77.出会いがしらの
「ああっ、瑞穂さま!お会いしとうございましたっ」
「あ、うん。久しぶり、かぐちゃん」
バスを降りた瞬間に、駆け寄って来るあんまり見覚えのない和服美少女。
街中で激突して来られていたら、誰だかサッパリ分からなかった事だろう。
だけど、ここは旅館『つきの都』である。
他の所ならばいざ知らず、ここにおいて、目を輝かせながら私に駆け寄って来る知り合いなんて、かぐちゃんをおいて他にいるはずがない。
うん、断言出来るね。
実際思った通りだったようで、かぐちゃんは嬉しそうに笑っている。
うん、良かった外さなくて。
失敗してたらさ、何か嫌な予感するもんね。うん。
「それにしても、良く覚えてたね。三年前に一回会っただけだったのに」
「私が、瑞穂さまの事を忘れるはずがありませんわ。だって、大切なお友達ですもの。そうですわよね、瑞穂さま?」
「…うん、そうだね友達だね」
ぎゅうと私の手を握って、顔を近づけて来るかぐちゃん。
なるべく距離を取ろうとする私。
ああ、一旦状況を整理しようか。
頑として行きたくない…本人曰く、課題に集中したい、と言い張っていた焔。
家に一人残す訳にはいかないけど、じゃあ誰が残るべきか、という一昼夜に渡る相談の末、西さんがお留守番を買って出てくれた。
任せてください、と言う西さんに全面的に甘える形で、旅行にやって来た私達。
因みに、今年のバスの運転はお父さんである。
私もいずれ大型免許を取るのだろうか。
それはともかくとして、旅行のメンバーは、焔を除いた赤河家。
私達青島家。それから双子である。
弟の瑞貴と仄火ちゃんもいるから、つまらない、という事はなかったけど、焔のいない道中は、なかなか寂しかった。
このまま数日を過ごすかと思うと、ちょっと不安である。
そんな感じで、乗りきれないテンションのまま気付くと目的地であるつきの都に到着していて、溜息がちにバスを降りた所、かぐちゃんが駆け寄って来た、という次第なのである。
うんうん、大体整理はついたかな。
「あら?焔さまはいらっしゃいませんの?」
「あー、うん。なんか課題が終わらないとかで」
「そんな、酷い!焔さまは、私よりも課題が大切だと仰いますのね!?」
「えーっと…本人にその内聞いてやってね…」
駄目だ。
このかぐちゃんのテンション、ついて行けない方向に進化を遂げている。
一体誰の仕業だ。
かぐちゃんを改悪するとは。なんたる所業。
何でかぐちゃん、男の子っぽい感じだったのに、こんな和服美少女にクラスチェンジしてるんだろうか。
意味が分からない。
漫画に描いてあっただろうか。
焔に聞けば分かるだろうか。
そんな風に、反射的に焔を探してしまう私。
当然だけど近くに焔の姿は無い。
なんだか情けなくなる。
「でも、私は構いません」
「ん?」
「だって私には、瑞穂さまがいてくださいますもの!瑞穂さまは、課題よりもお友達の私が大事だったんですわよね?」
「んん??」
更に強く両手を握られて、ギラついた目で見つめられる。
そ、そんな前傾姿勢で聞かれても困るー。
確かにかぐちゃんは美人だ。
小学四年生にして既にスタイルも良くなっているし、色気すら感じられる。
でもね…でもね、私女ですから!
色香に惑ってうん!とか頷けませんから!!
「ちょおーっと待ったー」
「あっ」
どう言って距離を取ったものかなー、と思っていたら、瞬く間にスッとかぐちゃんの手を解いて距離をあけてくれる手。
ぎゅうと後ろから私を抱き締める腕に、私は思わず苦笑してしまった。
「何をなさいますの、晴臣さん」
「ああ、俺の事も覚えててくれたんだ。嬉しいんだけど、この子は駄目だよ、かぐやちゃん。この子は、俺のだーいじなお嬢さんだから」
もっとやりようはあるだろうに、敢えて縋るように抱き締めて来る臣君。
いつもなら、仕方ないなーって感じで許容しているだけなんだけど。
不覚にも私の方が、ホッとしてしまった。
かぐちゃんにの扱いに困って、じゃないですよ。
そうじゃなくて…なんだろうね。
いつもそこにいるはずの焔がいない事に寂しさを覚えた、そんな気持ちが紛れてくれたから、かな。
うん、私は大丈夫。
大丈夫だ。
「晴臣さん。焔さまに相応しい人間になるには、大和撫子になるべし…その貴方の助言は、大層役立ちました。それについては感謝しています。ですが、今の発言は看過しかねますわ。瑞穂さまは、貴方の物ではありません!」
ビッシーと人差し指で臣君を指すかぐちゃん。
ああ…かぐちゃんを改悪した原因、臣君にあったのか。
そう言えばそんな流れだったような気もする。
「俺のお嬢だからね」
「私のお友達ですわ」
「いやいや、俺のお嬢だからね」
「何を仰います。私のお友達ですわ」
「いつまでやっているんだ。馬鹿馬鹿しい」
「おお、雅君…」
「あっ、こらマサ!」
更に、ギューッと私を抱き締めていた臣君から、雅君が私を解放してくれる。
しかも、いつ下ろしたのか私の旅行鞄を持ってくれている。
流石の雅君やでぇ……。
「もう旦那様達は行ってしまわれたぞ」
「いやぁ、だってかぐやちゃんがさぁ」
「言い訳するな。大人だろ」
「まだ俺高校生だしぃ」
「小四相手に何を言うか」
不満げだけど、やれやれと言葉を引く臣君。
どうやら口喧嘩はここで終了らしい。
良かった良かった、安心したよ。
「ふふ、私の勝ちのようですね!」
「かぐや。君にも一つ言っておこう」
「な、なんですの…?」
勝ち誇った顔を浮かべていた直後、急に声がかかってビクッとなるかぐちゃん。
あれ、そんなに雅君怖い?
穏やかで優しくて、そんな怖くないはずなんだけどな。
…いやぁ、怖いか。
デフォルトが裏がありそうな笑顔だもんね。
寧ろ慣れって怖いわー。
「焔様に好いて頂きたいと思うのならば、相手の事情も考えられるような女性になる事だ。今のままでは、難しいな。それと…お嬢様は誰の物ではない」
「な…な……」
「ああ、二つになってしまったな。申し訳ない」
言われた内容を理解しているのかしていないのか。
パクパクと口を開け閉めするかぐちゃん。
流石に可哀想になる。
言っておこう。
私は、かぐちゃん好きですからね。
苦手ではあるけど、これだけキャラ立ちしてる子が嫌いとかないから。
「それでは、お部屋に参りましょうお嬢様。お荷物はお持ち致します」
「雅君も、小学生相手に言う事じゃないと思うよ?」
「存じ上げております。ただ少し…腹にすえかねたもので」
「……一応聞こうか。何を?」
「勿論、お嬢様の意に沿わぬ行動を取っていた事です」
良い笑顔で言うこっちゃない!!
私は慰めるようにかぐちゃんの頭を撫でると、全力でフォローした。
「後で一緒に遊ぼうね!!」
「……っはい瑞穂さま!!」
可哀想に、ちょっと本気で泣きそうじゃないか。
私は別の意味で面倒な事になったと思って溜息をついた。
それから、誤魔化すように笑って、双子と一緒に部屋に向かう。
「もー二人共…。周りに噛みついて歩かなくて良いから。何でケンカ腰なのー?」
「えぇー。こんなに穏やかな美青年捕まえて何言うんですか、お嬢?」
「そうですね。僕も誰かに噛みついた覚えはありませんね」
「シレッと言わない!」
こういう所だけソックリだな、二人!
私は苦笑しながら、それでも今、この二人が一緒にいてくれて良かった、と実感していた。
焔がいなくて、二人も側にいなかったら、泣いてたかもしれない。
多少の面倒臭さがなんだ。
かぐちゃんだってそうだ。
こんな私を友達だと言ってくれる。
「二人も後で一緒に遊ぼうね」
「あったりまえ!」
「当然ですね」
二人に囲まれて、二人の空いた手を握る。
代わりにはならないけど。
また別の、楽しい思い出が作れるような気がする。
後で羨ましがっても作れないんだからな、焔ー!