71.響く、打鍵音(※)
※後半は焔くん視点です。
※後半、微妙にシリアス?
「うーん。結構余裕だったな」
家族でお出かけのしわ寄せか何か。
げんなりする程の体験教室?をクリアした後、お父さんが想定外に良く出来ているようだと更に褒めてくれた上、どれか一つと言っていたのに、本格的に習い事を三つ四つ追加した。
お父さんにしては珍しく興奮気味だったし、良く出来た娘の成果が嬉しかったのかもしれないと、私は渋々とそれらを了承した。
まぁ、自分の身になるって言う意味では、素晴らしい経験だしね。
そこで私がやったのは、ピアノ以外に、マナー、華道、茶道、着付け、縫い物。
見事に和風なラインナップである。
私としては、前世でやった事があるのはピアノだけだったから、色々と不安が多かったんだけど、意外や意外。
ピアノ以外すべて、当初に予定していたクリア基準を、結構アッサリと達成してしまったんだな、これが。
華道と縫い物に関しては、オリジナルを出さなければ大丈夫、とそれぞれの先生が微妙な顔をしながら言っていた事だけが気にかかるけど、クリアしたんだから、後はこっちのもんってヤツだ。
それぞれのクリア基準を達成出来れば、あとは習わなくて良い事になっているから、私はもうピアノ以外の五つはやらなくて良いと言う訳だ。
因みに、極めたという訳ではない、と言う事は強く主張しておこう。
そんな一ヶ月程度で極める事の出来る程、それぞれの道は優しくないですよ。
それと、お父さんの言っていた通り、焔も一緒にピアノを習う事になった。
やっぱり楽器は出来た方が良い、との伯父さんの勧めらしい。
焔自身も納得していたから、それ以上の理由は聞かないのだ。
ガッカリしそうな気がするし。
「マジかよ。お前どんなバケモンに成長してるんだ…」
「バケモンってヒドくない!?ねぇ、ヒドくない!?」
それで、今日も一緒にピアノ教室だったんだけど、そこで私が呟いた言葉に、焔は呆れ気味にそう返して来た。
バケモンってヒドいよね!?
…ああ、そうそう。
焔と一緒なのはピアノだけだけど、空き時間のタイミングで、さっきあげた五つに関しては、焔は見学に来た事がある。
だから、私の無双ぶりは目にしている、という訳である。
どうせなら、刀柳館にも来れば良いのにって言ったら、全力で拒否られたけど。
それはともかく、それ故の先程の発言である。
習ってる内容見たけど、余裕って言えるようなヤツじゃなくね?
と言う訳だ。
「冷静に考えてもみろよ。普通のヤツは、一つ二つなら余裕で出来るかもしれないけど、三つ四つを同時にやって余裕とかありえねぇんだよ」
「…ふはは」
「色んな意味で目を逸らすな、このチート野郎」
「野郎じゃないし!女の子だし!」
「子?」
「四年生は立派な女の子ですぅ!!」
ポカポカと、物凄く軽く胸辺りを叩いてやる。
いや、ほら全力でやったら大変な事になるからね。
今や私が全力でやって良い人は限られている。
ああっ、心底現代日本に転生して良かった!
こんな意味の分からない身体能力を有してるのなんて、ファンタジー世界なんかに転生してたら、絶対巻き込まれるフラグじゃん。
命のやり取りしたくない。
第二の人生、作戦名は常に命大事にだ。
「悪い悪い」
「…焔?」
いつものようにしてたのに、急に焔がトーンダウンした。
ぽんぽんと、私の頭を撫でる手の元気がない。
普段なら、何故子供扱い!?とか突っ込む所。
だけど、そんな空気じゃない。
私は、不思議に思いながら叩くのをやめて顔を上げた。
すると、何だかしょんぼりとした表情が目に入った。
「どうしたの?もしかして風邪?」
「何で?」
「何でって…元気ないよね」
「んー…なんとなく?」
「えぇ…何その理由」
顔が赤いとかもないし、確かに熱っぽくはなさそうだ。
一応おでこに手をやる。
やっぱり熱はない。
けど、おかしい。
普段のテンションなら、おい何するんだよ!と、文句の一つや二つは出てくる。
なのに、今の焔はボーッとスルーだ。
おかしいよ!?
「あのさ」
「うん?」
あわあわしていたら、焔が口を開く。
おお、何でもお聞き!
お姉さん、君が元気になるなら何でもしてあげるからね!!
って言いたい所だけど、我慢だ、我慢。
調子の悪そうな時にまでボケる必要はあるまい。うん。
いや、ボケじゃなくてマジですけどね。うん。
「瑞穂って、前世は大人だったんだよな?」
「年齢的にはそうだね。中身がどうか聞かれても分からないけど」
「…茶道とかやってたのか?」
「ううん。ピアノだけ」
「そうか…」
「……??」
何が言いたいんだろう。
私が、少しの努力で色々出来るようになるのは、多分チート的なものだ。
神様に会った事はないけど、そうじゃないと説明が付かない。
そんなのは、焔も分かってるはずだ。
そもそも、焔だってチートだ。
どうも、文化的なものには発動してないみたいだけど、努力無しで今の私と走る速度が一緒か、寧ろ速いくらいだったりしてるし。
記憶力に関しては、前世からチート級っぽい。
そんな焔が、私と自分を比較してヘコむ必要は一切ない。
要するに、得意不得意の問題だけだ。
うーん……思春期?
「本当にどうしたの、焔?何か変だよ?」
「いや、悪い。忘れてくれ」
ゆるゆると首を横に振る焔。
えぇー…忘れろって、無理でしょ。
それ覚えててくれとか、理由に気付いてくれとかいうフラグでしょ。
漫画とかだけじゃなくて、リアルでもそうでしょ。
「二人共。レッスンの時間ですよ」
なんて言えば悩みを話してくれるだろう。
ああ、そう言えば初めてかぐちゃんと会った後しばらくも、焔が落ち込んでた時があったな。
あの時はどうしたっけ?
そんな事を考えて、答えが出る前に先生に呼ばれてしまった。
「ほら、先生が呼んでる。行くぞ」
「え、あ、うん」
ラッキー、とばかりに私の手を引く焔に、私は曖昧に頷いた。
落ち込んでる…のとも違うのかな?
私が、馬鹿な事言えば元気になってくれる?
それなら幾らだってボケてみせよう。
殴られたって嫌がらない。
焔が笑ってくれるなら、それが一番嬉しいから。
「うー…なんかモヤモヤする……」
解決手段が、取っ掛かりすらなくて、思いつかない。
それがこんなに辛いとは。
私は、せめて早く焔が元気になるように祈りながら、鍵盤を叩くのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「(…俺、何やってんだろう)」
俺は、最近恒例となったピアノ教室で、とてもあの小さな身体で奏でているとは思えないダイナミックな演奏を聞きながら、深く溜息をついた。
ピアノ教室に通う事になったのは、俺の意見ではなく、親父の意見だ。
ピアノは大人になってから習うと覚えるのが大変だし、今からやっておけば、他の楽器に興味が出て来た時にも必ず役に立つから、と珍しくそれっぽい理由を説明してくれた。
納得した俺は、瑞穂と一緒に同じ先生に師事する事になった。
基本的に瑞穂は超人だ。
何でもやらせれば、一回説明を聞いただけで、プロレベルに仕上げて来る。
でもそれは、まぁ俺も近い所がある。
スポーツで出来ないものはないし、多分、どれも謙遜でなく、学校で一番強いという自信がある。
スポーツに関して言えば、瑞穂にも劣らない。
それなのに、最近何だかアイツに対しての劣等感がぬぐえない。
確かに俺は、芸術面にはチート能力を貰えていないようだ。
絵のセンスなんて前世と大して変わらないし、歌も普通だ。
だからと言って、そんなのは気にしても仕方ない。
人間、そりゃ出来ない所の一つや二つあるに決まってる。
問題は、精神的なものだ。
瑞穂は、確かに超人だ。
でも、苦手な事が確かに存在している。
それは、センスを競うものだ。
センスとだけ聞くと、私服がダサいのか、とか思うだろう。
けど、瑞穂のそれは少し違う。
例えば服。
雑誌や、お洒落な服装のルールを伝えて、それに沿って選べ、と言うと今流行りみたいな、お洒落なコーディネイトを決めて来る。
俺はその辺は良く分からないけど、アイツが選んだ服を見た母さんと叔母さんが目を輝かせてた所を見る限り、ハイセンスなんだと思う。
ならセンスが悪い訳じゃないんだろう、と普通ならそう結論を出す。
けど、アイツの真骨頂はここからだ。
自由に選んで良い、と言った瞬間。
アイツはさっきまでのハイセンスぶりはどこへやったのかと言うくらい、クソダサい服を嬉々として選んで来るのだ。
意味が分からない。
何だそのドデカくプリントされた蛇は。
カッコ良くないわ。妙なデフォルメしやがって。
華道もそうだった。
テーマがしっかり決められてれば綺麗に生けるのに。
自由になった瞬間から、雑草の塊みたいなものを作り上げる。
そういや、美術部の顧問が真っ青になってるの見た事あるな。
多分、あれも相当にヒドい絵を描いたんだろう。
先生。指定してやれ。
…多分、才能のバランスを取ってるんだろう。
俺はそう思っている。
俺もアイツも、一長一短がある。
そんなの当然だ。
でも、俺は思ったんだ。
ああ、アイツにも苦手な事ってあるんだなって。
間違いなく、ホッとしてた。
俺は愕然としたよ。
瑞穂に苦手な事があってホッとするって事は、俺、アイツの事、俺とは違うって思ってるって事だろ?
遠くに感じてたって事だろ?
それが、俺は嫌だ。
アイツは馬鹿な事言って。
俺はそれに呆れながら突っ込み入れて。
そんないつもが成り立ってるのは、俺とアイツが同等だからだ。
俺がこんな事思ったら、アイツのが大人だなんて、劣等感なんて抱いたら、俺はもう、アイツに上手く笑い返せる自信がない。
それが嫌で、最近もうずっと、隠してる。
なのに、こうやってピアノ教室で一緒になる度に、思うんだ。
俺が全然弾けない曲を、アイツはサラッと弾いてみせる。
他のジャンルじゃ全然評価されないセンスが、ピアノでは、音楽では、雄々しい自由さみたいなのが溢れてて、敵わないって、思わされてしまうんだ。
もう、認めたさ。
俺が今、こうして楽しく暮らせてるのは、瑞穂のお陰だよ。
アホみたいな顔してて、ムカつくけど。
そんな、アホみたいな顔を、してて欲しいんだ。
さっき、俺が思わず漏らした言葉に、アイツはどんな顔をした?
あんな辛そうな顔をさせたい訳じゃないんだ。
悔しくて堪らないんだ。
アイツは、そんな辛そうな顔、一瞬で隠して、笑ってくれるのに。
俺は、全然出来ない。
ああ、畜生。
俺、ホントにガキだな。
「素晴らしい演奏でした、青島さん!ねぇ、赤河くん」
「え?」
パチパチと、先生の拍手が響く。
俺の方を、期待交じりの目で見る瑞穂。
俺は、大人になりたい。
自分の感情で誰かを振り回したくない。
犠牲にしたくない。
だから。
「そうですね。もういっそ二十四時間ピアノ弾いてて欲しいと思いました」
「あれ、褒めてるように見せかけてディスってね?」
「良く気付いたな。喋らなければそれなりにお嬢様っぽく見えるのに残念だよな」
「失敬な!そんな君には背筋にゾクッとする魔笛をプレゼントだ!!」
「おい馬鹿やめろ!!」
嘘、じゃないけど。
馬鹿笑いでもしてられるように、元気なフリでもしていよう。
そうすると、アイツが嬉しそうに笑うから。
そうしてると、不思議と、俺も楽しい気持ちになってくるから。