80.焔の逡巡(前)※
※焔くん視点です。
※瑞穂さん達がつきの都へ移動中辺りの話。
「……はぁぁぁ」
溜息が漏れる。一体何度目だろうか。
少し自分でも辟易して来る。
一度感じてしまった劣等感が、なかなか消えてくれない。
「俺ってこんな小さな人間だったんだな…」
思わず呟いた言葉が、喧騒の中に消える。
気分転換に、と思って図書館へ向かう道すがら。
結局は歩調も緩やかで、あんまり気のりしていないのが分かる。
一人家に残っても、結局こうしてグダグダ悩む位だったら、瑞穂達と一緒に行くべきだったな、と思わず後悔してしまう。
少なくとも、親父を拗ねさせてまで家に残る決断をした意味はなかった。
楽しみにしてただろうに、俺に付き合って一緒に残ってくれた西さんには申し訳ない事をしてしまったな…。
思い起こしてみれば、俺は前世からそんなヤツだった気がする。
他人と自分を良く比較して、勝てないと分かると自分の殻の中に引き籠って、友達とか、そんな物いらないなんて強がって。
マジで全然変わったないじゃないか。
落ち着いて考えると、何だか恥ずかしさが勝って来る。
俺、何やってんだろ…。
「はぁ…」
「あれー、何で赤河がココにいんの?」
「……青島はいないのか」
「お前ら…」
思わずもう一度溜息をついた瞬間、あまり聞き慣れたくなかったけど、聞き慣れた声が俺を呼んだ。
驚いて声のした方に視線を向ければ、思った通りの人物が立っている。
木原は俺を不思議そうに見つめていて、陽介は辺りを見回していた。
「俺は図書館行く所。瑞穂は旅行でいないよ」
「ふーん」
「?どうして赤河は此処にいるんだ?」
「それ今アタシが聞いたじゃん。ボケたの?よーすけ」
「いや…」
俺の答えに、木原は興味無さそうに軽く頷くだけだったけど、何故か今度は陽介が不思議そうに首を傾げた。
そして口をついて出た問いに、木原は楽しそうに目を細める。
俺も何が聞きたいのか量りかねて首を傾げた。
陽介は少しだけ考えるように眉を吊り上げ、それから少しして答えてくれた。
「青島は…いつも赤河の話をしているから。余程の事が無い限り、一緒にいるものだとばかり思っていた。だから、赤河が一人でいるのが意外だと思っただけだ」
「っぐ、げほっ!!」
陽介が悪役みたいな冷たい表情で言い放った、予想外過ぎる回答に、俺は思わずむせてしまった。
最近ずっと考えていた悩みとか、後ろめたさとか、劣等感とか、全部吹き飛ぶ位の威力があったぞ、おい。
まず、殆ど学校での俺達しか知らないはずの陽介が、俺と瑞穂はいつも一緒、みたいな認識をしていた事だ。
俺、そこまでアイツと学校で話してないよな?
特に理由はないけど、別にアイツと過剰に一緒にいる必要はないし、俺もアイツも、クラスにそれぞれ友達がいる。
その中でわざわざアイツといる意味はない。
それで、どうして陽介は俺達がセット、みたいな認識になるんだ?
次に、あの瑞穂が?いつも俺の話をしている??
駄目だ、イメージ出来ない。
瑞穂は俺より人付き合いが上手いし、大人だ。
本気で自分のクラス全員と仲が良いと言っても過言ではない。
まぁ、仮に瑞穂を嫌いな人がいても、それもひっくるめて可愛がれる、と真顔で言ってた瑞穂だから、そうであっても問題はないと思う。
そんな瑞穂が?他に話題に上げる友達がいっぱいいるだろう瑞穂が??
「何それ、マジで?みずほ、そんなに赤河の話してんの?」
「毎日してる」
「うっそ、意外ー!何だ、可愛い所あんだね。みずほってさ、全然隙がないから、本人自体には面白さを感じてなかったんだけど…へぇー、そうなんだぁ!」
「…明佳。青島に迷惑かけると怒るぞ」
「かけないかけない。だって、みずほはよーすけの大好きな友達だもんねぇ」
「俺の方を見て何が言いたいんだよ、木原」
楽しげな木原の視線に、思わず眉根が寄ってしまう。
そうすると、余計に楽しそうに笑われた。
…何でだ。
「何でもないよ。…てか、ちょっとはマシな顔つきになったんじゃない?夏休み入る前はさ、最悪だったもんね」
「何処が?」
「全部だよ。何心底分からない、みたいな顔してんの?どんだけ察し悪いの」
はぁヤレヤレ、とでも言いたげに肩をすくめる木原にイライラする。
俺、本気でコイツとは相性が悪いな。
陽介は、目付きに似合わず、別に悪いヤツじゃないのになぁ。
何でこいつら仲良いんだろう。
「で、お前らは何でここにいたんだ?」
「塾行くトコだよ。アタシら、同じ塾通ってんの」
「そうなのか。ガンバれよ」
「……赤河」
「ん?」
もうこの辺りで話を切り上げないと、別のフラストレーションが溜まりそうだ。
そう思って背を向けた瞬間、急に陽介に呼び止められた。
…って、顔怖ぇ!
「…青島、心配してたぞ」
「…俺を?」
「ああ。…何を悩んでいるか知らないが、あまり青島に心配をかけるなよ」
「……肝に銘じておくよ」
……そんなに?
まだそこまで付き合いの長くない陽介が心配する程?
俺は動揺を必死で隠しながら、再び図書館へ向けて歩き出した。
瑞穂は、第二の人生楽しむんだー、とか言って、普通なら嫌がりそうな事も、楽しそうにやってる。
基本的に誰も嫌わないし、どんなヤツでも笑わせるのが好きだ。
でもその分、俺は瑞穂が辛いと思う事を知らない。
俺が鈍いんでなければ、アイツは多分、そういうのを隠すのが上手いんだ。
そう、思ってた。
だから余計に、俺はアイツが大人だなって感じて、焦った。
俺は今でも、苦手な事は苦手だし、嫌いな事は嫌いだ。
折角の第二の人生だって言うのに、情けない事この上ない。
瑞穂に比べて、なんて子供なんだ。
……だけど、違うとしたら?
俺が寂しさを感じなくても済んだのが、瑞穂のお陰だったみたいに。
もしも、アイツが俺と一緒にいる事で、明るくいられるんだとしたら…?
「(…う。この考え、間違ってたらすげー恥ずかしいな……)」
思わず足が止まる。
でも、そう見当はずれな事を考えてもいない気がする。
妙に気恥かしいけど、いつまでも悩んでられない。
もう少し、考えてみるとしようか。
俺は、ここ最近の思考の渦が解けかけ始めているような感覚を見失わない様に、何処かで腰を据えて考える事に決める。
それには、図書館は静かだけど、駄目な気がした。
「こういう時は…公園だな」
俺は、誰にともなく呟くと、方向転換する。
そして、駆け足で公園へと向かった。