少女の無くしたモノ
これは、小さな少女のお話。とある小動物たちのお話。彼女達はそれぞれ独りである。
物語は今まで書いてましたが、初めての投稿です。
ここに出てくる小動物が私はとても好きで、同じく好きな方でもそうでない方でも面白いと思ってもらえることを祈ります。
黒っぽい彼女はまだ幼い。
気付いたら白い蛍光の下、角のある何かの中にいるようだ。彼女には記憶がなかった。何時からこんな所にいるのだろう。それから彼女以外の似た存在が4つ。空腹を埋めたいのか、温もりを求めているのか。ただ何かを待っていた。辺りは暗く、そして寒い。
―みんなで固まろう。
そう誰かが言った気がする。彼女たちは身を寄せた。
今夜の星は弱く、ここからではよく見えない。
彼女はいつの間にか、眠っていたらしい。空が明るい青に染まっている。
「おはよう。」
白い1匹が彼女に近付いて言った。昨日の声だ。彼が微笑みを掛けているのに対し、彼女は一度視線を向ける。だが、すぐに戻してしまった。
「ん?おはよう!なんで、喋らないの?」
彼がまた言った。その毛並みは風に揺られて灰色にも見える。
「別に。話す必要はないでしょ。」
彼女は重たそうな口を開いた。すると残りの3匹が起き上がり始めた。
「ふぁぁあ、腹減ったぁ。」
「んーー寒いー」
「ん〜〜眠い〜」
一斉に唸るので分かりづらかったが、多分こうだろう。
「今日は、いいものを貰って来たよ〜。」
そう言ったのも彼だった。何やらこの外に置いていたようだが、運んできたものは、
「お!ツナ缶か。さすが、げっちゃん!いつも当番のときは美味そうなの持ってくるよな。くぅ、ありがてぇ。」
通常より少し大きめのツナの缶詰。真っ先に食べたそうにする白、黒、赤茶と3色の毛を持ったミケ男。
「「ツーナ!ツーナ!」」
後から続いて小さい2匹組が声を揃え、ミケ男を間に挟んだ。片方は右側の耳から目を、もう片方は左側の耳から目を被さるように栗茶のサバトラ模様がかかる、ほとんどが瓜二つの双子。嬉しそうにぴょこっぴょこっと跳ねている。
「あのなぁ、来たばかりの子がいる目の前でそんながっつくな。恥ってのはないのか。」
げっちゃんと呼ばれた彼はめりめりと手慣れたように蓋を開けていく。
「いぃじゃんか〜。あ、俺、メロ。よろ〜っす。」
呆れるげっちゃんは関係なしにメロと名乗るミケ男は彼女に話しかけた。彼女は振り返らない。先程から外の様子ばかり気にしているみたいだ。見渡せばベージュの五階建ての建物の連なり。どうやら、団地の中にある公園にいるらしい。
「ちぇ、さみしーの。まま、皆さん腹ペコだろうし。食べましょーや!………ぅんまいっ!」
「僕が貰って来たんですけど?」
「「食べよ、食べよ!」」
メロはまるで自分の手柄のように最初に食べ始める。双子も続けてもちゅもちゅ始める。それとは裏腹に未だ一向に口も身体も動かさない彼女。心配するように彼、げっちゃんは彼女に、
「君もこっち来て一緒に食べよう?」
再び声を掛ける。
「………。」
彼女もまたその声に反応して振り返るが、何も言わず、
「あ、待って。どこに行く気だい?」
箱の外へ飛び出してしまった。
彼女は黒いけれど真っ黒でない小さな少女。団地から出たようだが、その姿はとてつもなく必死だ。何処へ行こうとしているのか、何を考えているのか、流石にこちらには分からない。少しの間、彼女の心の中に入ってみましょう。
此処が何処なのか、見当もつかない。私はあの子の元へ行かないといけないのに。
「はぁ、はぁ。」
息がとても苦しい。走るのはこんなにもしんどいものだったかな。
「とーまーれー!」
何かが叫んでる声がする。と、思ったら、誰かが通り過ぎ道の先に現れた。
「やぁっと止まってくれた。一体どうしたの?みんなでご飯食べよーよ?」
それは、げっちゃんでした。どういうつもりなのだろう。気にしないで行こう、私には時間が無いのだから。問いかけに応じず、横切ろうとすると、
「探し物?」
白いのが言った。もうイライラして仕方がない。
「…なんで。」
「ん?」
「何で、分かるの。なんで、何で構うの。」
堪えきれなかった。彼は私の惨めな顔を見ないでくれていた。それが一層ムカつく。血が出そうなほど、歯を食いしばってしまう。
「………何でだろう。前の僕に似ていたからかな。」
突然、声のトーンが少し低くなる。
「前の、僕……。」
ぎりゅるるるぅ
「あ、お腹空いてるよね。ごめん、立ち話にしちゃって。」
「…。」
腹の虫のせいで声音が戻ってしまった。
「じゃあ、行こう!」
「何処へ?」
すっかり、元の調子みたいだけど、
「いいから、いいから。双子のことはメロに任せてきたし。」
「ふふっ。案外自分勝手に行動するのね。」
彼はーーー。
陽の明かりが少女の身を少しばかり茶色く魅せる。
ふぅ………。心の中にお邪魔するというのは、疲れてしまうものなのだ。喩え人であっても、猫のであっても。また、しばらくした後にでも声を掛けましょう。それまで、休息を致します。
固まっていた彼女の表情が、
「良かった、笑えないのかと思ってた。」
小さく綻ぶ。が、その台詞を聞いた途端に自分の顔を触り出す。
「わ、笑ってなんか。」
終いには、自分から彼に赤面した様子を晒してしまう程の動揺をしているようだ。
「そんなことより、何処へ行くの。こんなところ、私知らない。」
切り替えたかったのかはぐらかしたかったのか。げっちゃんの肩は小刻みに震う。彼女らは商店街に来ていた。誰しもが想像出来るようなごく普通の賑やかさ。中でも向かったのは、湯気の立つ古びた石の壁。げっちゃんが一鳴きをすると、ガラガラと木の扉が開く。現れたのは、群青の作務衣姿の中年男性であった。がたいの良いその男性はゲラゲラと笑いながらまた店の中に大きな声で何かを言う。すると、どかどかと小さな男の子が顔を出した。手には2つの淡いクリーム色の塊。小皿に収まるだけでも限界なそれを彼女とげっちゃんのもとへ置く。彼女が口に運ぶと表情こそ変わらないが、食するペースは速めだと見て取れる。気にったのだろう。あれほど盛り上がっていた小皿を空にし、店を後にする。子供は遊び足りないのか、もの淋しそうな様子であった。
「あれは何?」
彼女が問うた。
「知らない?うどん。美味しいでしょ?」
「ええ、不思議な味だったわ。ま、まぁまぁね。」
「本日最終日〜いかがですか〜。」
突如聞こえる何かを宣伝する声。期間で出しているワゴン車のようだが、
「チョコレート………?」
彼女は立ち止まった。
「そうだよ。どうかした?」
げっちゃんは、きょとんとした顔で後ろを振り返る。彼女の目は何かに怯えるように見開き、焦点も合わない。
「ちよ、こ……。」
更にぼそぼそと呟き始める。
「……あぁ、そういうことか。こっち行こ。」
まるで察したように、ワゴン車の手前、商店街の外れ。人間にはとても入れそうにない道へと連れた。そして、
「ちょっと待ってて。すぐに戻ってくるから。」
そう告げて商店街の方へ掛けていった。
少女は考えた。この道に見覚えがある。今まで忘れていた、自分が何故彼らの処にいたのか、あの子は何処にいるのか。
「お待たせ。」
多分、行ってからかなり早い帰りだ。頭を下に向けたまま上げることができず、
「…ねぇ。」
「見て見てーこれ、」
「話、聞いてよ。」
少し冷たく怒鳴ってしまった。半透明に色づいた息が舞う。彼は呟くように、
「なんとなく思い出して来たかな。知らないって言ってたけど、一度来たことがある。その時、幼い人間の女の子といたはずだよ。」
幼い人間の、女の子。
「…千夜子。」
「あぁ、そう言って魘されていたよ。」
「……魘されてた?」
あの日、千夜子が大きなリュックに私を入れて、突然家を飛び出した。
服や歯ブラシや財布がいっぱいに詰まって、いくら狭い処が好きでも苦しかった。まんまるみかんのような夕日を浴びて、外に出た私が見たものは、家の中では無かった騒々しいような、愛おしいような音と人間たち。千夜子は泣きじゃくって、私を抱いた。理由は分からない。そのとき、一口サイズのハート型をしたピンク色の物を貰った。チョコレートが好きなあの子の頬はもう濡れていなかった。「ショコラ、イチゴ味だよ!」と、それどころか満面の無い笑顔だった。
「ちょうど、メロと食材調達をしている途中、金持ちそうな人間が現れて、楽しそうに店を廻っていた女の子の手を引っ張り出した。女の子は抵抗しても力が足りなくて、黒茶の子猫が引っ掻いたんだ。子猫は此の小路に殴り飛ばされた。幸い怪我は軽かったみたいで、僕たちでも対処できた。」
「ウソ………。」
「そこに落ちてたんだ。これが。」
それは、白い大きめのリボンでした。
「飼い主は分かってるね。ショコラ、君には白がとても似合うと思うよ。」
今日の空も同じ蜜柑色の夕日だった。
同じ甘い匂いを感じて、細いあたたかい腕の中を恋しく思う。
遠くから3つの鳴き声が聞こえてくる。待ちくたびれてしまったメロと歩き疲れた双子の姿。げっちゃんもとい、月白はそれに気付く。蹲る小さな彼女は暫く顔を上げることはなかった。まるで、自分独りの世界に入ったかのように。
いかがでしたでしょうか?
もしかしたら、この話と似たような話を知っている方もいるかも?
本当は短編で終わらせるつもりでしたが、思いの外、長くなりそうです。
この物語の主人公ショコラのことばかりしか書けなかったため、近いうちにげっちゃんやメロの事、双子の名前も明かしていきたいです。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。




