79.捻くれと真っ直ぐ
「おい、待て!待てったら!!」
「はー、しつこいなぁ…」
「どうする?」
「逃げ場なんて考えてみればあんま無いし、納得してもらうしかないよなぁ」
旅館裏手の公園へとやって来た私達。
因みに、私は未だに臣君に抱き上げられているけれど、突っ込んじゃダメだ。
最初こそ距離を取る事に成功した私達だったけど、考えてもみれば、この旅館内で子供が遊べる場所と言えば此処と、卓球場くらいしかない。
ずっと旅館内をグルグル駆け回っていると迷惑だし、たった二か所しか逃げ場がないとなれば、幾ら頭が弱そうな了輔君が相手であっても、あれだけ必死の形相で追いかけて来ているのだ。完全に撒く事は不可能だろう。
そんな考えに至ったらしい臣君は、嫌そうに溜息を落とす。
問題の先送りは出来ないようだ。
「あの後かぐちゃんが泣いたのなら、私達の責任だよ。だからちゃんと謝ろう?」
「えぇー」
「……」
ぽんぽん、と臣君の肩を軽く叩きながら言うと、二人からは不満げな返答が。
なんか可愛いから、思わず同意したくなるけど、いやいや駄目駄目。
段々近づいて来る了輔君の声。
逃げ続ける事は可能かもしれないけど、まったくもって落ち着かない、下手したらお父さん達に迷惑をかけてしまう、って言うかそもそもかぐちゃんが可哀想、という良くない要素が三拍子揃ってしまう。
「でもお嬢ー。俺はともかくとして、マサは別に間違ってないと思いますけど?」
「謝るのはそこじゃないよ。ちょっとキツく言い過ぎた所」
「お嬢は、もうちょっと優しく言うべきだったって言うんですかぁ?」
ぶー、と口を尖らせる臣君。
可愛い。
可愛いが、良い年した男子高校生が口を尖らせるんじゃないの!
私は苦笑気味に注意を返す。
「分かってるのに聞かないの」
「ふふー。俺以外に気を遣うお嬢の言葉を聞きたくないだけですよ」
「臣君マジめんどくせぇ!!」
「今頃知ったんですかぁ?」
「分かってたけど!?」
シレッと笑顔で言う臣君に、再度腹パンを試みる。
でも、サッとその場に下ろされた上に避けられてしまう。
くそう。いつかこの雪辱果たさでおくべきか。
「俺としてはあんま謝りたくないけど…マサは?」
「僕の意思はお嬢様の意思…。申し訳ありません…。焔様がいらっしゃらない今、これ以上お嬢様のご負担を増やすまいと思ったのですが、失敗だったようですね」
「流石マサ。面倒臭ぇ」
「煩い」
「そんな事考えてたの?そっか…ありがとう、雅君。でも、そんなに気にしなくても私は大丈夫だから」
「お嬢様…」
茶化す臣君を睨みつける雅君。
二人共、それぞれのベクトルで私を心配してくれていたようだ。
有りがたい事だ。
……でもまぁ、寧ろちょいちょい二人の事が心配になる。
私が実際に二人の主人だったら、二人の心配も行動も正解なのかもしれないけど私はただの小学生だし、二人の主人は伯父さんだ。
あんまり私の心配をし過ぎて、将来に響いたらどうしよう。
響かないよね、二人共賢い子達だし。
……響かないよね??
「常に誰かを心配して、誰かの為に明るく振舞うお嬢様の魂は気高いと思います。が、だからこそ僕は…僕等は、貴女が心配なんですよ」
「ん?」
「申し訳ありませんが、その頼みだけは受け容れかねます。お嬢様、僕はそんな貴女の側にいて、貴女の心配をして、貴女の力になりたい…それだけが、願いなのですよ。それを……取り上げないで頂きたい」
「……雅君」
なんか、目が据わってるように見えるのは、私の気のせいですかな?
手遅れとか、そんな事ないよね?ないよね??
めちゃくちゃ久しぶりにヤンデレ空気を感じたよ。怖いよ。
「と、取り上げたりしないよ。昔言ったでしょ、ほら。雅君は伯父さんが私にくれたお兄ちゃんだから、嫌だって言っても、もう離してあげない、みたいな事。そんな大事な雅君が大事にしてる事を、私が取り上げる訳ないよ」
「お嬢様……ありがとうございます!」
わぁ、悪意の欠片もない純粋な笑顔。
もしかして、またチョイスミスしたかな。
私、乙女ゲームって滅多にやらなかったけど、もしかして難易度の高い、正解の選択肢が分からないヤツとかプレイしてたら、全然クリア出来なかったかもしれないのかな?そんな気がするわ。
寧ろ、入るのすっごい難しいヤンデレエンドのフラグだけ的確に回収してたりしてね。あははは……笑えない。
「えぇ、お嬢マサにそんな事言ってたんですか!?ズルイ!俺は?」
「勿論、臣君も大事なお兄ちゃんだよ?」
ぎゅー、と後ろから抱きついて来る臣君に、笑顔で返答する。
自棄っぽい?そんな馬鹿な。
いやいや、それにしても臣君って抱きつくの好きだねー。
え、あからさまに話を逸らすな?
何の事ですかな?瑞穂分かんない。
「足りない。もうちょっと頂戴」
「何だその無駄な色気は」
耳元で囁かないで頂きたい。
これ、大人の女性も一発でノックアウトになるヤツでしょ。
くそう、無駄に良い声しやがって。
因みに私は、全然平気なんだけどね。
何故かって?
勿論、周囲にいるのが、良い声の人ばっかだからさ!慣れだよ!
羨ましいだろう。だが譲らん。
「はいはい。臣君だって離してあげないもーん」
「何でちょっと俺だけなおざりなんですかぁ?」
「それより、もう了輔君も追いついて来るだろうから、覚悟決めてー」
「…分かりました」
「えっ、ちょ、まさかのスルー!?お嬢、酷いですよぉ」
ぶーたれる臣君をスルーしておく。
悪気はないのよ。
信じてるからなのよ。
「見つけた!!」
「うわ、来た…」
「思ったより早かったな」
「二人共、態度直しなよ…」
肩で息をしながら、派手に登場した了輔君。
めちゃくちゃ汗だくなんだけど、大丈夫だろうか。
ちょっとだけ心配していると、了輔君は私達の方へ歩み寄って来て、半眼で睨みつけて来た。
「オレが勝負しろって言ってるのに、逃げるなんてひきょーだぞ!」
「あー、君。さっきは俺達が全面的に悪かったごめん許してね」
「…過剰に挑発をした事は謝罪しよう。すまなかった」
「どうせ罪を認めないんだろうからな。オレが正義のてっついを…って、え?」
了輔君は、大きな目を更に大きく見開いて静止する。
何か思ってたのと違う、と呟くのが聞こえた。
…どうやら、彼のシミュレーションを無駄にさせてしまったようだ。
「その、言葉で謝られても信じられないかもしれないけど、私達ちゃんと反省してるし、後でかぐちゃ…かぐやさんにも改めて謝るから、鉄槌を下すのは勘弁してもらえないかな?」
「…謝るのか?」
「勿論。悪い事をした時には、謝るのが普通でしょう?」
「……」
探る様な目で、私達を睨みつける了輔君。
ここで納得してもらえなければ、彼の言う勝負に乗るより他なくなる。
それでも良いと言えば良いんだけど、勝負になってしまえば、十中八九私達が勝つ事になる。
それで責任が有耶無耶になってしまうのは避けたい。
ほら、手を抜くのは失礼だし、双子は手を抜きたくないだろうしね。
ここは素直に謝っておく方が良いだろう。気分的にも。
……まぁ、完全に私達が悪くても、謝る方が都合が悪い場合、謝らない事も将来的には起こるかもしれないけど、それは考えない方向で。
「そうか」
すっと腕組みをして、目を伏せると納得したように頷く了輔君。
さて、素直な謝罪は吉と出るか凶と出るか。
了輔君は、どう解釈した?
じっと彼の出す答えを待っていると、了輔君がカッと目を見開く。
「反省したんならそれで良いぜ!オレは正義の男だからな。あやまちを認めた人間を責めるような、ぶ…ぶ…ぶすい!な事はしないんだぜ」
グッと親指で自分を指す了輔君。
言い回しはともかくとして…許してくれるらしい。
これは有りがたい。
マジで良い子だ。
将来、悪い大人に騙されないか心配である。
「けど、お前らちゃんとかぐやには謝れよ。久しぶりに泣いてたんだからな」
「久しぶり?」
「おう。二年…三年?前くらいから、アイツいじめられても全然泣かなくなってさぁ。兄貴分のオレとしては安心してたんだけど…今日見てビックリしたぜ」
かぐちゃん…!!
焔に相応しい女性になろうと、あれ以来泣かないようになってたのか!
本当に苦手意識を持って申し訳なかった。
いや、苦手なのは変わらないかもしれないけど、嫌いには絶対にならないよ。
誰かの為に努力出来る人って…素敵だよね。
もうっ、マジで何で焔いないの!?
「にしても、オマエが青島瑞穂かぁ…」
「?うん、そうだけど…」
と、急に了輔君が私をジロジロと眺めて来る。
さっきまでの探るような目じゃなくて、好奇心っていうのかな?
悪い意味ではなさそうだ。
居心地は悪いけど、悪気がない行動を責める気はない。
ないから、了輔君を睨まないであげて、二人共!!
「いや、かぐやが、格好良い女の子だーとか言ってたから、どんな男みたいなヤツだろうって思ってたんだけど…」
「うおう…知らない所で何と言う評価を頂いていたのか」
かぐちゃん…私の事も噂していたのか。
焔の事は噂してるだろうなーって思ってたけど…。
い、嫌じゃないよ!
ただちょっと…思う所があっただけだよ!
だから睨まないの!
「なんだ、全然可愛いじゃん」
「え、あ、ありがとう」
にぱーっと満面の笑みを浮かべて、物凄い評価をくれる了輔君。
なんのてらいもなく、そんな事を言ってのけてしまうだなんて。
すげぇ、了輔君。
誰だ、馬鹿とか言ったのは。おい、焔。
良い男じゃないか!!
私は感動したよ。なんか素直に嬉しい。ジーンと来る。
「俺のお嬢になーんて事言うのかな、君は」
「……お嬢様が可愛らしいのは当然だ」
「え、ちょ、何で二人ちょっと怒ってんの?」
ジロジロ眺めてた事に対して怒るのは分かるけど…何で褒めてくれてる人に対しても怒ってるの?
って言うか、謝った直後にこの態度って良くないよね。
慌てて了輔君を見ると、まったく気にした様子はない。
ちょっとホッとする。
「なんてことって…ほめたに決まってるだろ。変なこと聞くんだな」
「……え。何、君。もしかして頭弱い?」
「はぁ?頭って、強さがあったのか?知らなかった!!どうやって鍛えるんだ?」
「……なんか、ごめん」
「ん?さっき謝ってもらったから、もう良いぞ。あっ、かぐやに謝るのは忘れるんじゃねーぞ?」
キラッと笑ってそう言う了輔君。
うん、あらゆる意味で負けたよ。
認めようじゃないか。
ねぇ、二人共。
「…分かった。きちんと謝罪しに行くよ」
「そうだな、マサ。そうと決まれば、すぐにでも行くか…」
「うん、賛成。それじゃあ了輔君。私達は謝りに行くから…」
「オレもついて行ってやるよ。大丈夫だとは思うけど、アイツ思い込み激しいところあるからさー。もしかしたら、全然謝っても信じてくんないかもしんないから、そん時はオレがフォローしてやっから!」
……マジでイケメンだろぉぉぉ!!
ごめん、アホの子だとか思ってて!
ごめん、打算で生きてて!!
双子と共に、純粋な了輔君のオーラに当てられて昇天しそうな気持ちになりながら、私達はすぐさま了輔君に案内されて、かぐちゃんの私室に向かって、謝った。
かぐちゃんは恐縮しながらも許してくれたんだけど…。
うん、色んな意味でトラウマになったね。
部屋の中に、どこから入手したのか、ビッシリ焔の隠し撮り写真が張ってあった事すら気にならないレベルだったね。
勿論、しまっておかないと、焔に相応しい女性とは言えないよ、と注意するのは忘れなかったけど…。
皆はもっと純粋に生きようね!
お姉さんとの約束だ。
じゃないと…清く正しく美しい若者と出会った時、死にたくなるからね!!