第一話 魔法が使えないってどういうことだよ②
「……お前、ほんとすげえよく食うな」
礼儀作法もどこへやら、目の前でバクバクとカレーを平らげた少女が、スプーンを口にくわえたまま「ん」と皿を突き出した。
それを受け取り席を立つ俺はいそいそと台所へ。山盛り作っといてよかったぜと思いながら皿にカレーを盛る。
初めは辛い辛いぶーたれていたこいつだが、三口目には借りてきた猫みたいにおとなしくなり、今ではスプーンと口だけを動かすマシーンと化していた。うまかったらうまいって言やいいのに。ただ、見てて気持ちいいぐらい食うからこっちとしても悪い気はしない。
三十分も経たずに鍋と炊飯器は空になった。本当はもう一晩寝かすつもりでいたが、まぁいいさ。どうせ残ってても後で郁夏が食っちまっただろうし。
「美味」と一言いいごろんとソファに寝そべる少女。まるで自宅のような寛ぎようだが、お前罪人だからな一応。
「そういやお前、名前はなんていうんだ?」
洗い物を済まし正面のソファに腰掛けた俺は、我が物顔で寛ぐ少女に問い掛けた。いい加減お前ばかりじゃ面倒だ。
「名前……」
首を傾げ考え込むような素振りを見せる少女は、結論が出たのか不承不承にも「教えない」と言った。教えないのなら嫌々言わないでくれ。
「言いたくないならそれでもいいが、二人称だけじゃ不便だから勝手に名付けさせてもらうぞ。そうだな……」
適当に視線を振ると、視界の隅にカレンダーが映った。妙案が思い付く。
「よし、お前のことはこれから可憐ダー子と呼ばせてもらう! よろしくな、ダー子」
「無礼者が。わたしの許可なくお前の一存で決めていいものではないぞそれは。頑なに閉口するか胸三寸にでも畳んでおけ」
じゃあ名前教えてくれよ。
「んだよ。いい名前なのに。ならカレー大好きダー子にでもしとくか?」
「もはや名前ですらないではないか愚か者!」
いちいち律儀に突っ込む少女は不意に冷静さを取り戻すと、ぷいっと俺から視線を逸らした。
さては反抗期かと思いながら見るともなく掛け時計に目を遣ると、うげっ! もうこんな時間かよ。
慌てて立ち上がろうとすると、すぐ隣にダー子が立っているのに気が付いた。いつの間に。
先ほどとは一変、少女は恥ずかしそうに指を絡ませ、何か言おうとしているのか口をもごもごさせている。
「あ、あれっ。あれはどこにある?!」
「あれ? あれってなんだよ」
「あれはあれに決まっているだろう!」
「あれあれ言われても超能力者じゃねえから分かんねーよ!」
そろそろあれがゲシュタルト崩壊を起こしてもおかしくない気がしてきた。
なんてことを思っていると、またしても俺目掛けて拳が飛んできた。右、左、右と連続して繰り出される拳。魔法少女設定なのに肉体言語じゃ芸がない。
「いい加減あれがどこにあるか、白状、しろっ」
「それは、こっちの、台詞だっ。つうかダー子はすぐに暴力に訴えるな」
「ダー子言うな!」
押し倒すという二の舞を演じることのないよう今度はひたすら避けに徹する。
避けながら、食ったばかりなのによく動くな、とか悠長に考えてる場合じゃなかった。余計な思考は俺の身体機能そのものを鈍らせ、脇腹目掛けて正確に打ち出された拳を避けきれないと判断した俺はそれを手で弾き、とっさにもう片方の手で少女の頭を押さえ付け、前屈み気味に倒れさせた。ぐえっとカエルが潰れたような声を出し床とキスする少女。
「わっ、悪い!」
手を出すつもりはなかった――と後に続けようとしたが、その言葉はとある闖入者によって阻まれた。
リビングの扉を開け、勢いよく中に飛び込んできた人物。その第一声。
「おはこんおはこん。今日もラジオ体操したくなるような素晴らしい朝だねえ。――むむっ、これはカレーの匂い! 私も是非ご相伴に……あり?」
思考が追い付いてないように目を白黒させていたのは、家が隣の幼馴染み、水無月郁夏だった。
郁夏は黒のブレザーに膝にかからないくらいのスクールスカートを着こなし、ブレザーのボタンを全て開けたシャツ出しスタイルで、両の手のひらをこちらに向けた驚きのポーズを取っていた。肩には通学用カバンを提げている。
俺は郁夏が固まっている原因を探るべく下を見た。床には女の子座りでへたりこむダー子。ちょうどその顔の位置には俺の股間があった。つまるところ、見ようによっては俺がナニをくわえさせてるように見えるポジションなわけで――
「……ハッ」と我に返り、郁夏の停止していた時間が動き出す。
俺に目線を固定させたままマイケルよろしく後ろ歩きで廊下まで後退、扉を閉めてダッダッダッと狭い廊下を走る音がって、走る音!?
滑るようにして廊下に出ると、同じタイミングで玄関の扉が閉められた。それはまるで郁夏の心も同時に閉ざされた感じがし、俺はその場に項垂れるしかなかった。――わけがなかった。
お喋りな郁夏のことだ。このまま学校に行こうものなら超人的速度で俺が女を連れ込んでいたと触れ回るに違いない。
それだけはやっちゃいけねえ――!
ここまで女子に手を出さず――出す相手がいなかったというのが正しい――堅実に生きてきたのにこのままじゃその印象が瓦解しかねない。
こうなったら可及的速やかにあいつの後を追って、事実無根の疑いを晴らさなければ……!
覚悟を決めた俺の傍ら、何やら呻き声のようなものが聞こえる。少しだけ耳をそばだてると、このように発しているようだった。
「うぅぅ、少し漏れたぁ……」
泣き顔を貼り付けながら、ローブの裾を持ち上げる少女の足元にできた黄色い水溜まり。それを見て取り、なるほどと俺は手を打つ。あれとはトイレを指していて、つまりダー子はずっとトイレを我慢していたわけだ。
玉のような汗を額に滲ませる俺は、今度こそ天を仰ぐしかなかった。
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次回一週間以内の予定。




