第16話 化粧
私がアルフォートの家に住まわせてもらうようになってから、数日の日々が経った。
その間、私はずっと掃除だの調理などに明け暮れていて、あまりアルフォートと顔を合わせていない。
何せ、アルフォートは日中殆どを魔境で過ごしているのだから。
それは最初私にとってあまり好ましいことではなかった。
現在私は正直、他の人間という存在に対してあまりいい感情を抱いていない。
……いや、はっきり言ってしまえば恐怖を抱いていると言ってもいいだろう。
それは、連日私を苦しめる悪夢のせいなのか、それとも裏切られたことによる衝撃の所為なのかは私にはわからない。
今でも、王宮に戻ると考えるだけで私は蹲りそうになる。
……けれども、人間に恐怖を抱きながらまた、私は孤独に対しても恐怖を抱いていた。
正直、我ながら面倒くさいとしか言いようのない状態だ。
何せ、孤独を避けるためには人と一緒にいることが必要で、けれども人と一緒にいることにもまた、私は恐怖を感じているのだから。
しかしただ一人、アルフォートだけには私は恐怖を抱くことはなかった。
理由なんて私にはわからない。
ただ、彼に対しては恐怖よりも親近感を覚えて、だからこそ私はこの家に居たいと望んだ。
……なのに、彼と会えるのはあまりにも限られた時間。
それが最初私には不満で不満仕方がなかった。
「……アルフォート様が、滅多に家にいなくて良かったぁ」
……そのはずなのに、私は鏡の前で思わずそんな言葉を漏らした。
それは数日前の私からは考えられない発言だった。
私の孤独を恐れる心、それはお母様をなくしたあの時からこびり付いているそんなものだ。
クラッスター家がどれほど私へ酷い対応を取ろうと、決してクラッスター家から離れようとしなかった理由はその孤独感ゆえだといえば、どれほど私がその感情を拗らせているのか伝わるだろう。
「……ありがとうございます!」
けれども今、私は初めてこの一人だけしかいない状況を神様に感謝していた。
一人でいるこの状況はたしかに酷く孤独だ。
だが、今の私の状況を見られるのに比べれば断然ましだと私は考える。
鏡の中からは、虚ろな目をして目の下に大きなくまを貼り付けた陰気な女がこちらを覗き込んでいた。
「あ、あはは……」
そしてそのあまりにもあんまりな自分の顔を見て、私は思わず苦笑いを浮かべる。
それは近頃見る悪夢のせいで寝れず、そのせいでいつのまにか出来ていたものだった。
実は私はこの家に来てから悪夢のせいでほとんど寝れていない。
確かにこの頃くまが酷くなってきたとは感じていたが、まさかこんな見た目になるとは……
「こんなの見られたら、追い出されてしまうかもしれないもんね……」
私は鏡の中を見つめて、そう呟く。
アルフォートは他人には遠ざかるが、けれども本質的に彼は酷く優しい人間だ。
そうでなければわざわざあの時私を助けたりなんてしなかっただろうし、それにいくらごねたところで私をこの家から放り出していただろう。
そしてそんな彼が私の様子に気づけば、勘違いして追い出されかねない。
だが、そんな状況に私は陥るわけにはいかない。
「本当に、よかった」
だからこそ今、私はアルフォートと顔を合わせなければならない時間が少ないことに初めて喜んでいた。
食事の間程度ならば、化粧で何とか誤魔化すことができる、そう私は判断して家の中にあった化粧道具を使って顔を整え始める。
今日も楽しく仕事をするために。