まれるわけだが、妻のドリスはその一部を家具や服装の装飾に向けていた。居間にはいつも花を飾り、生ける花瓶も柄の入ったものを選び、テーブルクロスはレースを自分で編み、ハンカチや継当てに刺繍を施し、料理は彩り鮮やか等々。
彼女の趣味の影響は家族の中では長女のエミリーに現れ、ドリスと共に服や家具を選び、料理や刺繍を手伝いながら学んだ。学校などで彼女の身だしなみなどを女の子達は褒め、男の子は彼女を意識するそぶりを見せて、エミリーは自尊心を大いに満足させていた。
そんなエミリーに大きな仕事が舞い込んできた。父の友人のサトシが自身の部屋を借りるにあたり、そこで使う家具や食器を選び、家での配置を考えてくれるようにエミリーに頼んできたのだ。
「サトシさんは料理が上手だから、お家にお友達を招待して料理を振る舞うことも多いと思うの。すると食器は四人分で、それ以上のお客様の場合は料理は大皿に盛ってそこから取り分けるのがいいかしら。装飾は元気が出る赤色で、テーブルクロスやナプキンにも入れたいな。鍋とか調理器具は一人暮らしだし家のより二周り以上小さくてもいいのだろうけど、小さすぎるとそれはそれで調理しづらいと思うから一回り小さいのが最善ね」
「クロスとナプキンに色を入れるのはダメよ。食べ物をこぼしたと思われたりするからね、それに赤は血と口紅の色でもあるし」
エミリーは母ドリスと共にサトシ宅用の食器・調理器具を選びに専門店に来ていた。
「血はわかるけど、どうして口紅が出てくるの」
「ナプキンは二つ折りで使うものだけど、口を拭く時は折った内側を使うのよ。なのに外側に赤い刺繍があるとそこで口を拭ったと思われるの…」
「ナプキンの使い方を知らない女だと周りに思われちゃうんだ…」
理解して見せた娘に棚から緑と赤で草花が描かれた皿を見せた。
「飾るなら同色の糸で立体刺繍かしら。それで、どうして赤なの。こんな感じの絵皿の方が料理を選ばなくていいと思うんだけど」
「…サトシさん最近元気がないというか、表情が硬いというか、笑ってるのに笑いきれてないというか…。だからお家を暖かくて元気が出るようにしようと思ったんだ」
「そう、エミリーも気づいたのね。やっぱり日々悪化しているのかしら」
「えっ日々って、元気ないの最近からじゃないんだ、ってママも気づいてたんだ」
ドリスは頷き、皿を棚に戻した。
「クリップも気づいているわよ。初めて会った時から彼の表情には影があったけど、自宅を借りる話が出た頃から急速に悪くなってるわね」
「どうして…、家借りるのって喜ぶことじゃないの?一人暮らしだと嫌なことがあるの?」
「…生活に余裕ができてきたということだと思う。余裕ができたから引き離された故郷のことを想い悩んでしまう」
「そうだよね、家族やお友達と会いたいよね」
「サトシさんは特にお母様のことを気にしてるみたいね。親子二人暮らしだったそうだから無理もないわ」