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07.赤河家当主と私達

 (ほむら)と仲直り?して以降、毎日が順調だ。

 皆でお歌を歌いましょうねーとか、紙芝居読みましょうねーとか、もしかしたら鬱陶しく感じる事もあるのだろうかと構えていたけれど、何の問題もなかった。

 寧ろ、ほぼニートのように毎日遊び呆けていても、怒られるどころか微笑ましく見てもらえる現状は、素晴らしいのひと言に尽きる。

 いっそこのまま、働きたくないでござる。

 …いや、それは言い過ぎか。


 初日に、悪い意味で大立ち回りを演じてしまったから、下手したら怯えられるかなー、と言う心配もしたけど、それもまた杞憂だった。

 子供達は、案外図太いと言うか、器が大きかった。

 特に私を無視したり、過度に私に怯えたりと言う事もなく、いっそ無遠慮なまでに声をかけて来てくれていた。

 心底良かった。

 こんな幼い内から、女って…怖い。みたいなトラウマ植え付けたくないからね。

 女嫌いになった理由は、幼稚園の頃の思い出です、なんて重すぎるからね。


 ちーちゃんこと、千歳(ちとせ)ちゃんをイジメていたジャイアン達も、最早何の禍根すらなく、偶に一緒に遊んでいる。

 こう言う所、子供って良いよね!

 大人も真似するべきだよ、この態度。

 一回苦手に思ったからと言って避けてたら、その人の魅力には気づけないよ。

 よし、この反省を私語録に刻み込んで、次に大人になった時には同じ轍を踏まないように気をつけよう。

 三歩進んだら忘れてるかもしれないけど。あははー。


 こうして、子供のコミュニティー内で何の問題も無い所から察するに、多分大人達も、子供の自主性に任せる結論に至ったのだろう。

 状況について細かく質問はされたけど、結局説教まではされなかったし。

 やんわり、女の子なんだから、危ない事はしちゃ駄目だよ。みたいな注意はお父さんから貰ったけどね。


 因みに、お父さん曰く、弱い者イジメから守ってあげるより、弱い者イジメが、そもそも起きない環境にさりげなく整える方が、執事として立派なんだとか。

 え、何それ凄い。

 それマジで出来るの?口だけじゃないの?

 ちょっと疑ったけど、お父さんは、お母さんのしようとしている事とか、或いは伯父さんの言おうとしている事を察して、先に準備を終えている事が多い。

 しかも、自分の成果だと気取られない位さりげなく。

 多分、お父さんには出来るのだろう。


 うわああ、凄い!私には無理だ!

 いや、折角の第二の人生だし、諦めるな私!

 一応肉体的には血を引いてるし、きっと出来るよ!

 してもらって当然の方の血も引いてるけど、そっちは知るか!!

 私なら出来る!

 アイキャンドゥーイット!


「なぁ、瑞穂(みずほ)

「ん?何何?あっ、シャベル?良いよ、どんどん使って!」

「いや、違うけど…何でシャベルだよ。部屋ん中でどうシャベル使うんだよ」


 違った。

 やっぱ無理かも。


「じゃあ何?どうかした?」

「今日の迎え、親父が来るんだってさ。しかも一人で」

「は?伯父さん?嘘でしょ?」

「気持ちは分かるけど、マジ」


 白鶴(しらつる)学園幼等部は、金持ちが多いだけあって、行き帰りはバスではなく車だ。

 特に金持ちではなく、家庭事情から親による送り迎えが厳しい家だけ、手続きを取る事によってバスでの登下校(登下園?)が可能になる。

 私と(ほむら)も普通に車で送られているが、家が隣同士、と言う事もあって、大抵は伯父さん達の出勤時間に合わせて、一緒に送られている。

 帰りは、赤河(あこう)家お抱え運転手の西(にし)さんが、伯父さん達が車を使わなくても良いようにスケジュール調整して、そのタイミングで迎えに来てくれている。

 そこまで家から遠くない事もあって、稀にお母さんや伯母さんが、徒歩で迎えに来てくれる事もあるけれど、これは滅多にない。

 先日の大騒動時は、本当に稀、なケースだったと言える。

 お母さんも伯母さんも、割と出不精みたいだしね。

 実際、気が向けば散歩がてら、と言って迎えに来るけど、月に一回もない。


 お父さんと伯父さんが迎えに来るケースと言えば、当然同じ職場な訳だし、大体スケジュールも一緒だから、二人プラス西(にし)さんの計三人でぞろぞろと迎えに来る。

 物凄く目立つので、これは是非止めてもらいたいが、子煩悩な伯父さんは、出来れば毎日でも(ほむら)を直接迎えに来たいと思っているらしい。

 人数だけじゃなくて、伯父さんの場合格好も目立つ。

 いや、寧ろ存在感だけで目立つ。

 お父さんは気配を消せるみたいなノリで、あんな目立ちそうな執事服だけど、一度一人で迎えに来た事はあったけれど、何の騒ぎにもならなかった。

 うちのお父さんは忍者かもしれない。

 って、今の問題はお父さんじゃなかった。


 今の所、普通に伯父さんは仕事で忙しいので、私達が伯父さんを止めるまでもなく、伯父さんが迎えに来る事は少ない。

 それでもお母さんや伯母さんの迎えより多いのは、伯父さんが迎えに行きたいと思って、頑張って時間を作っているからだろう。

 でも、今まで一度たりとも、伯父さんが「一人で」来る事はなかった。

 私と(ほむら)の間に戦慄が走る。

 普段なら、ストッパーである私のお父さんがいる。

 でも、一人。今日は一人。

 あの自由人で、実行力もある伯父さんが、一人。


 何か起こる気しかしない!!


「どうして止めなかったの!?」

「止めたよ!オブラートに包んで、目立って恥ずかしいから来るなって言った!」

「可愛い息子の頼みスルーしたの?」

「スルーどころか、斜め上の解釈して、本当は物凄くお父さんに迎えに来てもらいたいのに、健気にも仕事の心配をして身を引いてる、賢くて慎ましやかな息子の気持ちに応えて、今日は是非とも一人で迎えに行かなければならない、って言って、寧ろやる気出してた」

「どうしてそうなった!?」


 (ほむら)の目が死んでる。

 どうやら、思い出したくないらしい。


「お父さんは止めなかったの?」

「叔父さんには内緒らしい。バレて捕まるの期待してたけど、今まで何の連絡もないから、多分このままだと親父が一人で迎えに来る。死にたい」

「し、死なないで(ほむら)!」


 あの忍者みたいなお父さんの目をかいくぐるって可能なのか?

 あー、でも気付いててスルーならやりかねないな…。

 何だかんだ言っても、お父さんにとって伯父さんは絶対的な主だしな。

 その主が、何をさし置いてでも息子の迎えに行きたい!って言ったら、多分否定出来ないよな。


「どうする、(ほむら)?いつもならもうすぐ迎え来る時間だけど」

「どうするったって、待つしかないだろ。逃げても意味ないし」

「ですよねー。今日はどんな面倒な事になると思う?」

「んー…少なく見積もって握手会サイン会」

「…奥様方がちゃんと整列してくれると良いね…」


 家柄のせいか、はたまたその顔面偏差値のお陰か―恐らく後者だろう―伯父さんが来ると騒ぎになる理由の堂々たる第一位は、保護者のお母さん達が黄色い声を上げるから、と言う事になっている。

 次いで、目立つマントを纏って来た場合、子供達が食いつく、と言う所か。

 いつもは、お父さんがその神がかり的な采配によって、お母さん達の興奮を抑えて、或いは子供達の騒ぎを鎮静化させて、さりげなく私達を車に詰め込む事により事なきを得ている。

 でも今日は、そんなお父さんがいない。


 何度でも言おう。

 何か起こる気しかしない!!


「ん?外が騒がしくなって来てないか?」

「あっ。ラスボス来たかな」

「ラスボスって言うな。一応俺の親父だぞ」

「ごめんごめんごっ!」

「テヘペロ、じゃないから。早く行くぞ!」

「おーっす!」


 私達は、外がザワザワと煩くなって来たのに気付くと、連れ立って外へ出た。

 お見送り、と言う事で先生が一人ついて来てくれたけど、構っている場合じゃない。

 とにかく、早く現状を把握しなければ、下手をすれば理不尽にも私が怒られる羽目になる可能性がある。

 青島(あおしま)家の娘として云々と言う話は、せめて幼稚園の間だけでも聞きたくない。


「あれっ」

「お帰りなさいませ、坊ちゃま。お嬢様」


 勇んで外に出ると、意外や意外。

 そこで待っていたのは、ド派手なマントを纏った伯父さん…ではなく、ナイスミドルな運転手さん…西(にし)さんだった。

 伯父さんには失礼だが、物凄くホッとした。

 チラリと隣を見たら、(ほむら)もそんな顔をしている。

 うん、私だけじゃないわ。


「今日は父が迎えに来ると言っていた記憶があるのですが…」

「いらっしゃってますよ」


 西(にし)さんの穏やかな微笑みに癒されながら、辺りを見回す。

 隠れようと思っても隠しきれないオーラは何処にも感じられない。

 首を傾げる私達に気付いたのか、西(にし)さんは更に笑みを深めた。


「騒ぎになってしまえば、坊ちゃま方のご迷惑となりますので、僭越ながら私めから、お車の中でお待ち頂けるようにお願い申し上げた次第です」

「父は聞き入れてくれたんですか?」

「ええ。部下の言葉も受け入れられる、素晴らしい方ですからね」


 これは、伯父さんの心が広かったのか、西(にし)さんの交渉力が凄かったのか。

 間違いない。西(にし)さんの交渉力が凄かった、だ。

 事業については、凄い才覚だ、とか先見の明がある、とか常に褒められる有能な伯父さんだけれど、家庭内においては、ただの子煩悩だ。

 息子については完全に視界が狭まって、常識何それ美味しいの?状態になる伯父さんだからこそ、本来騒ぎになる必要のない幼稚園で騒ぎが度々起きている。

 そんな伯父さんを、一時的かもしれないけれど説き伏せるなんて…!

 西(にし)さんマジ尊敬。


「差し出がましい真似でしたでしょうか?」

「まさか!落ち着いて帰れるのは、西(にし)さんのお陰です。ありがとうございます」

「恐れ入ります」


 (ほむら)と二人で、深々と頭を下げると、先生に挨拶をして、駐車場へと駆けて行く。

 これはまさに金持ち!と言う風なお洒落な車(車種は知らない)に乗りこむ。

 すると、待ってましたとばかりに、伯父さんが抱きついて来た。

 助手席に座れば良かった、と後悔しても遅い。

 暑苦しいレベルでガシガシと抱きしめられる。二人いっぺんに。


(ほむら)瑞穂(みずほ)!会いたかったぞぉぉ!!」

「と、父さん!痛いです!!」

「た、只今帰りました、旦那様」

「旦那様なんて他人行儀だなぁ。伯父様って呼んでくれて良いんだぞ?」

「いえ。私は青島(あおしま)の名を継ぐ者ですから」


 さりげなく距離を取ろうとして失敗する。

 腰に回った腕が、逃げる事を許さないのだ。

 反対側では、(ほむら)が同じように拘束され、目を白黒させている。

 えーと…死ぬな、(ほむら)!!


「どうするよ、西(にし)!俺の姪可愛くて苦しい」

「はい。聡明でお可愛らしい方ですよね、お嬢様は」

「だろう?あっ、でも独身だからって瑞穂(みずほ)はやらんぞ、西(にし)ィ!」

「はは、私など、とてもお嬢様には似合いますまい」


 涼やかな目をキリッと吊り上げ、何を言うのかと思えば姪自慢だ。

 こんなに格好良い表情で言う事じゃない。

 しかも話す内容がそこはかとなくヤバい。

 酔っ払いのニオイがする。

 だが、勘違いしてはいけない。伯父は素面である。

 いつもごめんなさい、西(にし)さん。

 全然私のせいじゃないけど、思わず内心で謝ってしまう始末だ。


西(にし)は良い男だ。だが!うちの息子はもっと良い男だ!なぁ、(ほむら)!」

「…はい」

「俺と翔子(しょうこ)の良い所を全て合わせて生まれた、最高の男だ。なぁ、(ほむら)!」

「……いえ、そんな」


 あっ、完全に空返事ですね分かります。

 抱き締められている事による身体ダメージに加え、深刻な精神ダメージすら与えられるこの状態は、まさしくジリ貧。

 ヒットポイントが点滅してる所に毒食らって、しかも逃げられない状態だ。

 ゲームならもう死に戻りを選択しているレベルだと思う。

 これは現実だから逃げられないけどね!!


「謙遜するな、(ほむら)。自分の魅力を正確に理解する事が人生において最も重要なんだからな」

「はぁ」

「素晴らしい人生哲学ですね、旦那様!」

瑞穂(みずほ)には分かるか!素晴らしいぞ、これは将来が楽しみだな!」

「精一杯努めて参ります」


 早く拘束が解かれる事を期待しつつ、話に乗る。

 (ほむら)は、裏切り者ーって恨めしげに見て来るが、知らんな。

 人間誰しも、自分の意見に賛同してくれる人を好ましく思う。

 伯父さんの場合、ちゃんと正確に意見を取捨選択出来るだろうけど、まさか幼児の言葉に、そこまで意識を向けているとも思えない。

 つまり、とりあえず全力で乗っかってれば、このイベントは最速のエンディングを迎えると見た!

 何故かって?

 批判してみなよ。延々と伯父さんの講釈を聞く羽目になると思わない?

 それなら、よっ、大統領!って感じで乗った方が楽だって。

 一応言っておくと、伯父さんの意見は、割と私に近い物があるから、完全に適当に賛同している、と言う訳でもない。

 嘘をついてる訳でも無し。多少の演出過剰は許してもらいたい。


「旦那様、到着致しました」

「ああ、ご苦労。さて、二人共。先に家に入っておいで」

「「はーい!」」


 元気良く返事をすると、これ幸いにと二人で雪崩のように車を降りる。

 え?シートベルト?

 伯父さんの腕と言う名のシートベルトをずっとしてたよ。

 え?危険?

 うん、私もそう思う。

 良い子と良い大人の皆!絶対に真似しないでね!!


「くそー…お前調子良過ぎるぞ!」

「楽しい方の選択肢を選んでるだけだよー」

「結局ホールドから逃げられないんだから一緒じゃねーか」

「伯父さんの好感度を上げているまでさ」

「いや、何を目指してるんだよ、お前!」

「ノリだよ、ノリ」


 早い所安全地帯と言う名のお母さんの所へ避難しようと、駆け足で玄関へ向かう私達は、気付かなかった。

 後ろで、別に不穏じゃないけど、結構面倒臭い展開のフラグが立っている事に。



◇◇◇◇◇



「なぁ、西(にし)

「はい」

(ほむら)も年齢の割に賢いと思うが、瑞穂(みずほ)は上を行くように思わないか?」

「お嬢様、ですか。…確かに、時折大人と話しているような錯覚を覚える事がございますね」


「我が赤河(あこう)家は、嫁選びに難儀する事が多い。家柄以上に、人柄と能力を重視するから、当然と言えば当然だ。俺も、翔子(しょうこ)に巡り合うまでかなりかかった」

「そうでございましたね」

「ああ。だからこそ…俺は、(ほむら)に難儀な思いをして欲しくないと思う。だから、良いと思った少女は、軒並み全て(ほむら)の許嫁にしようかと思っていたのだが…」

「そのような事をお考えだったのですか?それは少々…」

「だが、過去形だ」

「と、言いますと?」


青島(あおしま)瑞穂(みずほ)。アレは良い女になる。アレを(ほむら)の許嫁とすれば問題は無い!」


「しかし、旦那様…」

「俺の勘が外れた事があったか?」

「いえ、それは」

「だろう?大丈夫だ。瑞穂(みずほ)ならば、人柄も問題なく成長するだろうし、現時点での能力に胡坐をかかず、努力して行ける。そして何より…」

「何より?」

「いや、此方は願望だな。忘れてくれ、西(にし)

「かしこまりました」


「いや、将来が楽しみだな!はっはっは!」


いつから伯父さんがカリスマイケメンだと錯覚していた。

伯父さんは残念なイケメン…略してザンメンだ。

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