08.お兄ちゃんが欲しい
「わたし、おねえちゃんじゃなくて、おにいちゃんがほしい」
「えっ」
折角仲良くなったし、ちーちゃんも一度家に遊びに来ないかい?って誘った結果こっちが心配になる位アッサリ了承を頂き、数日。
そして現在、ちーちゃんと焔と私の三人で、ファンシーピンク地獄でお茶を飲んでいる時に、ちーちゃんがふとそう言った。
「おねえちゃん、イジワルするんだもん」
「愛だよ、愛。それは愛~」
「急に歌うな。煩いぞ」
「冷たい、焔っ!」
前世でも一人っ子だったし、現在も一人っ子。
これから先、弟か妹が出来る可能性は残されているけれど、兄や姉が出来る可能性は無い。
結婚相手に兄や姉がいる可能性はあるけれど、それは義理であって、ここでちーちゃんが求めているような兄、姉ではない。と、思う。
兄弟のいる人には、得てしてこんな悩みがあると聞いた事はあるけれど、実際に目の当たりにすると、対応に困るね。
こんな兄弟なら要らない!って、子供ってなんて残酷。
「おにいちゃんほしい」
「焔じゃ駄目?」
「ほむらくんは、おとうとってかんじ」
「えっ」
ちょ、子供ってなんて残酷。
確かに、焔の背は低いし、未だに女の子みたいな顔をしている。
兄か弟かと聞かれたら、間違いなく弟っぽい、と私でも答える。
…私は例えに向かないか。精神年齢間違いなく年上だし。
コホン。言い換えよう。
幼稚園の他の友達たちに聞いても、多分皆、焔は弟っぽいと答えるだろう。
でも、忘れてはいけない。
焔は転生者だから、十四歳までの短い時間だけど、積み重ねて来た記憶がある。
十四歳に対する十二歳くらいなら分からないけど、三、四歳は間違いなく子供だと言う認識を持っているはず。
そんな子供から、年下っぽいと言われている。
哀れ、焔。
「おい、瑞穂。お前今すっげー失礼な事考えてるだろ」
「あれ、何で断定的?」
「確信してるからだよ!俺は子供じゃないからな!!」
「あー、うん。そうだね。立派な大人だね」
「棒読みで言うな!」
「ほむらくん!どなったら、めっ、ですよ」
「ううっ」
「…ぷくく」
「笑うなー!」
「めっ」
何と言う負のスパイラル。
私は面白いからこのままでも全然良いけど。
流石に可哀想過ぎるから止めてあげよう。
そうしないと、焔のライフがゴリゴリ削られて行く事になる。
「それで、どうして突然そう思ったの?」
「んっとねー、おねえちゃんが、ちとせのおにんぎょうさんとっちゃったの」
「あらら、そりゃ酷い」
「それでね、テレビでね、おにいちゃんが、ヒーローで、カッコ良かったの!」
「ん?んーと」
話飛んだなー。
テレビ見てて、格好良いお兄さんが出て来たから、意地悪なお姉ちゃんよりも、優しくて格好良いお兄ちゃんが欲しい!って思ったのか、な?
「多分今やってるドラマだ。夕方に母さんが見てる奴に、そんなシーンあった」
「伯母さんドラマとか見るの!?」
「おう。ベタベタな恋愛ドラマとか好きみたいだ」
「えー、意外。高尚な物しか見なそう」
と言うか、それが分かったって事は、何気に焔も見てるって事だよね?
…やめておこう。
これ以上イジったら、流石に焔も立ち直れなくなる。
一人になりたくないって理由だけで、あんな訳の分からないハーレム願望を抱く位、繊細な男の子だから、焔は。
「タカシ…だっけ。俺はお前の味方だよ、とか臭いセリフ言ってた」
「そうなの!おにいちゃんはせいぎのみかたなの!」
臭い、という言葉はちーちゃんにはまだ早かったか。
スルーしている、と言うよりも意味が分からなかった様子だ。
それにしても、やっぱり焔、何だかんだそのドラマ見てたんじゃないか?
夕方にやってる恋愛ドラマかー。
よし。今度暇があったら私も見てみよう。
「良く覚えてたね」
「前にも言っただろ。何となくでも見てれば覚えちゃうんだって」
「え?…あー、そう言えば言ってた!」
まさにこの世界についての話をした時だ。
別の漫画目的で読んでたのに、流し読みしてたこの漫画のセリフを漏らさずに覚えてる焔って実は頭良いの?って吃驚した覚えがある。
そんな私は、覚えようとした事以外についての記憶力は最悪だよ。
昨日食べたご飯の内容まで忘れる事があるよ。
違う、痴呆症じゃない!!
「ねぇ、みずほちゃん」
「ん?どしたの、ちーちゃん」
「おにいちゃんほしい」
「そうだねぇ。いたら楽しそうだね」
「どうやったらおにいちゃんきてくれるの?」
「えっ」
子供の純粋な視線に恐怖を覚えるとは…想定外の事態だ。
どうやったらって…無理だよ!
弟と妹なら、ご両親に頑張って下さい!って言えば、場合によっては希望が残るけど、上は無理だよ。
どんなに科学技術が発展しても、人工授精とかそう言うのが一般的になっても、後に生まれた者が年上になるなんて、そんな馬鹿な事は起こらない。
……ん?何かパンが主人公の物語で若干いたような……。
…気のせいだ。気のせいと言う事にしておこう。
下手にあり得るかもね、とか言って傷つけたくないし。
でも、無理なんだよ!って言って泣かれるのもなー。
こう言う時に、私の対人スキルの低さが露呈する。
仕事柄、そこそこ子供と関わる事は多かったけど、幼稚園生くらい小さな子とはあんまり関わらなかったしなー。
さて、幼稚園の先生とかは、何て言ってたかな。
「ほむらくんはわかる?」
「俺!?い、いや、知らないかな…」
ちょっ、もしかして私に丸投げする気!?
チラッチラッてこっちを見るんじゃない!
私だって困ってるんだからね!!
でも、ここは精神年齢最年長の私が答えるっきゃない。
可愛いちーちゃんの期待に応えてみせる!
「みずほちゃん…」
「ちーちゃん、お兄ちゃんって言うのはね…」
「うん」
「欲しい!って思い続ければ、何年もすれば出来る、かもしれないよ?」
「なんねんって、あした?あさって?」
「やぁ、百年くらい先かな…」
「ひゃくねん?」
要するに、生まれ変わったら、もしかしたらお兄ちゃんいるかも?と言う事だ。
狡い?
結構!私は見た目こそ純朴なロリだが、その実は汚れ切った大人だ!
ああああ!ごめんなさいすいません!
ちーちゃん、怒らないで!
可愛いほっぺた膨らませないで、あらやだ可愛い。
「むー。みずほちゃんのいうこと、いつもむずかしい…」
「そ、そうかな?ごめんね」
「お前…今の答えは酷くないか?」
「逃げた人からの意見は却下です」
それから私は、機嫌を損ねたちーちゃんのご機嫌取りにつとめた。
天使なちーちゃんは、すぐにまた笑ってくれたけど…。
うん、さっきの答えは自分でも無いわーって思うわ。
そう考えたら、逆に私の機嫌が急降下だ。
情けない。
二十数年も生きて来て、ちーちゃんの満足の行く答えひとつ出せないとは。
「たのしかった!ありがとう、みずほちゃん!」
「ち、ちーちゃん…!天使!!」
「あはは、くすぐったいよぉ」
お別れの時間になると、私は玄関で思い切りちーちゃんを抱きしめた。
嫌がる事なく、はにかむような笑みを浮かべるちーちゃんは、どう低く見積もっても天使。
「それでは、お送りして参りますね」
「西さん、わざわざありがとうございます」
「ありがとうございます!」
「いえ、これも仕事の内ですから。それに、私も楽しいですからね」
西さんが、ちーちゃんを車に乗せて、彼女の家まで送り届ける。
私は、しばらく車を見送りながらも、先程の命題について悩んでいた。
お兄ちゃんを作るには、どうしたら良いのか。
当然、答えなんて出るはずもないのは分かっている。
何しろ、不可能と言う、この疑問自体を打ち消す答えが、既にあるのだから。
でも気になる。
意味が無かろうが気になる。
と言うか、単純にちーちゃんのリクエストを叶えられなかった私自身が嫌だから無理でも無茶でも不可能でも、諦めたくないのだ。
「焔!」
「わっ!…な、何だよ、突然」
「後でちょっと付き合って!」
「?別に良いけど…何するんだ」
「質問大会!」
「はぁ?」
◇◇◇◇◇
自分で答えを導き出せなかった私は、大人に頼る、と言う手段を取る事にした。
自覚がある分、非常に意地悪かもしれないけれど、背に腹は代えられない。
え?背に腹は代えられないって表現はおかしくないかって?
そ、そそ、そんな事ないよ。
そこまでして知りたい事だから合ってるよ。うん、合ってる。
コホン。
夜になって、お父さん達が戻って来ると、私は早速作戦を実行に移した。
ざっくり言えば、昼間のちーちゃんのセリフを、そのまま私が大人に伝える、と言う作戦内容である。
シンプルイズザベスト!
焔がちょっと呆れてるけど知るか!!
「お父様、少しよろしいですか?」
「ん?どうしました、瑞穂?」
第一ターゲット捕捉!
私は、出来る限り子供らしい純粋な目でお父さんを見つめる。
優しく目を細め、更には目線まで合わせてくれるお父さんには申し訳なく思う。
でも、私は思い切って口を開いた。
「私、お兄様が欲しいです。どうしたら良いですか?」
「お兄様、ですか?」
「はい」
珍しく、キョトンとした表情になるお父さん。
あら、意外な表情もまたイケメン。
普段は、若干強面の印象の強い顔が、今は少しあどけなく見える。
と思ったのもつかの間。
お父さんは眉間に皺を寄せて、本気で悩み始めてしまった。
ああ、罪悪感!!
ほら見ろ、みたいな顔してる焔にちょっと腹が立った。
でも、全面的に私が悪いのは分かってる。
謝るか、と思った時、お父さんが口を開いた。
「良いですか、瑞穂。兄とは、貴方よりも先に生まれた兄弟の事を言います」
「は、はい」
「ですが、父様にも母様にも、瑞穂以外の子供はいません。分かりますね?」
「はい」
「後から兄様を作る事は出来ないのですよ」
どうしましょう、皆さん。
予想以上に論理的だった!!
いや、これはある意味予想出来たか。
何しろ、生真面目な執事さんだしな。
「お兄様は、私には出来ないんですか?」
「ええ。でも瑞穂。僕は、瑞穂がいるから、寂しくないですよ」
「えっ?」
急な方向転換は禁止ですよ、お父さん!
急に柔らかな微笑みを浮かべるなんて…ほ、惚れてまうやろ!!
何この人。うちのお父さん?
行動までイケメンとか完璧過ぎない!?
「瑞穂は、どうしても兄様がいないと駄目ですか?父様では、代わりにはなりませんか?」
「そ、そんな事ありません!」
「なら、良かったです。きっと、僕がいつも家を空けているから、寂しくなってしまったんですね。今日は一緒に寝ましょうか。そうしたら、寂しくないですよ」
「あ、ありがとうございます!」
そして心底申し訳ありませんでした…。
余計な事言うんじゃなかった…。
自分が物凄く汚い存在な気分になったよ。
「…お前、実は結構馬鹿だろ」
「今だけは許そう。もっと罵って!!で、次に行こう」
「まだ行くのか!?やっぱ相当馬鹿だろ、お前」
「いやー、何だかんだ勉強になるなーって思って。ほらほら、行くよ!」
そして、焔を引きずってお母さんズの所へ向かう。
私のお母さんは、見た目通りのファンタジックな回答だった。
「祈ればきっと、コウノトリさんが連れて来てくれますわ!」
本気か冗談か分からない。
ちょっぴり怖かったのは内緒だよ!
「ごめんなさいね、二人共。お兄様を作る事は出来ないのですよ」
申し訳なさそうに言うのは、伯母さんだ。
流石伯母さん。まともな回答だ。
「お兄さん、ですか。お二人はどうしたら良いと思いますか?」
戻ってきた西さんにも聞いてみた。
流石の切り返し。
お茶の濁し方がスマート過ぎて、全然気付かなかった!
結局答えてもらってないんだよね、これが。
あれ、実はお父さんより西さんのが会話スキル高い…?
いや、違うか。
あれは余所行き用じゃなくて、娘の私に対する答えだったんだよね。
と、ここまで来たらラスボスだ。
焔が流石に止めようって言ったけど、私は止まらん!
知的欲求を満たす為なら、例え火の中水の中!スカートの中は入らないけど!
「お兄様…欲しいのか?瑞穂」
「はい!どうしたら良いんでしょうか、旦那様?」
「ふむ……」
うちのお父さん以上に意外な事に、伯父さんは顎に手を当てて悩み始めた。
てっきり、お母さんみたいにロマンチックな回答とか、おふざけ回答とか、ガチな養子縁組の話を持ち出すとか、そう言うんだと思ったのに。
拍子抜けしながら見守っていると、伯父さんは輝かんばかりの笑みを浮かべた。
あっ、嫌な予感。
「どんなお兄様が欲しいんだ?」
「え?えーっと」
焔と顔を見合わせる。
詳細は考えてなかったので、おい、どうするよ?と言った感じだ。
でも、いつまでも黙っていられないし、適当な理想を告げる。
「格好良い方が嬉しいです!」
「俺は、頭が良い人が良いな。あと強い人」
「クールな人とか…あっ、でも優しくて親しみやすい方が…」
「そうか、そうか」
しばらく私と焔の理想のお兄ちゃん像を、笑顔で聞いていた伯父さん。
やがて私たちの頭を撫でると、言い聞かせるように言った。
「良い子にしてないと、神様は願いを叶えてくれないからな」
「はい」
「は、はい」
「でも、二人は良い子だから、きっといつか叶えてくれるさ!」
たくさん話を聞いてくれた伯父さん、やっぱり優しい。
こうして話をする事の方が、子供にとっては重要な気がする。
何だかんだ言って、伯父さんは本当に凄い人なんだ。
私が何の為に質問して来たのか分かった上で、きっと敢えて話に乗ってるんだ。
ふっ、負けたよ伯父さん。
そうだね。必ずしも答えを出す事だけが重要じゃない。
如何に人と向き合うか。それが重要なんだ!
「ありがとうございます、旦那様!」
だから私は、想像もしていなかった。
まさか伯父さんが、子供達が絡むと、あそこまでとんでもない行動に出るだなんて。
そのとんでもない行動については、また後日。
語る事にしよう。
◇◇◇◇◇
「焔ー、瑞穂ー!」
「父さん?どうかしたんですか?」
「お早いお帰りですね」
「この前言ってた事だけど」
「「?」」
「二人は凄く良い子にしてたから、お兄ちゃんを作って来たぞー!」
「……どうも」
「はじめましてー!」
「「!!??」」