第14話 深夜
「はぁ、はぁ、」
それは森の中だった。
いつのまにか私の周囲には緑の木々が広がっていて、その中を私は必死に走っていた。
「キッシャァァァァァ!」
そしてその後ろから、見覚えのある異形が私に迫ってきていた。
私は必死に走って逃げた。
息を切らして、必死に。
けれども全く私と異形の距離は詰まることはなくて……
「レシアス嬢!」
「っぁ!」
しかし、その時一人の人影が私の前に躍り出た。
次の瞬間、その人影は異形に向けて手を向け、異形が火に包まれる。
「はぁ、はぁ、あ、アルフォート様……」
そして、それで私は助かったはずだった。
少なくとも私の想い出の中はそうだった。
「ぅえっ?」
……けれども今は違った。
異形を燃やしていたはずの炎、それはいつの間にか私の身体を覆い始めていた。
「いゃぁぁぁあ!」
そしてその状態に私は悲鳴を上げて転がり回る。
けれども炎が消えることはなかった。
私はなんとかしてもらおうと、顔をアルフォートの方へと上げて……
「………え?」
ーーー けれども、いつの間にかアルフォートの顔は父に変わっていた。
「レシアス、お前を受け入れる人間がいると思っているのか?」
呆然する私を見て、父はさも可笑しそうに声を上げて笑う。
「貴方は誰からも必要とされないのよ!」
そして次に父は継母へと変わり、私に対して侮蔑を隠そうともしない目で睨む。
「お姉様、貴方は私とは違って何もないものね」
「ああ、本当に惨めな女だよ」
「っぁ、」
……次に現れたのは、婚約者を伴ったビビスの姿だった。
そしてその二人の言葉を最後に、私の周囲を家族や、私を王宮でいじめていた侍女頭達が囲んで嘲笑を浴びせてくる。
お前は惨めだと。
誰もお前を必要としないと。
ーーー 母の言うことを信じて、愚かに突き進んでしまったからこそ、お前は全てを失ったと。
「お母様の悪口はやめて!」
その言葉に私は打ちのめされて、けれども私はそう声を上げた。
何故なら母の言葉、それが間違っていることなんてあり得るはずが無いのだから。
「そんなこと、思ってないくせに」
「ーーーっ!」
……けれども、その私の思いを若い女性の声が否定した。
私が振り向くと、いつの間にか背後にはクラッスター家の使用人である、エリーが佇んでいた。
「レシアス様はずっと思っていましたよね。母の言うことが本当に正しいのか、だったら何故、こんなにも自分は苦しい思いをしなければならないのかって」
エリーの言葉、それは本当に私が考えるはずのない言葉だった。
何故なら、私にとってお母様は唯一の味方で、本当に私を大切にしてくれていた方で……
ーーー けれども、私はエリーの言う通りのことを考えてしまっていた。
「あ、ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そのことに気づいた瞬間、私の口から声にならない悲鳴が漏れる。
そして、そんな私を冷ややかな目つきで見てエリーは吐き捨てた。
「……唯一の味方さえ信じられないなんて、本当に惨めな女」
「ああああああああ!」
その言葉から私は耳を塞ぐかのように叫び、そして次の瞬間目を覚ました。
◇◆◇
「はぁ、はぁ、」
目を覚ました私の呼吸はまるで今の今まで全力で走っていたのように乱れていた。
そして頭にはまるで泥のような疲労がへばりついていて……
「わ、私は……」
……けれども、私は先程の夢の内容をはっきりと覚えていた。
それは最悪の悪夢だった。
裏切られた時の衝撃、それを私はあの夢の中で鮮明に思い出していた。
「なんで、私は……」
……けれども、私の心を深く傷つけているのはその衝撃ではなかった。
母のことさえ信じられなかった自分への浅ましさ、それが私の心を大きく傷つけていたのだ。
「ぅあ、」
そして気づけば私は自分の惨めさに嗚咽を漏らしながら泣いていた。
どうしようもない不甲斐なさに声を上げて泣き叫びたい衝動に私はかられる。
「っ!」
けれども、私は必死に嗚咽を押し殺した。
私が泣いていれば、アルフォートは私のことをあっさりと家から追い出すだろう。
……だから私は声を押し殺して、一人で泣き続けることしか出来なかった。