【頬に触れるひんやりとした感触】
今回もお借りしたお題。
この作品の今後が気になるという方がいらっしゃれば、ブクマよろしくお願いいたします。
その日は何故か寝付けなかった。動かせなくなった足のリハビリで疲れているはずなのに。いつもなら寝ている時間に、寝付けぬままただ目を閉じて動けないでいる。
起きられるわけじゃなかった。ただ眠れなくて、なのに目は開けられなくて。
そんなままどれだけ時間が過ぎただろうか。扉がふいに音を立てた。もう月も沈み始めたらころのはず。私が寝ようとした時間が月がてっぺんに登る頃だから。
ふと、ひんやりとした何かが頬に触れた。5本の何か。指、誰かの手だろうか。荒い息遣いが聞こえて、私はようやくそこで目を開けた。
「……ごめん、起こした?」
「眠れなかった。それより――」
目に入ったのは私が隣に並ぶと決めた男で、彼のその手は何かに濡れていた。
慌てて上半身を起こす。頭から垂れる黒い何か。それは彼の顔左半分と、彼の洋服を濡らしていて、『誰かを殺し、恨まれ狙われる』世界で彼とともに生きるわたしはすべてを察してしまった。
ねらわれて、殺されかけて、今尚彼の命はその力をなくしていっている。
「――それは、もう」
「……もう、手遅れだ」
「そう。よくここまで保ったわね」
それなのに、出る言葉は普段通りの冷たい言葉。これまで散々冷たい言葉を投げてきた。
最期はなにか温かい言葉をやりたかった。なのに、出てこない。
「今まで、君に従ってきたんだから、最期くらい、いいだろ」
「……そうね。貴方らしいわ」
また、彼の手が私の頬に触れた。少しだけ、さっきより冷たいような気がした。
冬の月は氷点下の中立ち続ける。立ち続けて見守る。同じ氷点下の中自分を生きた彼は、月と私に見守られその命を捨てた。
懐かしい思い出だった。
10年ほどたった今でも覚えているし、あの日の手の冷たさを忘れたことは一度もない。
氷点下の月を見ながら、氷点下の月に見守られながら。私は私を、その命を捨てた。




