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第二話 もう一人の魔法少女③

 地元の下川駅を利用してやってきたのは、都市部やや手前に位置する大須観音駅だ。


 電車内は平日土日に関係なく大変混み合っていた。通勤ラッシュよろしくすし詰め状態じゃなかっただけまだマシといえるだろう。

 駅を出ると雑踏のざわめきが俺たちを迎え入れた。そこまで過疎っていた記憶はないが、地元じゃとても見ることのできない光景だ。


「どひゃー、相変わらず人が多いねえここは」


 そんな見たまんまの感想を漏らしたのは、半袖のホワイトスウェットにデニムサロペットを着こなした郁夏だった。俺たちより三歩ほど先を大股で歩いている。


「うへぇ、気持ち悪……」


 次にそんな嗚咽を漏らしたのは、例によって郁夏の服を着たティナだ。乗り物酔いでもしたのか、両腕をだらんと下げ横揺れしながらのったり歩行。電車を降りてから大丈夫かよと声を掛け続ける声も問題ないの一点張りだ。下らないプライドが邪魔でもしてんのか?


 今現在三人で行動する俺たちは、駅を出てすぐのところにある大須商店街まで足を運んでいた。大門寺の姿がないのは別に俺が仲間外れにしたからじゃないぞ。今週の土曜は子供向けアニメ(魔法少女)のイベントショーがあるとかでこっちそっちのけで行きやがったんだ。


 終わったら後で合流するとか抜かしてたが、友情より趣味を取る裏切り者には後で適当な場所でも教えておこう。

 大須商店街は休日ということもあり大勢の人で活気付いていた。

 外路上に様々な種類の商店が多く立ち並び、アーケードの天窓から淡い自然光が差し込んでいる。


「……で、初めはどこに行くんだよ?」


 歩きながら、俺は先行く郁夏の背中に話し掛けた。郁夏に限ってノープランなんてことはないだろうが。

 顔だけをこちらに向ける郁夏は「あそこ」と通りの一隅を指差した。

 指差すほうを見遣ると、俺の目に飛び込んできたのは女性ものの下着、ぶっちゃけるとパンティやブラジャーだった。

 出入り口付近に置かれたスタンド看板には『下着屋 フェアリー』というロゴが踊っていた。ランジェリーショップというやつだろう。男の俺には当然馴染みがない。


 男子禁制――というわけでもないだろうが、入っていいものか躊躇(ためら)っていると、急に俺の腕に郁夏の腕が伸びてきた。そして流れるように腕を組むと、ずんずんと歩き出し店の中に引きずり込もうとする。渦潮に巻き込まれたように自由が利かなくなる俺。

 よく見るともう片方の腕にはティナがいた。俺同様半ば無理矢理に連行されているようだ。


「お、おい。流石に俺は外で待ってたほうがいいんじゃないか?」

「だーめ。買うお金だって全部翔太もちなんだし。それに男子の意見って結構貴重なんだよー?」


 財布はともかく、意見係に任命されてもまともな言葉を言えるか保証できねえぞ。

 そんな俺の思いは案の定聞き届けられず、あれよあれよのうちに店内に足を踏み入れた俺は、人見知りの激しい子供のように郁夏の後ろにくっついていた。


「これじゃあ歩きにくいよ翔太」

「うるせえ。こちとら周囲の目が痛いんだ。このくらい我慢しろ」


 思った通り店の中は女性客ばかりで男は俺一人しかいなかった。まぁ俺の気にしすぎってのも少なからずあるんだろうけど。

 カピバラよろしく固まって行動する俺たちのもとに店員と思しき女性が近付き、接客スマイルを張り付けながら話し掛けてきた。

 そしてその話し相手となったのは郁夏で、黒のセクシーな下着を手に取るティナを呼び、店員に連れられて試着室へと吸い込まれていった。

 よくは知らないが、胸や腰回りのサイズとかを測るんだろうか。

 因みに、ノーパンノーブラのままではまずかろうと、郁夏の提案で俺のお袋の下着をティナに貸してやった。郁夏じゃ圧倒的にサイズが足りてないからな。なんて言ったら殺されるからもちろん胸の中に留めておく。胸の話だけに。

 少ししてティナと女性店員が試着室から出てきた。それから俺たちを認めるや郁夏を指定しこちらに来るよう促した。保護者代わりにでもされてんのかな。

 話が終わると店員が郁夏たちの元から離れ、俺そっちのけで下着を物色し始めた。

 そんな中割り込むのに抵抗を覚えつつ、しかし男の意見を聞きたいと言ったのはあっちだ。にじりよる俺に気付いた郁夏がねえねえと駆け寄る。


「これどっちのほうが可愛いと思う?」


 郁夏が手にしていたのは、両端に青いリボンが付き華やかなレースが施されたパステルカラーのパンティに、真ん中にピンクのリボンが付いた薄ピンク色のパンティだった。


 どっちが可愛い、か。う~~ん。俺的には両方いいデザインだと思うんだよな。とてもじゃないが甲乙つけ難い。

 そう言ってやると「そっかそっか」と何やら納得した様子の郁夏は、身を翻し、いくつか下着を持ってティナと一緒に試着室へと消えた。

 離れるのもなんだし近くで待っていると、中から賑やかな声がし、ティナにも普通の女の子らしい一面があるんだなと思っていた刹那、シャッとカーテンが引かれた。

 なんだもう終わったのかと自然な流れで郁夏たちを見て驚いた。そこには下着姿の女が二人立っていた。

 左手でカーテンを掴みパステルカラーの下着をつけていたのがティナで、その斜め後ろで思いっきり赤面していたのが郁夏だ。胸部と下には薄ピンクの下着。思ったより布の面積が少なくて焦る。それにティナと比べると見劣りするのは確かだが、郁夏も着痩せしていたと思えるほど十分に実っている。

 俺がその光景に目を逸らすことも泳がすこともできずにいると、ティナが「どうだ、似合っているか?」と訊いた。青色の瞳が正確に俺の目を捉えている。恥ずかしさは微塵も感じていないらしい。胸がはだけた時やおしっこが漏れた時は羞恥に染まってたのに、下着だとセーフなのか?


「えーと……」

「ちょっとティナちゃん、急に開けたりしたらダメだって!」


 言葉を詰まらせる俺を一瞥し、目にも留まらぬ速さでカーテンを引いた。

 呆然と立ち尽くすこと三分、ゆっくりとカーテンが引かれ、郁夏たちが出てきた。

 気まずい空気でもあるかと身構えるがそんなことはなくティナ同様「どうだった?」と訊いてくる。その言葉には一瞬だけど見たんでしょという意味合いも込められているようだった。

 その問い掛けに「まぁ悪くないんじゃないか」と答えるとえへへと笑い表情を和ませた。無駄な言及は避けられたようだ。


 会計にやってきて俺は下着の入ったかごを置いた。その数は全部で八枚。ブラ四、ショーツ四の半々だ。思ったより数が多いが郁夏曰く最低でもこのくらいはいるらしい。まぁお袋のをずっと貸すわけにもいかないしな。

 因みに、うち二枚は俺から郁夏に献上するものだ。あの青いやつがお眼鏡に適ったらしいから特別だ。

 財布を取り出した俺はレジに目を遣り、うっ、高い。合計で三万以上ってマジか。

 一瞬ドキっと、しかしどうでもいいプライドが発動したのか分からないが、顔には出さずスッと取り出す。

 家計は実質俺が一人でやりくりしてるようなもんだから貯蓄は十分にあるつもりだ。無駄なことには一切使わず今まで貯めに貯めてきたからな。

 会計を済まし店を出てから俺は郁夏にこっそりと話し掛けた。


「なんかティナのブラだけ他の値段の倍近くかかってたけど、何でだ?」

「下はいいけど、上は人それぞれサイズが異なるじゃん? 平均的にAからDは多いけど、それより上のサイズは少ないからあまり作られてないんだよねー。だから普通サイズよりも高いし、ここは置いてあったけど可愛いブラとかも少ないんだよ」

「そうだったのか。女も大変なんだな、いろいろと」


 言ってから他人事のような発言になってしまったと郁夏の顔色を伺うが特にお咎めもなく、その後向かいで経営を営む洋服店に入りレディースコーナーへと足を伸ばした。

 オレンジ色のライトが照らす店内でよりどりみどりの中から厳選した服を着衣室でティナが着替え、ジャーンと郁夏に見せられたのが、水色で清涼感のあるガーリーワンピースだ。ゆとりのある服を選んだからか巨乳もあまり気にならない。さらさらの腰まで伸びたミルク色の髪も相俟ってこんな場所でも実に絵になる。

 それにしても……


「……む、何を黙りこくっている」


 俺が押し黙っていることに怪訝そうな表情のティナ。これはさっきと違って正直に感想を言うべきだよな。


「いや、すげえ似合ってるなぁと思って。いいじゃん、それ」

「……っ!」


 俺の言葉に身体に電流が走ったようにびくんと跳ねたティナはすぐにカーテンを引いた。

 俺、何か気に障るようなこと言ったか?


「ッて!?」


 背中に走る痛みに振り返ると、郁夏が意味深にも笑っていた。何なんだよその不可解な笑みは。

 理解だけが追い付かないまま、この店での会計を終え外へ出る。

 ここでは三着ほど服を買ったが下着よりも安上がりで済んだ。ティナは一番初めに試着したしたワンピースがよほど気に入ったのか、店の中で着替えもう身に付けていた。こういうのは一度洗濯してからのほうがいいんだろうが、本人が気に入ってんならいいか。


 存外時間の経過が早いようで、昼前となり、まだ買い物が続くような気配が感じられたが、一度個人的に行きたい店があるからと郁夏がうちのパーティーから離脱。その間大門寺からどこに向かえばいいというメールが送られてきたが、流石に適当な場所を教えるのは気が引けたので無視しておくことにする。

 朝飯は食ってきたがそろそろ小腹もすいてきたためティナの要望で――たまたま目に付いた店を指差して――クレープ屋で生クリームクレープとアイスクリームクレープを二つ購入し、俺たちは近くにあった公園の端のベンチに腰を落ち着けていた。


「うむ、甘味があり美味だ」


 微妙に韻を踏んだ言い方をして生クリームクレープを食するティナ。よほどうまかったのか俺が四分の一を食べる頃には全てティナの胃袋に収まっていた。

 穏やかな表情を浮かべるティナは不意に俺に顔を向けると、


「翔太」

「ん?」

「感謝している」


 脈絡なく告げられた謝辞に思わず面食らう。


「な、なんだよ急に」

「身の回りの世話のみならず必要な物資まで取り揃えてくれたことに対する感謝だ。決して安くはないのだろう。そのくらいは分かる」


 まぁ高いか安いかでいえば前者だろうが。


「いいよいいよ。元はといえば俺が言い出したことだしな。最後までしっかりと面倒見てやる」

「……何だか養われているようで不服だが、事実その通りなのがいかんともしがたいな」

「別にいかんともしがたくないだろ。そこは素直に受け入れとけよ」


 なんて心を開いた者同士の会話をしていた時だった。少し離れた位置から「見つけたっ!」という上ずった声が聞こえたのは。

 俺は声のするほう、真向かいの滑り台に目を向ける。そこには魔法少女と(おぼ)しき格好をした少女が滑り台の上に立っていた。

 真朱のノースリーブワンピースの上に真ん中が左右に開いたセーラー服を着衣し、ちんまりとした胸元の大きなリボンが特徴的で、手にはスキーグローブのような朱色の手袋をはめ、背中にはへその位置までしかない白いマントを羽織っていた。

 この場に大門寺のやつがいたら泣いて喜びそうだな。


 赤髪ツインテールの少女は俺たち、いやティナを正確に捉えていた。走り込みした後のように息を切らし、眉を吊り上げティナのことを睨んでいる。

 知り合いか? だとしたらいつだ。この世界に転送される前か後でかなり話が違ってくるぞ。

 その少女は薄い胸に手を当て、深呼吸をし息を整えると、次のように叫んだ。


「――ティナ・リ・オール・ルーデンベルク! よーやくあんたを見つけたわ!」


 俺はティナを横目で見る。この発言に対しこいつはどう切り返すのか――


「翔太、今しがた食したクレープとやらを再度所望してもいいか?」


 完っっ全に無視したー!

 せわしくも名も知らぬ少女を見ると、明らかに不機嫌オーラを漂わせ、イライラと身体を揺らしていた。


「オイ、お前の知り合いだろ? あの子。無視していいのかよ」

「わたしは知らん。仮に知っていたとしても人違いで済む話だ」

「こらー! 聞こえてるわよー!」


 地団駄を踏む少女はワンピースの裾を押さえて滑り台を滑ると俺たちの前へと歩み寄り、未だに知らないフリをするティナに人差し指を向けた。


「あんたよあんた! あんたティナでしょ? どうしてリリィのこと無視すんのよ」


 自身のことを名前で呼ぶ少女に、ティナがどうするべきか考えあぐねていたようだったが、深く溜め息を吐くと致し方ないといった様子で面を上げた。


「まさかこの世界で初めて対面する魔法少女がお前だとはな」


 明らかに面識のある口振りだ。思った通り知らないフリをしていただけか。

 というか、案の定魔法少女だったな。


「やーっと口聞いてくれたわね。リリィ無視されたんじゃないかと思って少しショックだったわ。それよりあんた、えらく可愛い格好してるじゃない。ここに遊びにでもしにきたのかしらん?」


 そんな煽るような言葉もなんのその、ティナは「そんなつまらん戯れ言を抜かすためにお前はここに来たのか?」と鼻で笑ってみせた。すると煽り態勢が欠落しているのか「そんなわけないでしょ」と身を翻すと、なぜか斜向かいにある回転ジャングルジムに上り出し器用に真ん中の天辺に立った。いまいち高いところに上る意味が分からないのだが。


「仕切りなおしよ、我が永遠のライバルティナ。ここで最初にあったのもきっと運命か何かに違いないわ。というわけで、今からあたしと勝負なさい!」

「お前あいつとライバルだったのか?」

「妄言だ。事実無根にも程がある」

「だから聞こえてるつってんでしょ!」


 ぷりぷりと怒る少女は何を思ったのか右手を前に伸ばし「マジカル!」と発するや、急に何もないところから棒状の形をした何かが生成され、少女の手へと落ちてきた。

 次第に原型がはっきりとする。これは杖だ。魔法少女的に言うなら魔法のステッキか。先端部分は太陽のように丸く三角形のギザギザが縁を囲むように覆っていた。


「さあ、あんたも早く武器を出しなさい」


 そう促す少女を尻目に、やれやれといった様子でティナが口を開く。


「土台無理な相談だ。今のわたしはお前と対峙することすら敵わない」

「ちょっと、それどういう意味? あたしには戦う価値すらないってこと?! それともあのルーデンベルク家の次女がこのリリィちゃんに臆したのかしら」

「話は最後まで聞け。転送が開始されたあの日、絶対安全のワームホールに干渉する者が現れ、不覚にもマジックブックを奪われてしまったのだ」

「身ぐるみ剥がされたってこと? え、てことはなに。今マジックブックを出すこともできなければ魔法を唱えることもできないってことじゃん」


 ティナに代わってなぜか少女が頭を抱え、懊悩(おうのう)する。鼻白むというよりは遺憾に思っているようだ。


「……はあ、全力じゃないあんたと戦ってもまるで意味がないわ。ナッポルカンにリアリが入ってないようなもんだしさあ。しょうがない、今は見逃したげる」


 ナッポルカンにリアリという言葉の意味は分からないが――具のないカレーみたいな?――自身の結論は出たようで、手品師のように一瞬にして杖を消す少女は回転ジャングルジムから降りようとし、うっかり足を滑らせたのか落下しそうになった。


「あぶねえっ!」


 手に持っていたクレープをティナに渡し、俺は落下地点を予測し少女のもとへとダッシュ。前面を向け落ちてきた少女を真正面から抱き留めた。

 見たまま軽い彼女の身体だが、いかんせん勢いを殺しきれず転びそうになるも気合いと根性で踏ん張った。どうやら何とかなったようだ。


「ふう……大丈夫か?」


 抱き締めていた身体を離し顔を見合わせると、少女の顔は真っ赤になっていて、口を閉じ大きく目を見開いていた。


「だ、大丈夫……です」


 そんな消え入りそうな少女の言葉とは裏腹に、一切の空気を読むことなく大きく鳴る腹の虫。

 恥じらいも手伝って少女の顔が今以上に赤くなるのが分かる。穴があったら入りたい。彼女の真珠のような瞳は俺にそう訴えかけていた。


「えーと……あ、そうだ」


 俺は思い出す素振りをしてティナの元へと戻ると、クレープを受け取り赤面する少女に差し出した。


「これ、食うか?」


 俺の食べかけだけどとは言えず温くなったクレープを少女は探るような目付きで見、匂いを嗅いでからパクリと口にした。するとぱあっと表情を綻ばせた少女は半ば強引に俺の手からクレープをひったくると一瞬にして平らげてみせた。そこまで腹すかせてたのか。


「もう、ないの?」


 小動物のように目を爛々と輝かせる少女だが、ないと正直に告げるとしょんぼり顔を伏せた。まぁ買えばいくらでもあるわけだが。

 と、そこでようやく俺は周囲の情報を視界を通じて得た。

 商店街からあまり離れていない公園にはそれなりに人もいて、通行人も先ほどの出来事に何事かと足を止めギャラリーと化していた。

 目立っている原因は俺やティナにも少なからずあるだろうが、大本は魔法少女服なんて着たこの女だろうな。コスサミが開かれるまであと三ヶ月以上もある。年明けからサンタさん早くこないかなと期待に胸膨らませる子供くらいには気が早すぎるぜ。それに、さっきの魔法のステッキ生成は物理法則無視して目立ちすぎだ。


 俺はティナと少女を連れて商店街に舞い戻り、滑るように店員用通路へと入った。以前閉店時間まで長居した際にこの通路から帰してもらったことがあったからな。悪いがちょいとばかし利用させてもらうことにする。


「……なぜこいつまで連れてきた」


 二人並べばぎゅうぎゅうになる通路で、ティナが口をへの字にして言った。


「話しておきたいことがいくつかあったからだ。個人的にもな」


 それに、普通に会話できるやつは貴重だろう。魔法少女同士が相対したら即バトルに突入するとばかり思ってたからな。案外それは偏見で血の気が多いほうが稀なのかもしれない。


「まずは自己紹介をしよう。俺は須藤、須藤翔太だ」

「モンバーバラ藤岡じゃなかったのか?」


 うるさいな。まだ根に持ってんのか。

 視線を振るとまたしても頬を赤らめる少女は俺を見ることなく「リリィ・レオドールよ。リリィって呼んでくれて構わないわ」と言った。


「リリィか。どうやらティナとは知り合いのようだからそこは割愛させてもらうとして」


 ――俺はティナと知り合い手助けすることにしたまでの事情を事細かに説明した。

 俺のディテールの凝った話を聞いて「なるほどねえ」と信じてるのか分かりかねる曖昧な表情のリリィ。さっきは怒った顔ばかりであまり見る余裕もなかったが、こうして見ると目鼻立ちの整ったなかなかに可愛い顔をしている。魔法少女は例外なく全員可愛い説が俺の中に浮上した瞬間だ。


「ティナさー、いきなりいい人に巡り合えたじゃん。ここまでのお人好し、あっちの世界にもそうはいないわよ」


 なんか似たような台詞を昨日も言われたな。


「そんで、もう契約のほうは済ましたワケ?」

「いや……」


 好奇心の塊のようなリリィと伏し目がちになるティナ。

 ……契約? 契約ってなんのことだ?

 それを訊こうとした矢先「他にしょーたの話したいことって?」と促され元々考えていたことが口を衝いて出た。


「よかったら、だけど、お前もティナがマジックブックを取り戻すのを協力してやってくんないか?」


 俺の言葉に呆気にとられた様子の二人。この男はいきなり何を言い出すんだ。そんな閑雅がひしひしと伝わってくる。


「もちろん無理強いはしない。そもそもお前にとっちゃ何のメリットもないしな。最悪マイナスですらある」

「……そんなリリィにとって不利なお願いを素直に聞き入れると思う?」

「思わねえ。思わねえけど、頼むだけ無料(タダ)だろ。相手を殺すことでしか点の入らない残酷なルールである以上、こんなことを頼むの自体筋違いなんだろうが」

「殺すことでしか点が入らない?」


 変なとこで反応するリリィは可愛く小首を傾げると驚くべき言葉を放った。「別に殺さなくても点をとる方法ならあるわよ」と。


 え? そうなの?


 疑問符をくっ付けたままティナを見ると、俺から露骨に視線を外しまたしても知らないフリをしていた。わざとやってるんじゃないかと疑いたくなるくらい誤魔化すのが下手だなこいつ。


「因みにその方法だけど、マジックブックの最終ページに相手の名前を書いてもらうこと。最後にマジックブックの所有者が同意の名前をサインしたら成立。その時点で名前を書いたほうが送還されて、マジックブック所有者に相手の持ち点が入る仕組みね」

「おいおい、思った以上に簡単じゃねえか」

「そう思うでしょ? けど、一時的とはいえ相手にマジックブックを晒すことになるからその隙をついて攻撃でもされたら一貫の終わりなワケ。だからやるとしたら信頼できる者同士でないと」

「あー……言われてみればそうか」


 殺すより遥かにマシだと思ったが、リスクが付きまとう分、相手を殺すほうが魔法少女的には楽なのか。

 嗚呼畜生、もどかしいな。痒いところに手が届かないっつうか。

 精彩を欠く俺にリリィがひらひらと手を閃かせる。


「話が逸れたわ。協力するかしないかについてだったわよね。リリィはいいけど、別に」

「ああ、だから是非ともあいつのために、って」


 俺は今しがた両耳を通り抜けていった言葉を引き戻し、反復する。


 リリィはいいけど、別に。


 確かに目の前の少女はこう口にしていた。


「――マジかっ!!」

「わっ、ちょっと唾飛んだじゃない!」


 顔を隠す仕草を取るリリィに、俺から切り出しといてなんだが動揺を隠せない。


「いやいや、そんなあっさり決めちまっていいのかよ。正直言ってもっと時間がかかると思ってたんだが」

「リリィだってとーぜん考えたわよ。けどまぁティナとは長い付き合いだし。ライバルであると同時に親友でもあるからね、あたしたち。だから休戦協定を結ぶことにしたわ! ティナがマジックブックを取り戻すまでの間だけど」

「親友だったのか? お前ら」

「向こうがそう勝手に思っているだけだ」

「だから本人を前にそのやりとり止めない?!」


 ぷんすか怒るリリィだが本気で怒ってるわけではないようだ。

 そして俺の傍らに立つティナの表情が気のせいかさっきよりも緩んでいるように見えた。内心嬉しいんだろうが素直になれない。そんなティナが見ていて初々しい。


「……それはそうと、その服どうにかならないのか?」


 リリィが着衣している魔法少女服だが、いやでも人目につく。このままこいつを連れて歩こうものなら大須に魔法少女がいたと瞬く間に伝播するに違いない。

 俺の心配をよそに「へーきへーき」と楽観的な声を上げるリリィは、


「心配しなくてもマジックブックに私服の登録はしてあるから、なーんにも問題ないわ」


 そう言って手を前に突き出し先ほど同様マジカルと口にし、魔法のステッキを生成する。マジックブックと言ってるのに杖を出すとはこれいかに。

 そんな俺の浅い考えを読み取ったのか「このステッキは本物ではなく、マジックブックをステッキへと変化させたものだ」とティナが教えてくれる。


「それじゃあぱぱっと私服姿に変身してっと」


 言うが早いか杖を二度アスファルトに打ち付けると、リリィの身体をやおら赤い光が包み込み、おおっ、なんだか魔法少女っぽいと思いながら見ていると、俺の前に現れたのは圧倒的なまでの全裸少女だった。その一糸纏わぬ姿に面食らいつつも目が離せなくなる。


「じゃーん。これがリリィの私服すが……た」


 自分の今の状況を正確に理解した少女の頬がみるみるうちに真っ赤になり、次いで俺がガン見していることに気付いたリリィがへごちッ!

 握っていた杖で頭を思いっきり叩かれ目の前でちかちかと星が瞬く。

 痛みに耐えかね頭を押さえる俺の傍ら、すぐに魔法少女服に着衣するリリィはどうして私服姿にならないのよおと吠えた。その疑問は色々と知ってそうなティナが氷解へと導いた。


「魔法少女服とマジックアイテム一つ以外を持ち込むことは不可能と散々宣告されていたであろう」

「あ……」


 すっかり忘れていたと言わんばかりに自分の頭を軽く小突きチロリ舌を出した。そんな媚びるようなポーズをしても俺を殴った事実は変わらないぞ。


 と、そのことは今は保留にしてやるとして、ここにきて俺はまた懸念事項を突き付けられたみたいだ。

 今現在この魔法少女服しかないということは、新たに服を調達する必要がある。


 俺がティナに視線を振ると、それに気付いたらしいティナが紙袋を手早く後ろに回す動作を見て、俺はまたしても散財することを本当に存在するかも知れない神に運命付けられたことを悟ったのだった。


投稿遅れてすみません。

文字数多くなりましたが最後まで見てくださってありがとうございます。

誤字脱字、感想等あればお気軽にどうぞ!

次回一週間から二週間以内の予定。

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