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いつか、あなたと  作者: 千夢
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第七章 いつか、あなたと

 ああ、ため息が出る。僕の女神はどこにいるのだろう。

 これが学生の呟きならばぐずぐずせずに前を向いて、未来のために勉強しろ、と突っ込むところだが、これは高校教師の僕の想いだから、誰にも突っ込めない。

 僕には合計三百年ほどの記憶がある。今回で七回目の転生だ。何の因果か分からないが、毎回、日本で育ち、毎度同じ魂の女性に出会い、いろんな理由で別れ、僕は想いを遂げることができなかった。

 七回目ともなると、いつ会えるのだろうかという期待と、どんな別れ方をするのだろうという、始まる前からの諦めの気持ちが入り混じっている。

 そんな僕は、今までの転生を生かすため、日本史の教師への道を選んだ。記憶があるからこそ話せる授業内容のおかげで、僕はちょっと人気のある教師になっているようだ。顔がもうちょっと良かったら女子高生の輪が絶えなかっただろうな、なんて思うのは、一途なだけでない僕の煩悩。


 きょうは春休みが終わってから最初の授業の日。予定表を見ると一年三組で一時限目からとなっている。……僕のエンジンがかかるのは二時限目なんだけどな、と、思いながらコーヒーを喉に流し込んで立ち上がった。

 歴史に興味を持たせるには、自分が一番興味を持っていることを知らせるのが一番というのが僕の持論。きょうは江戸時代の庶民の話をしよう。

 始業五分前の鐘が鳴る。まさか最初の授業に遅刻する奴はいないだろうが、念のため、ゆっくり歩いてやるか。

 わざと教科書やチョークの箱を持ち直したり、眼鏡をかけ直したりしながら一年三組の教室に向かう。

 教室に着くと、緊張した面々が席に着いていた。きょうはリラックスさせるのが目的だからこの緊張感はどうやって取り除いたらいいかな………。

 まずは出欠を取る。名前と顔を覚えるのは得意だ。顔はキャラクターや有名人に例えてみる。名前は似た語呂合わせや、今までに出会った人と絡めて覚える。これを知り合いに言ったところ、かえって混乱しないかと言われたが、僕にとっては最適な覚え方だ。

 ……と。

 席が一つ空いている。まさか、初日から授業に来ないとは、神経の太い奴だな、言わないけど。僕はため息をつく。

「渡瀬星蘭……来てないね」

 閻魔帳にしるしを付けて授業を始める。

「皆さん初めまして。清水颯太と言います。よろしくお願いします」

 僕はぺこりと頭を下げた。

「きょうは入学したての皆さんの日本史初めての授業ということで、まず、日本史が苦手だという人、手を挙げて」

 僕が言うと、正直に手を挙げる子が数名いた。

「はい、おろして。どんな授業でも全員が好きだという教科はないのでそれでいいです。ただ、今、手を挙げた子たちが少しでも日本史を好きになるようにするのが僕の役目なので、きょうは順番を無視して、僕の得意な江戸時代の庶民の生活の話をしたいと思います。受験に関係ないと思う子もいるかもしれませんが、歴史を知る上で興味を持って幅広く知識を得るというのは非常に有意義ですよ」

 ここまで話したところで生徒の反応は薄い。中には内職を始めるためか、寝るためか、教科書を立てて壁にしている子もいる。

「えー、江戸時代というと、時代劇を思い出す人が多いかもしれませんね。NHKの大河ドラマとか………」

 と話しかけた僕だったが、聞こえてきた足音で話を止めた。僕は動揺していた。背中に電気が流れるかのようなこの感覚は、生まれ変わってその魂に出会う旅に感じていた。

 ここで出会うなんて。今の彼女はどんな姿をしているのだろう。今までお見合いの話を断り続けてよかった。今度こそ、想いを遂げたい。

 気持ちがあふれそうになって、授業が止まっていることも忘れてしまっていた。そして、その足音は僕が授業している教室の前で止まり、扉がガラッと開いた。

「遅れてごめんね~」

 ……か、軽い。なんだこの軽いノリは。

「渡瀬星蘭で~す。はい、遅刻報告書。なんで校長先生のところに行かないといけないわけぇ~?」

 そういうと、星蘭はまだ慣れていない教室のはずなのに、勝手知ったるかのように空いている席に着く。

 彼女の髪はピンク、結構しっかりメイクされた顔、口にはチュッパチャップス、スカート丈はかなり短かった。

 い、イメージが。お夏のイメージがガラガラ崩れ落ちるんですけど。

 今世の出会いは最悪だった。髪色を否定するつもりはない。高校生がおしゃれに興味を持つことは自然なことだ。それに、メイクだって高校を出たらしないほうがおかしいという人にだって出会うだろう。今から練習したっていいじゃないかというのが僕の持論だ。他の先生方には申し訳ないが、校則なんてただの飾り程度にしか思っていない。

 ただ、今までお夏の魂を持つ女性は清楚なイメージが多く、いい思い出になっていただけに、完全にチャラい星蘭を見てかなり幻滅していた。直前の前世で杏をチャラ男にもっていかれたことも影響しているかもしれない。

 彼女は席に着くなり、教科書を出し壁にすると寝始めた。……遅刻してすぐに寝るとは、ある意味度胸がすわっているな。颯太はあきれた。

 いや、いいんだ、これで。お夏から離れろと言う神様の思し召しなのかもしれない。

 颯太は自分に言い聞かせ、授業を再開した。


 一方、遅れてきた渡瀬星蘭。ドキドキしていた。教科書の影に隠れたのは自分の顔が真っ赤になっているのが分かったから。寝たふりでもして落ち着こうと思ったから。

 なになになに、あのイケメン! 超タイプなんですけど!

 星蘭の心の声が聞こえていたとしたら、颯太はどう思っただろう。彼はイケメンと言われたことがない。それに、お夏の魂を持っている。チャラいことなど吹っ飛んでいたかもしれない。

 星蘭は寝たふりをしながら颯太の声を聴いていた。

 いい、いい。声も素敵。眼鏡も似合うし、雰囲気もいい。もう、あたし、恋に落ちた! 星蘭は自分が何もされてないのにキュンキュンしている。

 颯太は授業を再開した。江戸時代の庶民の話をしている。星蘭はメモは取らなかったが一生懸命記憶していた。なるべく顔が赤くなっているのを知られないように、ミディアムロングの髪で隠しながら、話す全てを記憶した。

 ちなみに、星蘭はこの高校にトップの成績で入学した。そのことを颯太はまだ知らない。そして、星蘭がちゃらい格好をしているのはわけがあるのだが、その理由を知る者もいない。

 江戸時代の話をしている颯太は生き生きしていた。まるで見てきたかのような細かい描写。例えがうまく、今の時代にも生きる話だった。

 星蘭はこの先生なら恋に落ちなくても一生懸命話を聞きたくなるだろうな、と感じた。

 うん、日本史は絶対力を入れて勉強しよう!

 初日の決断は本物で、星蘭は日本史をしっかり勉強した。颯太が言う歴史のこぼれ話もノートの端に書き留め、自分でもその歴史を調べる。どんどん日本史を好きになった。

 ある日、星蘭が友達と遊んでいるときのことだった。

「入学してからだいぶ経つけど、誰か好きな子できた?」

 五人いる中で、なぜかその子は星蘭を覗き込みながら言った。

「なんであたし限定で聞く?」

「ふふ~、なんででしょ?」

「聞くまでもなし。あんた、顔でバレばれよ? 清水先生でしょ?」

「え、そうなの、星蘭!」

「気づかんとはドンだなぁ、初日に真っ赤になってたよ?」

 うわぁぁぁぁ、やめて~~~~! 星蘭は心の中で叫んでいた。

「かわいいなぁ~星蘭は。よし、私が星蘭の恋の応援団になってしんぜよう」

 申し出はありがたいが、何をされるか一抹の不安を持った星蘭。

「あ、私も応援する!」

「私も!」

「私も!」

 あぁぁぁ、流れで賛同されても困るんだよ。あたしだって自分のペースで恋したいの~!

 心の声は届けられず、その場の雰囲気でこう言ってしまった。

「ありがとう」

 少々情けなくなったが、星蘭は前向きに考えることにする。五人で話しかければ清水先生とも話しやすいかも。

 そんな星蘭含む五人の後ろをクラスで一番真面目な男子、牧野優が歩いていた。牧野は手を握りしめながら歩いていた。

 う、嘘だ、星蘭さんが清水先生を好きだなんて。僕の恋は実らないのか。

 牧野には今のところ、この高校に入ってからは友達はできてない。星蘭のように応援団はいないから自分でなんとかするしかない。牧野は今まで本と恋をしていると言われたぐらい本を読んでいるので、イメージだけはできるのだが自分の気持ちをコントロールできずにいた。つまり、牧野は初恋をしていた。

 相手は大人か。高校生を相手にはしないだろう。

 牧野の希望的観測がどうなるか分からないが、今のところ、颯太は星蘭のことをチャラい学生としか認識していない。お夏のことも影響せず普通の生徒として接している。ただ、何がどう転ぶかは誰も知らない。


 星蘭の友達は『星蘭の恋の応援隊』になり、なぜか会議と称して放課後、教室に残ることが多くなった。

「とりあえず星蘭、勉強教えてもらいに行こう!」

「そうそう、まずは近付かなきゃ」

「大丈夫、最初だけ私たちもついていく!」

 そうは言われたものの、星蘭は日本史で今まで習っているところで分からないところがない。

「うーん、勉強面より、別の面でつながりたい」

 全部わかるというと角が立つと思い、星蘭は別のことを絞り出した。

「そうなると……部活?」

「清水先生って、何部だっけ?」

 全員が一瞬静かになった。

「そこ、なぜ星蘭が知らない?」

「えっと、なんでかな? えへへ」

「恋する乙女、もうちょっとがんばれ」

 みんなが笑っていた。ただ、星蘭は少し冷静になる。この応援隊だって、お祭り騒ぎみたいなものでしょ?話題がないから人の恋で遊んでいる。

「ねぇ星蘭。どうして髪、ピンクにしちゃったの? 中学まで黒だったじゃん」

 星蘭には言えない事情があった。反抗期、という一言で済ませられない事情。

「魔が差しちゃったかなぁ~さすがにピンクはまずかったかなぁ?」

 話を適当にそらす。

「変えたかったんだよね、状況を」

 とても小さな声で呟いた星蘭の言葉は誰にも届いてなかった。

「今からでも遅くない。黒に戻しなよ! あの先生、日本史好きだから純日本人の星蘭を見たらきっとぐらつくよ!」

 星蘭はぐっとこらえて小さな声で言うにとどめた。

「これは私のポリシー。よほどのことがない限り、変えない」

 応援隊は星蘭の小さな、でも力のこもった言葉に全員言葉を失った。

「はい、とりあえず明日からのテストに備えて、帰って勉強しよ?」

 星蘭は場の雰囲気を変えるようにパンっと手を叩くと、カバンを持って走り出した。

「あ、待って、星蘭、数学教えて!」

「あたし古文!」

「英語~~~」

 全員が星蘭を追いかけた。


 二日間かかった中間テストが終わった。颯太はテストを採点していた。一年生のテストはガタガタだ。ここの高校は一応進学校と呼ばれている。毎年、大抵初めてのテストでは一年生は自分の力を過信して中途半端に勉強して、全教科、本人の予想よりがくんと低い点を受け取る。洗礼みたいなものだ。

 ん? 一人百点満点がいる。

 ……星蘭だ。

「どうです?生徒の成績」

 英語の先生が話しかけてきた。

「大体いつもと一緒ですが、一人だけ百点がいました」

「ああ、渡瀬でしょ。あの見かけで騙されるけど、トップ入学者ですからね。英語もほら」

 星蘭の名前が入った百点のテストを見せる。

「あー、残念、こちらでケアレスミス」

 数学の先生が本当に悔しそうにバツを付けていた。

「ま、まさか………」

「そのまさか。渡瀬、ほぼ正解なのにマイナスつけ忘れてんの。噂通り、うっかりさんだね」

 99点を見せながら、ほう、と息をついていた。もったいない、と呟きながら。

 結局、星蘭が間違えていたのは数学のその1点だけだった。教師陣も今までにない快挙だとしばらく話題になった。

「ふん、いくら点数が良くたって、風紀を乱してはダメだ」

 体育教師で生活指導の岡本がしかめっ面をする。

「なんだ、学校にピンクの髪で来るとは。今まで金髪はいたが、ピンクなんて学校を馬鹿にしすぎている!」

 岡本は、ドン、と机を叩く。

「風紀って、そんなに大切ですかね?」

 ぼそりと颯太は呟いた。

「なに?」

 岡本は聞き逃さなかった。

「清水先生、風紀を守るから学校は成り立つんです。一人一人が勝手な行動をしたら困るでしょう」

 岡本が興奮気味に言うと、颯太は冷静に答える。

「学生の仕事は勉学です。渡瀬はちゃんと勉強しているではないですか。格好こそ特殊ですが、学校内外でも乱れた行動をしているわけではありません。本人が何かに気づくまで、僕ならほっときますね」

 岡本はなにか言いたげだったが、ふん、と息を吐くと職員室を出て行った。

「大丈夫ですか、清水先生?岡本先生を敵に回すとめんどくさいですよ?」

 颯太は何も言わずに微笑んだ。それにしても、星蘭、努力してるんだな。ただチャラいだけじゃないんだ………。

 意外な部分を知った颯太は星蘭がお夏だということを抜きにしても気になる存在になった。


 ある日の放課後、颯太はスーパーで買い物をしていた。

「漬物、どこだ?」

 適当に探していると、小さな女の子がいた。いや、いることは普通のことだが、その子が納豆のパックで積み木ごっこをしているとなると話は別だ。食べ物で、しかも売り物で遊ぶのはダメだろう。近くに親はいないのか?

 颯太が周りをきょろきょろ見回していると、つかつかと女の子に近寄る学生がいた。

「お嬢ちゃん」

 声をかけたのはピンクの髪の学校の制服のままの星蘭だった。

「これはね、食べ物なの。それに、このお店の商品なのね。おもちゃじゃないんだよ? ちゃんともとに戻そうね?」

 星蘭がそういうと、女の子は片づけずに走って逃げてしまう。そして、そばにいたらしい母親が星蘭に文句を言った。

「ちょっとあんた、うちの子になんなの? 近づかないでちょうだい」

 そういうと女の子の手を引いてどこかに行ってしまった。星蘭はほう、と息をついてつまらなそうな顔をして、ぐちゃぐちゃになった納豆を片付けていた。颯太は話しかけることにした。

「見てたぞ、渡瀬」

 星蘭はびっくりした顔で颯太の顔を見た。

「子供相手でもきちんと話せる、いい子なんだな、渡瀬は」

 颯太がそういうと星蘭は横を向いて呟いた。

「別に」

 そういいながら、顔が真っ赤だった。でも、離れるわけでもなく、そのまま納豆を片付けている。

「それから、テストも頑張ったな。全教科満点まであと1点だったぞ」

 その言葉を聞いた途端、颯太のほうを向くと、星蘭は悔しがった。

「えー、また満点取れなかったの?! 今度は行けたと思ったのに~。何間違えたの、あたし?」

「数学。マイナスつけ忘れ」

 それを聞いた途端、星蘭は手を頭に当てた。

「がーん、またケアレスミスかぁ! 一度でいいから全教科満点取りたーい!!!」

 その様子を見た颯太は微笑ましく感じた。この子、チャラいんじゃない。格好を借りてるだけだ。格好だけ真面目な子は何人でもいる。そういう子は器用に先生から逃げている。変な器用さを持っている生徒より、こういう不器用でも筋の通った子は大好きだ。

「渡瀬、そのままでいろよ?」

 颯太の言葉に、星蘭はきょとんとした。

「え、髪、ピンクでもいい?」

「そうじゃなくて。正しいことをやれる人間でいてくれ。僕はさっきの子に注意しようとして躊躇した。渡瀬は躊躇せず注意した。そういうところはなくさないでくれ」

 言われた星蘭はというと、褒められたというのにつまらなさそうな顔をしていた。

「それは私が決める。先生が決めないで。実際、ああいう注意をして親に文句を言われることなんて腐るほどあるんだよ。それに耐えられる間は言うけどね」

 この言葉を聞いた颯太は、星蘭が今のように注意したのが今回だけではないことを知る。本当にまっすぐな子なんだと再確認した。

 この一件があって以来、颯太は星蘭のことを意識し始めた。星蘭は気が利く子だということが良く分かった。教室に花をもってきてきれいに飾る。体育の授業の後、率先して片づけをしたりしている。友達といるとき、独りぼっちになる子がいないように話しかけたり。格好こそ派手だが仲間や空間を大事にするとても親切な子だ。

 星蘭の恋の応援団は颯太を見つけるといつも五人で近づいてきた。

「せんせー、この五人の中で誰がタイプ~?」

 いきなりの質問に少々おののきながら颯太は言葉を絞り出す。

「それ聞いてどーすんだ」

「ふふ~、いろいろ参考にする~」

「なんの参考だ、なんの」

 颯太の顔はちょっとだけ引きつっていた。ここで星蘭と言うわけにもいかないだろう。

「いいから、教えてよ~」

「あのな~、もしいたとしても付き合ったら先生が犯罪者だろー」

 生徒たちは手を叩いて笑っていた。星蘭以外は。

 そっか、犯罪になっちゃうんだ。年の差って、つらいな。

 星蘭の気持ちに気づかない颯太。そして、その様子を見る牧野がいた。

 そ、そうだ、渡瀬さんと先生が付き合ったら犯罪なんだ。やっぱり僕のほうが有利だ。

 絶賛片思い中の牧野は勝手に喜んでいた。かといって、作戦は何も思い浮かんでいない。学年一の真面目君は雑誌すら読まない。よく学生が雑誌の恋愛指南などを参考にして失敗するが、牧野の場合はその前段階だ。何をどうしたらいいかも全くわからずにいる。そして、臆病な性格ゆえ、この先も何も行動を起こせそうにない。

 季節は夏になっていた。

「ねー、夏休み、何か予定ある~?」

 星蘭の恋の応援団は相変わらず放課後に会議と称して集まっていた。外側も廊下側も窓を全開にして、みんな下敷きをうちわがわりにしてあおぎながら話す。

「ない~」

「てかさー、夏休み明けの文化祭しか興味ない~」

「演劇、星蘭でるんだっけ?」

「うん~、なんか、役がまわってきた~。なんで選ばれちゃったんだろ~」

 困惑気味に言う星蘭。そこに、あの体育教師岡本が廊下から話しかけてきた。

「渡瀬、ちょっとこい」

 星蘭は小さくため息をつくと、席を立つ。目の敵にされているのは分かっていた。

「その髪の色は何だ。学校をなめているのか。それにその化粧。スカートも測るまでなく短い。校則違反なのは分かっているだろう」

 岡本の説教が始まる。くどくどねちねちと続く話に、下を向いている星蘭も逆ギレしそうになっていた。

 それを見つけた颯太。ほっとけなかった。

「渡瀬~」

 ふと見つけたふりをして近づく。

「この前は片づけを手伝ってくれてありがとな。あ、岡本先生、どうも」

「どうも、じゃないでしょう、清水先生。渡瀬のような格好をしている生徒に注意するのが教師の役目の一つでしょう」

 やっぱりな、と颯太は心の中でため息をついた。

「渡瀬、文化祭の役の格好するには気が早すぎるんじゃないか?」

「ぶ、文化祭?」

 岡本が怪訝そうな顔をした。

「あー、やっぱり~?」

 星蘭も適当に話を合わせる。

「ま、ピンクの髪のせいで役に抜擢されてたのは知ってる。でも、役の化粧の練習は夏休み明けでも十分だろう。スカートも打ち合わせかぁ?」

「あはは、そうなんですよ、気の早い子がどれくらいがいいか見たいって言うから調節してましたぁ」

 岡本が苦虫をつぶしたかのような顔をしている。

「文化祭ねぇ。誤解されるようなことしないように。ただ、ピンクの髪のことは注意したからな?」

「はぁ~い」

 岡本の言葉に星蘭がゆる~い返事をすると岡本は仕方なくその場を去った。

「渡瀬、おしゃれしたいのは分かる。ただ、知っているだろうが、学校には学校のルールがある。髪は黒にしておけ。スプレーでいいから」

 それだけ言うと颯太はその場を離れた。しばらくしてから教室でその様子を見ていた星蘭の恋の応援団はきゃぁきゃぁ言う。

「清水先生、神対応じゃん!」

「惚れそうになった!」

 そんな仲間たちの反応よりも、星蘭が一番ドキドキしていた。

 あ、あたし、清水先生に守られた。一生忘れないっ!


 それ以来、星蘭は本当に髪を黒く染めてきた。生徒たちは星蘭の髪の話題を挙げたがそれも一時的なものだった。

 ただ、星蘭は元気なかった。誰かに相談したいことがあったのだが、誰に相談していいかわからずにいる。なんとなく気づいた颯太は放課後に星蘭に話しかけた。

「渡瀬、何かあったか?」

 言われた星蘭は少し戸惑ったが、心にとめたままにしとくのは限界だった。

「先生。相談室で聞いてもらってもいいですか?」

 人に聞かれたくないらしい。颯太は頷くと相談室に向かった。

 部屋に入ると、星蘭はすぐにポロポロと泣き始めた。颯太は星蘭が落ち着くのを何も言わずに待つ。

「我が家、ボロボロなんです」

 星蘭はゆっくり話し始めた。

 両親が不倫をしているいことに気づいてしまっていたらしい。片親ならともかく、二人とも別の相手に夢中になっているらしい。家庭をかえりみない二人は星蘭が髪をピンクにして反抗してみても何も言わなかった。子供に注意できない親二人に幻滅していた。いっそ退学にでもなったほうが二人に構ってもらえるかもしれないと思って、颯太に守られるまで髪を黒くしなかったらしい。颯太に言われるがまま黒くしたのは、両親が褒めてくれるかもしれないという一縷の望みをかけてみたのだが、二人は全くそのことには触れなかった。ようするに、両親にとって星蘭はどうでもいい存在なのだ、私には居場所がないのだ、と、颯太に打ち明けた。

「そうか、落ち着く場所が欲しかっただけなんだな、渡瀬は」

 颯太が言うと星蘭はこくんと頷いた。

「……先生」

 星蘭は思い切って言うことにした。

「先生、あたしの落ち着く場所になってください」

 颯太は困っていた。話を聞いたからには何か返事をしなくてはならない。しかし、今は高校生とその教師という立場だ。本音を言えば颯太は星蘭に恋していた。自分でいいのなら居場所にでもなんでもなりたい。でも、今は彼女に想いを叶えられない。

「期待させても悪いからちゃんと言う。僕にはできない」

 星蘭が卒業するまでは教師と生徒という立ち位置を変えられない、という意味だが、星蘭は振られたと取った。

「……泣いていいですか?」

 うるんだ目で見つめる星蘭はとてもきれいだった。颯太は小さく頷いた。


 教室で待っていた恋の応援団たちのところへ星蘭は戻ると、「振られたぁ~」と報告した。

 それを聞いた応援団はそれぞれ意見を言い始めた。

「一度振られただけであきらめちゃダメだよ!」

「そうかなぁ、追いかけたら逃げるタイプかもしれないじゃん」

「うーん、でも、何回か告られて付き合うことにする人もいるじゃん」

 この会話を聞いていた星蘭はかえって冷静になっている自分に気づいた。所詮、応援団はお祭り騒ぎだ。相手のため、みたいなことを掲げて自分が楽しんでいるだけ。……こう考えるのは自分がひねくれているからだろうか。でも、もういいや。

 この日以来、星蘭は颯太のことをあきらめることにした。好きな気持ちが消えたわけではなかったが、時がたてば落ち着くだろう、と、心に蓋をした。


 時は経ち、星蘭は三年生になり、卒業を控えていた。黒髪に、化粧しない顔、スカートも多少短いかもしれないがその程度なら校内いくらでもいる。学校という空間ゆえ、教師とは必ず会う。颯太が転任しなかったため、日本史の授業になるたびに顔を見た。忘れられなかったが、もうすぐ離れることになるのだからと心の蓋はそのままにしていた。

 成績優秀だった星蘭は大学に推薦入学が決まっていた。近く、一人暮らしが始まるから家庭のごたごたも関わらなくてよくなる。気分は落ち着いてきた。

 自由登校中のころ、一度、颯太に挨拶したくて星蘭は学校に登校した。

「清水先生!」

 そういうと颯太に駆け寄った。

「先生、ありがとね」

 星蘭が言うと、颯太は首を傾けた。

「岡本先生に注意されてた時に助けてくれてありがとう。それと、振ってくれたことも。あの時、中途半端にされたらかえってつらかったと思う。あのおかげで落ち着きました」

 まだ颯太のことが好きだった。でも、大学に行けば別の出会いもあるかもしれない。何かが始まるかもしれない。

 颯太はというと、ちょっと焦っていた。星蘭のことが大好きになっていた。お夏というきっかけを抜きにしても普通に恋していた。今、星蘭は一歩踏み出そうとしている。教師としては背中を押してやるべきだ。しかし、男としては星蘭を捕まえたい。短い時間考え、ここが校内だということを踏まえ、教師としての返事をすることにした。

「落ち着いたなら良かった。大学行っても元気でな」

 颯太はこういいながら、気持ちが爆発しそうでたまらなかった。自由登校期間。次に会えるのは卒業式だけかもしれない。

 また結ばれないのか。転生して何度も恋をして、それでも結ばれない恋。勝手にお夏と結ばれるためと決めつけていた転生も、別の意味を探さないといけないのかもしれない。次の転生では何が起こるのだろう。

 今世が終わる前から来世のことを考える颯太。星蘭が手を振って微笑むと、颯太の心にちくりと針が刺さったような気がした。


 三月一日。卒業式の日。星蘭も無事に卒業証書を受け取った。

 証書を入れた筒を持ち、教室で友達と記念写真を撮った。ホワイトボードにはきれいな色合いで卒業おめでとうという文字、桜、学校などが描かれている。感慨深げに教室を見る星蘭。もう、ここに来ることはないんだなぁ。

 自分の席に一度座り、机をなでると心の中でありがとうございましたと呟く。不思議と涙が出てくる。いろいろあった。あの岡本のことさえいいことだったかのように思える。

 窓から校庭を見る。在校生が卒業生を待っているようだった。

 ああ、部活してる子なんかは花をもらったりするんだろうな。あたしもなにかやっとけばよかったかな。

「星蘭! 帰ろう!」

 友達が声をかけてきた。星蘭は頷くと席を立った。三階からゆっくり降りる。出会う友達みんなに挨拶し、手を振りながら一階まで下りた。校庭には在校生に囲まれる卒業生、花束を持って泣いている卒業生がいた。

 星蘭が校門を出ようとしたとき、大きな声が聞こえた。

「渡瀬星蘭!」

 声の主は清水颯太だった。颯太は職員室のそばの窓から声をかけたらしい。

「そこで待っててくれ!」

 星蘭はなにごとかと思ったが、言われたとおり待っている。校庭は颯太の声で一瞬静かになった。何が起こるのか全く分からない。

 颯太は必死に走った。もう、きょうしかチャンスはない。とにかく星蘭に会わなければ!

 校内から飛び出した颯太は、星蘭のそばにくると、ゼイゼイと息をついた。そして、それが収まると、決意したかのように叫んだ。

「きょうを待ってました。星蘭さん、僕と付き合ってください!」

 これを聞いた生徒たちはどよめいた。星蘭は混乱した。え、なにこに感じ、だって、あたし、振られたじゃん! ていうか、これ、返事、今するの?!

 焦った星蘭はつい、こう叫んでいた。

「こんな大勢の前で告白だなんて、デリカシーないの? 馬鹿なの?!」

 先ほどのどよめきは一気に冷めた。颯太は失敗した、と落ち込みかけたその時。

「付き合うに決まっているでしょ!」

 星蘭の言葉が颯太は一瞬分からなかった。今、なんて言った? 付き合うって、言った?

 完全にツンデレだった。

 周りは、軽いパニックになった。男子生徒が集まってきて「胴上げしようぜ~!!!」と颯太の周りに集まり、わっしょい、わっしょい、と彼を持ち上げる。

 その輪の中で泣きながら颯太の足を持ち上げる牧野がいた。ああ、僕の恋は叶わなかった。もうやけだ。お祝いすりゃーいいんだろっ!

 この年の卒業式はこの学校の歴史のように語り継がれることになった。


 一か月後、一人暮らしをしている星蘭のもとに颯太が遊びに来ていた。二人で映画を見ているとき、ふと、颯太は自分のことを言いたくなった。

「星蘭」

「はい?」

「ちょっと聞いてほしいことがある」

「ほい」

「おとぎ話だと思って聞いてくれないか」

「はいな」

 颯太は話し始めた。自分に合計三百年くらいの記憶があること。何度も生まれ変わり、お夏の魂を持つ女性に恋に落ち、いろんな形で想いを遂げられず終わっていった人生。今世でも、星蘭と会ったときはそれまでの転生と同じように背中に電流が走り、最初の人生で出会ったお夏だと確信していたことも伝えた。

テレビ画面の映画はエンディングを迎えていた。

「やっと捕まえた。君を。いつか、あなたとと思いながら過ごした人生もやっと想いを遂げられる。星蘭。僕と結婚を前提にこれからもつきあってくれるかい?」

 それを聞いた星蘭はにっこり笑う。

「はい」

 返事を聞いた颯太は星蘭を抱きしめる。

「ていうかさー、颯太。過去にとらわれず、今を生きて楽しまなきゃね?」

 その言葉に、颯太は「そうだな」というと星蘭を抱きしめる腕の力を少し強めた。


星蘭が大学を卒業した年に、二人は結婚した。幸せな生活を送っているある日、星蘭がソファで転寝していると不思議な夢を見た。

 それは、自分が青い着物に赤い帯を着て店にいる。お夏と呼ばれていた。そして、兵吉という男性にこう話しかけていた。

「年季が明けたら、あなたの元へ参ります」

 飛び切りの、笑顔だった。


END

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