85.夏休み明けだよ、全員集合!
「いいか、瑞穂。一生のお願いを、俺はここで使うぞ。よーく聞け」
「うん」
はいはーい、みんな!
夏休みも終了して新学期になりますよー。
…って、今新学期って言わないのか?
まぁ、その辺はどうでも良い。
重要なのはそんなどうでも良いことじゃない。
誰だ、事務的なことをちゃんと覚えるのが使用人としての重要なスキルだ的なことを言うお馬鹿さんは。
瑞貴くんのヨダレ入りパンケーキ食べさすぞ!
あっ、これご褒美だから駄目か。
さてさて、そんな冗談はさておき。
夏休みが終わって初登校の日、赤河家と青島家の前で、焔が何だか妙に真剣な表情で私を見つめている。
いやん見つめないで恥ずかしいって言ったら殴られた。
結構遠慮なく叩かれた。
すっかりいつも通りのテンションに戻ったみたいで嬉しいよ、お姉さんは。
痛いけど。
「この間のあれは夢だから。幻だから。忘れろ」
「何を?」
「分かって言ってるだろ、お前…」
ジトッとした目線を向けられる。
やだ、ゾクゾクしちゃう。
決してマゾではないですけどね?
「えー。一生のお願い使うくらいなら、ちゃんとお願いしてよー」
「つーか毎日言ってんだろ!それでも聞かないから一生のお願いってわざわざ言ってるんだよ、俺は。分かるだろ!!」
「瑞穂、馬鹿だから分かんない」
「嘘つけ、満点量産機が」
「何そのあだ名。カッコ良い」
「馬鹿にしてんだよ!!」
いや、分かってるけどね。
焔が言いたいことくらい。
毎日聞いてるからね。
耳タコレベルだからね。
では、何故分からない振りをしているのか。
そんなの勿論、恥ずかしがる焔が可愛いからだよぉぉぉ!!
ふふふ。私、開けちゃいけない扉を開けてる気がする。
気にしないけどな!
「くそーっ…だーかーらー!この間お前が旅館から戻って来た日に言ってたのは、夢だから!幻だから!ちょっとテンションが上がって、うっかり口が滑っただけだから!だから忘れてくれ、頼む。黒歴史過ぎる…!!」
焔が忘れて欲しいって言ってるのは、あの突然のイケメン事件のことだ。
口が滑ったなんてレベルじゃなくて、ずっと饒舌だったけど。
焔からすれば、あれは一時のテンションに身を任せた結果だと。
「酷いわ!私とのことは遊びだったのね!?」
「お前だから何なの、そのテンション!」
「私の気持ちを弄ぶなんて…乙女の敵よ!!」
「ツッコミすらスルーするなんて…畜生、なんて女だ!!」
結構焔もこのテンションにノッてくれてる気がするのは気のせいですか?
私は楽しいから良いんだけどね。
流石にそろそろ忘れてあげるって言っておこうか。
……まぁ、口だけなんけどね!!
「ほむ…」
「あー、お嬢を泣かせるなんて酷いんだー」
「どう見ても泣かされてるの俺だろ!?」
「臣君」
ひょいっと後ろから臣君が抱きついて来る。
勿論泣かされてるのは焔だけど、臣君には関係ないらしい。
絶対分かってていってるからね、この子!
「そろそろ十分楽しんだから良いよ、臣君」
「何だ、残念。俺も遊びたかったのにー」
「また今度ね」
「お前ら、堂々と本人の前で何て会話してんだこの野郎」
顔を引き攣らせながらツッコむ焔。
いや、ほら。それはあれだよ。
いじりがいのある焔が悪い。
「…お前、俺が悪いとか思ってるだろ」
「ギックーン。ソンナコトナイヨー?」
「図星かよ…ったく…」
はぁぁ、と重い溜息をつく焔。
もうこれ、二人の間に言葉なんて必要ないレベルじゃね?
何でこんなに伝わっちゃうかなぁ?
私、結構分かりにくい性格だって言われてたんだけどなぁ。
流石は相棒だ!って結論で良いのかな。良いよね。
「お嬢様。焔様。そろそろ出発しないと、遅刻してしまいますよ」
「あー、ヤバイ。ほら、焔。もう行こう?」
「…お前絶っっ対クラスの奴らに余計なこと言うなよ?頼むからな??」
「わーかってるって!任せて!」
「物凄く不安なんだが…」
「あーあー、聞こえないー!」
「っ」
ぎゅーっと焔の手を握って引っ張って歩きだす。
何だか最近、手を握ったりすると黙るから、凄く都合が良い。
じゃなくて、可愛い。
…ん?これも違うか?
まぁ良いか。
「ほらほら、行こう!」
「…わ、分かってる!」
「お嬢ー俺も俺もー」
「晴臣。歩道は狭いから三人はムリだ」
「ええー?若、変わってー」
「……嫌だ」
「ふふふのふ。私の相棒は焔だもんねー!」
「ん」
何で照れてるんだろ?
まぁ、焔だから仕方ないな!
そんなこんなで、割とすぐに学校に到着する。
いえーい!
帰って来ました、初等部ー!!
「あー、瑞穂ちゃんー!会いたかったよー!」
「はっ、天使の気配!!ちーちゃーん!!」
「っ、おい!急に引っ張るな、痛っ!!」
校門に入って早速天使との再会。
私は、感動に打ち震えながらちーちゃんに抱きつきに行く。
結果、手を繋いでた焔が変に引っ張られて転んだけど…ま、大丈夫だよね!
焔は丈夫だしね、流石主人公!
「もう、焔くん!私と瑞穂ちゃんの感動の再会の邪魔しないでくれる?」
「え、責められんの俺?マジで言ってる?」
「当然のこと聞かないでよ。馬鹿じゃないの?ふんっ」
やだ、ちょっと偉そうなちーちゃんマジ天使なんだけど。
話に聞いてたツンデレからデレが消えた感じとか、超眼福。
だからマゾじゃないけど!!
「ちょ、千歳何か毒舌になってないか?俺にだけ?」
「えー?そうかな。可愛いよ?」
「お前はそれだけしか言わないな…」
「あれー、おはよ。みずほに赤河。今日も仲良く登校?まったく、夏休みに入る前はあんなに大騒ぎしといて、何サマ?ホント、超意味分かんない。他人へのメーワクとか考えてたワケ?そっちが先にこっちに気付いて、謝罪の一つもすべきじゃないの?ねー、色ボケお坊ちゃま」
「お、おはようさっちゃん…」
「…お前マジで相変わらずだな、木原…。いや、つーか更に毒舌磨かれてるか?」
ほっこりしてると、さっちゃんと委員長がやって来た。
今日も朝から全力なさっちゃんは、こう見えても結構焔のこと心配してたから、多分その裏返し表現なんだろう。
まったく、この幼馴染たちは分かりづらいんだから、もうっ。
「そーゆーのいらないから。謝罪は?」
「ああー、まぁ、悪かったよ。お陰様で元気になったからさ」
「知ってる。みずほから聞いてたし」
「……おい、瑞穂。余計なことは言ってないだろうな?」
全力で頷いておく。
ほら、さっちゃんはあれだから。
ちょっと焔にとって危険過ぎるみたいだから。
流石に私から余計なことは言えないよ。うん。
「もーっ。明佳ちゃんもっと言っちゃってよ!たくさん言わないと分からないんだから、焔くんはっ!」
「これ以上はメンドい」
「そこで投げるのかよ!?」
「流石さっちゃん!飴と鞭!」
「どこに飴が存在した!?」
プーッと頬を膨らませるちーちゃんぐうかわ。
ほら、腕に絡みついて来る感じとか、めっちゃヒロイン。
やらんぞ!!
「あ、そだ。ちとせ、借りた本面白かった。返しとく。ありがと」
「ホントに?良かったぁ!明佳ちゃんの気に入るか分かんなかったから嬉しいな!ホッとしちゃった」
おや?
このやり取りは…もしかして、何か仲良くなってる?
「もしかして二人、夏休み中結構遊んでたりしたの?」
「うん。瑞穂ちゃんから連絡先聞いてたし…瑞穂ちゃんいなくてつまらなかったから、誘ってみたの。…あっ、違うからね!私の一番はずっと瑞穂ちゃんだから!」
「ちーちゃん…愛してる!!」
「私も!!」
「みずほとちとせも良くやるねー」
呆れた様な目線が突き刺さるが、知ったことか!
私は幸せだ!!
「あ、もう皆来てたのか。おはよう」
「わー、ゆーちゃん!おはよお!!」
そんなやり取りをしてたら、天使その2がやって来た。
可愛いー!ちょっと照れた笑顔を浮かべるゆーちゃん素朴可愛いー!
私は反射的に抱きつきに行こうとしたけど、何か首根っこ掴まれて止められる。
「ぐえっ!」
「誰かれ構わず抱きつこうとするな、お前は!」
「えぇー!?何で駄目なのー!?」
「駄目だから駄目」
「焔のケチんぼ!」
前は止めなかったのにー。
ブーブー睨み上げてたら目を逸らされるし。
焔のクセに生意気な!
「話は聞いてたけど、焔落ち着いたみたいだね。良かった」
「ああ、悠馬にも心配かけたな。悪かった」
男同士は何か通じ合うところがあるらしく、すんなり再会の挨拶だ。
良かったね、焔!
親友キャラはここでもやっぱり親友みたいだよ!!
「…そろそろ入らないと遅れるぞ」
わちゃわちゃした空気を整理する様な冷静な声が響く。
これまでひと言も発していなかった委員長だ。
流石委員長!委員長の中の委員長!イッツソークール!!
「委員長もまた会えて嬉しいよ!」
「……夏休みが終わったんだから、会うのは普通だ」
「えぇー?委員長は嬉しくない?」
ジッと見ていると、委員長の顔に皺が寄る。
あっ、魔王がめちゃくちゃ怒ってるみたいな顔だけど、これただ考えてるだけの顔だから。
ブリザード吹いてる気がするけど、気がするだけだから。
「ああ」
ややあって、委員長が呟くように言う。
「友達と、また会えて、俺も嬉しい」
「おおお…委員長…!!」
委員長の貴重な…デレ!
頂きました!
あり余る勢いで抱きつきたいけど、抱きつくと怒るしなぁ、焔。
ここは言葉で表現だ。
「委員長、愛してる!ゴフォォォ!!!痛い!何で殴るの!?」
「何となくだ」
「何て理不尽な理由!?」
激甘の後は激辛ですか。
焔、何その最高の飴と鞭。
出来れば、その中間くらいでお願いしたいんですが。
あっ、ムリ?
そうですか……。
と、そんなこんなで、新学期?は始まった。
え?別に波乱フラグはもうないよ?
それがフラグ?
煩い、黙れ小僧!
貴様に私の焔に叩かれる頭を救えるのか!
なんちゃって。