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宿の食堂には個室があり、そこでアルバート商隊の人達にサトシとクリップが加わった夕食となった。個室でふるまわれる料理なのだから高級料理なのだろうかと思ったらその通りで、コース料理で一品毎に出されにそれに合わせたお酒と共にゆっくり食べながら歓談する形式に、こちらでのテーブルマナーなど知らないサトシは、間違えないように周りの真似をして食べようとした。
「マナーなんか気にしなくてもいいですよ。私達はサトシさんがこちらの習慣を知らないことを知っています。わざと失礼な真似をしようとしない限り怒ったりしません。マナーは基本迎える側がお客様に失礼がないように振る舞う作法ですから」
アルバートに気にしないと言われても、サトシは五日間この宿に泊まるわけで、気は楽になっても気にしないわけにはいかなかった。
「ではマナーを学ぶつもりでいただきます。お話も楽しいですしそれほど緊張はしてませんよ」
話題はここにいる皆の今後についても上がった。アイラで積み荷を降ろしたアルバート商隊は、明日新たな荷を積み新たに契約する護衛と共に領都ディールに出発するそうだ。アルバート達の拠点はディールだから、アイラに長居しても金がかかるだけだそうだ。クリップ達護衛の皆は拠点がアイラで帰ってきたばかりであるため、三日間の休みの後商業ギルドで斡旋された商隊と契約し、ディールへの護衛の旅に出るだろうと語った。
「話を聞くと、商隊の仕事や護衛の仕事ってきっちりと定型化されてる感じがしますね。商隊と護衛が自動的に組み合わされて物の流れができてる気がします」
「当たり前だ、うちは子供三人いるんだぞ、収入が安定してないと困るわ」
「ディールアイラ間の物流は領主にとっても大事でしょう、流れを安定させ、掛かる費用は低く、災害に強く、強盗に備える、かなり目を光らせている印象です」
「護衛って強盗に対してですか、魔獣に対してだと思いました」
「魔獣は結局動物だからな、自分の縄張りからは基本出てこないさ。強盗はアイラ行きは荷が生活品だからまず出ないが、ディール行きは魔力素材だから出ることはある」
「商人の荷物の持分は二割で八割を他の商人に売ります。そして売った代金で他の商人の荷の持分一割を八人から買います。そうすることで襲われた時に逃げても商人の損失は低くなるのです」
「逃げるときは荷馬車から馬を外して逃げるんだ。すると強盗は荷車を運べず、そこに通報を受けた兵士達が駆けつけてくるって寸法だ」
「あれ、荷物を運べないなら強盗が商隊を襲う意味はないのでは」
「いやいや、商人が持ってる金目当てとか人質にして身代金目的とかあるから」
「それでサトシはこれからどうするつもりだ」
「この宿に泊まる五日間が終わるまでに次の収入を得たいところですよね」
クリップとアルバートがサトシに聞いてきた。このように落ち着いた雰囲気で相談できる機会などもうないのだろうな、と思いながら考えていたことを一つ一つ話していった。
「当面は魔獣には近づかず魔木採取だけにする。駐屯地で体と魔術を鍛える。森に入る用の丈夫な服と余裕があれば道具を買う。慣れないうちは早めに森を出る、と言った感じで準備していこうかと思ってるんですけど」
「慣れないうちはってことは仕事覚える期間が必要だと思ってるんだよな」
クリップの質問にサトシは頷く。
「だったら採取に行く連中の荷物持ちする気はないか。一人で入るより安全だし、実際に仕事してるのを見るのは話を聞くだけとは大違いだ」
「仕事を覚えるという場合の仕事とはうまくやる方法をさすのではありません。予定外の事態が起こった時や失敗した場合にどうすればいいのか、ここまで入っているのが仕事です。私も見習いから始めて仕事を覚えたのでクリップさんの提案に賛成します」
「今日は何の問題もなく森から出られのかも知れないが、お前は森にどんな危険なことがあって、どう対処すればいいのかしらんだろ。駐屯地で訓練してる中堅からベテランに声かけてみたらどうだ。ギルドに相談してもいいけど自分で話して為人を図り、誰に頼むか決めた方がいいと思うぞ」
危機や失敗に備えよ、との言葉にサトシは息を飲んだ。
「お二人の忠告は本当にありがたいです。一人で森に入ったりせず、荷物持ちから始めようと思います。それから体と魔術を鍛えることですけど…」
「体鍛える方は兵士たちがやってるのを真似とけ。初めのうちはついていけないだろうけど、時間がかかってもいいからやり遂げろ。自分は未熟だからここまででいいや、なんて言って量を減らしたら駄目だぞ。魔術については俺にはわからん。兵士の中に上手い奴がいるから、そいつを見つけて聞け」
「私もインデックスは見れますけど、使えるのは浄水などのほんの一部なのでサトシさんへの助言は無理ですね。あの持っていた素材の量から考えるとこの部屋の中でサトシさんが一番力量がありそうです」
インデックスとは魔力を感じ取れる誰もが見ることができるように、魔法使いによって魔力法則に書き加えられた、魔力法則の理論と利便性の高い基本的な魔術の一覧である。サトシはこの世界に転移する際に魔力の理というスキルを得ており、森でそのスキルを活用しようと思ったことでインデックスの存在に気づき、魔術を使うことで魔木素材を採取できたのである。
「インデックスにある魔術はざっと見た感じは使えそうですけど、使いこなせてはいません。それともっと上の魔術があるんですよね」
「中級上級ってあるな。だがそれらは魔力の多い兵士か錬金術師でないと教えてもらえないから今のお前が気にすることはないぞ」
「彼らは領主の管理下に置かれますから職業の選択は慎重になさってください」
自由な国で育ったサトシから見た封建制の領主というものは、恐ろしく関わり合いたくない存在だった。
「基本魔術に集中するのがよさそうですね。あと服装ですね、気をつけなければいけないことなどありますか」
「そんなの消耗品だからそこら中で売ってるし、払う金も負担にならない程度の物買っとけばいいぞ」
「不潔だったりみすぼらしくないように気をつければよいでしょう」
アルバートとクリップは自分たちの下積み時代の事を話し始めた。多分サトシに聞いて欲しいのだろう失敗談に、それを話す現在の二人の充実ぶりをサトシは感じた。周囲を見渡せば商隊の人達も若い頃の成功と失敗、恋愛や結婚生活などを話していて、その話し振りの明るさに自分にもこのように振り返れる時が来るのだろうかと不思議を感じた。
サトシのいつものように始まり想像だにしなかった事態が襲ってきた一日が終わろうとしていた。