83.焔の逡巡(後)※
公園に辿り着くと、俺は一人、ボーッとベンチに腰を下ろした。
ここ最近、細かいことで悩み過ぎだ。
ここでひとまず、気持ちに決着をつけなくてはならない。
「これ以上、アイツに心配かけらんないしなぁ…」
ぽつり、と呟く。
能天気なアイツの笑顔を思い出すと、微妙に癪に障るんだが、瑞穂と友達になってから、俺の悩みの大部分は、瑞穂が原因だったように思う。
大体アイツが悪い。
モブキャラに転生しながら、現代において生活するには不必要なレベルでチートを持ち過ぎだし、意味もなくモテる。
俺も何だかんだで主人公の容姿を引き継いで、そこそこイケメンだから、まぁ普通にモテはしてるけど、瑞穂レベルでイケメン美少女ホイホイはしてない。
こう言うと、俺をカッコ良い、って言ってくれてる女の子たちを下に見てるみたいに聞こえるけど、そうじゃなくて、瑞穂は俺と違って、心の底から好かれてるって意味だ。
俺は、外見とか家柄とか、そういう見た目の部分で騒がれてるだけ。
でも、瑞穂は違う。
見た目で騒がれたことは、今まで一回もない。
別に可愛くないって意味じゃなくて、特筆して美少女かって言われると首を傾げるレベルだって意味だと、一応フォローしておこう。
「アイツ、関わった人から嫌われたこと、殆どないもんな…」
残念なことに、俺は結構ある。
まだ小学生だからそうでもないけど、中学に上がれば酷いんじゃないかと、正直結構心配している。
僻みと言うか何と言うか…。
前世の俺なら、今の俺みたいな奴を間違いなく僻んでいたと思うから、責めるような気持ちになれないのも悩みどころだ。
「はぁぁ……」
重い溜息をつきながら、背もたれに背中を預けて空を見上げる。
生憎の曇天。
雨が降りそうな雰囲気ではないけれど、なかなかに気持ちを重くする。
「焔くん?」
「え?」
鈴の鳴るような、優しげな声が俺を呼んだ。
俺は数度目を瞬いてから、声のした方へと視線を向ける。
そこには、ふわふわとしたワンピースを着た麻子さんが立っていた。
俺と目が合うと、嬉しそうに目を細める。
「良かった。私、丁度会いたいなって思っていたの。隣、良いかしら?」
「はぁ…別に構いませんけど…」
「ふふ。ありがとう」
俺と会いたいと思ってた?
俺とこの人の間には、そこまで接点はなかったはずだけど。
一緒に遊びに行ったりしてるとは言え、全部瑞穂経由だ。
その言葉の理由に思い至らず、首を傾げていると、麻子さんはゆっくりと俺の隣に腰かけると、ジッと俺を見て来た。
「あの…?」
「やっぱり、元気ないみたいね。悩み事?」
「いや、そんな大したことじゃないですよ。俺なら平気です」
関係の薄い麻子さんに指摘されるレベルで落ち込んでんのかよ、俺?
ちょっと本気で落ち込んで来る。
慌てて笑ってみせるけど、麻子さんは誤魔化されてくれない。
じぃっと、強い目で見つめて来る。
こう言う所は、原作の麻子先生っぽさあるよな。
「ふぐっ!?」
「こら。ムリに笑ったりしないの」
少し思考を逸らしていたら、麻子先生が軽く眉をひそめて、急に俺の頬を両側から掌で押して来た。
挟まれた形になった俺の頬は潰れて、口はタコみたいになる。
ちょっ、麻子さん何したいんだよ!?
「ふぁふぁほはん(あさこさん)……」
「少しは落ち着いたかしら?なら、離してあげましょう」
そう言いながら、そっと掌が離れる。
こういう突拍子もない行動、原作の麻子先生なら良くあるっていうか、理不尽さの体現者みたいなところがあったから理解出来るんだけど…。
今目の前にいる、この麻子さんのイメージではない。
意外過ぎる。
驚いて見ていると、麻子さんは軽く笑った。
「吃驚した?」
「…まぁ、少し」
「良いのよ、気を使わなくても。私自身も、少し驚いているんだもの。私って、こんなにお節介に積極的になれたんだなぁ、って」
嬉しそうに笑うその顔は、とても清々しい。
まだ気の弱そうな雰囲気はあるけれど、それでも瑞穂曰く幽霊みたいだった最初に比べれば、全然良い。
それもこれも、全部アイツの影響だ。
本当に、俺よりアイツの方が、よっぽど主人公してるよ。
「焔くん。また余計なことを考えているでしょう?」
「いや、そんなことは…」
「偶には、誰かに悩みを打ち明けた方が良いわ。私じゃ、その相手にならない?」
「……」
言えない。
とてもじゃないけど、こんな子供みたいなこと。
恥ずかしくて、誰にも言えたものじゃない。
「私なら、普段焔くんとあまり近しくないし、けど、遠い訳でもない。相談相手には、丁度良い距離感だと思うのだけれど…」
こてりと首を傾けて、俺に提案して来る麻子さん。
そんな対応にさえ、俺はとうとう劣等感を感じそうになっていた。
周囲の人に気ばかり使わせて、俺は一体何さまなんだと。
「…じゃあ、少しだけ独り言」
「?」
「私ね、瑞穂ちゃんが大好きなの」
急に何のカミングアウトだ。
普通に知ってるけど。
俺は訝しげに眉を顰める。
そんな俺の視線に気付いているだろうに、麻子さんは笑う。楽しそうに。
「ずっと年下の女の子相手に不思議なのだけれど、私ね、あの子に救ってもらったから。寂しい哀しいって、引き籠っていた私に、手を差し伸べてくれたから」
懐かしそうに目を閉じる麻子さん。
ザァ、と風が吹いて、彼女の髪をなびかせる。
たったそれだけで、酷く神聖なもののように見えた。
「あの子は、本当に不思議な子。私がどんな人間でも、どんなことをしても、最後には必ず、手を差し伸べてくれる、受け入れてくれるって、そう思わせる何かがあるのよ」
「…そう、ですね」
明確に何かをしてくれたって訳じゃない。
ただ、いつもアホみたいな顔して笑ってる。
そんな瑞穂に、救われる。
それは、俺だけじゃないんだろう。
「だから、ちょっとだけ強くなれた。あの子が友達でいてくれるって思えば、何でも出来る気がした」
……だけど、瑞穂は神様じゃない。
どんなにチート野郎でも、一人の人間だ。
精神にも補正が入ってない限り、前世なんて意味の分からない記憶がある状態で弱音を一回も吐かずに、人助けばかり出来るなんて、ある訳ない。
楽しいってのも嘘じゃないんだろう。
それは分かる。
けど、多分俺達は勘違いしてる。
「だけど私、お返ししたいって思っても、出来ないの」
「?」
「私が幸せそうに笑っているのがお返しだって言って、笑うのよ、あの子は。別に何かをした覚えはないからって」
「…アイツらしいですね」
「でしょう?だから好きなのだけれど、心配にもなるわ」
見返りを求めない、なんて、どんな聖人君子だって話だ。
でも、違うんだろう。
アイツはアイツなりに、今必死に歩いていて、たまたま、今はそうしたことに頓着していないだけなんだ。
「ねぇ、焔くん。私ね、思うのよ」
「?」
「焔くんと話している時だけ、ちょっと、瑞穂ちゃんの表情が違うって」
「はい?」
表情が違うって、どういう意味で?
どういうことだ?
少しだけ混乱しながらも、俺の頭の中で、答えが輪郭を作って行く。
最近ずっと悩んでいたことへの、答えが。
「瑞穂ちゃん、焔くんには甘えてるって思うのよ」
「俺に…?」
「私達にとっての瑞穂ちゃんが、瑞穂ちゃんにとっては、焔くんなんじゃないかしら?」
「っ」
「だから貴方の元気がないと瑞穂ちゃんも元気がなくなってしまうのよ、きっと」
他の人の口から聞くと、説得力が違う。
そうであったら良い、という願いが、少しばかり確かになる。
俺は、アイツと比べて出来ないことも多い。
でも、俺にはアイツに出来ないことが出来る。
そうであってほしい。
いや、重要なのは、俺がそうありたいと、思っていることだ。
「俺も」
「焔くん?」
「俺も、アイツに色々返してやりたい、です」
久しぶりに、心の底から笑みが零れた気がする。
そして、何だか無性にアイツのアホみたいな顔が見たくなる。
俺には、アイツの出来ないことが出来る。
俺には、アイツの支えになってやることが出来る。
まだ、確信じゃないけど、そうでありたいと、思っているのなら出来る。
ここは漫画の世界だけど、すべてが決まった未来がある訳ではないはずだ。
それなら、努力次第で何とでもなる。
俺が子供なのなんて、今に始まったことじゃない。
それなら、努力して大人になれば良い。
アイツから、頼りたいって、そう言われるような大人に。
アイツの隣に、恥ずかしくないような人間に。
「麻子さん!ありがとうございました!」
「えっ?」
「何か、色々見えて来た気がするんで、俺帰ります!それじゃ!」
「ほ、焔くーん!?」
思い立ったが吉日だ。
出来ない出来ないなんて、子供じみたことはもう言わない。
負けてるって思うんなら、勝てば良い。
チート野郎に、俺は努力で打ち勝ってやる。
そして、頼り頼られるような関係になるのだ。
「よっし、やるぞー!!」
相変わらず空は曇天。
けど、俺の心はすっかりと快晴になっているのだった。
「……悩み、結局聞けなかったけれど、元気になったのなら良い、わよね?」
遠くで呟く、麻子さんの声は、俺の耳には届かなかった。
三日坊主が、また新しい話を書いています。
二軍恋愛をお読みの方には、あんまり興味ないかもしれませんが、お暇な時にでもお目通し頂けると嬉しいです。
ついでに、感想とかご指摘とか頂けると幸いです。