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心晴れて、世が開けて  作者: まねたろう
3 後顧の憂いを払ったサトシ、元の世界に帰還する
12/15

3−2

 ハロルド達のパーティが打ち合わせをするのは、冒険者ギルドに近い個室がある高級食堂だった。ここはギルドに近いことで他の冒険者やギルド職員を招待しやすく、個室で落ち着いた空間と機密を確保でき、いつもであれば食事は多様で美味しいメニューが用意されていた。

 だが今日のメニューは日替わりランチの一種類であった。魔獣がアイラの近くに集まり襲撃される恐れがあることから、アイラの門は閉ざされ交易は停止していたので、食材で傷みやすいものから消費し、保存性の高いものは後回しにするように軍から街全体に指示されたのだ。この店では指示に従うのは当然として、多めに調理して廃棄することがないようにメニューを一種類にしたのだ。

 この指示は魔の森から魔獣が襲ってくる可能性を軍が公式に認めた初めての記録になるが、市民に混乱や動揺は見られなかった。これは軍が事前に準備万端だと市民に思わせるように、準備の様子を虚偽ではないが事実を膨らませて市民に流したのだと〈魔術の〉キースが教えてくれた。

「アイラの兵の三割を周辺の村に向かわせ、村人を領都ディールに護送する。村人を領主に預けた後ディールで糧食を受け取りアイラに運んでくる。加えて領主も糧食を持たせた援軍を送ってくれます。夕方来る予定なのがその第一陣で、この流れをアイラ市民に教え込んでるから、アイラに食い物が届いていれば落ち着いてるいます。まあ兵士に犠牲が出たら街も危険だ、などと思われるよりはマシですが。それで、何故マシなのか分かるか、我が弟子よ」

「兵士に犠牲が出る可能性が高いということですよね」

「俺達は兵士や冒険者の中でも強く、安定して魔獣を狩ってるけれど、それも四対一の有利な条件だからです。集団で襲ってこられると局地的に数的優位を崩される、どころか不利な状況に陥ることもある。流石に犠牲を避けることは無理です」

「確か街の糧食は一ヶ月分あるから、ずっと閉じこもってれば犠牲も出ないし魔獣も飢え死にするか森に帰るだろうが、それは問題の先送りでしかない。森に帰ったとしても街は警戒を続けなきゃならんから、それくらいなら犠牲が出ても方を付けたいと誰だって思う、坊主だって思うだろ」

 キースが食事をしながらサトシへの授業を楽しんでいたところに、いち早く食事を終えた〈斧の〉アーウィンが混ざってきた。

「そのための兵士ですからね。それで戦闘はどんな感じになるんでしょう」

「今言っただろうが、坊主。街から兵士が出れば戦いが起こるが、出なければ魔獣は戦う相手がおらんぞ」

「そうですけど、そういう意味で聞いてきたのではないでしょう。魔獣は街の中を狙っており、門が開いたところを襲って侵入したいのです」



 開かれる門は魔の森とは正反対にある街道の門。

 運送部隊を遠方に確認すると門が開かれ兵士たちが出てゆく。

 門が閉じ、門前に運送部隊を入れる空間を空けてその周囲を兵士たちが守るように取り囲む。

 空けた空間に運送部隊を迎え入れる。

 門が開き運送部隊が街に入る。

 兵士たちが街に入り門が閉まる。

 先に門を開けた時点では森から門までの距離があることもあり、門が開いている時間が十分に短いので襲われることはまず無い。

 つまり襲われる可能性が高いのは運送部隊が来て門を開けた時だ。魔獣達は運送部隊が運んでいる食料を感知して、森から出てきて街道と門前の兵士を取り囲み襲撃の機会を伺うのだ。結果、魔獣は街に侵入できる可能性がある門が開かれた瞬間に襲ってくることがほとんどであった。

 襲撃を受けた兵士達は魔獣を撤退させるか全滅させるまで戦うのが基本で、彼らの敗北が予想されると、その時点で門は閉じられることとなる。接敵状態で街に撤退することは許されないのだ。

「まあそんな事態になる前に街中で待機している兵士や予備役の元兵士が加勢して終わらせる事でしょう。ちなみにハロルドとキースが元兵士の予備役ですね。只の冒険者である私やサトシ君、アーウィンは集団戦闘の訓練をしていないので戦えなんて言われませんので安心してください」

「そんな訳で、これ飲み終わったら俺達は門の近くで運送部隊が食べ物運んでくれるのを迎えに行かなきゃならないんだ。サトシがすっきりしたような顔付きなのが気になるが、その辺のことは今度聞かせてくれ」

 〈槍の〉ジェリーと〈盾の〉ハロルドも食後のお茶を飲みながらこれからの予定を話しはじめた。ちなみにハロルドとアーウィン・ジェリーの三人は、冒険者として森の中での食事を無駄口を叩かず速やかに終える習慣を身に付けているせいか、普段の食事中でも話をする方ではなかった。

「すっきりした顔してますか、これからの進路を決めたからかもしれませんね」

「ほう、我が弟子よ、いかなる道に進むのだ」

「故郷に帰る魔法を身につけて母に会って安心させようと思います。母も俺が急にいなくなって心配してると思うんですよ」

 聞いた四人が固まる中、サトシは優雅にお茶を口に運んだ。

「魔法…」

「はい、多分魔術としての難易度は魔法と言ってもいいと思うので、魔法使いを目指します」

 四人は互いに視線を交わし、サトシに顔を向けた。

「サトシは随分と困難な道を選んだのだな」

「困難でも他の道はないんです。これから先、好きな人ができて結婚して子供ができて、家族が増えて友人が増えて、でも母のことを忘れることはできないと思うんです。俺一人だけで幸せにはなれない、大事な人たちと一緒でないと俺は幸せになれない。そのことを自分でわかって気分がすっきりしました」

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