表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
心晴れて、世が開けて  作者: まねたろう
1 世界に転移したサトシ、最初に会った人達に親切にしてもらう
1/15

1ー1

 前方を歩いていた男は後方から近づく馬車の集団に振り返ると、道からどいた後「おーいおーい」と手を振ってきた。その男は上下黒の服装で、背中に草木を背負っていた。

 徒歩の者が馬車に道を譲る以上、馬車を無理にでも止めるような意図を男からは感じられない。

 皆が商隊主に顔を向け意向を問うと、「この辺りは見晴らしが良く伏兵などは居ないでしょう。お一人のようですから、あちらが問題を起こす可能性は低く、むしろトラブルの情報を教えようとしているのかもしれません。話をお聞きしましょう。クリップさんは私の前で一緒に話を聞いてください」

 話を聞いたクリップは一つ頷き「俺が前でアルバートさんの護衛、サブリーダーが後ろについて逃げ出す時は先導しろ。逃げる時は荷物全部置いていくぞ」と指示を出した。商隊主はアルバートだが指揮は護衛が行うものであり、クリップは護衛のリーダーだった。

 サブリーダーが商隊後方へ向かうのを見ながらクリップは現状確認を始める。

 現在位置はアイラとベリアの間、前方アイラまでは移動に鐘二つくらいかかる距離だが後ろのベリアの方は途中の宿場村まで鐘四つ、ベリアまで三日かかるが途中で他の商隊に出会えるだろう。できればアイラに逃げられるよう接触した時の立ち位置をうまくもっていこう。

 商隊は商人十二人に荷馬車が五台、俺達護衛が五人だからなんかあったら守りきれん。予定どうり荷物を捨ててとっとと逃げ出す。

 それで前の奴だが年は若そうだ、十代半ばか…。武器の類は持っていないようだがわからない格好だ。服は黒の上下だが光沢があるな、生地が上質なのではなくマジックアイテムの可能性もあるな。

 後、草木を蔦で背中に背負うのは冒険者としては謎だ。冒険者なら採取した時に揃え、束ねるなどして素材の運搬と売り渡しに備えるものだ。素人が採取の真似事をしてるのか。立ち姿から体を鍛えている感じはないが、対峙する時は十分な距離を取ろう。後ありうる脅威は魔術だが…だとしたらそもそも事を起こす前に呼びかけるかってことだな。



「こんにちは、どうかされましたか」アルバートから声をかけた。

「こんにちは、俺道に迷ってまして、最寄りの街がどこにあるのか知りたくて声をかけました。後背中の荷物を売ったらどのくらいの金になるのかもわかりませんか」

 そう答えた後、男は半身になり背中の草木とさっきは見えなかった木の実をこちらに見せた。

 だがアルバートは男に近づく間にそれらの荷物は概ね見定めており、注目したのは最寄りの街という表現だった。見た目どおり魔の森で採取した後街道に出てきたのであれば、アイラ以外のどの街から森に入ったのか。そしてアイラ以外のどの街を紹介するというのか。

「そうですね、街は私たちが向かう先にアイラという街が鐘二つでありますね。背中の物はルーヒの葉、アユキの根にアップルですか。ルーヒとアユキは素材として指定されている大きさ重さを束ねれば買い取ってもらえるでしょう。アップルは食料ですので市場で自分で売らなくてはなりませんが、市場はその年での商人資格が必要です」

 男は顔を歪め頭をかいた。

「アップルは自分が食べるつもりで取ったので売れなくても構いません。それで素材の方はどれくらいの価値があるのでしょう。具体的には朝晩二食の食費何日分ですか」

 アルバートは男からの重ねての質問に対して答えず、クリップに彼と一緒に休憩をとっても良いか尋ね、同意を得て男にその旨提案した。

「私はこの商隊の主人でアルバート。前に立つのが商隊が雇った護衛のリーダーでクリップ殿。そちらの素材については部下のベックに素材整理の手ほどきと見積もりをさせましょう」



 アイラはイクリプス国ディール領にある、人口三万人ほどの国境の街である。国境より外は不安定な魔力が渦巻く森となっており、そこに生息する動植物は魔力の影響で異形化している。特に動物は森から出てきて人や家畜などを襲うことがあるため、普通の動物と区別するために魔力の影響を受けた動物を魔獣と定義呼称している。

 国はこれらの魔獣襲来に備えるため、森と接する国境線に等間隔で駐屯地を設け兵士を配備することを決めたが、計画された駐屯地の数と設営維持費用を鑑み、国境の街は兵士とその生活を支える衣食住の職人、街の交易商人用の宿からなる街としての機能が最低限しかない貧しい街として始まった。

 だがその貧しさは一年もかからず克服された。配属されたばかりの兵士達の実力は低く、給金は安く、その金の使い道もなかったが、危険なはずの魔獣に安全に勝つための訓練と魔の森へ魔獣狩りや魔木採取に出かける非番の日はあったのだ。

 彼らが持ち帰った魔力を持つ素材からは、通常では作れない魔術のかかった道具・マジックアイテムを作り出すことができるため高値で取引されていたが、それを大量に獲得し大金を手に入れた兵士たちの話に国中が沸き返った。

 そして魔の森での兵士らの経験は、森に入る者全てが共有すべき知識として集約効率化され、結果、貴重な魔力を持つ素材達を安定して収穫する冒険者と、その素材を用いたマジックアイテムを大量生産する錬金術、二つの産業が勃興したのである。

 現在のアイラは冒険者が経済の中心となっている豊かで、兵士が駐留するため治安も良い街である。



 サトシは今商隊の先頭の荷馬車に乗せてもらい、その荷馬車を左右からアルバートとクリップが騎乗して挟みアイラに向かっていた。

 サトシはあの後休憩に入った商隊の一人ベックから素材の取り扱いと取引相場を教わり、貨幣の実物を見せてもらった。逆にサトシは何処から来たのか、なぜ迷ったのかなど聞かれたが、異世界だの神だのは除いたが、それ以外に関しては素直に答えた。その二つを話さなかったのはこの世界の住人がこれらをどのように考えているのかわからなかったからで、素直に答えたのは言葉遣いを正しくしようと緊張しているのを自覚して、ここで話す内容を取捨選択しようとすれば襤褸しか出ないと思ったからだ。そう思って話したが、その中身の無さにサトシ自身驚いた。

「自宅から学校に向かっていたら森の中にいました」

 話を聞いていた商隊の人たちは困惑した様子を見せ、「何があったのかは明快ですが、どうしてそのようなことが起こったのかはさっぱりですね」

 アルバートは笑ったが、その笑い声を聞いたサトシは森をさまよい街道を歩いている間には感じなかった疲れを覚えた。

 ともあれその後、サトシが持つ貨幣と紙幣を見せてもらったアルバートは、

「これほどの技術を見れたのは眼福です。サトシさんのお話を事実だと考えて、今あなたに必要だと考えるアイラの常識を道行でお教えしましょう」と提案してきたのだった。

 サトシはアルバートから素材価格やアイラの街の説明され少しホッとした。健康で文化的な最低限度の生活はなんとかなりそうだ。葉っぱと根っこで六日分の宿泊費なら衣服や採取道具の代金を入れても四日分にはなるだろう。一日分を貯蓄に回して三日働いて一日休むとすると、四日で九日分の収入になる。無理をしないように気をつけていけば大丈夫。

 アイラについての話を聞き、サトシの表情や仕草から力が抜けてきたのを見たアルバートとクリップは柔らかく声をかけた。

「ところでサトシさん、その言葉遣いは板についてないようですから普段の話し方にしませんか」

「ああ、おめえのおべっか口調聞いてるこっちがむず痒くなっちまう」

「私はサトシさんの緊張がこちらに移ってくるのが疲れますね。無駄な力の入った仕草は周りに伝染するものですよ」

 そう言ってアルバートとクリップはサトシに笑いかけた。サトシは二人の落ち着きと暖かい微笑みが伝染してくるのを感じた。

 アイラの街はもう目の前だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ