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第1話 婚約破棄

「ビビス……!」


婚約破棄をするというマールズの宣言を聞いて、思わず私はビビスを睨みつけていた。

親しげにマールズと腕を組む彼女のドレス、それは明らかに私が許す以上の経費がかけられた高級品。

そしてそんなものを買ってまで、彼女がマールズに声をかけた理由、それは明らかだった。


そう、ビビスは私の立場を奪おうとしているのだ。


現在私はクラッスター家の次期当主である、いや、それどころか現在でさえ私は父を押しのけ殆ど当主としての仕事を果たしている。

だからこそ、私の次期当主の座は殆ど確定していると言っていい。


……というのも、クラッスター家の財政難の大きな原因には一攫千金を狙って領民から徴税した税金を無駄に消費する父の浪費癖なのだ。


そしてその父のやり方ではいつまでたっても財政難が続くと判断した私は、3年前、13歳の頃から父を押しのけ領主として仕事を果たして来た。

……といっても、ただ父のほとんど賭けのようなやり方から、他の貴族から聞いた一般的で堅実な稼ぎ方に変えただけなのだが。

それで財政難が急激にマシになっていったことを考えると、どれだけ父が無能であったか分かる……


とにかく、その私の功績によりクラッスター家の納める領内は落ち着きを取り戻し、だからこそ次期当主は自然と私に決定していた。

……けれども、そのことをビビスは許すつもりはなかったようだ。

私が当主になり、ビビスがなれないのは私が望んだからでも、卑劣な手を使ったからでもない。

ただ、当然の結果でしかない。


ーーー けれども、ビビスにはそんなことは関係ない。ただ、自分が私よりも上でないと気が済まないだけなのだ。


「睨まれましたわ!怖い!マールズ様!」


「大丈夫か?ビビス!大丈夫、私が君を守ってみせる!」


「っ!」


目の前で茶番を繰り広げるビビスとマールズ。

その光景に私は唇を噛みしめる。

ビビスはまだクラッスター家は、財政難を切り抜けただけでしかないことを理解していない。

それはあまりにも脆い、一時の安息だ。

そこで気を抜けば、またクラッスター家は財政難に逆戻り、いや、もっと最悪の結果を引き起こしかねない。

そしてビビスはその最悪の結果を引き起こさせないように自分が立ち舞うことができるとでも思っているのだろうか?


「……こんなことをしても何の意味はないわよ。ビビス」


………けれども、今の私にはそう負け惜しみのように告げることしかできなかった。

ここに父がいれば状況は変わったかもしれない。

だが、現在この場にいるのはクラッスター家のご機嫌を取りたいだけの男爵家の令息や令嬢だけだ。

そして愚かな彼らは、様々な雑用をこなす私のぼろぼろなドレスと、ビビスの身につける豪華なものを見比べて、次期当主はビビスだとそう思い込んでいる。

つまり今の状況、この場所に私の味方はいない。


「ふはは!とうだい、安心したかビビス?私がいればもう大丈夫だよ!」


……そして私の婚約者、いや元婚約者であるマールズは貴族社会でも有名な夢想家だった。

彼は自分の信じたいことしか信じない。

……だからこそ、私との婚約によってクラッスター家への資金援助をお願いできたのだが、決して私は彼のことが好きでもなんでもなかった。

マールズは正義を自称して、その安っぽい正義感に浸る、それを何よりの生きがいとする人間。

だが彼の言う正義は決して真実ではない。

ただ、彼が信じたいことを正義とそう勝手に決めつけているだけなのだ。


……つまり、明らかに私がいじめられていて、ぼろぼろな衣装を着ていようが、現在ビビスの方が美しく、彼女と婚約を結んだ方がいいと考えたならば、マールズの頭の中では私がビビスを虐めるように勝手に書き換えられるのだ。


「くっ!」


……そのことを知っているからこそ、私はこれ以上の言い訳を諦めるしかなかった。

婚約破棄は貴族の令嬢にとって、もっとも不名誉なものとされている。

何せそれで勘当されることもあるくらいなのだから。

……けれども、私はその不名誉を認めるしかない。

決して望んで婚約した訳ではない。


けれども、クラッスター家のために心を押し殺して結んだ婚約を、クラッスター家の人間に不当に潰されたということは私の心に大きな傷を刻んだ。


……そしてこの生涯で私が夫を得ることはないのだろうと、そう考えながら逃げるように私は広場をさる。

おそらくこのことを、実質クラッスター家を立て直しのが私であることを知っている父の耳に入れば、どうにかしようと動いてくれるかもしれない。

……だが、その時すでに手遅れであるのは火を見るより明らかだろう。

しかし、それでも婚約者がいなければクラッスター家の当主を追われる訳ではないと、私はそう自分を励ます。

……決して当主になりたい訳ではないが、今の私は自分をそうやって励ますことしかできなかった。





けれどもそのときの私は知らない。

婚約破棄だけでは済まない、さらなる悲劇が自分に待ち受けているということを……

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