物語は常に日常の中
日常とは決してルーティーンではない
寧ろ常に変容し続けている
同じことが起きたことなんて一度もない
だから異常もまた日常と言える……はずだ
だからきっとこれもまた日常…………なのだろう
「なにさ、ここはお茶の一杯も出さないのかい?」
「なんならあんたが出してくれてもいいんだよ、俺は出す気はないがね」
「なら黙っていな、大体あたしら客だよ」
一層と二層が繋がった特異点を管理する神を知る魔女と間層を作り出した神を見る目の賢者
両者ともに不干渉を取り決め我々魔術師協会に非協力を貫く正真正銘生ける伝説が協会パリ本部に居るのもまた………………日常なんだろう
ここはバケモノ収容施設じゃないんだがなぁ……
まだ成熟していない魔術師ならず教鞭をとることを許されたものひいては私でなければ身動き一つ出来ないであろう
たしかに呼んだのは我々だ、だが両方とも了承して同日に来るなんて誰が予想した!?
これなら傲慢とも言えるあの新人たちに任せるべきだったか?
いやいやならん、こいつらに会わせるのは全てにおいて拙い!
「お二方とも殺気立たないでください、協会連中が神をも殺すその眼差しに滂沱の涙ですよ」
「ふん、茶よこしな」
「はいはい、紅茶に蜂蜜酒二垂らしでしたね」
「聞いてなかったのかい?」
「はいどうぞ」
「あ、あの私も……」
「やらんでいいよ、気を利かせて俺たちの分も容れているんだろう? 善良な一市民さん」
「字で読んでくれると助かります、間層の賢者様 そちらのお弟子さんはミルクと砂糖は?」
「え、ええ……お願いします、ありがとうございます」
「あんな奴に媚び売ってんじゃないよ」
「売るのは恩と相場が決まっています、後ででかい借りを返してもらう算段ですよ」
「え、えぇ……」
「いいか、お前は決してあんな自分に得すればいいと思っている打算的なやつになるなよ」
「あなたにだけは言われたくありません これで全員分揃いましたね……ああ協会連中はホストですので要りませんね」
何のんきに茶を入れているんだ!?
この二人もさっきから威圧弱まるどころか強くなっている!?
賢者のお嬢ちゃんは気圧されているし
東上雅治に至っては執事の格好でこっちに毒を吐いている
というか魔女よ! 話の場で酒飲むな!?
しかし、これでも優れたる大魔術師の名を冠する私だからそんな絶叫はおくびにも出さないがね
「で、なんで呼び出したんだウィル坊」
「ぷぷっウィル坊……若作りしているとは言えあの爺さんが坊主……」
「まあ落ち着きなさいな、蝮 急かせたら彼ら仕損じちゃうだろ」
「あの、この人おいく……」
「年上の女性に年を聞くのは失礼とはそこの”盲”に教えてもらわなかったのかい」
「ご、ごめんなさい……」
「師匠!」
「……なんだい? あたしに対して説教かい?」
「俺も知りたいです!これは中々興味――――ぐほっ!?」
「バカ弟子が」
う、うーむ このままだとずっと続くから止めなければ
正直逃げ出したいのだが優れたる大魔術師であるからして意地を張らなければならない
「え、えぇと……コホン、間層と特異点二つを管理するご両名に集まっていただいたことを深く感謝いたします」
「御託はいいからさっさとしな」
「そうだな、早くしてくれると助かる この娘の教育を早く済ませたいからね」
「このペドが」
「ペ、ペド……?」
「止めてくれないか!? 人聞きの悪い、あんただって考えればよっぽど」
「ウォッホン、お呼びいたしたのは他でもない二層の深き常夜の洞窟に住まう竜のことについてです」
「ファフニール……黄金を守る呪われた毒吐きワームか」
「常夜? 洞窟ならいつでも真っ暗じゃ?」
「ファフニールは元はドワーフだったからね 陽の光は天敵なんだ」
「なるほど」
「ふん、うちの弟子はとうの昔から知ってる」
「張り合わないでくださいよ、俺は一介の物書きだから知ってただけです 続きを」
一介の物書きがそんな異常な呪術師になるか!?
なんで何も籠もっていない言霊がそんなに力持つんだ!
ではなかった、す、優れたる大魔術師たるものここで感情を露わにしてはならない
落ち着け……私なら出来る
「かの邪竜の復活が確認されました ひいては貴殿らに再討伐を」
「あの虫は自分から出てこない放っておけ」
「同感だ、第一俺らがする仕事じゃない 君らの仕事だろう」
「確かに、しかし大魔法使い含めた40名の連絡が途絶えたのです」
「そりゃそうだわな、極々当然な結末だ」
「え、どうしてですか?」
「当時シグルスが討伐した際に使われた剣、グラムがないからさ」
「というか、よくその程度の人数で伝説の竜に挑むね」
「じゃ、じゃあグラムは今何処に?」
「紛失した……正確には行方不明だけどあそこの空間完全に飲まれたからね きっと消滅したんだろ」
「馬鹿な神共が余計なことをするせいさ」
そんなことズケズケ言えるのはあんたらだけだ!
命が惜しくないのか?
いや我らが言えた義理ではなかったな
「たとえ受けるとしても報酬は?」
「禁書庫に蔵書されている本を一つで如何ですかな?」
「ケチンボだな、100で手を打ってあげよう」
「賢者の石を最低でも二つ無いと頷けないね」
「ずるいぞ蝮、それなら俺も同じ条件で」
「二人共、フラメルの時代以降一個も生成できていないのに無茶言ってあげないでください 彼らがとても哀れに見えます、失礼既に哀れでしたね」
「………………魔花それぞれ300株をお付け致しましょう」
「乗った 珍しく大放出じゃないか」
「悪くない」
つい2世紀ほど前に成功した魔花の生産
私の半生をかけた研究がこんなことのために出るとは情けない
量産できたといっても未だ貴重であることは間違いなく
協会の財源の一つが……
言い出した手前撤回することも出来ない
足元見やがって!
「ウィル爺が血の涙流してる、よっぽど悔しいんだな」
「……ちょっとかわいそう、です?」
「そういえば魔花に対しての研究に心血注いでいたからね、心中お察しする」
「態々アヴァロン島に出向かなくて済むことに関してはいい手駒と褒めてやらんでもないね」
好き勝手言いやがって、私だってお前らなんか喚び出したくなかった!
なんで態々私が交渉しなきゃならん!?
それどころか大いに損してるのは私じゃないか!
だいたいなんであの引きこもりを対処しなきゃならん! 部署違いだ!
「今度は憤怒の表情、ここまで歪むのか参考にしよう」
「死体蹴りはやめてあげな で蝮、決めてるんだろう?」
「今度その呼び方したらカエルにしてやろうか?間層の」
「はいはい、でエリス」
「は、はい!」
「君はある程度俺の業を身に着けた」
「東上雅治」
「何でしょうか? 大方予想は容易いが」
「不出来な弟子だがまあなんとかなるだろう」
「「邪竜討伐にいけ」」
二人の口から出た言葉は到底理解できるものではなかった
いや理解したからこそ理解ができなかった
この二人なら難なく討伐できるのだろう
だがその弟子は……
「はぁ!?何を言ってるんだお前らは!」
「何って弟子の初陣の場を決めただけだよ」
「東上雅治ならまだしもその嬢ちゃんは危険すぎるだろう!」
「おい、まだしもってなんだ」
「それを決めるのは俺だ、お前らじゃない 出来るよね?」
「え……えと、はい やってみます」
「弟子、血をできるだけ持ってきな」
「了解、準備に3ヶ月、実行に移すまでに2ヶ月もらいますね」
「好きにしな」
「……もう好きにしてくれ、儂もう帰る」
「ウィル爺も相当すごい魔術師なはずなのに萎れちまったな」
うるさい、早くこんな日常過ぎ去ってくれ
~■~
「というわけで今もなおあの場所には空間の穴が生じているわけだ」
「塞がらないの?」
「まったくもって不明だ 仮に塞がり始めていたとしても今なお開いている状態だ到底期待できるものじゃない」
「塞げないの?」
「それこそ無理だ いくら命に限りがあるとは言え本質は神、それが束となった戦争で傷つけられたんだ 精霊なら有りうるかもしれないが知っての通りするかどうかは風まかせだ」
今私は師匠から離れて蝮と呼ばれてた人の弟子、東上雅治さんのとこで勉強をしていた
今回の竜退治に必要な知識を共有するとか言ってたけど
グラムがないと勝てない相手をどうやって勝つんだろう?
「毒を吐くと言ってたけどどうするの?」
「幸いにもファフニールの持つ毒の再現はされていたらしくその解毒薬の手配をした、それ以外にも符や術紙で対策を取る」
「黄金を壊さないための足場は? 私は師匠から教わったけど」
「それも大丈夫だ、俺の装備に空中展開の足場を作る言霊を刻印した靴と空中固定する術紙も用意してある」
「で肝心の攻撃は?」
「それについてだが、かなり手間取っている グラムに関する記述が少ないんだ」
「……? どうして調べるの、見つけるため?」
「見つかればそれが一番だがそれは端から期待していない」
「何のため?」
「記述には鋼をも切り裂くとあるから要は竜の鱗が切り裂けるようなものがあればいいということだ」
「あるの?」
「…………ない、正確に言えば作ってもらえばいいんだが」
「そうする、何処で鍛えてもらえる?」
方法があるなら良い、できるだけ早くした方がいい
そうしたら師匠に褒められる
だけど彼は苦い顔をして場所を言うのを渋っている
「まあ待て話をすべて聞いてからにしろ、北欧連中は今は死んでいないだから少し南、ギリシアのキュクロープスなら可能性はあるんだが」
「早く言う、情報共有は大切と言ってたのは貴方」
「OK、問題は二つある一つはキュクロープス達がその依頼に了承するかどうか そしてゼウスだ」
「ゼウスってあのゼウス?」
「そう見境なしの女好きのゼウスだ というかこいつだけで諦めざる負えない」
「……どうして?」
「そりゃお前さん、別嬪さんだろ 見逃してもらえるとは考えにくい」
「……!?」
「何故驚くのかは置いとくとしてあっちにはいるだけで何されるかわかったもんじゃない」
「入れなければいい」
「完璧に模倣して入り込んでくるたとえば間層の賢者に、な!?」
気がついたら護身用の剣を間層倉庫から取り出して突きつけていた
どうしてこうなったんだろうか?
なんだか師匠をバカにされた、そんな気がする
師匠はそんなことしない!
「落ち着け!? 賢者を持ち出したのは悪かったから下ろしてくれ!」
「あ……ご、ごめんなさい」
「全く……と言うか端からそんなものは期待していない もっと確実に作り出すことは出来る」
「何!」
「それは俺の魔法に関することだから詳しくは教えられない、すまんな」
「……」
「睨んでも何も言わん、ここで生きている以上死活問題だからな さて今日は終いだ、帰んな」
昼はこの人に教えてもらい夜は借りた部屋で寝泊まりをする
それがここ最近の私の日常だ
いつも目まぐるしく変わる日々の中で最近得た日常
でも師匠と会えないのは寂しい
彼の師匠はいつも不機嫌で怖い、東上雅治は他の人よりいい人だけどナニカ欠けてる
ここは師匠が間層を創ったときに出来たしわ寄せと言ってたけどここは二層でも一層でもありえないぐらいに変
帰りたい……
次の日も彼の部屋に入ると何か話し声が聞こえていた
どうやら電話しているようだけど
「分かっているすべて順調だ……ああ 何?馬鹿なこと言うな、そんなことはしないと毎度言ってるだろうが! OK、華を待たせりゃいいんだな ああ、じゃあな」
「今の誰?」
「うお!? きょ、今日は早いな!」
「いつも通り、誰?」
「あー、えーとだな……」
「情報共有は大切」
「……」
「情報共有は大切 言わないなら」
間層倉庫、世界に隙間を作ってそこに保管する
師匠が創った魔術の一つ、使えるのは私と師匠だけ
何処にいても取り出せるから師匠の家はいつも片付いている
ちょっと味気ないけど
そこから剣を取り出そうとすると彼は必死に止め始めた
ここは彼の工房なのに対処できないのかな?
「分かった!言うよ、間層の賢者だ いっつも俺に心配の電話をかけてるんだよ」
「師匠……!」
「……お前らホント似た者同士だな と、そうだ昨日で大方教えるべきことは教えたから準備にはいるぞ」
「……え、聞いてない?」
「今言ったからな、二層のロンドンへ飛ぶぞ 少し準備するから待っててくれ」
そう言って部屋のあちこちに魔法陣を書き始めた
彼の呪いの知識はすごいけど無駄が多くて古いのばっか
それでいて才能もないから時間もかかる
誰かに頼めばいいのに
「ロンドンの何処?」
「ドワーフ通りの職人街 アイツから装備はまだだと聞いたからそこで見繕ってもらう」
「分かった、じゃあ飛ぶよ」
「は?……はああ!?」
私は師匠の弟子、移動魔術なら覚える前から知ってる
アストラルマナで構築した魔術で彼の言っていた場所に転移する
前に師匠と行ったことがあったから覚えていたけど……すごく蒸し暑い
「おぉ……おう 専門のやつがやるとここまで手早く出来るのか」
「師匠の弟子だから そもそも貴方は簡単な魔法一つに時間かけすぎ……です」
「仕方ない、しっかり学んだことなんて一度もないからな」
「どうして?」
「小説家だからだ さて、ここだ」
理由になってない……
中に入ると埃がかぶった寂れた金物屋
人がいるとは思えないけど
東上雅治はそのまま奥へと進んでいく
仕方ないから私もついていき扉をくぐった
最初に目についたのは光だった
自然の光じゃない昔見た人工の光だ
部屋と言うにはあまりにも大きく、あちこちに真鍮の管が通っている
そこで作業をしている人は皆背丈が低くそして厳つい
師匠や彼が言うような今のドワーフだ
一層での小説でもそうだった、気がする
「ここは職人街でも珍妙な連中がいる大工房だ」
「お主よりはまともだ、東上雅治氏 そこな嬢さんは弟子か?」
「俺は弟子は取らない、間層の賢者の弟子だ」
「え、えと……エリス、です」
「おお!噂は聞いておる、ここの親方をしておるガルドンだ」
「で、整備は終わってるか?」
「勿論、万端だ」
「なら良かった、ついでに彼女の装備を見繕ってくれ」
「良いが……勝手に作っていいのか?」
「別に正式なものじゃない できるだけ軽装で呪毒に強い装備で頼む」
「呪毒だぁ? ファフニールでも相手するのか?」
「たしかにその毒だが相手は違う だいたい俺が神話の竜相手に勝ち目があると思うか?」
「まあ確かにな、おいシズ! ちょっと呼んでくるから待っておれ」
ガルドン、そう名乗ったドワーフが誰かを呼びに行くのを確認して聞いてみる
親しげそうに話してたのにどうして嘘をついたのかを
彼は深刻そうな顔で答えた こういう時はいつもこの世ならざるものについてのときだ
彼は人間なのにどうしてあっち側につくのだろう
「言う必要もないしあれはあれでドワーフだ 下手な対立は避けなきゃならん」
「……そう 彼らに武器を作ってもらうことは?」
「そんな技術彼らでも持ち合わせていない それに作ることもない」
「ドワーフだから?」
「そうだ 彼らは古のドヴェルグを尊敬しているそれこそ邪竜であったとしても」
「古臭くて頑固」
「かもな、だが今の奇跡はそれを許容している」
奇跡その言葉が意味するのは二層では一つだけ
言い換えるなら魔法、秩序、混沌、力
つまり世界そのもの
限られたものにしか触れることが出来ないと言われている
師匠が目指しているのもそれだ
「おう、待たせたな 何の話をしていたんだ?」
「弟子同士の内緒話だ そちらの女性は?」
「シズさ、女の子が来てるって言うから来たのさ 男どもには任せらんないしな」
「成る程 呪術師の東上雅治だ」
「間層の賢者の弟子のエリス、です」
「子供じゃないか! あの賢者ペドフィリアか?」
この前の女の人が言ってたのと同じことを言ってる
師匠に聞いても東上雅治に聞いても教えてくれない
「……なんですかそれ?」
「一応彼が言うには純粋な子なんだ 変なことを吹き込まないでやってくれ、俺が死ぬ」
「あー……そゆこと」
「いつも同じこと言っています、教えてください!」
「……自分で説得して聞け、これ以上の綱渡りはゴメンだ」
「あははは、あたしも遠慮する で要件は?」
「ファフニールの呪毒に対抗できる装備を彼女に作ってやってくれ 代金は間層の賢者に」
「他に加えたいのは?」
「できるだけ動きやすく、呪毒がかかるのを避けたいから露出は控えめだ」
「ちっ、全然遊べないじゃないか これだから男は」
「いくら本物相手じゃないとは言え、真剣な仕事だ しっかりやってもらわなきゃ困る」
「わーったよ、エリスちゃん採寸するからこっち来て」
「え……あ、はい」
「ガルドン、話がある」
「何だ?装備の確認をしながら出来るものか?」
「ああ、だが他のやつは近づけるな」
そういってシズさんは私を連れて行った
何の話をするか気になるのに……
連れてこられた個室はさっきまでと違って白くてきれいで、かわいい
どうやら彼女の部屋だけどなんだか落ち着く
……似合わないと感じたけど
「服は着たままで結構だよ、これでも腕は良いんだ」
「あ、はい……お願いします」
「あんたも災難だねぇ、呪毒の再現から18年これを使った事件は少ないけど絶えないからね」
「どうして、ですか?」
「当然のことさ、末代まで呪えるこれほど適した毒はそうはないってことさ」
「でも解毒できるって言って、ました」
「そのための再現だったらしいからね、でも材料が貴重なんだとさ 調剤は分からないけどとにかくたくさん 除毒できるウチラの装備のほうが金がかからないのさ」
「どうやって、やってるんですか?」
「ふふん、企業秘密ってやつさ ただひとつ言えるのはあの男東上雅治が関わってるぐらいってところしか私もわかんないねぇ」
「……あの人何者なんですか?」
「私も今日初めて会ったけど少なくとも呪術師ではないよね もっとごちゃ混ぜな感じがする さて採寸は終わったよ、もっと食べなきゃ大きくなれないよ」
「……食べてます!」
「そうかい? 一週間後に取りにきな、なるべく可愛げのあるのに仕上げるよ」
「あ、ありがとうございます」
部屋を出て戻ると東上雅治はローブとも鎧ともにつかない服を着てあちこち確かめていた
手袋には金属板が貼ってあって何かが彫られているようにみえる
それにあちこち装置みたいなものもついている
「うむ、相変わらず完璧な出来だ さすが”異端”のガルドンだな」
「よく言うわい”不干渉”の しかしあの嬢ちゃんには身軽なもの要求したくせにお前は動きにくいものじゃないか」
「行動阻害を防ぐエンチャントを仕込んでるくせによく言うよ」
「親方ぁ! いつまでくっちゃべってんだい?」
「戻ったか んじゃ代金だ、少し色はつけておいた 次があったらまた頼む」
「ではな、朗報を期待しておる」
「あ、ありがとうございました!」
お礼を言って私たちは出て行く、魔法とも科学とも違うおかしな所だったけどなんだか楽しかった
その後も草花や紙を買っていたりよくわからない石を売ったりしていたのを見ていた
ちょうどお昼になったぐらいに喫茶店を見つけたので寄ることにした
こうやって師匠以外の人とお昼を食べるのは何年ぶりだろう?
あまり覚えてないや
「買い物に付き合わせたりしてすまんな なんか欲しいのあったら買ったりしていても良かったんだがな」
「構わない……欲しいのは師匠が用意してくれる」
「それはそれで、いや止めておこう」
「東上雅治は魔術師? それとも魔法使い?」
「ん? 呪術師と便宜上名乗っている小説家だ、それがどうかしたのか?」
「杖を使っているところ見たこと無いから」
呪いを書くときにチョークとか木の枝を使っているのは見たけど本格的な杖は見たことがない
私は間層倉庫にしまってあるけど常に持っている
行き交う人々も種類は大差あるけど常に持ち歩いている
「無いわけじゃないんだがな、家なら枝で事足りるし外出に持っていくには大きいからな それに符や術紙があるから使う理由がない」
「大きい? ワンドとかロッドじゃなくて?」
「一応師匠が古き魔女だからな身の丈以上はあるスタッフだ どちらかと言うとパストラルに近い 今回の仕事じゃ持っていく必要があるからその時にな」
「やっぱりこういうのって自分で作るものなの?」
「大半はそうだが皆が皆そうだというわけではない 俺は譲り受けたのと作ったものを合わせた感じだな ピーキー過ぎる性能だがな」
「……似合わなそう」
「言うな、自覚してる」
ドワーフの食べ物って大味だと思ったけど意外に美味しい
そういえば師匠も買って食べてたっけ
お酒と一緒に
「一層入りの人間が増えてからここも美味くなったもんだ」
「そうなの?」
「ドワーフの街と言われるだけあって食い物の味は濃い 久々に食べたがやはり酒に合いそうな味付けだ」
「ふーん 貴方も飲むの?」
「必要な時以外は飲まないな 貢物用にたくさんストックはしてある」
「竜に使える?」
「さてな個体差激しいからな、少なくとも今回は無理だ」
それから食事が終わっても仕事の話や当り障りのない話をした
師匠もたくさんのことを知っているけどこの男も色々知っている、師匠には敵わないけど
でも、師匠以外の人とたくさん話しをしたのは初めて
ほんとうに不思議な人
師匠がよくこの人の話をしていて少しもやもやした
こうして話してもまだもやもやする
一回切りつけたら晴れる?
止めておこう、少なくとも終わるまで
「ああ、そうだ剣は使えるんだよな?」
「一応……」
「これを持っておいてくれ、俺が持つよりずっと良い」
布に巻かれたそれはルーン文字が刻まれた折れた剣だった
こういうのは詳しくないけど古そう
それともう一つ忘れていた、と言いながら小さな革盾も貰った
「必要?」
「必要、俺は近接戦闘は大の苦手だからな 頼んだぞ」
「……わかった」
数週間後、頼まれた装備も届き準備が整った
ちょうど五ヶ月、万端ではないかもしれないけどやるべきことはやった
できるだけ魔力を使うのを避けるため直ぐ側までは師匠が送ってくれる
途方もない相手だということは理解できたけど師匠のために
そう張り切っていると眠たげな顔で彼はやって来た
工房で着ていたあの服の他に特徴的なものがあった
身の丈を軽く超える歪な杖が宙に浮いてついてきている
魔法に関した杖のようで機械的などことなく、怖い
そんな印象
「よお、間層の 待たせたな」
「どうやらそのようだ 眠そうだが大丈夫かい? エリスの足を引っ張るなよ」
「分かっている、秘伝の霊薬を飲んだから直に良くなる」
「眠気用の霊薬って……うぇ、あんなものよく飲むな」
「今朝準備が整ったんだよ、好きであんなもの飲むか」
「遅い」
「エリスよ、この男に馴れ馴れしくしすぎじゃないか? あれは悪い男だ、後ろから切りつけてもいいんだぞ」
「おい盲、物騒なこと言うな ほらこれ持っておけ」
投げ渡されたそれを取ろうと身構えると師匠が横からつかみ取り渡してくれた
さすが私の師匠
「これは……?」
「今回ファフニールを倒すために創った魔術書だ 持って名を喚べば発動する」
「女の子に投げるとは感心しないな、間層に飛ばすぞ」
「勘弁してくれ」
「師匠、行ってきます」
「ああ、頑張るんだぞ」
名……? 誰の?
渡された魔術書を倉庫にしまい、暗い穴の中へ入っていく
夜目の呪いをかけているにも関わらず光がないと手を伸ばすと指先が見えなくなる
用意していたライトウィスプを離すとほんの少し周りが見やすくなった
でも光が吸い込まれるみたいに暗い、これが常夜の洞窟
奥へ進む度息苦しくなっていく気がする
呪毒用の霊薬も持ってきたけどそこまで多くない
素材自体が希少な上に他にも必要なものがあるせいだ
東上雅治は特に 過剰とも言える刻印された金属具を服に貼り付けている
動くたびにチャラチャラと金属音がする
「その音で気づかれない?」
「入った時点で気付かれている 作戦通り合図したら間層倉庫で身を隠せ」
「知ってるの?」
「どういう原理かさっぱりだが一応な」
そう言って手が隠れるほど長い裾から金属板が貼り付けられた鎖を取り出し
服の後ろには金属製の扇子がくっついている
ルーン文字で書かれた紙が空中に固定されその上に乗った
浮いている杖以外全てに文字が刻み込まれている
その全てが読めるわけじゃないけど魔術が込められているのはひと目でわかった
これでも足りないという竜の力、緊張する
暫く歩くと急に視界が開きその眩しさで目を閉じてしまう
目が慣れるのを待ちようやくその正体を眼にした
地面だけではなく壁も天井も僅かな光だけで煌々と照らす黄金
世界の半分はあると言わんばかりの財宝
その中心で横たわる黒い竜、ファフニール
黄金を好み黄金を作り黄金を守る魔竜
『またか、蟻よ 失せろ』
「これから下は黄金だ浮いておけ よお古の竜、息災か?」
『二度言わせるな、失せろ』
「残念ながらそれは出来ない相談だ、もっとも」
手に取り構えた杖の上部にある大きな宝玉が淡く光り始める
それを察知した竜が大きく息を吸い込み
「虫狩をしに来たんだからその必要性はないのだがな!」
『逝ね、虫』
吐き出された呪毒のブレスが鋭い光とともに現れた突風に押し返され四散した
一瞬呆気にとられながらも倉庫の中へと姿を消す
中から外の様子は伺えないけどカメラを通して状況が見える
そして見えたものを彼に伝える
私が見て、彼が動く
それがプランAだ
~■~
『小賢しい、動くほどでもない』
竜がその腕を軽く振るう、それだけで金は生み出され逃げ道が閉ざされた
否、逃がすためではない 殺すためだ
毒の息を吐き続けるだけで勝ってしまうそんな理不尽
今まではそれだけで十分と思っていた、今もなお竜は思っている
先のアリ共もそうだったと、確認していた
行く時代が過ぎても変わらないシグルドのような英雄も居ない
今度こそすべての黄金が手に入れる事ができると確信していた
だからこそ白い物体の上に乗ったその男はいつまでたっても苦渋の顔に歪んでおらず、消えた女は未だ消えたまま
そのことに異変を感じたのはそう遅くなかった
竜はどこまでいっても竜だ
その鱗は鋼鉄が如く、その爪は如何なるものを切り裂く
息一つで町は蹂躙され一羽ばたきで国をいくつも飛び越える
人よりも賢くそして破壊の化身
それ故に竜は人を警戒することを覚え、喰らいそして学ぶ
変わらぬと思っていたのは誤りだ、竜は思った
毒を防ぐ手立てを手にした、竜は悟った
ファフニールは竜だ、そして火に長けたドヴェルグでもある
火を吐けないそんな竜は居ない
だが周りにあるのはすべて自慢の黄金、迂闊に火を噴く事はできない
ならばすることは一つ
男に向かいその爪を一閃と薙いだ
ここは言うまでもなく竜の巣だ
溢れんばかりの黄金を一つたりとも傷つけず移動し攻撃するのは容易い
全力を振るうことは出来ないが脆弱な人一人潰すことは造作もない
手応えはなかった、当然のことだ
人が蟻を潰すのに何の手応えがないのと同じように竜が人を潰すのに手応えを感じる必要がない
まず一人 そう思うのは当然だ
もう一度言おう、竜はどこまでいっても竜だ
それがただの誤りということをすぐに理解した
自身の腕の上に白い物体を貼っている男を認識したからだ
ただの蟻ではない、そう確信した
その男は考えた、どうすれば神話の竜を殺せるかを
人はどこまでいっても人だ
脆弱で愚かで傲慢で矮小、だからこそイカルスのように落ちて死ぬ
まずその毒の強さに対して慢心していた、刻印された魔術では到底抑えきれないことに焦りを感じた
次に動く必要もないと宣言されたことを鵜呑みにしていた、気づいたときにはその刃は目前と迫っていたことに恐怖を感じた
毒であっても一薙であっても人は死ぬ
神に与えられた武器でしか化け物を斃すことが出来ない
だが愚かであることは勇気でもある
傲慢であることは自信があるということだ
脆弱ということは強靭にすることが出来る
矮小ということは如何様にも強くなれる
男は手袋の両手のひらの付いた金属板を上に向かって打ち鳴らした
ただそれだけで彼の立つ場所は紙の上ではなく竜の腕の上であった
これはしめた、男は思った
取り出した紙を複数枚その鱗に丁寧に貼り付けた
それを眺める竜の姿にどうやらこれが何なのか知らないな、そう確信した
紙に書かれた文字が光り燃え尽きる
同時にその鱗はかすかに傷ができた
瞬間竜の牙が彼の身体を両断しようと迫る
さすがは竜だ、男は竜の眼前で再確認した
少女は見た、神話の再現を
竜はすべてを使い男を潰しにかかっていた
男はすべてを使い竜を惑わしていた
竜は一撃も彼に当てることが出来ず男はその全てが無駄に終わっていた
まるで舞踏のようだ、そう思った
竜は軽快に正確な位置で男を討とうとするその姿を
重量を感じさせずそして黄金に一切の傷を与えないその動きに
柏手を打ち鳴らすその男の姿を
鎖を取り落とし扇を舞落としながら、されど次に鳴らすときには手元にあるその舞に
しかし彼女もまた流れるように唄い指示をしなければそれは成し得ない
尾が彼の背を撃ち抜くときには既に彼女が確認しその指示に彼は柏手を打つ
誰もがこの景色を見るならば神話のようだと声を漏らすだろう
それを心半ば思っているからこそ彼女は
終わらない、そう悟った
結局のところ小手先の演舞では竜殺しを為すのは不可能だ
いくら神話に見紛えようともこれは神話ではない
手間を掛けて作り出した傷も黄金に覆われ塞がれていく
漆黒の鱗はやがて金色に輝き始める
男の装いはボロボロにほつれ始める
不完全な魔法刻んだ金属ももはや動きもしない
竜はこれで終わりというかのように爪を振り下ろす
そして
呻き声が木霊した
黄金の鱗に針が、いや短剣が貫いていた
有り得るはずがない鋼鉄の鱗が突き刺さるはずが、竜が絶句した
少女が返す、鉄ではなく金なら刺さる
何処から、その問は既に無く、答えは周りにこそあった
凝らしてみれば見えるその歪みが取り囲んでいた
そしてその直下の鱗には5本の短剣が鎖もろとも突き刺さっている
男は所詮囮にすぎない彼女の存在を完全に隠すための
愚かだからこそ無視できず、傲慢だからこそ見逃さず、脆弱だからこそ潰さなければならず、矮小だからこそ本気で迎え撃たねばならない
それが人間であるからこそ竜はその挑みに迎えねばならない
その男は小賢しいが脅威だと、ようやく理解した
『人よ、名はなんという』
「東上雅治、呪術師だ」
「……エリス」
『我が名はファフニール、全霊を持って排除させてもらうぞ!』
紙が一枚ひらりと落ちた
竜は見逃さなかった
その紙に
ただ一言「expectandum」と
鱗に貼り付けられていたそれはただ無意味に燃え尽きただけではなかった
簡潔な言葉によって記されたそれはどんな枷よりも重く伸し掛かる
言葉に力を持つ竜ですら意志なきものには通用しない
動きを止め致命傷足り得ない短剣を突き刺すそれだけのために男は命を張る
愚かだ、竜は讃えた
さて竜には逆鱗があるというのはご存知だろう
81枚の鱗の顎下にある一枚だけが逆さに生えているそれだ
そこを触れると激昂し即座に殺す
つまり語るべきことはそれではなく何も自身に生えている鱗でなくとも激怒することはある、言葉としての逆鱗だ
少女は降り立つ とどめを刺すために
降り立ったのだ 黄金の上に
パキン、と心地よい音が響いた
男は気づく だが遅い
女も気づく それでも遅い
竜は見開く 早すぎた
意志なきものが聞かぬのなら自身にかければいい
そんな瑣末なこと端から知っていた
相手を認めたからしなかったまで
だが違う、今はそれよりも度し難い
雄叫びを上げる 神話の竜の咆哮だ
紙はちぎれ意味を失い鱗から肉が見えるほど隆起する
少女は立ちすくむ他無く、男は身動きを取ることすら出来ない
男が叫んだ
瞬間男は尾に薙ぎ払われ、少女は爪に引き裂かれた
~■~
「開帳アイギス!」
無理やり本を手に取り叫ぶそれだけが限界だった
限界まで解毒しなかったツケが回ったというわけだ
迫りくる竜の尾を眺め力なく手の甲を打ち鳴らすそれが限度だ
魔術書は発動した、それで十分だ
これで終いだ
~■~
やってしまった、彼から強く忠告されていたのに
倉庫を維持し続けていたせいで集中が続かなかった
言い訳すれば簡単だけどすべてがもう遅い
意味が無いとわかっていても彼が渡した盾を構えずには居られなかった
お終いだ
「開帳アイギス!」
~■~
竜は眼を見開いた
策を弄してもかの人間に届かないと判断が間違っていたことに驚愕の色が隠せなかった
爪の下には手応えが有りすぎた
そして払った尾には手応えが一切なかった
正真正銘に振るった全力は全ての神経を尖らせる
たとえそれが鼠一匹だとしても感じ取ることが出来る
爪の下には石化の瞳を跳ね返すと言われる盾と見紛う文字が阻んでいた
竜は見逃さない、少女が着けていた山羊革の盾が消え行くのを
竜は見えなかった、黄金を映えさせる真紅の色を
今度こそ竜は戦慄した、神話相手に口が裂けんばかりの笑みを浮かべる化け物がいることを
杖を懐き力なく本を掴み取っている男を
「なあ、ワームに化けた妖精よ 数千年の復活でボケたか?」
『な!?』
「人はついに英雄なしに竜を超えたんだよ、なあ虫けら 屈辱か?」
『――――ッ!!』
「使い方はちゃんと教えたぞ、しっかり決めろよ 開帳グレイプニル」
『存在しない素材でどうやって作るというのだ!』
「無いなら書き出しゃいいだろ」
短剣のすべてには文字が刻まれていた
猫の足跡、女の髭、岩の根、熊の腱、魚の息、鳥の唾液
常人ならなんでもないそれをその男にとっては脅威にまで引き上げた
鎖が短剣が男の持つ本とともに消え失せる
天高く飛ぶものは堕ち
地這いずるものは縫い付けられ
中往くものは押しつぶす
文字によって編まれた鎖の紐が竜を締め上げる
『何だ!? 何だその魔法は!?』
「余り物で神器のレプリカを再現する、使い物にならない呪いさ」
『そんなことがあってよいはずがない! 神々が許すわけが!』
「俺と話してていいのか? 虫だから目も悪いのか?」
「開帳……グラム!」
『馬鹿な!? それは!その剣は!?』
エリスはもう意識を逸らさない
黄金を踏みしめる、その剣を振るうため
幾千の時を過ぎ風化した黄金が砕け散ろうとも気にもしない
持っていたのは折れた剣だった
そう、かつてシグムントが振るっていたオーディンの与えし剣
たとえレプリカとは言えその性能はオリジナルと同等
神が死した神話だからこそ出来る愚行
黄泉帰って間もない竜を斃すには余りあるその刃は
『見事』
竜の首を両断する
間層の賢者の弟子エリス、特異点に住まう魔女の弟子東上雅治両名は
この瞬間”竜殺し”の名を得たのだった
~■~
「…………トージョー」
「…………ひがしのうえだ」
「……トージョー」
「……なんだ?」
「初めて師匠を殴りたい」
「任せろ、足止めは得意だ」
俺も師匠ぶん殴りてぇな
切り落とされた首から溢れ出る血を収納機能のある杖に浸し、動けるようになるまで倒れ込む
傷口に杖を刺したときにエリスからジト目を貰ったが気にしない
今回の杖の役割の大部分はこれなんだから
他の機能が奇抜すぎるから迂闊に使えないんだよ
しかし本当に肝が冷えた
手のひら同士を打ち鳴らすのはショートテレポートの呪文
手の甲を手のひらで鳴らすは鎖鞭と扇の引き寄せ
そして手の甲同士で一回だけしか使えない杖までの固定ワープ
最後のがなければ血の染みになっていた
間に合って本当に良かった
なーにが賭けをすると良い、だ
二度とやるか!
「さて、もういいぞ ファフニール」
「え」
『うむ? もう血は良いのか?』
「心臓も貰ったし十二分 ドヴェルグとしては残酷かもしれんが陽を見せてやるよ」
『うむ、心得た 我とて好きで蘇ったわけではないからな』
「え、喋ってる!?」
『さよう、我は竜 いずれ死ぬが意識はまだある』
「復活させたやつが不明な上、このまま毒を吐かれても困るから討伐を頼まれた」
「……」
『我を斃した褒美だ、頼むぞ』
ファフニールはやがて縮んでいき、首の別れた一妖精となる
見るからに満足そうな顔で眠っている
ドヴェルグは地深くに住み、鉱物を採掘して守る
結局はそう、こいつは何も変わりはしなかった
欲を見出したのは竜か人か
小人を担いでようやく外へ出る
外の光で目が焼け付く、凝らして見ても先が見えない
夜目が利きすぎてるせいだ
振り返ればエリスも手をかざして光を遮っている
小人はもう石となり、砕け落ちた
もう一度前を向けば、ようやくその姿を見ることが出来た
どれだけの時間が経ったのかわからないが目の下に隈を作っている賢者と
今起きたと言わんばかりに大あくびをかいている魔女
どうやら待たせすぎていたようだ
「終わったようだね」
「……はい!」
「持ってきたかい?」
「当然ですとも」
「誰が彼を斃した?」
「エリスだ」
「はい、ですがトージョーがいなければ出来ませんでした!」
「んー? 東上雅治、これはどういうことだい?」
「ふん、一丁前に親気取ってんじゃないよ」
「ぬぐぐ」
「ああ、そうだ なあ賢者」
「何だい?」
俺は賢者を呼びかけて紙を一枚貼った
竜を縫い止めることが出来たその言葉は当然として人にも効く
俺を見てエリスを見た、哀れな男は賢くも察した
「師匠」
「……なんだね」
「一発グーで殴らせてください」
「何か吹き込まれたか?」
「いえ、私の意志です」
「東上雅治! 何故止めなかった!」
「知ってるか? 男は女には勝てないんだよ」
それはもう綺麗なストレートだった
よくもまあ、そんな体力残ってるな
あ、やっぱ限界だったのか一緒に倒れ込んで眠ってる
あー、どうやら俺も限界だ
「師匠、あとは頼みます」
「バカ弟子が」
「ちょっと!?去るならこれ剥がして! 蝮ぃ!」
ああ、もう
もうどうでもいいや
こんな日常くそったれ万歳
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