第二話 もう一人の魔法少女②
コロすという言葉は、人生を平穏に生きる俺たちには思った以上に強い衝撃だったようで、一瞬だが言葉に詰まる。
俺は頭の中ですぐさまコロすという言葉を変換。
コロす……殺す。
倒すという言葉だけでも十分穏やかじゃなかったのに、殺すまでいくとこれは相当ヤバい。いや現に六年前に大量の死傷者が出てるから今更驚くことでもないのか? ――いやいや、そんなわけがあるか。死なんてそう簡単に慣れていいもんじゃねえ。俺の中の死の概念が少しずつ悪いほうに歪んできてる気がする。
このまま自問自答を繰り返しても埒が明かないと思考を散らし、俺は要点だけを述べることにした。
「この際、死ぬだとか殺すとかそんな物騒なことは犬にでも食わせてやるとして、俺はお前の今後を知りたい」
「今後……とは?」
「ティナが正真正銘の魔法少女だということはよーく分かった。この期に及んで魔法少女なんているわけないと嘯く真似もしない。だがお前は魔法少女であるにも関わらず、出し抜かれたのかマジックブックなるものを奪われ魔法を使うことが敵わない。そんな中、極端な言い方をするとお前は百四十近い人数から命を狙われているわけだ。……そんな誰が聞いても絶望的状況を、どう打破しようっていうんだ」
「それは……気合いでなんとか」
「かーっ! ここにきて根性論かよ。一番の悪手だろ、それ。思考停止してんのと何ら大差ねえな」
俺の言葉にムッとした表情を浮かべるティナ。少し言い過ぎたか? いや、このくらい煽ってやんないと焚き付けてる意味がない。
俺は考えを気取られないように無表情のまま、しかし語気だけは強めて言ってやった。
「いつまでも肩肘張ってんじゃねえよ。一人で全部しょいこもうとすんな。理由はどうあれ、こうして知り合っちまったんだ。俺たちが微力ながらお前を助けてやる」
そう胸を張って告げたが、ちょっと上からの物言いになってしまったと言ってから後悔した。
俺はおっかなびっくりティナの顔色を伺うと、まるで生まれて初めて赤ん坊を見たようなきょとんとした顔付きのティナは、言葉の意味するところを捉えたのか徐々に頬を赤らめ、ついには俺からそっぽを向いた。
出会って間もないってこともあるが、なかなかに可愛い反応じゃないか。
「な、なんだそれは。そんな言葉でわたしを籠絡するつもりか? あるいは手込めにでもしようというのか!? ……まぁいい。いや、百歩譲ってよくはないが、仮にそうしたとしてメリットは? それに俺たちと言ったな。――おい、そこな二人。お前たちはこの男の一存に異議を唱えないのか?」
ティナの言葉に顔を見合わせる郁夏と大門寺だが、既に結論は出ていたようでふうと息を吐いてから考えを口にする。
「ま~、子供の頃から困ってる人を見たら誰彼構わず手を差し伸べちゃう人だからねえ。今更感半端ないよ」
「オレも須藤氏には大変お世話になってるポロン。須藤氏のためなら、たとえ火の中水の、」
「なるほど、目には見えない信頼関係が築き上げられているということか。これは訊くだけ無駄だったな」
例によって大門寺の言葉を遮るティナは目を閉じ熟考する構えをみせる。そして早くも結論を導き出したようで、おもむろにソファから立ち上がり、言った。
「わたしの進むべき道に鬼が出るか蛇が出るか定かではないが、茨の道であることだけは確かだぞ。――それでも後悔しないか?」
これが最終確認と言わんばかりに、目を凝らし念押しするティナ。一体何回訊くんだよって話だがいやだからこそ、俺の中に至ってシンプルな答えだけが用意されていた。
「上等だ。この俺を誰だと思っていやがる」
「ごく普通の一般人」と郁夏。
「須藤氏」とポロン。
「おい」
これじゃあせっかくのいいシーンが台無しじゃねえか。
「くすくす」とすぐ傍で耳朶を打つ笑い声がした。隣を見ると、それはティナが発していたものだった。ちょい笑いの沸点が低すぎやしないか。
「強引ここに極まれりだな。お前のようなお人好し、わたしの世界でも稀有な存在だぞ。だが、幸甚の至りだ。素直に嬉しいよ。ありがとう」
「あ……」
年相応の純真無垢な笑みを傾けるティナに、俺は僅かながらの感銘を受けた。
……これも何かの縁ってやつだよな。
「ところで、どういう経緯でティナはうちに来たんだっけ?」
きょとんと目を丸くするティナはすぐに胡乱な目付きで俺を見た。
「お前、今朝話してやったことをもう忘れたのか。微弱ながら魔力の反応を感知したためここに足を運んだと説明しただろう」
「ああ、そういやそうだったな」
すごいな、一字一句正確に返してくれたぞ。
因みに今のは確認のために訊いただけで別に失念していたわけじゃない。
「それで、魔力の発生源となる何かは見つかったのか?」
俺は視線をドアのほうに振る。魔法少女と接点のないこの家にそんな大層なもんが眠ってるとは到底思えないが。
「さしものわたしにも思慮分別はある。故にあまり家中を物色したつもりはないが、一つ気になる場所は見つけた。階段を上り、右手に突き当たったところにある部屋。ほんの僅かだが、あそこから魔法の痕跡が認識できた」
右手に突き当たったところにある部屋というと――母さんの部屋、か。
「……あそこは開かずの間として俺の家じゃ有名なんだよ。十六年近くここで暮らしてるけど家人の俺でさえ一度も踏み入ったことはないんだ。なぁ郁夏」
「えっ? ああ、うん。確かに」
急に名指しされるとは思ってなかったようで郁夏が大きな目をぱちくりとさせた。しかしどうにも納得のいかない様子のティナに「それはそうと」と無理矢理話題を転換しにかかる。
「ティナ、お前もう一つ気になることを言ってたよな。なぜそこな女もわたしのことを視認できるって。それからこうも言ってたな。魔力を有してないのに、と。確かティナが着ていたステルスローブは魔力のないやつには見えない代物だったよな。これはどういうことだ?」
そんなこと言ったらお前だってそうだろ、というブーメランすれすれの発言をする俺に、ティナは思慮深く物事を考え始めたようで、初めに俺を、次いで郁夏に視線を向け、何を思ってか勢いよく郁夏に飛び付いた。
「わひゃあっ!」
短い悲鳴を上げる郁夏のことはお構いなしにティナは郁夏に組んずほぐれつ絡み合う。
俺の傍らでゴクリ生唾を呑む大門寺に何となくチョップを決めてから、俺は静観を止めて仲介の労を取る。
「なんだどうした。急にレズにでも目覚めたか?」
「レズとはどういう意味だ?」
「レズってのは女が女を好きに――じゃなくて、急に飛び付いたりしてどうしたって話だ」
「なんだ、そのことか」
つまらなそうに言うティナは郁夏の細い左手首を掴み上げた。
郁夏の白い腕には、桃色を基調としたブレスレットが付けられていた。それに俺は見覚えがある。
以前、といっても小学生の頃に、俺が郁夏にプレゼントしたものだ。
実のところ、母親からもらった物を色的にも男には似合わないという理由で俺があいつに押し付けたというのが正しい。そんなこととは露知らず手放しで喜ぶ郁夏を見てると、良心の呵責を感じてならない。
「これは真実のブレスレット」とティナが口にし、そのまま押し黙った。いやだからそれだけじゃ分からないって。
「大変希少価値のあるマジックアイテムで、透過ないし姿形を変えているものを正しく見通す力がある。わたしも現物を見るのはこれが初めてだ。一体こいつをどこで入手した?」
「どこで……」
思い出すフリをして、俺はなんと言って誤魔化そうか考える。本当のことを言ったらさらに追求されそうだからな。それだけは避けたい。
「……悪い、何年も前のことだから忘れちまったよ」
そんな当たり障りのない言葉に、ほーうとまるで信じてないような素振りをみせるティナだったが、まぁいいとこの話にピリオドを打った。
しかし、またしても疑問が浮上したようで「もう一つ訊いていいか?」と言った。
質問合戦は転校生相手くらいにしてほしいが、答えてもらったことのある手前、間を置かずどうぞと促す。
「翔太はさっきわたしを助けると言ったが、具体的にはどう助けるつもりなんだ?」
その目には、言葉だけならなんとでも言えるという猜疑が込められているようだった。
初めて名前で呼ばれたもののどぎまぎはせず、俺は脳内で言葉を組み立てる。
「まぁ初めは寝床の提供だな。拠点となる場所がなかったら行動のしようがないだろうし。幸い、うちは両親が出張中だから空き部屋ならいくつもある。それから飯とかも作ってやる。どうせ一人前が二人前になるだけだ。今までと何ら大差ない。それで落ち着いたらマジックブックを取り戻すための計画を練ろう。どうすりゃいいか皆目検討も付かないが、みんなで知恵絞って考えれば一縷の希望が見出せるかもしれないしな。ああ、あと住むっていうのなら、飯だけじゃなくて服とかも――」
「ストップ」と手のひらを俺に向け郁夏のやつが話の腰を折った。
「私からも一ついいかな」
全員が全員何か一つを言わないとダメな流れでもできてんのか?
俺たちの無言を肯定と受け取ったのか、すーっと長く息を吸う郁夏がビシィッという擬音が付きそうなくらい勢いよくティナを指差した。
「なんで私の服着てるの!?」
「すげえ今更だなオイ」
今の今まで気が付かなかったお前のほうに俺は驚きだよ。
俺は見るともなくティナを見る。
ティナの服装は、身体にぴっちりした白のノースリーブに、膝丈より上くらいのギンガムチェックスカートでコーディネートされていた。というよりこれしかなかったんだけどな。
全員の目が自分に集中しているのに気付いたティナは、豊満な胸の真ん中辺りを指でつまみ上げると、露骨に眉を吊り上げてこう言った。
「衣服のサイズ的には誤差があまりない故さして問題ないが、いかんせん胸が辛いのはどうにかならんものか」
ピクリと郁夏の眉と口元がひきつったのが分かる。殺意が沸く瞬間というものを俺は初めて目の当たりにした。
十六歳という年齢から鑑みたらおそらく標準サイズだろうから何も気に病む必要はないと声を掛けるべきか悩みあぐねた末、言ったら九割方殴ってきそうなオーラをその身に纏わせていたためおとなしく口を噤んでいると、なぜか俺の眼前に郁夏が迫った。
「なんで私の断りもなく服を貸したのさ」
「いやだって全裸にローブっていういかにも夜の公園に出没しそうな変質者みたいな格好してんだぜ? 着替えさせるだろ普通。それに男物着させるより女物のほうが何倍もいいだろ。って、おい郁夏。言ってて思い出したが、学校でも貸したって説明してやったよな?」
「あれ? そだっけ?」
空々しい笑みですっとぼける郁夏にデコピンをかまそうとするもさっと避けられ、そのままティナの横へと立ち位置を変えた。
「てことはなに、この子今下着付けてないワケ?」
「見りゃ分かんだろそんなもん」
というのも、ノーブラで薄着なもんだからさっきから胸ポチしてギャアァ!
「目がぁ、目がぁあ!」
「メガネ! オレのメガネはどこいったポロン!?」
目潰しされ床を転げ回る俺と、目潰しされる前にノートパソコンをいじる大門寺の姿を見ていたことからとばっちりを食ったことが容易に想像できる。
「ティナちゃん! 今はしょーがないけど、そんな無防備な格好してたらダメだよ。こいつらエロとエロスとエロの権化が融合したみたいな存在なんだから!」
どれも同じ意味じゃないのかそれという突っ込みも出せぬまま、目が回復するのを待つ俺をよそに、郁夏が大音声を上げた。
「今から! じゃもう遅いから、明日いの一番に! ティナちゃんの必要な物資を買いに街へと繰り出そう」
遅筆なのでもっと早く書ければと思います!
誤字脱字、感想等あればお気軽にどうぞ。
次回一週間以内の予定。