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第一話 魔法が使えないってどういうことだよ④

 放課後――

 群青色の空は薄い茜色に色を変え、いつもの下校路は夕陽に彩られ朱色へと染まっていた。

 夕方の冷たい風が足元を冷やし始めた頃、長い影を落として歩く俺たちは、俺の自宅前へとやって来ていた。そのすぐ横には郁夏の家もある。


 一度家に戻るかという俺の問いに、郁夏は俺の家の鍵をポケットから取り出し玄関まで駆けるのを答えとした。まぁもしまた来るんだとしたら二度手間だわな。


「な、なぜ須藤氏の家の鍵を水無月氏が……? まさかおたくら付き合っているポロン!?」


 過去に二度俺の家に来たことのある大門寺だが、俺の家庭事情についても、郁夏が隣に住んでいるということも、未だに何一つ把握していなかったりする。


 だからこそ生じた邪推に、俺は「付き合ってねーよ」と投げやりに答え、元々考えていたことを口にした。


「それはそうと、ちゃんと例のぶつはあるんだろうな? 後になってたまたま入れ忘れたとかって言い訳は通用しねえぞ」

「心配しなくてもちゃんとここにあるポロン」


 そう言って手に提げていた通学カバンに触れる大門寺。

 きっとその中にあるんだろうなと見ていると、大門寺はそのカバンを地面に置き、ブレザーのボタンを外したかと思いきやそのまま脱衣。脱いだブレザーの内側をまさぐり、ついに探り当てたのかその手に掲げられたのは見覚えのある書物だった。


「ほうらあったポロン。オレは約束を守る男だポロン。オレのパッションをさぁ受け取れ須藤氏!」

「ふんっ!」

「ああ! オレの魔導入門書が!」


 大門寺の手首に手刀を打ち込み、その衝撃で地面に落ちた書物を大門寺がそそくさと拾い上げる。


「いきなり何するんだよう」

「お前のほうこそ、なんでそんなところに忍ばせてやがる」

「この魔導入門書をなくさないようにするためだポロン。そのために工夫と趣向を凝らし、わざわざポケットみたいにしてここに入れてるんだよう」


 無駄な努力と一蹴するべきか悩んだ俺は「へーそうなのか」と棒読みで対応。小汚い書物が油を塗ったように光っているのはこのデブによる脂汗に違いなく、コップ一杯に注がれたセンブリ茶を一気に飲み干したような表情の俺は嫌悪感丸出しのまま手を伸ばし、汚物に触るように書物の端のほうを指で掴むとこちらに引き寄せた。


「よし、それじゃあもう帰っていいぞ」

「えっ、それはどういう意味だポロン?」

「そのままの意味だ。そうしたら家に上げてやってもいいと言っただけで、上げると明言したわけじゃないからな」

「なんですと!?」


 茫然自失の大門寺から身を(ひるがえ)し、すたすたと歩く俺の背中に、この鬼ー! 人でなしー! というおそらく精一杯であろう憎まれ口が続く。


 はあと溜め息を吐いてから大門寺のほうへと向き直り「冗談だよ」と告げる。事実冗談だ。流石の俺もここまでこさせといてはい帰れというほど鬼畜じゃない。


「うう、須藤氏の冗談は冗談に聞こえないポロン」


 胸の辺りを手で押さえながらほっと胸を撫で下ろす大門寺の声は、先に玄関を潜っていた郁夏の悲鳴によって掻き消された。


「なんだ、どうした!?」


 慌てて家の中に飛び込むと、床にぺたんとへたりこむ郁夏の姿があった。

 その正面、やたら薄暗い廊下に立つ白いローブを(まと)った……。

 ……って、よく見たらダー子か。暗がりに白ローブの組み合わせのせいで、ちょっとしたホラーみたいになってるな。


「大丈夫か?」

「うん、まぁ。腰が抜けただけだから」


 差し出した俺の手を取り立ち上がる。


「何もないところで転ぶとは、水無月氏も中々におっちょこちょいだポロン」

「何もないって、お前の目は節穴かよ」


 あごで少女のことを差し、それとはなしにダー子に話し掛ける。


「どうしてまたローブなんて着てんだ?」

「このローブには、姿を消す他にも、魔力感知を遮断する効力がある。有事の際にも対応可能である故、着ていて損はないということだ。そんなことより――」


 おもむろに腕を上げスッと郁夏を指差すダー子は、驚きの入り混じった声を上げた。


「なぜそこな女もわたしのことを視認できる。わたしの目から見て、魔力を有してはいないというのに」


 狐につままれたという顔で小首を傾げる郁夏の横で、いつものが始まったと俺は思う。

 こうも臆面なく魔法少女を演じることのできる図太い神経にある意味で感心しつつ、もしかしたらやめどきが見つからずずるずると続けているだけなんじゃという思考に至り、少女のことを思った俺はやれやれと思いながらも助け船を出すことにした。


「いつまでもそんな行き当たりばったりの設定が通用すると思ったら大間違いだぞ。いい加減正直に言ったらどうだ。実はわたしは家出少女でつい出来心で侵入してしまいましたって。今なら正直に話したら怒らねえから」

「一体お前は何を言っている。設定だと? 戯れ言を。現に視認できぬやつもこの場にはいるだろう」


 少女の視線の先、大口を開け郁夏とはまた違った形で驚いた大門寺は、いまいち焦点が合わないといった様子で戸惑いの色を露にしていた。


「先ほどから思っていたのだが、なぜ須藤氏はそう熱心に壁と会話をしているポロン……? それにどこからか聞こえる謎の声は、幻聴でなければついにオレも未知なる力に目覚めたってことでいいんだろうか」

「なっ……!」


 見えてない、だって? そんなバカなことがあるか。今までのはダー子の設定、妄言のはずだろう。

 ……まさか、悪乗りした大門寺が見えてないフリをしてるんじゃないだろうな。そんな器用な真似がこいつにできるとは思えないが、可能性はなきにしてもあらずだ。

 そんなことを思っていると、ダー子がペンギンのようにてくてくと歩き、依然困惑する大門寺の背後に回ったかと思いきや、後頭部の辺りをポカンと殴り付けた。


「あいたぁっ!」


 横にでかい割りには女のような甲高い声を上げ、殴られた箇所を大げさに押さえながら後ろへと向き直る。そこには加害者と化したダー子が今も立ち続けているのだが、大門寺は本当に見えていないように首を左右に動かしていた。もしこれが見えてないフリだというのなら大したもんだ。俺にはとても真似できそうにない。


「……」


 全身が汗でべったりと濡れているのが分かる。いつの間にこんなにも汗を掻いていたのだろう。せめて手だけでもと思い、滲み出る手汗をズボンを使い拭い取る。


「お前は…………」


 口を開けるも、後に続く言葉がなかなか出てこない。

 言いあぐねる俺の横で、俺の緊張が伝播したのだろうか、郁夏の生唾を飲み込む音が俺の耳に届いた。

 それに伴い、十分に息を整えてから、改めて俺は口にした。


「お前は、本当に魔法少女なのか?」


 ようやく捻り出した俺の質問に、少女は短く、それでいて確信めいた口調で言った。


「いかにも、わたしが魔法少女だ」



 †



「……これ、本物の魔導入門書ではないか。一体これをどこで入手した?」

「こいつの話によると、六年前に困ってる魔法少女を助けたらそのお礼にもらったんだとか」

「ほう。六年前……」


 魔導入門書と大門寺を交互に見比べ、何か思い当たる節でもあるのか不敵に微笑んでいる。

 今現在俺とダー子はソファに向かい合った状態で座り、俺の横には郁夏。そしてソファに収まりきらずはぶれた大門寺がカーペットに鎮座していた。

 テーブルの上に無造作に投げ出された魔導入門書を手に取る俺は、


「魔導入門書っていうくらいだから、これを使えば魔法使えるようになるんじゃないのか?」

「ハッ」


 なぜか鼻で笑われた。


「土台無理な話だな。マジックブックと異なり登録さえすれば誰でもお手軽簡単に使用可能なのは否定しないが、所有者ないしその血縁者にしか扱えんのだ。何せ魔力――魔力の系統が異なるのだからな」


 またしても聞き慣れない単語が飛び出した。


「そのマジックブックって?」


 俺の代わりに、すかさず郁夏が訊いた。

 訊かなかったらどんどん知らない単語が出てきそうだからファインプレーと言うべきか。


「マジックブックとは、魔法少女が魔法を唱えるために必要不可欠な本のことを指して言う。十歳を迎えると《魔導(まどう)国家(こっか)》から譲渡され、これを媒体にして魔法を使うことが可能というわけだ」

「というわけだって、その必要不可欠な本をどうしたんだよ。まさかなくしたっていうんじゃないだろうな」

「なくしたのではなく奪われたのだ! ……あ」


 口に出してからしまったという顔を浮かべる少女は、一度視線を宙にさ迷わせてから、幸せが逃げてしまいそうなくらい大きな溜め息を吐いた。

 それから見るともなく俺たちを一瞥(いちべつ)し「お前たちに知られたところでさして問題はないか」と独りごちた。


「わたしがここに来た本当の理由をまだ話していなかったな」


 これがテレビの番組か何かだったら途中でCMが入るであろういいところで、余計な掣肘(せいちゅう)を加えたのはほら吹きポロンこと大門寺だった。


「お話し中のところ水を差すようで悪いが、ここいらで一つ自己紹介といかないか? あ、自己紹介といっても名前を言うくらいの簡単なものポロン」


 大門寺くんにしては良い提案、と褒めつつトゲのあることを口にする郁夏。それに対し満更でもないって顔の大門寺が逆に不憫だ。

「名前、か」と少女が漏らしたところで、唯一この場にいる全員の名前を知る俺が音頭を取るのに名乗りを上げる。


「どうせ教えちゃくれないだろうから俺の口から言うと、こいつの名前は可憐ダー子だ」

「可憐ダー子? なんか日本人みたいな名前だな」

「言われてみれば確かに、ッて!?」


 頭部に走る鈍い痛み。少女の手にはいつの間にか魔導入門書が握られていた。どうやらそれで殴られたらしかった。


「モンバーバラ藤岡……わたしを愚弄するか」


 静かながら怒気を(はら)んだ声。お前が名前教えてくれなかったのが悪いのに逆ギレとはこれいかに。


「モンバーバラ藤岡? 誰それ?」


 と、郁夏が訊いてきたため、正直に「俺」と自分自身を指差した。嘘は言ってない。


「いやあんた須藤翔太じゃん」


 間髪を容れないマジレスを、この女が聞き逃すはずがなかった。


「は? お前の名はモンバーバラ藤岡というのではないのか?」

「誰だよそいつ。俺には須藤翔太っていう親が考えてくれた立派な名前があるんだ。そんな変な名前で呼ばないでくれ」

「どの口がそれを言うのか!」

「あ、因みにオレの名前は大門寺つと、」

「貴様には聞いとらん!!」


 ショックを受けてくずおれる大門寺を見ながら「お前もこうはなりたくないだろ。悪いことは言わないから教えといたほうが身のためだぞ」

「くっ」

「主導権がいつの間にか交代してる……! あ、私は水無月郁夏ね。以後よろしくー」


 間延びした声の後に流れる束の間の沈黙。しかし苛立たしげに鳴らした舌は少女が折れたことを意味していたようで、ソファにもたれかかりいっそう沈む少女の白い喉が動き、桜の花びらのような唇から鈴を転がすような声を発した。


「まぁいい。一度しか言わない故、しかと傾聴せよ。わたしの名前は、ティナ・リ・オール・ルーデンベルク。由緒あるルーデンベルク家の次女であり、偉大な魔法使いの血を引いている。お前たちには特別にわたしのことをファーストネームで呼んでもいい許可を与える」

「よっ、ティナ」

「軽々しく呼ぶでないこの無礼者!」


 どっちなんだよ。


「……と、下らん寸劇はいい。いい加減本題に入らせてもらう」


 きっちりと居住まいを正し例外なく俺たちを認めてから、ティナという少女が語らい始めた。


「わたしはある目的を成し遂げるためにこの世界に転移された魔法少女だ。その目的というのは、《リーディノア魔女試験》――つまりは魔女になる試験に合格すること」


これで一話は終わりです。ここからバトルへと転化していきます。

誤字脱字、感想等あればお気軽にどうぞ!

次回、一週間以内に投稿できれば。

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