72.母は強し
最近、焔のテンションが低い。
何故なのか考えてみても、全然理由が分からない。
かぐちゃんの時みたく、理由が分かるんなら、対処の仕方もある。
でも、全然ダメなのだ。
前みたいに、私が馬鹿やってれば、元気出るかなーって思ったんだけど、焔は一応突っ込んでくれるし笑ってくれるけど、元気はない。
本人は隠してるつもりなんだろうけど、甘いな。
だから余計に心配になってしまう。
そんなこんなで過ごしていると、私の元気までなくなってしまう。
いやいや、こういう時こそ私が元気を出すべきだ。
空元気だろうとなんだろうと、人間なんて単純なものだから、元気のある風にしていれば、実際元気になったりするものだ。
ここは私が率先して元気さをアピールしていくか!
「瑞穂さん。今、少しよろしいかしら?」
「奥様?はい、勿論です」
「伯母さん、で構わなくてよ?さ、参りましょうか」
「分かりました」
とりあえず部屋にこもっている焔を引っ張り出しに行こうとしていたら、伯母さんに声をかけられた。
何の用事だろうか。
伯母さんが、直接私に声をかけるのは非常に珍しい。
何て言うか、伯父さんとか、お母さんとセットでいれば、大抵この二人が私に声をかけて引っ張っていくから、伯母さんが私に直接声をかける必要もないしね。
お陰様で、何の用事か推測が難しい。
個人的には、何が来るのか予想出来ていた方が動きやすいんだけどな。
まぁ、そう我儘も言ってられないか。
そもそも伯母さんは、私から見れば仕えるべき立場の人、みたいな感じだし、何を置いても優先しないといけないから、変に身構えるのも失礼だ。
主人の考えを理解して、先んじて準備出来るべきなんだろうけど…その辺りはまだ未熟ですので、という事で勘弁して頂こう。
そんな事をつらつら考えながら伯母さんの後について行くと、伯母さんは自分の部屋に私を招き入れた。
少しだけ遠慮しながら中に入ると、そこにはお茶会セットとお母さんの姿が。
「あの…奥様?」
「さ、瑞穂さん。此方にお掛けになって?」
「かしこまりました…」
私が困惑気味に理由を問いかけても、伯母さんは微笑むのみ。
あら、美しい。
…じゃなくて。
何故私が困惑したのかと言えば、普段お茶会はダイニングとか、もっとオープンな所でやっているからだ。
私室でお茶をする場合、お茶会!って感じよりは、普通にお茶を飲んでいる、という感じが普通で、こんなカッチリめのテーブルクロスをしたり、お菓子タワーを建設したり、ガチな感じのティーセットなんて使わない。
お茶会は、天気が良ければ外。
そうじゃなければ広い部屋。
それが普通なのだ。
これは参った。
想定外も想定外。
どう対応したものかすら分からなくなってしまった。
プリーズヘルプミー!!
「ふふふーっ。今日は最近有名なショコラティエさんの手作りスイーツがメインですのよ、瑞穂ちゃん!」
「そうなんですか。確かに美味しそうですね」
「でしょう!?お兄様におねだりして手に入れて頂いたのですわ!」
伯父さん…。
嫁に行ってすらほぼ同居状態にある妹からのおねだり。
叶えてあげちゃうあたり、器が大きいのか、それとも妹に負けているのか。
とりあえず、明日にでもねぎらってあげよう。
うちの母がご迷惑をおかけしております…。
「美紗子さん。今日の目的をお忘れ?」
「あら。勿論覚えておりましてよ、お義姉様。だって、私の娘の話ですもの」
「…私?」
呆れた様子でお母さんを見る伯母さん。
それに対してお母さんは、ぽん、と軽く手を叩いて小さく首を傾げる。
年齢を考えちゃいけない可愛らしさだ。
普段ならその辺りに重点を置いて突っ込みを入れるところなんだけど、今はそれどころではない。
聞き捨てならない言葉が飛び出したからだ。
今日のこの謎のお茶会の目的は、私の話をすること?
うむむ…雰囲気からして、悪い話ではなさそうだけど…良くもなさそうだ。
「まぁ。そう硬くならないでくださいませ、瑞穂さん」
「そうですわよ。私達は、貴女の事が心配なだけなんですもの」
「心配…私、最近そんなに元気がなかったでしょうか?」
お母さんの発言で、ようやくこの謎のお茶会の真意に気付く。
要するに、元気づけてくれようとした、ということか。
ありがたやありがたや。
持つべきものは家族ですね。
「いいえ。瑞穂さんは、殆どいつも通りだったと思いますわ」
「それってつまり…」
「ええ。焔さんの元気がありませんので、何かあったのならば、瑞穂さんに直接お伺いするのが一番だと思いまして」
「そ、そうですか」
「ああ、先に言っておきますけれど、焔さんをより心配している、という事ではありませんのよ?私から見た限り、貴女達の調子は連動しているようですから。焔さんの調子が悪いと言う事は、貴女の調子も悪いのでは、と心配しているのですわ」
そんなにっすか。
私は思わず頬が引き攣るのを感じた。
バレてなかろうな。
前世で得た、本心を隠す愛想笑いレベルカンストは、今も生きているだろうか。
え、ふざけてないよ?マジで言ってるよ?
「……不思議ですわね。確かに従姉弟同士ではありますけれど、まるで本当の姉弟…いえ、血ではない何かで、繋がっているみたい」
「!?そ、そうでしょうか…」
伯母さん、流石女王様然とした美人だ。
いや、美しさは関係ないけど。
何それ、怖い。
未だに会った事のないSP的な人達が、伯父さんに私と焔の会話をどうも知らせてるっぽいと知ったのは、結構昔の事。
ああ見えて賢い伯父さんの事だから、多分私と焔の前世云々も、理解している事だろうと、私達は判断している。
だけど、伯父さんは他の人に私達の会話を流したりはしていない。
色々と反応を確かめてみたけど、多分間違ってないと思う。
だから、伯母さんが知っているとは思えない。
このタイミングで知らせるメリットないし。
デメリットもないかもしれないけど。
だとすると、だ。
伯母さんは何となくの感覚であっても、私と焔の、血の繋がり以外の繋がりに、自力で気付いた、という事になる。
マジで侮れないな。美人怖い。
「ふふ。案外、本人には分からないのかもしれませんわね」
「?」
ふっと伯母さんの表情が柔らかくなる。
可愛い子供を見るような…ま、まぁ私も娘みたいなものだろうけど。
このタイミングで何で笑うの?
くぅ…高貴な人の考える事は分からんですよ…。
「はい、瑞穂ちゃん。母様特製のお茶ですわ。これを飲んで落ち着いてください」
「あ、ありがとうございます」
…今言う事じゃないかもしれないけど、お母さんはお茶を淹れるのは上手い。
だけは上手い。
ので、私の胃の心配は不要ですぜ。
…うん、美味い。
「どうですかしら?」
「はい。母様のお茶、本当に素晴らしい味です。見た目も綺麗で」
「ふふふふ!そうですわよね、そうですわよね!」
キラキラとした笑みを浮かべるお母さん、プライスレス。
ほっこりしながらお茶を飲んでいると、ふとお母さんが真面目な表情になる。
「私、不器用ですし、出来る事はとても少ないんですの。お兄様と比べても誇れるところは殆どありませんし、良く父様を失望させておりましたわ」
「母様……?」
え、急に一体何の暴露ですか??
私は思わず持っていたカップを落としかけて動揺する。
いやいや、落ち着け。
落ち着け私。
考えるな、感じろ。
「そんな私でも、お茶だけは上手く淹れられましたの。桐吾さんに、教えて頂けた中で、お茶だけが、ものになりました」
「……」
「そんな私の娘が、桐吾さんみたいに優秀な子に育ってくれていて、私、とても嬉しいんですの。自慢の、娘ですわ。ですけれどその分、私に出来る事は、とても少ないのだな、と思うと寂しく感じますわ」
「母様、そのようなことは…」
ない、と言おうとすると、お母さんに遮られる。
うう…こういう空気苦手なんだけどな。
「それでも、貴女の話を聞く事は出来ますわ。私、常識もないらしいので、上手なアドバイスは、何も出来ないかもしれません。ですけれど、娘の…瑞穂ちゃんの力になりたい、と思う気持ちは、本物ですわ。それだけは、譲れません。ですから、瑞穂ちゃん。…貴方はとても優秀で、大人よりもずっと大人な子。弱みを見せる事が苦手な気持ちも分かりますけれど、辛い時は、辛いと言って良いのですよ。情けない母様ですけれど、全部、受けとめてみせますから!」
「母様……」
か、感動だ。
思わず涙腺にウルッと来てしまう。
私、そんなに思ってもらえてたんだね!!
ごめん、お母さんシリアス苦手とか思って。
お母さんが辛い時は私が支えましょう。任せて!
「私も、美紗子さんと同じ気持ちですわ。瑞穂さん、気にかかる事があるのでしたら、一人で抱えずに私達に話してくださいませ。本当は、焔さんにもそう言ったのですが、あの子は男の子ですから、あまり話したがらないですし…」
こんな美人なお母さんが心配していると言うのに、何をしているのだ、焔よ!
って、私が言っても仕方ないか。
結局どうして悩んでるのかとか、教えてもらえてないし。
ここはひとつ、私の知るヤツの話を洗いざらい話して、助言を頂くのが良いかもしれない。
人付き合いレベルがあんま高くない私が悩んだところで、たかが知れてるんだろうしね。
「それで、どうして二人が沈み込んでいるのか、話して頂けますかしら?」
「…分かりました。と言っても、私も良く分からないんですけど、実は…」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「まぁ…どうしてなのでしょうね?男の子は難しいですわ…瑞貴くんも急に反抗期になってしまうのでしょうか?」
「……」
大体の、私と焔のやり取りを話し終える。
と、お母さんは理由が分からないようで首を傾げ、伯母さんは目を瞬いた。
「反抗期…というのは少し違うと思うんですが」
「そうなのです?ああっ、瑞穂ちゃんは反抗期にならないでくださいませね!私、瑞穂ちゃんに無視されたら泣いてしまいますわよっ」
「大丈夫ですよ。私、母様が大好きですから」
「瑞穂ちゃん!!」
感極まって泣き出すお母さん。
ちょ、えええ…これで泣けるとか羨ましい情緒の豊かさだ。
誰だ、私のお母さんを笑ったのは。
口に生コン詰め込むぞ。
「ふふふ…」
結構物騒な事を考えていると、伯母さんが急に笑い出した。
笑い茸でも摂取なさったんですか!?
今のどこに笑いの要素が!?
困惑していると、伯母さんがホッとしたように言った。
「ふふ、失礼致しました。最近のあの子の不調の理由が分かって安心してしまってつい…」
「分かった?理由が分かったんですか!?」
「ええ。…昔の私と似ていて、涙が出そうですわ」
遺伝的な悩みか!?
何だろう…欠点大して見当たらないんだけど。
「それって、どういう…」
「私とあの子の名誉の為にも内緒ですわ」
「???」
そう言って優雅に笑う伯母さんは、結局理由を教えてはくれなかった。
とりあえず、あの子ならきっと大丈夫、と言う笑顔に、妙な説得力を感じた為、私はそれ以上は聞かなかった。
「大丈夫。信じて見守って差し上げて下さいませね」
「はい…」
う、うーん。
良く分からん。
分からんけど……このチョコレート超美味い!!
あれ?話がズレた??
えーと、私に出来るのは、信じて待つ事。
と、いう事かな。
どうやら、まだしばらく私のもどかしい日々が続くようです。
はぁ…チョコレート美味い。
「あ、そうだ。私から一つ報告があったのを忘れておりました」
「どうしたんですか、母様?」
「実は、お腹に新しい命が宿ったのですわ!」
「!?」
「み、美紗子さん??私も聞いていなかったのですけれど…」
「当然ですわ。今初めて話しましたもの」
「!!?」
「楽しみですわね!男の子かしら、女の子かしら?」
……もどかしいプラス、なんか疲れる日々のようです。




