第二話 もう一人の魔法少女①
「……うーむ」
全てを聞き終え、意味もなく天井を見上げて腕を組む俺の口からは、そんな唸るような言葉しか絞り出せなかった。
校長の話並みに長いティナの話を俺なりにまとめてみると、このようになる。
魔法少女であるティナは、《リーディノア魔女試験》と呼ばれる魔女になるための最終試験を受けにこの世界へと飛ばされた。
しかし転移の際、絶対安全なはずのワームホールに干渉する者が現れ、その人物に魔法を唱えるために必要不可欠なマジックブック、さらに身に付けていた魔法少女服を奪われてしまい、日本に転送後、俺の自宅から発せられる微かな魔力反応を感知し、着の身着のままここに訪れたのだという。
因みに今回が第百二十八回リーディノア魔女試験にあたり、無事合格し魔女になるには、昨日から数えて一年間この世界で生き残ること、並びに魔法少女を九人倒し十ポイントを稼ぐのが最低条件だという(元々自身で一ポイントもってる扱いらしい)。
つまりそれは、この世界に沢山の魔法少女が転送されたことを意味し、倒すという言葉からこの地球を巻き込んでどんぱち繰り広げることになるのは想像に難くなかった。
さて、これをまとめたことによる俺の所感だが、にわかには信じ難いあまりにも荒唐無稽な話だ。売れないSF小説の設定とかにありそうだな。一度聞いただけじゃとてもはいそうですかと信じられそうにない。
だが俺も男だ。一度信じると決めた以上、今更そげなことなかよ~と口に出したりはしない。
信じるんだ、この性悪チビクソ女を。
だから俺はこのように言ってやった。
「ティナ・リ・オール・ルーデンベルク! お前は魔法少女だ!」
「だから先刻からそう言っているだろう」
不快の混じった声色でギロリ睨まれる。
「……まぁ、それはいいや。質問を変えよう」
質問ですらないけどね、と郁夏がボソリと呟く。
「今から六年前にも魔法少女がこの日本、この世界にやって来なかったか?」
六年前というワードを聞いてか、弾かれたように大門寺が顔を上げる。
日本のみならず世界でも魔法少女の報告は後を絶たなかった。それがちょうど二○十五年~二○十六年の間、つまりは六年ほど前に当たるのだ。
俺の、いや俺たちの預かり知らぬところでそんなことが起きていたとはあまり考えたくはないが、しかし俺の言葉を聞いて思い出すような素振りを見せるティナは、何か思い当たる節でもあるのか半口を開けた。それからニヤリ口角を上げるともったいぶるような口振りで告げた。
「六年前というとわたしが九歳の時だな。いや記憶が定かではないな。来たような、来なかったような」
曖昧な言葉で濁すティナだが、六年前に九歳ってことは、おいおい今は十五かよ。俺と一つしか変わんねえじゃねえか。俺からしてみればそっちのほうが衝撃の事実だよ。
俺が目を丸くしている様子に満足したのか今度は嬉々とした表情を浮かべる。なんだか微妙に食い違ってる気もするが、野暮な突っ込みはよそう。
「フン、六年前にだろう。その時のことは忘れようはずもない。第百二十六回リーディノア魔女試験、その最終。その時は今回同様百人を超える通過者がいた故、異世界での試験と相成ったわけだ」
「ちょ、ちょっと待て。百人を超えるだって?」
「何だ、言ってなかったか? 魔女試験はその年によって、あるいは規定人数以上に達すると試験内容が異なるケースがある。特に最終試験が顕著で、百人を超過した場合、口減らしではないが人数を多く絞るために異世界での試験が実施されるのだ。今回も例外ではない。確か六年前は百五十近い人数が最終試験まで残り、試験を受け、合格できたのは僅か五人だったと聞く」
「……因みに訊くが、今回は何人の魔法少女がこっちに送られてきたんだ?」
「百四十四人だ。物のついでに合格可能人数を言うと、単純計算十六人となるが、実のところそうじゃない。九人倒して一年間生き残るだけというルールでも、当然その間狙われることを強いられる上、最終試験は加算式だ。よしんば魔法少女を一人倒した人物がいたとしてそいつを倒すと二点分こちらにポイントが入るシステムとなっている。かてて加えて最終的にポイントが高ければ高いほど、レリーラ・ファクトに戻った際、様々な恩恵を受けられる故、ポイント稼ぎと称して積極的に同族を狩る好戦的な輩も中にはいるだろうな」
「……」
黙ってその話を聞いた俺は、立ち上がり部屋の隅にまで移動し、埃一つない学習デスクに乗ったノートパソコンを手に取りソファへと戻った。口頭での説明だけじゃいかんせん限界もある。だから俺はこいつに証拠となるであろう動画を見せようと思い至ったわけだ。
「何だ? それは」
起動し操作を開始する俺の代わりに、郁夏が簡単な説明をする。
「……ああ、ダメだ! 全然出てこねえ!」
健闘むなしく一向に探し物が見つからず俺は頭頂部の辺りを掻いた。
インターネットを駆使して俺が探していたもの、それは六年前に東京で起きた【東京タワー崩壊事件】の映像だ。これをティナに見せれば本物である確証が得られると思ったからだ。
だが、いくら調べようとも動画はヒットせず箸にも棒にもかからない始末。ようやく有りそうな動画サイトに飛ぶも黒い画面に『404 NotFound』の文字が浮かぶだけだ。
その時の内容が克明に記された記事は見つけたが、動画はおろか写真すらも見つからない。
確かアップされた一年後にはまだ残ってたってのに。まさか政府による隠蔽工作とかじゃないだろうな。
その時、ポンポンと俺の肩を叩くやつがいた。
顔だけを後ろに向けると、叩いていたのは大門寺でもう片方の手にはUSBメモリが握られていた。
「今検索をかけてももうどこにもないぞ須藤氏。こういうのは消されるのを見越して、事前に保存しておくのに限る」
「大門寺……」
メガネを光らせる大門寺からUSBメモリを受け取り、右端にあるUSBポートへと差し込んだ。
――ありがとな、大門寺。
ちょっとだけ照れくさくなり、心の中で謝辞を告げた俺は『東京タワー崩壊事件映像』と書かれたフォルダを開くとその数に驚いた。ざっと数えるだけで二十近くもある。
「オレのおすすめ――というのは不謹慎か。須藤氏、右下に最期の実況と書かれたアイコンがあるだろう。それを選択してくれ」
どこか神妙そうな面持ちの大門寺に言われた通り、俺はその動画をダブルクリックした。するとすぐにデスクトップ画面いっぱいに動画が映し出される。
開くと自動的に再生される仕様になっていたため、カーソルを一時停止ボタンに合わせて押す。
「ほら、お前もこっちこいよ」
そうティナに促すと「なぜこのわたしが……」とぶつくさ言いつつ、空いたほうの隣に腰掛けた。ぎゅうぎゅう詰めのソファ。例によって大門寺は後ろの立ち見席だ。
ちょっとした映画気分に浸りつつ、その実内容はおどろおどろしいものであるためすぐに居住まいを正す。
再生時間は十五分。俺はカーソルを左にずらして再生ボタンを押した。
『――どう? みんな見えてるー? スマホからだからちょっと画質荒いかもだけど、配信始めていくよ~。イエイエイ』
そんな陽気な声から始まった動画は、メガネをかけた茶髪の男を映していた。おそらく大学生くらいだろう。ゆるふわなスイングパーマがその雰囲気を醸し出している。
それに、俺の気のせいだろうか。どこかで見たことのあるような……。
撮影者の発言から推察するに、どうやら動画投稿サイトを利用して生配信を行っているようだ。たまにだが、俺もこういった放送を観る時がある。
『他に配信してる生主もいるようだけど、僕ちんが面白おかしく実況していくからむしろこっちを勧めてちょーだい』
よろしくぅと人差し指と中指を額に当てた生主がフレームアウトし、次いで東京タワーを映し出した。
動画越しに見てるせいかいまいち距離感が掴めないが、東京タワー全体を動画内に収め、開けた空間には芝生や草木が視認でき、自然豊かな場所であると一目で分かる。
『今俺っちのいる場所は、見て分かる通り芝公園ね。休日ということもあってご覧の通り人もうじゃうじゃいるね~』
安定しない一人称はともかく、生主の言う通り多くの人でごった返していた。地元民と観光客が半々くらいではないだろうか。
『っと、今はそんなことどうでもよくて、はい空。あそこにさっきから人が立ってるみたいなんだけど、ひょっとしたら未確認生物の一つ、フライングヒューマノイドって呼ばれるやつなんかな?』
スマホを上にパンし東京タワーのさらに上のほうを映すと、確かに人の形をした何かが宙に浮いていた。
なおも実況を続ける生主はリスナーに指示されたらしく画面をアップにしていく。
どうやら限界まで拡大しきったようで食い入るように見ると、その形はやはり人で、さらには華やかな衣装に身を包んでいた。上下ともに赤を基調としたデザインで、上はノースリーブかつスク水のようにぴっちりとした服装、下はフリルの付いたスカートにパニエをはいているようだった。十人に聞けば九人くらいは魔法少女と返すことだろう。画質のせいか顔まではっきりと分からないが、この背丈からしておそらくは中学生くらいの女の子だ。
その少女は何もないところから棒状の杖を生成すると、片手でぶんぶんと回し、急にピタッと止めるや両の手で下部分を握り締めた。
この頃になると段々と周囲も騒がしくなってきていた。スマホを下げて人々が映ると、みんな同じように空を見上げ、ある一点を指差し似通った反応を示している。
『――おい、なんだあれは!』
野太い声に弾かれたようにカメラが上へと引き戻されると、さっきまではなかった、いやあるはずもない魔法陣と思しきものが、四つ少女を取り巻くように展開されていた。
少女が杖を振り下ろす挙動を見せたと同時に魔法陣が右回転を始め、星のようにちかちかと瞬くや否や、青白い光線が一直線に放たれた。
その先には何もない、ひたすらに虚空だったにも関わらず、まるで大気を揺らすような轟音が轟いた瞬間、光線がある一点を境に停止した。ちりちりと燐光を散らし揺らめいているところを見ると、完全に静止しているのではないと分かる。
その数瞬後、空中に文字通り亀裂が入り、光線が静止していた箇所で大規模な空中爆発が起きた。
いくつもの悲鳴が上がる中、生主魂でも見せたというのかその映像を配信するとともに喋り続けていた。
黒煙が風にさらわれ、じっくりと目を凝らすと、そこにはもう一人女の子が映し出されていた。
先の少女同様ホバリングする女は、黒のスクール水着にマントを羽織ったような出で立ちをし、頭にはつばの広いとんがり帽子を乗せていた。
仮に魔法陣を展開したほうを赤服少女。後から現れたとんがり帽子を被った少女を漆黒少女と呼称しよう。
後者の少女は思い出したように指パッチンする仕草を取ると、黒いオーラを滲ませる禍々しい杖をどこからともなく出現させ、跨るのではなく、杖を縦から横にし、ちょうど中央の辺りにちょこんと座った。
果たしてこの光景は本物なのか、あるいはトリックによるものなのか判断しかねていると、漆黒少女が真上に右手を突き上げた。
そして次の瞬間、ゴォォォォと重低感のある音が鳴り響き、雲一つない空に渦巻き状の光が発生した。
それが神秘的な輝きを放っていたのも束の間、光は闇へ、瞬く間に空の色を塗り替えた。
雲がないにも関わらず空はどんよりとした鉛色に染まり、先ほどまで透き通るような蒼穹が広がっていたとはとても思えない。
天候すらも変えてしまった少女に臆していたのか終始傍観していた赤服少女の前方に巨大な火の玉が五つ、いや六つ浮かび上がり、その少女が杖をひと振りするや、漆黒の少女目掛けて一斉に放たれた。
その火の玉はまるで生き物のよにうねりながら少女へと迫るが、別段慌てた様子は見られない。むしろ受けて立つと言わんばかりに微動だにせず、口をもごもごとさせたように見えた。
食べているのか喋っているのか判断に困る映像の荒さだが、火の玉が当たる直前、漆黒少女から手の形をした黒い物体が飛び出し火の玉に反応、見た目以上の俊敏さで火の玉全てを握り潰した。
見惚れる消火活動を終えた黒服少女は、杖に座ったまま無邪気な子供のように足をぱたぱたと動かし――消えた。
『あれ?』
間の抜けた声を上げる生主はスマホを横に振り、少女二人の姿を映像に収めたが、またしても少女の一人がフレームアウトした。
いや、この言い方では語弊があるな。
いつの間にか移動していた漆黒少女が目にも止まらぬ速さで攻撃を仕掛け、その衝撃で赤服少女が吹っ飛ばされたのだ。
それを裏付けるようにドゴォという音がし、煙がゆらゆらと立ち上る。攻撃をモロに受けた少女は東京タワーの下のほうにまで吹き飛ばされていた。
その時、映像に閃光が走り、まるで閃光手榴弾を投げ込まれたみたいに画面全体が白くなった。さしもの生主もこれには意表を突かれたようでスマホを手放し落下、陰った地面を映し出す。しかしすぐにスマホを拾い上げると『ヤバイヤバイ』と言いつつどこか興奮の入り混じった声色で上空にパン。そこには驚愕して然るべきものが映っていた。
鈍い金属のような空には、いくつもの魔法陣が浮かびくすんだ光を放っていた。ざっと数えるだけで十はある。晴天の霹靂。とにもかくにも、今から大変なことが起きようとしている。それだけは確かだった。
しかし、事の成り行きを見守る人々は思いの外冷静――いや、恐ろしいほどに悠長だった。
周りの反応を見るために一度スマホを下げると、野次馬よろしくそこにはまだ大勢の人が残っていた。
いち早く身の危険を察知し東京タワーから飛び出て移動を開始する者――半ば想像も混じっているが――先ほどの爆発に慄きこの場から立ち去る者も当然中にはいたが、それに並行し現実から乖離した光景を見届けようとこの場に残る人間のほうが多かった。
だがそれが甘い考えだということに気付いたのは、数秒後、身をもって被害に遭ってからだった。
一瞬だけ静寂に包まれたのも束の間、ついに事態が動いた。
展開された魔法陣が一斉に発光し、まるでどこかに狙いを定めるように傾ぎ、刹那、先細りする青白い光線が放射された。
惜しむらくはその標的となった東京のシンボルというべき東京タワー。というよりは東京タワーに激突した少女に狙いを定めたんだろうが、理由はどうあれ、巻き添えを食らったことには変わりない。
十近い光線はほとんど同時に東京タワーの中央辺りに直撃、鼓膜をつんざくような爆音が動画越しにも伝わり気圧されていると、黒煙を立ち上げながら東京タワーが文字通り崩壊した。
無惨にも半壊する東京タワーは近くにあった民家やビルをも巻き込み、その姿を地面に横たえた。それに伴いゴゴゴゴ……と激しい地鳴りが響き渡り、現場は騒然、いやパニックと化していた。
泣き叫び逃げ惑う人々。まるで蜘蛛の子を散らすように東京タワーとは逆方向に走るその表情は、みんな一様に顔面蒼白だった。阿鼻叫喚の地獄絵図だ。俺がもしこの場に居合わせたなら血の気を引いた顔で我先に逃げ出していたかもしれない。
しかしどういうわけか、この男――生主はずっと映像を配信し続けていた。リスナーとのやり取りから察するに、逃げろと急かされているようだったが、その言葉に耳を傾けることなくなおもスマホを上や横にパンしニュースキャスターもビックリするくらいの情報量を示しているのだ。
命が惜しくないのか――そんな誰もが抱くであろう疑問の答えは彼の放った一言で俺たちに知らしめることとなる。
『日本のみならず世界を震撼させるこの凄まじい映像を配信しないでどうする! 初めは数えるほどしかいなかったリスナーも今では大手並みだ。宣伝も沢山されてポイントだってみるみるうちに増えてる。この機会をみすみす逃すほど俺はバカじゃない……!』
一人称は俺で統一され興奮冷めやらぬ様子の生主の目的はとても利己的なものだった。
果たしてそれに命を賭ける価値はあるのか思っていると、耳をそばだてていないと分からないくらいの声量で言葉が続く。
『……俺は……何としてでも……返り咲くんだ……人気生主に……』
――その直後。
未だに空中に描かれていた魔法陣が照らし合わせたように下を向き、おどろおどろしい光が瞬いた刹那、今度は垂直に極太の破壊光線が放たれた。
等間隔に配置された魔法陣の一つ、そのちょうど真下に当たる位置に生主はいた。
おそらく全力で走ったところで逃げることは適わないだろう。仮に逃げおおせたとしても、深く地面を穿つ光線の余波に巻き込まれること必至、現に生主はその場から動こうとしない。己の死を悟ったのだろう。諦観の境地であることは想像に容易だ。
映像が空から芝生へと切り替わる。腕の骨が折れたようにぶらんと垂れ下げたに違いない。世にも珍しい光線の雨を前に、おそらく最初で最後となるであろう最期の言葉が紡がれ――――
……ここで映像は終わっていた。
この手の動画は見尽くしたと自負していた俺だが、ここまではっきりと映像として残っているものを見るのは初めてだ。
ノートパソコンは静音性に長けているのか動作音が全くといっていいほどせず、ひたすらに無音の時間が続いた。
薄っすらと汗を滲ませたまま、初めに口を開けたやつが悪いと言わんばかりに誰も口を開こうとしない。が、それでは話が進まないと、初めに口火を切ったのは大門寺であった。
「――ティナ氏に一つお伺いしたいのだが、この動画は本物で間違いないか?」
動画内の何が本物については言及してないが、話の流れから魔法少女であることは火を見るよりも明らかだ。
当然ティナもそのことは理解しているようで「本物に相違ない」と相槌を打った。
「そう、か」
ティナの言葉に、複雑でいて、しかし憑き物が落ちたような表情を浮かべる大門寺。今のこの大門寺の心中を俺なんかが読み取れようはずもない。
死に際に生主が放った一言。それは『親父……お袋……ツトム……!』と愛すべき家族へあてられたものだった。
ツトムという名、それにどこか見覚えのある既視感の正体についに俺は気付いてしまった。
そして気付いたからには訊かなければならない。そんな使命感に駆り立てられて俺は大門寺へと向き直った。
「……ひょっとして、なんだが、今の動画の生主って、お前の兄貴か?」
おそるおそる問い掛ける俺に初め不意を突かれたような大門寺だったが、すぐにいつものひょうきんなノリに戻った。
「相変わらず須藤氏の言う通り配信していたのは八年前に上京し、そして六年前志半ばにしてこの世を去ったオレの兄、大門寺明彦だポロン」
「まぁお前に兄貴がいて亡くなったってことは、中学の時に教えてもらってたからな」
もっとも死んだ理由についてまでは聞いてなかったが。
それと知り合った頃の大門寺は今ほど太ってはおらず、兄の面影があった。だからこそ気付けたといえるであろう。
「プロのミュージシャンになるために上京した兄だったが、でかい壁にぶつかったのか挫折し、とある動画サイトの生主になってちょっとした収益が得られるようになってからは人が変わったようだった。でもその生活も長くは続かず、今更音楽に戻ることもできず取り返しのつかなくなった兄が掴みかけた最期のチャンスだったんだろう。ほんと、バカな兄だよ」
西日がメガネに反射し、表情を読み取ることは適わないが大門寺の声は震えていた。
その気持ちが察せないほど空気の読めない人間じゃないつもりの俺だったが、そこでふとした考えが頭を擡げ、その考えが思わず口を衝いて出た。
「――ってことはつまり、魔法少女は兄貴の仇になるんじゃないのか? 蒸し返すようで悪いが、お前はそれでいいのか? このことに対して何とも思ってないのか!?」
「……何とも思ってないと言ったら嘘になるが、今更憎しみを生んだところでどうこうなるもんでもないポロン。それに、悪い魔法少女だけじゃないのはこのオレが昔身をもって体験してるからな。そうだろう? ティナ氏」
急に視線と質問を振られるティナだが、事前にそうくることを察知していたように口を開く。
「確かに、自分の利益、誇示のためだけに周囲のことは厭わず悪行を働く輩も中には存在する。が、それ以上に人のために善行を働く者が多数存在するのも事実だ」
果たしてティナの場合どっちだろうな。真偽不明なまま満足そうな顔を浮かべる大門寺の横で、ティナが憂いを湛えた瞳を落とす。
「だが、欲に目が眩みあまつさえ身罷る者を肯定はできんな。これでは無駄死にと大差ない」
「おい、そんな言い方することないだろ!」
「否定しようのない事実だろう。口が過ぎるとは思わん。ただ勘違いのないように言っておくと、冒涜しようとして言ったわけじゃない。これは半ばわたし自身に向けて言った言葉でもあるからな」
それはどういう意味だ――そう言おうとするよりも早くティナが言葉を紡いだ。
「魔女試験の最終で敵を倒すと口にしたが、これだけではどうにも語弊を招く。倒すイコール”コロす”だ。ゆめゆめ履き違えることのないようにな」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
書きたいシーンが書けてなかなかどうして満足です。
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次回、一週間以内の予定。