78.訪問者
今年もまた、三年前と同じ部屋に通された。
前は焔と一緒に泊まってたから寂しくなかったんだけど、今年は一人。
旅館の部屋に小学生一人って…寂しいわ!!
荷物を整理したら、早くも離脱して、お母さん達の所に行こうかな。
そんな事を思っていたら、何故か臣君と雅君の荷物もそこに置かれる。
あれ?
てっきり二人は別室に泊まるものだとばかり思ってたけど、違うのかな?
「もしかして、二人の部屋も一緒なの?」
「はいっ。良かったですねぇ、お嬢。これで寂しくないですよー?」
疑問を口にすると、満面の笑みで頷いて答えてくれる臣君。
何かちょっと馬鹿にされた気がして、腹パンを狙っておいた。
けど、まだちょっと臣君の方が速いらしくて避けられる。ちぃっ!
「今年は義父さんが留守になったでしょう?」
「うん」
「それで、僕達二人より、お嬢様と三人で泊まった方が楽しかろうと、美紗子様が提案してくださいましたので」
「ああ……」
雅君の説明に、何だか妙に納得してしまった。
お母さんなら言いそうだ。
そもそも、三年前の子供だけという特殊な部屋割も、その方が楽しいだろう、とお母さんが気遣ってゴリ押しした結果らしいし。
よくよく考えてみると、おかしいんだけどね。
「私は嬉しいけど、大丈夫なの?二人の雇い主は旦那様だけど、一応青島家って、二人より立ち場が上だよね。その長女と同じ部屋ってどうなの?」
ちょいちょい忘れがちだけど、そうなってるんだよね。
詳しくは聞いてないから、青島家の立ち位置を良く分かってないと言えば、よく分かってないんですけども。
首を傾げながら尋ねると、二人は顔を見合わせて、何故か嬉しそうに笑う。
…あれ。
私、何か変な事言いました?
「そっかぁ。お嬢、俺達と一緒で嬉しいんだぁ」
ああ、臣君はそこに引っ掛かってたんですね。
楽しそうで何よりです。
迷惑じゃないのなら、その方が嬉しいしね。
でも、えーっと、雅君は?
私が寂しがる事が嬉しい、というキャラには見えないんですけども。
「ご安心ください。名目としては護衛官としてご一緒させて頂く事になっておりますので、文句を言うような者はおりませんよ」
「桐吾様は若干嫌がってましたけどねぇ」
「えっ、お父さんが!?」
「流石に、可愛い娘も成長して来て、気になり始めたんじゃないですか?」
うおお、イメージがわかない…。
お母さんの我儘とか以外は完璧にこなすイメージしかないしなぁ。
意外と今、別室でハラハラしてたりするんだろうか。
何それ可愛い。
「ふふ…」
「?なんか、雅君ご機嫌だね。どうかしたの?」
悶々とお父さんがソワソワしてる姿を思い描いていたら、荷物を丁寧に整理していた雅君が小さく笑い声をもらしたから、ハッとして理由を聞いてみる。
なんて言うか…意外と雅君の方が何考えてるか分からないんだよね。
「いえ。お嬢様が、お嬢様であらせられて…嬉しいだけです」
「???」
駄目だ、マジで意味が分からん。
喜んでるんだから、良い事だよね。
そう解釈しておこう。
「あ、ねぇねぇお嬢。そんな事より、早く遊びに行きましょうよ!」
「え?でも、先に色々準備とかしないと…」
「そんなのマサに任せとけば良いんですよ…って、痛っ!」
「……」
「おい、無言でスマホ投げんな!しかもこれ俺の!!」
「お前には丁度良いだろう」
そんなノリで、二人は喧嘩を始める。
普通であれば止める所なんだろうけど、二人は口喧嘩を続けながらも、荷解きをきちんとしている。
止められるような、アホらしい喧嘩ではない。
可愛い喧嘩は、見守るに限る。
私は、ほっこりとした気持ちになりながら、自分のカバンを開いた。
これから、あの謎の公園に行くから、日焼け止め…いるかな?
天気は良いけど、あそこはそこまで太陽光キツい訳じゃないしな。
…でも油断すると、将来厳しくなるし、やっぱり付けて行くか。
あと、虫よけと…。
「おい!この部屋に、青島瑞穂とか言うヤツはいるか!?」
「へっ?」
スパーン!という、現実ではなかなか聞く事のない障子戸が開く音と共に、聞き覚えの無い、男の子の声が響く。
耳に痛いくらいの元気な大声である。
思わず間の抜けた声を上げてしまった。
仕方あるまい。
何故か、敵意すら感じられる、聞き覚えの無い声に呼ばれたのだ。
吃驚するのが普通だ。
…何で双子は普通な顔してるの。
臣君や。
何でスルー気味にスマホ弄ってんの。
雅君や。
何でピクリとも反応しないでいられるの。
「…どちら様でしょう?」
私を背に庇うようにして、雅君が入り口を向く。
私は、雅君の背中から、少しだけ顔を出すようにして、声の主に視線をやった。
「オレのことはどうでも良い!それより、青島瑞穂はいるのか、いないのか!?」
背は、私と同じ位か…少し高い位だろうか。
焔よりは低いかな、という位なのは間違いない。
大体私と同じ年くらい、と分かる少年だ。
黒いツンツンの髪に、負けず劣らずの三白眼。
への字に曲がった口。
ガキ大将、という表現が似合いそうな、気の強そうな見た目である。
くすんだ紅色の作務衣のような服を着ていて、頭にはねじり鉢巻き。
……何を目指しているかは分からないけど、正体は分かった気がする。
「わた」
「しっ」
誰なのかという見当が私の中でついた為、名乗り出ようと思った所を、雅君に遮られてしまった。
視線を動かすと、臣君も止めた方が良い、という風に頷いている。
確かに二人は今日、私の護衛的な立場として同行しているらしいけど、だからと言って、こんな子供にそこまで警戒しなくて良いのでは?
何しろ、見ただけで分かる。二人の方が普通に強い事が。
油断してても倒せるレベルですよ。
そう思って見返すけど、二人は私に関わらせる気はないらしい。
過保護じゃない?
私が言う事じゃないかもしれないけど。
「おい、いるのか?いないのか?」
「突然訪ねて来て、不躾だぞ。名ぐらい名乗れ」
「ぶしつけ?」
「…失礼という意味だ」
「ああ、ナルホド」
……想像した人物で良さそうだ。
頭が弱そうな上に、素直で良い子っぽい。
焔の言っていた通りだ。
「オレは、後藤了輔様だ!覚えておけよっ」
腰に手を当てて、ドヤ顔で胸を逸らせる少年…もとい、後藤了輔君。
マジで想像通りだった。
――…後藤了輔。
『ハーレム×ハーレム』に登場するライバルキャラの一人に間違いない。
焔曰く、お馬鹿。でも悪いヤツじゃない。
まさに!って感じだ。
「さぁ、オレは名乗ったぜ!そっちも答えろよ」
「目的を聞くまでは、そう簡単にお嬢様を出す訳にはいかないな」
「オジョーサマ?…ああ、アンタらが青島瑞穂の使用人か」
「…見たら分かるでしょ、フツー」
状況を静観していた臣君が、呆れたように呟く。
まったくもって同感である。
何しろ、どんな用件で来たのかまでは分からないけど、少なくとも彼は、私に用事があって、この部屋に私がいると突き止めてやって来ている。
ここにいる、という事はそういう事だ。
なのに、この部屋に無関係の他人がいるとでも思っていたのだろうか。
お父さんや伯父さんと勘違いするはずもない。
二人は見た目は確かに若いけど、双子程じゃない。
「なら、アンタらで良いや」
「?」
勝手に自己完結したらしい了輔君は、うんうん、と納得したように頷いている。
いや、あの、説明して。
流石の双子も首傾げてるから。
かく言う私もサッパリだよ!
「オレの妹分であるかぐやを泣かせたのがアンタら一行だって事は調べが付いてるんだ!しらばっくれてもムダだぜ。オレは、かぐやの兄貴分として、仇を討つ事に決めた。だから、オレとじんじょーに勝負しやがれ!!」
ビッシー!と効果音が付きそうな程鋭く、了輔君は人差し指を突きつけて来る。
なんていうか…うん、とっても良い子だね。
かぐちゃんが泣いちゃったって言うのは…まぁ、十中八九、さっきの旅館入口でのやり取りのせいだろう。
分かる。凄く良く分かる。
だけど、言い訳をさせてもらえるのだとすれば、ひと言言いたい。
…私のせいじゃなくないですか?
いや、私達一行のせい、というのなら、リーダー的ポジションにある私のせいと言えるんだけど……私のせいじゃなくないですか?
「え、フツーに嫌だけど?」
「は?」
「…確かに、受ける謂われはないな」
「はぁああ!?」
双子のつれない態度に、了輔君は目を見開き、次いで叫んだ。
多分、二人共まったく悪い事をしたと思ってないんだろう。
仕方ないね。
うん……あんまり良い事とも思えないけど、二人は良かれと思ってやってくれてるから、私から否定的な事は言いたくないな。
ちょっぴりかぐちゃんを苦手としている私にも、原因はありそうだし。
でも、一番の原因はここにいない焔だと思うんですがね!!
焔が一緒だったら、協力して何とか事を治められたと思うんだよ!
「それでは、参りましょうかお嬢様」
「そうだなぁ。ほら、行きましょうお嬢」
「わわっ!」
「おい、ドコに行くつもりだよ!?逃げんのか!?」
臣君がヒョイと私を抱き上げて、サクサクッと了輔君を脇に追いやって部屋を後にしようとし始める。
追い縋ろうとする了輔君だけど、いや、この二人に対して無茶だよね。
「逃げるなどとんでもない。無駄な事はしない主義なだけだ」
「そうそう。俺達悪い事してないしねぇ」
「何でだよ!かぐや泣いてたんだぞ!」
「泣かせる事が百%悪い事かって言うと、そんなに簡単じゃないもんだよ。ああ、まだ君は子供だから分かんないかなぁ!」
「な、何だとぉ!!待てコラー!!」
火に油を注ぎまくって駆け出す双子。
成す術も無く運ばれる私。
間違ってない。
二人が言ってる事は間違ってないんだけど…子供に言う事じゃなくね!?
私は次第に離れて行く了輔君に向かって、思わず叫んだ。
「私のお兄ちゃん二人がマジごめんー!!」
怒声が更に遠くなっていく。
そんな中、私はしばらく、二人に謝る必要はない、と怒られるものだとばかり思いながらビクついていた所、何故か二人はご機嫌で裏の公園まで走った。
「俺達お兄ちゃんだってさ、マサ」
「悪くないな」
…二人のご機嫌ポイントが良く分からない。
あと、逃げて来ちゃったけど、遊べる場所ってここ位しかないし、すぐ追いつかれるんじゃない?
私は、まだ一日が終わるまでは長いんだろうと思って、溜息をついた。