76.波乱フラグ?
「瑞穂よ。本当にすまんな…」
「ねーさま!」
「あねうえ!」
「え、突然何で謝られてるんですか??」
夏休みに突入しました。
現状を説明すると…まだ焔の元気がありません。
見守ると決めた以上口出しは無用かなー、と思いつつ、事あるごとに声をかけてはいるんだけど、どうやら無駄らしく、声をかけた瞬間は返事をしてくれるけど、その後劇的に元気になる、という事もなく、今日まで来ている。
私まで落ち込んでいても仕方ないな、と思い直して、とりあえず毎日を元気に生きている訳だけれど、まぁ物足りない物足りない。
一年以上続いたら流石に怒ろうかなぁ、と思いはじめた今日この頃。
急に伯父さんがしょんぼりした感じで謝って来た。
動揺する私に、天使達が突撃して来るのを軽く抱き止めつつ、視線は伯父さんに釘付けだ。
勿論、伯父さんがイケメンだからじゃないよ。
伯父さんは確かにイケメン…イケてるオジ様だけど、そうじゃなくて、あの何をやるにしても楽しそうで自身に満ち溢れてるゴーイングマイウェイの権化こと、赤河家当主の緋王様とは思えない程しょんぼりしているからだ。
一体何の天変地異だと思って、反射的に一瞬外を確認した私、悪くないと思う。
伯父さんの後ろに立つお父さんも、何かちょっと納得したように頷いてたし。
私、悪くない。
伯父さんが謝るって、何の冗談だ。
もしかして私、何かマズイ事でもしでかしてただろうか。
思い出せないんだけど。
首を傾げていると、お父さんが見かねてフォローに入ってくれた。
「失礼ながら緋王様。それでは何の事を仰っているか、瑞穂には分からないかと思われますので、もう少し丁寧な説明をお願い申し上げます」
「む、そうか。…いや、そうだな。本当にすまん……」
「い、いえ…」
本当に、何でこんなにヘコんでいるんだろうか。
ちょっと怖いわ。
何、実は赤河グループ存続の危機とか?
いや、それだったらお父さんの顔色も悪いよね。
と言うか、お父さんが報告して来るか。
それに、赤河グループが潰れた程度で、うちが路頭に迷う気がしないし。
見ろようちのお父さんを!天才だぞ!!
「ねーさま、おんまさんやってー」
「あねうえ、あにうえ、ゲンキないの。おじうえもガッカリ」
「はい、仄火様後でお馬さんやりましょうね。…で。瑞貴、それ本当?」
「はいっ」
「おんまさんー!!」
「よしよし、ちょっと待っててくださいねー」
あらやだ、うちの弟天才じゃない?
うちの家系は天才か。そうか。
あっ、仄火ちゃんをディスってるんじゃないよ。
仄火ちゃんには、溢れ出るお嬢様オーラという素晴らしい才能があるから。
かーわいいんですよ、これが。
しまった、また話が逸れてしまった。
瑞貴の話の内容の方が重要だよね。
若干二歳程度の子供の話をどこまで信じるか、という問題はあるけど、うちの弟天才ですから。
ありのまま信じて良いだろう。
つまり、焔が元気ないのがとうとう伯父さんにも伝染した、と。
……焔ぁぁ!!流石に怒るぞ!!
「いえ、瑞穂。正確にはそうではありません」
「え?」
「緋王様は、焔様にすげなくされた事に対して、消沈しておいでなのです」
はい、お父さんの訂正が入りました。
これは、お父さんに心を読まれた事への突っ込みを入れるべきか。
それとも、伯父さんのメンタルの弱さに突っ込みを入れるべきか。
「ええと…本当ですか?旦那様」
「うう…瑞穂までそっけいない…」
「え!?」
「緋王様。瑞穂はいつも旦那様、と呼んでおりますよ」
「俺、伯父さんだよ?」
「存じておりますが、娘は、私の立場を慮っているのです」
「瑞穂!もう許すどころかお願いだ!伯父さんって呼んで!?」
「ええええ!?」
伯父さんご乱心!!
私は思わず目を回してしまう。
いやいや、私これどう対処したら良いの!?
「ひ、お、う、さ、ま?」
「ひぃっ」
そう思ってたら、地を這うような修羅の…お父さんの声が。
流石の伯父さんも、マジ怒のお父さんは怖いらしく、黙った。
ただ、膝を抱えて廊下の隅でのの字を書き始めたんだけど…良いんだろうか。
「とーさま、おうまさんっ!!」
「すごいすごい!」
「いや、そういうつもりでしゃがんだ訳じゃないと思うんだけど…」
追い打ちをかけるように、仄火ちゃんが伯父さんの背中に飛び乗って行ったんだけれども…大丈夫だろうか。
横で囃し立ててるマイブラザーよ。
ヤバそうなら止めて差し上げなさいね。
私はスルーするよ。
「折角まとまって取れた夏休みを、緋王様は楽しみにしてらっしゃった」
「あ、はい」
ふと、お父さんがしんみり語り出す。
何の話って…こうなった経緯って事ですよね。
私はとうとう頭を叩かれ始めた伯父さんからそっと視線を逸らす。
それから、お父さんに向き直った。
「緋王様が、ご家族と過ごされる時間を何よりも大切にしてらっしゃる事を、瑞穂は理解していますよね?」
「勿論です。とても嬉しい事です」
「私もそう思うのですが…それが上手く焔様に伝わっていないようでしてね。…いえ、焔様も分かってはいらっしゃるのでしょうが、悩みが深すぎるのやも…」
そう言うと、お父さんは焔の部屋の方向を見て溜息をつく。
うん。何となく話は見えて来たかな?
「つまり、夏休みに家族で旅行に行こうと誘ったら、断られたんですね?」
「その通りです」
伯父さん…。
息子に誘いを断られたからって、そこまでヘコむのか…。
ちょっと今まで以上に親しみを感じるわ。
何その可愛い感じ。
普通金持ちって、もっと冷たいものじゃない?
……金持ちっぽい独特センスの持ち主ではあるけどさ。
「瑞穂!」
「わっ、はい!」
そんな事を思っていたら、唐突に復活した伯父さんが、ガバと肩を掴んで来た。
ちょっと怖いわ。
何だこの勢い。目とかマジだし。
「瑞穂は一緒に行ってくれるよな!?習い事が多かろうと宿題が多かろうと、問題などないよな!?」
「そ、そうですね。過剰に課題を抱えてる訳ではありませんし」
「家族で行く旅行の方が家で一人いるより良いよな!?」
「そりゃそうですね。一人なんてつまらないですし」
「良かった…!!」
何か本気で嬉しそうだ。
泣きそう…ってか、あれ、伯父さん泣いてない??
そんなショックだったの!?
いや、私も焔につれなくされて傷付いてる面子の一人だとは思ってたけど、伯父さん…貴方には勝てませんぜ…。
…勝てなくて良いけど。
「それじゃあ、明日から旅行だぞう!焔なんか知るか!!俺達だけで楽しんでやるぞー!」
「とーさま、おうまさんもっとーっ」
「みじゅきは、あねうえといたい!」
足に張り付いて来る瑞貴の頭を撫で回しながら、伯父さんの変な所に入ったテンションに、本気でドン引く。
あのテンションで来られたら、通常状態でも思わず断っちゃってたかもしれないね、焔の性格なら。
「あ、そうだ。父様、それで旅行先はどちらなんでしょうか?」
「ああ、言っていませんでしたね」
お父さんは、若干苦笑気味に答えてくれる。
「つきの都ですよ」
…………。
ああ、これさ…通常状態でも思わず断っちゃってたかもな。
うん。
焔、お前まさか…かぐちゃんを避けたくて断ったんじゃなかろうな!?
もしそうならズルイ!!
ちょっと私も避けたいかもしれない!!
やっぱり今からでも断って……。
「あねうえ、みじゅきねー、たのしみですっ」
「うん。私もすっごく楽しみ!!」
無理だね!!
天使をガッカリさせるとか、マジムリ!!
ふっ…仕方あるまい。
大人な私に感謝しろよ、焔。
しっかりきっちりかぐちゃんに…。
焔がイケメンになってるよってプッシュして来てあげるからね。
待ってろよー!!
Q:焔くんは行き先を知ってて断ったんですか?
A:濡れ衣だ!!
それどころじゃないので、行き先云々気付いてないです。