88.穏やかなある日※
※珍しい?晴雅視点です。
「だー、畜生!全っ然勝てねぇ!お前らどんだけ人間捨てるつもりだよ!」
「アハハー。若、それ褒め言葉ですよねぇ?」
「褒めてねぇよ、馬鹿野郎!」
とある休日。
僕らは庭に幾つもマットを敷いて、簡易的な運動場を作り上げると、そこで手合わせをしていた。
当然、道場においても訓練は怠っていないが、こうして自主的な訓練を行うことで、感覚を鈍らせることなくいられる為、時間がある時には毎日行っていた。
そこに、最近は焔様が入って来た。
しばらく前までは、そんなことはしなくて良い、と言って眺めるくらいにして、参加するなど有り得なかったというのに。
何か、焔様の中で、心境の変化があったのだろう。
具体的に言えば、夏休みが終わった辺りからだったから、恐らくは、気持ちの整理をつけたことで、自分に必要なことが見えて来たのだろう。
まぁ、僕には焔様にとって必要なこと、は分からないから、この訓練が具体的な意味を持つのかどうかまでは、考えもつかないのであるが。
ただ、最近の焔様は、以前のように明るい表情をしてらっしゃる。
そうすると、お嬢様の表情も明るくなる。
すべて円満に進んでいるようで、何よりである。
僕は、お嬢様が幸せであることが、幸せなのだから。
「あぁー…お前らに勝てるくらいになるったら、俺も人間捨てないといけないんだよな?それはちょっとな…」
晴臣に挑んで、数度目の敗退を喫した焔様。
芝生の方へ、大の字になって横たわった状態で、ぽつりと呟く。
…因みに、僕は人間を捨てたつもりはないのだが…焔様のいつもの比喩表現ということだろうか?
「何言ってるんですか、若ぁ。若の身体能力も、十分人間捨ててますって」
「…何かそんな感じはあったけど、お前に言われるとすげー腹立つな」
むくりと身体を起こして、笑う晴臣を睨みつける焔様。
人間捨ててる、の意味は良く分からないが、確かに焔様の身体能力は、周囲の人間に比べて、群を抜いているように思う。
正直、僕等が焔様に勝てているのは、年齢や体格の問題が大きいと思う。
僕等は、流石にもうすぐ成長期は終わるような気がするし、毎年グングンと背を伸ばしている焔様に抜かれる日も、近いかもしれない。
それを見て、私は伸びてないのに、と言って悔しがりながら、全力で喜ぶお嬢様の笑顔を思うと、その日が楽しみでもある。
「もう一回やろう」
「えぇー?俺、もう疲れたー。マサ、変わってぇ」
「晴雅でも良いよ。お前らどうせ強さ同じくらいだし。やろう!」
爛々と光る目が、今度は僕の方へ向かう。
僕としては、手合わせをすること自体はまったく問題はない。
体力的にも、晴臣に比べて回数が少なかったから、かなり残っているし。
ただ、焔様の体力が心配だ。
「いいえ。いい加減休憩に致しましょう」
「もう疲れたのかよ、マサ」
「え?ならやめとくか」
分かっていながら茶化す晴臣に、分かっていないのに僕を気遣ってくれる焔様。
こう言っては良くないのかもしれないが、もしもいずれかがお嬢様の伴侶となるのならば、僕は晴臣より焔様が良いと思ってしまう。
僕は、一生お嬢様にお仕えする心持ちでいるし、将来的にお嬢様の伴侶となられる方にも、当然誠心誠意お仕えする覚悟は定まっている。
ただ、その対象が晴臣、というのは…難しいところだ。
立場上、考え難いということもあるが、あの旦那様のことだから、桐吾様が渋ろうが何をしようが、お嬢様が望めば、叶えてしまいそうなところがある為、晴臣がお嬢様と結婚、というのも、お嬢様の考え一つで可能性というものは残ると思うのであるが、だからこそ、止めて欲しいと思うのだ。
双子の弟として、非常に複雑な気持ちになってしまうから。
ただ、勿論お嬢様がそれを望まれるのだとすれば、僕は受け容れるのだが。
お嬢様の言うことは、絶対だ。
「晴臣も大丈夫か?結構付き合わせたからな」
「はぁ?ナメないでくれます?俺の体力無尽蔵だから。このくらいでバテたりしないから」
「でも、お前ら体力も同じくらいじゃん。あんまやってない晴雅が疲れてるんなら結構やった晴臣は、もっと疲れてるんじゃ…」
「だーかーらー、平気ですって!」
そう言いながら、横のテーブルに置いてあった麦茶を飲む晴臣。
何だかんだ言って、結構疲れているのを、僕は知っている。
双子とは言え、二卵性だし、すべてが分かる、という訳でもない。
けれど、分かることもある。
そして、それと同じくらい、焔様のことも分かるし、焔様も僕等のことが分かる。
お嬢様の兄役として、僕等は連れて来られた訳だが…。
最早、焔様や、仄火様、瑞貴様、そうして、新しく生まれるお嬢様の弟君か妹君も、僕等にとっては弟妹のようなものなのかもしれない。
このような環境をくださった旦那様には、本当に感謝している。
そして、親代わりになってくれた西さんにも。
言うまでもなく、その幸せを保ち、牽引してくれている、お嬢様にも。
「あれー?皆で何やってんのー?」
「んのー」
「にーちゃま!」
さて、休憩にするのならば、今朝焼いておいたお茶請けでも準備しようか。
そう思った時、ひょっこりとお嬢様が顔を出された。
読んでいる本の区切りが悪いから、今日は本を読んで過ごす、と仰っていたはずだが、もう読み終わったのだろうか。
いや、瑞貴様と仄火様に張り付かれているのを見受ける限り、お二人に誘われて中断したのだろう。
お嬢様は、お二人に弱いから。
「げっ、瑞穂!」
「何その反応!ひでぇ!!」
「いや、悪い。思わず」
「無意識かい。もっと酷いから、それ!」
いつものような、言葉でのじゃれ合いを開始するお二人。
僕は、そのやり取りを微笑ましく思いながら眺める。
それにしても、先程体格について考えていたが、改めて見ても、お嬢様はまだ小柄でいらっしゃるのだよな。
恐らくは、中学くらいか、少なくともこれから成長期がやって来るのだろうが、まだ背の順で並べば、前の方にいらっしゃるはずだ。
それでも、出会った頃に比べれば、かなり大人っぽくなって来ている。
初めて会った時は、まだもっとお小さくていらっしゃったからな。
あの頃を思い出すと、申し訳なさが蘇って来るのだが、それ以上に、天使のような純粋なお嬢様の姿で、すっかり塗り潰されてしまう。
僕も大概、馬鹿なものだ。
出会った頃のお嬢様は、ショートボブと言えば良いのか。
肩につかないくらいの短い髪型をしていらっしゃって、奥様も美紗子様も、もう少し長い方が髪型で遊べて良いのではないかと、良く話してらっしゃった。
今も、そこまで長くはないのだが、それでも、あの頃よりは伸ばしている。
髪型もコロコロと日によって変わる為、お嬢様と言えばこの髪型、という印象はあまり持っていない。
ただ、休日はああして、肩より少し長いくらいの真っ直ぐの髪を、結ぶでもなく巻くでもなく、サラサラと流していらっしゃるのだが、僕は、この髪型が一番好きだと思う。
僕の好みなどどうでも良いから、お嬢様にはお好きなように、ファッションを楽しんで頂きたいと思うが。
お嬢様の、無邪気で無垢な印象が前面に押し出されて、とてもお可愛らしいと思うのだ。
因みに、以前聞いてもいないのに教えてくれた晴臣の好みは、クルクルと巻いたツインテールだと言う。
お嬢様が、ツインテールにした上に巻く程までは長さがないから、あんまり可愛くならない、と文句を言ってらしたのを思い出す。
その際に、晴臣が無理矢理に聞いた、焔様の好みは前髪は下ろして自然な感じに流したワンカール…だったか?
晴臣が、何それ細かい、と言ってケンカになったのを覚えている。
お嬢様がご自分で色々やってらっしゃるから、躊躇いを感じて、手を出してこなかったのだが、僕も少し勉強した方が良いかもしれないな。
いずれお嬢様のヘアセットを頼まれても、上手く出来るようにならなくては。
ファッションについてもか。
お嬢様はご自身で色々と勉強なさっているようだが、僕が勉強しても、悪いことはないだろう。
お嬢様はいつも活動的な明るいスカートをはいてらっしゃるが、違う方向も試してみたい、と仰っていたし、提案すれば受け入れてくれるだろうから。
「雅くんどうかした?」
「え?」
「何か今日ボーッとしてない?」
チラチラと、目の前で手を振るのはお嬢様だ。
珍しい。
お嬢様の接近に気付かないとは、使用人としても護衛官としても、兄役としても失格だろう。
「いえ、他愛もないことを考えていただけですよ」
「そうなの?なら良いんだけどさ」
「どうせ、マサのことだからムッツリなこと考えてただけですよぉ」
ムッツリ……。
……偶に晴臣は、良く分からないことを言う。
「何言ってんの!この真面目そうな顔を見なよ!雅くんは真面目なことを考えてたんだよ、きっと!」
「そうだそうだ。晴臣と違って、晴雅は真面目だからな」
「えー。何で俺だけディスって来るんですかぁ!」
こうした会話を聞きながら、日差しを浴びてお茶を飲む。
なんて穏やかな時間だろうか。
かつては、こんな時間が過ごせるだなんて、思ってもみなかった。
けれど、これからもずっと、こんな日々は続いて行く。
僕は、その手伝いが出来れば、本当に幸せだ。
頑張りますから、お嬢様。
ずっと、一緒にいさせてくださいね。
~瑞穂さんの外見について(現時点)~
焔「黒髪のミディアムヘアー。アホ毛立ってる日がある。可愛いか?か、可愛くねーし!」
臣「真っ直ぐの黒髪ミディアム。スタイルはまだ子供っぽいけど、まぁ当然まだ小学生だしね。けどさ、俺、絶対お嬢はスタイルめちゃくちゃ良くなると思うんだよね。まぁ、ならなくても俺が育(以下自粛)」




