第3話 父の願望
「お、お父様？」
突然、私兵と共に現れた父の姿。
それに私は呆然と言葉を漏らす。
「義妹に婚約者を奪われるのは、全て貴様が愚かだからだ！そしてそんな人間にクラッスター家の看板を背負う資格はない！レシア、貴様は今を持って当主の仕事かは降ろさせて貰う！」
「っ！」
……けれども次の瞬間、私はワークスの言葉に絶句することになった。
この状況で、私が婚約破棄されたことを知って私兵と共に現れたワークス。
それは継母であるラーシアの話が聞こえていたのだとすればタイミング的には決しておかしなものではない。
だが、継母の話を聞いて判断したのならば、ビビスが私の婚約者を奪ったことを知るはずがないのだ。
何せ、継母はその話については一切口にしていない。
ーーー つまりビビスのことを父が知っていることは、今回の婚約破棄の一件に父も協力していたことを示していた。
「……何故、お父様は私を貶めようとするのですか！」
「っ！」
そのことを悟った瞬間、私はそう叫んでいた。
そしてその叫びを聞いた父の顔に隠しきれない驚愕が浮かぶ。
それは、まさか私に自分の行いを悟られるとは思っていなかった、とでもいうような反応。
……それに私は今更ながら父が一応は共謀を隠そうとしていたことを悟る。
「うるさい！全ては貴様が悪いのだろうが！」
「……え？」
けれども次の瞬間、父は私を貶めたことを隠すことをやめ、大声で怒鳴った。
それは溢れんばかりの怒気が込められて言葉で、私は疑問を覚える。
私は今まで、クラッスター家を守るために動いてきた。
その中で父に怒りを持たれるようなことをした覚えは無かったのだ。
しかし、その私の態度に父はさらに怒りを覚えたように私を睨む。
その父の反応に、私は自分が気づいていないだけで何か致命的な失態を犯したのだと、そう判断しかけて……
「ふざけるな！娘でありながら私よりも優秀だと言われていることに対する私の屈辱が貴様に分かるか！」
「………は？」
……けれども、実際の理由のあまりの酷さに言葉を失うことになった。
一応言わせてもらうが、決して私は貴族として優秀なわけではない。
ただ、父が致命的なほど能力が無くてクラッスター家が財政難に陥った状態から立ち直したから優秀に見えるだけだ。
つまり、私の評価に関しては過剰ではある。
……しかし、父の悪名に関してはそれは本人の自業自得しか言えないものだった。
なんの能力もないくせに、無駄に賭け要素の強い事業に手を出し散財する。
それにそんな無能であるくせに、自己評価だけは高く、周りを見下したような態度をとり続けている。
そんな態度を続けていて、悪評が広がらないわけがないのだ。
「全て、全て貴様が原因なのだろう！母のことを逆恨みして、私を貶めようとしているのだろう！ふざけるな！そうでなければ私がこんな評価を受けるわけがない！」
……しかし、周りへと唾を飛ばして怒鳴る父はそんなことを一切理解できていなかった。
ただ、盲目的に自分は優秀だと信じ込んで、全ての責任を私だとそう思い込もうとしている。
「はぁ……本当に私は……」
そして、その父親の態度を見てようやく私は悟る。
今までクラッスター家を救うために必死に動いてきた日々。
「では、私は今日この日を持ってクラッスター家を出させていただきます」
ーーー それは全て無駄だったことを。
そしてその言葉と共に私はこの場から去ろうと歩き出した。
……実のところ、私の評価はクラッスター家よりも他の貴族の家に認められている。
私が今クラッスター家から追われる身になったところで露頭に迷うことはない。
それどころか、知り合いの貴族と共に婚約破棄の件に関してのクラッスター家の関わりを暴くことさえ容易いのだ。
そしてそのことをしっていたからこそ、私が逃げられないように父は私兵をこの場に連れてきていたのだ。
「っ！レシアを捉えろ！」
父の怒声に反応して、私兵たちは動き出す。
けれども、残念ながらその時にはすでにもう私はほとんどクラッスター家の外に出かけていた。
……無駄に鎧に身を固めた私兵達、追われることになっても私が捕まる可能性は万に一つもない。
何せ私もある程度身体を鍛えているのだ。
だから私は、逃げ切れることを確信しかけて……
「っ！」
……しかし次の瞬間、身体に電撃が走り、私の目の前が真っ白に染まる。
「ごめんなさいごめんなさい」
「っぁ」
ただ、最後に残った聴覚がその場に響く謝罪を言葉をとらえる。
それは私に泥をかけた女性の召使いであることを悟った次の瞬間、私の意識は反転した……
