第4話 森の中
「ぅ、うぅ……ここは……っ!」
未だ身体に残る不調に呻きながら私が目を覚ました時、そこに広がっていたのは広大な森だった。
そしてその突然の状況という衝撃に、私の頭に今までの出来事が蘇る。
……それは最悪の裏切りの記憶。
そう、私は必死に立て直してきたクラッスター家の人間に裏切られたのだ。
「嘘、でしょ……」
…….そして、目の前に広がる森に私は言葉を失った。
ざわざわと、不吉に濡れる草花に時折聞こえる獣の咆哮。
さらに、こんな木に囲まれた場所からでも見える、天を突き抜ける大木の姿。
……その荘厳な姿は、この森がとある場所であることを示していた。
それは最悪の竜神が住むと言われる、魔境。
危険な魔獣が存在し、さらにその大木の下には最強の竜神が住むと言われている。
ーーー そしてこの場所自分がいるということの意味を私は理解する。
「生け贄……」
……生け贄、それはこの場所に竜神がいると言われ始めた頃から、王家が貴族達に求めたものだった。
名目上は、竜神の嫁にするということにして、貴族達に娘を差し出すよう迫ったのだ。
けれども、そんなことを貴族達がおとなしく頷くわけがなかった。
いくら建前は嫁行きだと告げられても、信じられるわけが無かったのだ。
何せ相手は最悪の竜神と言われる存在だ。
嫁入りだと信じて娘を差し出せば、その竜神に食い殺されると誰だって分かる。
だからこそ、貴族達は娘を差し出そうとはしなくて……
……けれども、その生け贄を私の口封じのためにクラッスター家は利用した。
もはや貴族社会の中で、クラッスター家の顔となっていた私。
その私に対して関係のある貴族達にそっぽを向かれないよう、あくまで娘は婚約破棄の衝撃で自発的に生け贄に志願したと言って、今まで通りの関係を保とうとしたのだ。
「何、で……」
そこまで全てを悟った私は、呆然とそう言葉を漏らしていた。
クラッスター家を必死に立て直してきた私を逆恨みし、殺そうとしている家族達。
その態度が私は信じられなくて……
「……何でよ、エリー!」
……けれども、私の胸を蝕む絶望の一番の理由はそれではなかった。
エリー、それは私に泥水をかけ、最後に電撃の魔術で私の意識を奪った女性。
……そして私は、かつてクラッスター家の財政難の時に彼女を救っていた。
代々クラッスター家を務めてきた彼女を雇えない状況になった時、私は父親から領主としての働きを奪い、そして彼女を、いや、他の使用人達も含め雇い直したのだ。
「……どうして」
ーーー しかし、今の現状は彼女達が私を見捨てたことを示していた。
確かに使用人達は父が一度命令をしたら反発することはできないだろう。
けれども、彼らならばその前に父を説得できたはずだった。
何故なら、クラッスター家にとって私を失うことがどれほど致命的なのか、私の側で仕事を見てきた彼等がわからないはずはないのだから。
そして、その危険性を父に訴えることさえ出来れば、私がこんな状況に陥るはずなど無かった。
例え私が生け贄になって捨てられたと告げられても、それを私の繋がっている貴族達が納得する可能性などない。
それだけの関係性を私は彼等と築いてきている。
そして、そのことを父に説明するだけでも父は私を生け贄に出すことを止める可能性が高かった。
父は私が高位の貴族と手を結んで、そしてその貴族達の力がどれほど強大かを知っていたのだから。
いや、そうでなくとも私が現在王宮で侍女頭として働いていて、どれほどクラッスター家の財源を支えてくれているのかを教えてくれるだけでも、父は私の生け贄を躊躇しただろう。
確かに父はクラッスター家の中で一番私の名声が高いというだけで、私を殺そうとするような人間だ。
だが、その一方で自分の頭で考えるのは得意ではなく、直ぐに他人の言うことを鵜呑みにする。
そう、継母達と共に私を婚約破棄に導いたように。
そして、長年クラッスター家に使えてきた使用人達ならば私がこんな状況に陥る前にどうにか出来たはずだった。
……けれども、現在私は魔境の中に捨てられていて、それは使用人達が私を見捨てたことを示していた。
「ぅぁ、」
そしてそのことに気づいた瞬間、私の中で何かが壊れるような音が響いた……