74.映画に行こう(後)
「は、晴臣さん……」
「お嬢ー?普段は色々と甘く見てる俺だけどさ、これはちょっとどういう事か説明してもらいたいんですけど。良いですか?」
「テヘペロ」
「可愛く笑ってもダメです。見逃しませんよ?」
「くっ…やはりダメか…」
良いですか、って聞かれたから拒否しても良いかと思ったのに。
残念である。
えーと、まずは現状を整理しよう。
最初に、私はこの間麻子ちゃんと会った時に、映画のチケットを貰った。
その時は私一人だったから、誰もその事を知らないはずだ。
それで最近ぎくしゃくしてるけど、これは丁度良いから焔は絶対に外せないな、と思って焔に声をかけたけど撃沈。
そこに双子が声をかけて来たから、これは二人と行けという天啓だと思って、そのまま出て来たんだよね。
……臣君と麻子ちゃんを出会わせるリスクを忘れてね。うん。
「えっと、ごめんね臣君。真面目に私のせいです」
「お嬢は何が悪かったと思ってるの?」
「んー?臣君は麻子ちゃんが苦手だから、会わせちゃった事、かな」
「お嬢分かってない。全然分かってないですよ」
臣君が、むぅと眉間にしわを寄せる。
でも、それすら格好良いから、イケメンってズルイよね。
大体、ベストと白シャツって、坊っちゃんぽく見えるのが普通だよね?
何でそんなサラッとチャラっぽく着こなせるの。モデルか!
見ろ!同じような取り合わせでも雅君の坊っちゃん感を!
…ん?
いや、首元までピッシーとボタンをしめてるのはともかくとして、坊っちゃん感あんまないな…。
あれか、サラサラヘアーのせいか?
くそう、双子揃ってイケメンだなぁ、畜生め。
……すぐ思考が逸れる私の癖、プライスレス。
「俺は、今、お嬢が彼女と会う事に、反対なんです」
「ん?」
「ただでさえ今元気がないのに…」
どうしてそうなるんだろう。
麻子ちゃんが、私に縋ろうとするから?
だけど、麻子ちゃんは大分強くなった。
そりゃあ、根本の性格なんて滅多に変わらないから、心配するのも分かるけど、他人から見た小さな一歩でも、麻子ちゃんは踏み出している。
笑う事だって増えたし、ちーちゃんやゆーちゃんの話を聞いてあげている所も、見た事がある。
他人を思いやる余裕が出来たのなら、私はもう大丈夫だと思う。
偶に折れそうになった時に、ちょっと肩を貸すだけで、大丈夫だ。
…ん?
考えてみれば、私、臣君と麻子ちゃんを会わせたら危険!って思ってからの一、二年、全然会わせてなかったな。
もしかしてそれで変化に気付けてない…とか?
えーと、ちょっと待てよ。
雅君はどうだっけ?
…確かちょいちょい会ってたよな。
「……雅君はどう思う?」
「どう、と仰いますと?」
「雅君も、私が麻子ちゃんと会うの、反対?」
「お嬢。今は俺の話を…」
「ごめんね、臣君。今は雅君の意見が聞きたいの」
「……」
傷付いたような表情になる臣君に、胸が痛くなる。
まったく、辛いなら哀しそうな顔しろっての。
何でこんな時にも笑うんだか。
だから余計に胸が痛くなる。
…でも、これを放ってはおけない。
今、解決しないと。
「あ、あの、瑞穂ちゃん。私、晴臣さんの迷惑みたいだから、帰……」
「ちょっ…」
「…ちょっと待った」
何故ここで帰ろうとするの!?
ここで麻子ちゃんに帰られてしまったら、禍根が残る。
そんな事になってしまったら、私の楽しい第二の人生計画が破綻する。
それ以前に哀しいから勘弁してほしい。
慌てて止めようとすると、先んじて雅君が腕を掴んで止めてくれた。
「晴雅さん?」
「マサ、帰りたいって言ってるんだから好きにさせろよ」
私がホッと胸を撫で下ろす一方で、麻子ちゃんは目を瞬いて、臣君はニコニコといつもの爽やかな笑みを浮かべながらも、刺々しい言葉を吐く。
一触即発って、こういう状況の事を言うのかな?
焔助けてー。
「駄目だ。何故お嬢様の周辺の人間はお嬢様が関わるとポンコツになるんだか…」
「…おい」
「晴臣。お前も言っていただろう?焔様に対して。言っておくが、大差ないぞ」
「俺のどこが…」
「普段のお前なら分かるはずだ。お嬢さまは、誰にチケットを貰ったか説明してくださらなかったが、ここに十村さんがいるのが十分な説明になるだろう?」
「……」
「お前は、チケットをくれた人に対して帰れ、と言える程の恥知らずだったか?」
雅君にしては珍しく、責めるような口調だ。
何も言わなくても、そこまで察してくれるのはありがたいんだけど…。
そんなに大人にならなくても良いのよ!?
いや、まぁ私がこの事態にしてしまった感じはあるんだけどね…。
「あ、あの、晴雅さん。私は、気にしていないので…」
「…遠慮や謙遜は美徳でもあるが…時と場合による」
「え?」
「晴臣に認められる事を諦められないのなら、そんな感覚は捨てるべきだと、僕は思う。それに…これ以上自分を貶めるような事を言うと、お嬢様が哀しむ」
「瑞穂ちゃん、が…?」
話の矛先が私にやって来たよ!
私は慌てて首を縦に振った。
じ、事実だしね。
「晴臣も。十八にもなって、子供みたいな事を言うな」
「俺はただ…」
「お嬢様を心配するのは当然だ。だが、他にやり方はあるだろう」
「瑞穂ちゃんを心配?み、瑞穂ちゃん、何かあったの?」
雅君の言葉に、麻子ちゃんがハッとした表情になって私に向き直った。
屈んで、ちゃんと目線を合わせる辺り優しいですね。
流石美人さんやでぇ……。
「えーっと、なんか言い辛いんですけど…」
「何でも言って。私、瑞穂ちゃんのお陰で、楽しい時間が増えたの。両親と、完全に仲直り出来た訳ではないけれど…それでも、昔よりずっと良いわ。だから、ね。今度は私が力になりたいの」
「麻子ちゃん…」
「……」
「…ほら、大丈夫だよ晴臣」
真っ直ぐに見つめられると、言葉に詰まってしまう。
何せ、私の抱える悩みなんて、麻子ちゃんに比べたら大した事はないのだ。
焔が元気ないのが気になって元気ないんですー、とか。
子供か!!
「……分かったよ。ほら、十村さんも。もう映画が始まるよ。先に映画見てからにしましょう。ここであんま話してると迷惑っぽいし。お嬢もそれで良いですか?」
「え、あ…」
「そ、そうだね。確かに迷惑だね」
そこまで大声を出していた訳ではないけど、チラチラと此方を見る視線。
確かに私達がここにいれば、周囲に迷惑だ。
何しろ、イケメン×2と美少女+幼女の言い争いだ。
私でも見るわ。
こうして、私達は言葉少なに映画館へと入って行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
うーん。
微妙な空気だったね!!
そりゃそうだよね。
問題解決しないで皆でアニメ映画とか。
ないわー。
泣けるシーンすら無表情で見ちゃったよ。
後でもっとまともなメンタルの時に借りて見よう。
私達はほぼ無言で映画館を出ると、真っ直ぐ公園に向かった。
桜祭りをやる、あの公園だ。
何か丁度良い位置にある上に、普段はあまり人がいない。
相談ごとにはもってこいだ。
晴れてて良かった。
そこで、私はめちゃくちゃ重い空気の中、落ち込んでいる理由を説明した。
三人は静かに聞いてくれて…なんか余計空気が重くなった気がした。
あれ、気のせいかな??
まぁ、とりあえずすべて話し終えると、麻子ちゃんから質問が来て、答える。
そんな事を繰り返して一時間程度。
麻子ちゃんが申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんなさい…私、力になるって言ったのに、どうしたら良いか分からないわ」
「全然気にしないでください!私も気にしてないので」
と言うか、最初から期待してなかった。
勿論、三人を信頼してないとか、そういう意味ではない。
伯母さんは私の話で分かったみたいだったけど、普通あり得ないよね。
何しろ、当事者である焔の話を聞いている訳ではないのだ。
私の一方的な話だけで、事態が解決させられる訳がない。
「俺は、放っておいて良いと思いますけどね。何だかんだ言っても、若って周りの子と比べても大人びてるし」
「でも、大人だからって言っても辛くない訳じゃないよね?」
「お嬢は若に優し過ぎじゃないですかぁ?男なんて放っておいても大丈夫ですよ」
「私はこれでも女子ですから?男の子の気持ちは分からないかもだけど…」
男の子って、そんなもの?
ちょっとその辺り、難しくて分からない。
くぅぅ…前世の記憶含めて使えない記憶ばっかだなぁ、もう!
「晴臣の意見と根拠は違いますが、僕も放っておいた方が良いと思いますが」
「そうなの?」
「はい。男心は複雑なものですから」
「??そう」
男子二人がそう言うのなら、そうなのかな?
大体、伯母さんもそう言ってたし。
私が過保護なんだろうか。
でも、落ち着かないし…。
「瑞穂ちゃん」
「はい」
私が微妙な顔をしていたせいか、麻子ちゃんが心配そうな顔をする。
おっとっと。
気を付けないと、二次災害が起きてしまう所だ。
顔を引き締めて返事をすると、麻子ちゃんが軽く頷いた。
「私、偶に街中で焔くんを見かける事があるの」
「え?そうなんですか?」
「ええ。本当に偶に、なんだけど。それで次に会う事があったら、少し私の方から話を聞いてみようと思うんだけれど…どうかしら?」
私は思わず目を瞬いてしまった。
麻子ちゃんは、放っておかない意見なんだろうか。
ああ、いや、確認しないと分からない、という所だろうか。
「強い人なら、放っておいても平気だと、私も思うわ。でも、そんな人ばかりじゃないでしょう?焔くんは平気だと思うんだけど、もしも…そうじゃなかったら、大変な事だわ。大した力にはなれなくても、話を聞いてもらえるだけで、私だったら十分だって思うから。……話を、まずは聞いてみたい」
あ、麻子ちゃんたら強くなって…!
意志の強い目は、以前にも増して綺麗だ。
最初なんて幽霊みたいだったしね!
やたら綺麗な見た目をしてる割りに、絶望しきった表情してて。
「分かりました。私には理由も話してくれないし…麻子ちゃんにお願いします!」
「ええ、任せて」
力強く了承する麻子ちゃんは、もう立派な大人だ。
私は嬉しくなって両手を握ってブンブン上下させた。
麻子ちゃんは、ちょっと吃驚したようにしてから、笑ってくれた。
「でも、突然どんな心境の変化ですか?あ、いえ、嬉しいんですけど」
「…私、欲しいものを諦めたくないと思って」
「?」
「思ってるよりも私、我儘みたい」
「そうなんですか」
良く分からないけど、欲望は人間を強くする。
悪い方向にも行きがちな欲望だけど、欲望のない人間とかつまらないでしょう。
だから、麻子ちゃんに欲しいものがあるのはとても嬉しい。
私達は、それから少しだけ話してから解散した。
まだ問題の解決には至ってないけど、話を聞いてもらって、気持ちが軽い。
そんな、ホクホクする私と対照的に、臣君の仏頂面がどうしよう、って感じなのが、多少…いや、結構気になるけど。
「臣君大丈夫?」
「え、何がですか?俺は全然元気ですよぅ」
「いや、まぁ満面の笑みなんだけど…それ臣君の仏頂面でしょ」
「やだなぁ、お嬢。日本語間違ってますよ?」
「分かってて使ってるんだよ!」
「可愛いなぁ、お嬢は。…うん、可愛い」
「うわっ!…どうしたの、臣君?」
何か鬱陶しい方に進化してしまった。
何の躊躇いもなく抱きあげられるとか。
恥ずかしい通り越して意味が分からない。
「…それこそ、放っておいてやってください。お嬢様」
「えぇー?どういう事なの??」
「あー、お嬢あったかいー」
「しっかりして臣くーん!!」
最近、私の周辺の人の調子がヤバいです。
ど、どうしたものかな。
うーん…。