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クリップに続いて宿に入ったサトシに声がかかる。声のした方向に目を向けると四人がけのテーブル席にアルバートと素材の扱いを教えてくれたベックが向かい合って座っていた。
「サトシさん、部屋は取れましたよ。五日間で料金は前払いなら通常の六割で良いそうです」
「アルバートさんありがとうございます。アルバートさんたちが大口だから料金が安くなったって聞きました」
「お気になさらず、さあ受付を済ませて風呂に行きましょう。部下の皆は先に行ってますよ」
アルバートが視線で促した先には冒険者ギルドで見たのよりも数段お金がかかっていそうな受付と服装を揃えた職員がいた。
サトシがそちらに向かうとするとクリップはアルバートの方に向かって行き、入れ替わるようにベックがサトシの方にやって来て、手続きを見守ってくれた。
もっともしたことといえば宿泊料金を支払っただけなのだが。
「朝晩の食費込みでこの価格はお安いと思いますが、それは五日間だけですからね。そこから先はサトシ君の交渉次第、あるいは別の宿を探すなどの選択次第ですね」
「俺、家を借りるか買うかした方が結果的に安上がりだと思ってるんですけど、その辺どうなんでしょう」
サトシは積極的に周りの人に頼って行こうと思ってベックに尋ねてみた。
「家を買うことはできません」初っ端から否定された。
「不動産を買えるのはディールの市民権を持つものだけです。ですが借りることはもちろんできます。確か冒険者ギルドに家賃二ヶ月分預託すれば保証人になってくれたはずです」
ベックの答えに、サトシ達の元に近づいてきたクリップとアルバートが付け加える。
「冒険者がいくら稼いでるのかはギルドが一番知ってるからな。こいつは家賃を払えないと判断すれば保証自体を引き受けない、引き受けたのならこの借り手は問題ないと家主は判断するんだ。だから家を借りようと思ったら家賃三ヶ月分用意しないといけないから今のサトシにはきついな」
「ですがサトシさんの魔術の力量なら二ヶ月かからずに用意できると思いますよ。あと複数の冒険者がチームを組んで共同生活したり、家持の異性と同棲するなどがありますか」
「家持の女ってだいぶ年上だよな。まあサトシは甘えるの下手そうだからちょうどいいのかもな」
「サトシ君は聡明ですからいいところのお嬢様でも不思議ではありません」ベックが参戦してきた。
「いや、そこは容姿をほめろよ」
「サトシさんはこの辺りの男性の顔立ちではありませんからねえ。丸顔で鼻が低いですね」
「十六歳にしては顔立ちが幼く感じます」
「働いたことがないそうだからこんなもんじゃねえの」
サトシには風呂までの道すがら三人の会話を止める手がかりを見出せなかった。
クリップが案内してくれた風呂は高温の部屋で汗を流し、冷たい水に入って体を冷ますサトシの世界でいうサウナ風呂で、その合間にブラシで体を洗うのだった。風呂の形式が入浴ではなかったことにサトシは少し残念に思ったが、それ以上にこちらの生活水準の高さにまたしても驚いた。それをギルドから渡された身分証を提示するだけで利用できるのだ。
使われてるエネルギーはなんだろう。費用がかかる燃料は使ってないと思うのだけれど…。電気はないと思うけど、石炭とか石油、それとも魔術なのだろうか。サトシは聞いてみることにした。
「この部屋を暖めてる燃料って何かわかりますか。石炭や石油、魔術とか考えてみたんですけど」
「石炭とか石油はどのようなものでしょう。詳しくお聞きしたいですね」
「アルバートは無視していいぞ、付き纏われてうっとおしいことになるからな。魔術でもないぞ、ここは魔獣に備えた駐屯地だ、戦力を無駄遣いする真似はしない」
クリップはサトシの予想を間違いだと指摘したが正解は言わなかった。もう少し考えてみろということだろうか。
「そこの釜が熱源ですよね。魔術でなければ何かを燃やしてるのでしょうけど何でしょうね。薪はアイラの周辺には魔の森以外の木々は殆ど生えていませんし、魔の森は薪拾いしに行くには危険でしょう。炭は薪より高価でしょうし」
「すごいな、そこまで理詰めで考えられるんだ。これ以上は知らなきゃ出てこないだろうから答え言うか。正解は家畜の糞を乾かしたやつだ」
「…すごい。言われなければ気づかないけど、言われれば納得する絶妙な正解ですね」サトシは感心してしまった。
「糞炭と言って、街中に溜まる荷馬車の馬糞の始末に困って考案されたそうです。欠点は煙がすごいことで糞炭の利用先をここ一箇所にして、煙突に煙から炭を分離するマジックアイテムを付けているそうです。で、炭は付近の農家に肥料として販売すると」
アルバートが詳細を教えてくれた。
「それでどうしてそのような疑問を持ったのですか」
「俺がいた街だと同じような設備が有料なのに、ここだと無料で利用できるのが不思議で…。俺の知らない燃料とか秘訣があるのかなと思って」
「先ほどの石炭と石油というのはどのようなものですか。話からすると燃料のようですが」
「石炭は炭が圧縮されて石のように固く重くなった感じで、石油は炭が液体になったようなものです。後、糞炭って匂いは大丈夫なんですか」
「乾燥したら大丈夫のようですよ。燃やしても特に臭くはないそうです」
サトシとアルバートが知識の交換をしていると、クリップが話しを止めるようたしなめた。
「お前らいい加減汚い話はやめろ。ここは体を綺麗にする場所で、これからご機嫌な夕食なんだからよ」