70.青島家団欒
少し短めです。
「瑞穂。青島の娘として、格闘技以外にも修めなければならないものがあるという話をしたのを、覚えていますか?」
「勿論です!一般常識からマナー、トーク術、芸術、主のサポートをする為に考え得る必要なスキルすべてを修めなければ、青島を継ぐ事は出来ないんですよね」
「はい、その通りです。良く覚えていましたね」
学校が始まって、最初の休日。
お父さんがわざわざ時間を取って、これからについて話をしてくれています。
本当は、春休みの内に説明したかったけど、タイミングが合わなくて今になってしまったのだとか。
いや、ホントある意味ブラック企業だよね。
大丈夫か、赤河グループ。
「とは言え、瑞穂はまだ四年生。あまり覚えることを増やしても身にならないかと思っていたのですが、どうやら瑞穂は、父様が思っているよりも、ずっと優秀であるようです。松本くんから、そう聞いています」
「恐れ入ります」
お父さんから褒められるのは嬉しい。
敬語で、一見穏やかそうだけど、その実結構厳しい父親だから、その分褒められると、認められた!って感じがして嬉しいんだよね。
だけど、こうした褒めを前に置いた時は、大抵裏がある。
いや、お父さん自身は悪気があってやってる訳じゃないんだろうけど、何て言うか、お父さんは褒めて落とすとか、褒めといて逃げ道を塞いでから頼み事をするとか、しょっちゅうなんだよね。
流石お父さん。策士である。
と、言う訳で、何となく次の句を待って身体が硬くなってしまう。
そんな私に気付いてか気付かずか、お父さんは言葉を続ける。
「そこで、旦那様とも相談の上、二、三習い事を増やす事になりました」
うおう。
ここで言う習い事って、普通の流れの習い事じゃないよね?
あの拷問と名高い道場での訓練並みのヤツですよね?
私、死ぬかもしれん。
「最終的にはすべてを修めてもらう予定ではいますが、瑞穂の意見も聞いておきたいと思いまして、今日こうして説明しています。…ここまで、大丈夫ですか?」
「はい」
「それでは、まずこちらのリストを見て、先にやりたいと思うものをピックアップしてくれますか?」
「分かりました」
つまりは、ある程度なら私の希望を叶えてくれるよって事か。
やらないと言う選択肢は私の中ではないから、問題ないけど。
これ、本当に普通の子供だったらどうするんだろう。
うーん…成長度合いで調整してるっぽいし平気か。
頑張れ、瑞貴!
私は、グッと心の中で拳を握り、近くでチョロチョロ歩き回っている弟へエールを送った。
目が合うと、にぱーっと笑ってくれる。
うん、天使。
満足した私は、受け取ったリストに目を落とす。
上の方は、英会話とかそろばんとか普通なのに比べて、下の方に行くにつれて、訳の分からないメンバーが軒を連ねている。
ヒエログリフ入門とかいらないでしょ!!
まだ建築学の方が役に立ちそうな気がするわ。
って言うか何だ、きぐるみマスターって!!
「どうです?興味のあるものはありましたか?」
「えーっと、そうですね。ピアノは興味があります」
「ああ、ピアノですか。確かに、今からやっておく方が良いでしょうね」
私の答えに、お父さんは満足げに頷く。
私は他にも無難そうな所をあげておいた。
ほら、変な所を学んでも困るからね。
ん?いずれ学ぶんだろうって?
いやいや、もしかしてやらなくても良いかもしれないじゃん?
きぐるみとかマスターしたくない。
「そうですね…それでは、お試しという事で、ピアノとマナーと…他にも幾つか上げて早速やってみましょう」
「分かりました」
「旦那様が、ピアノだったら息子にもやらせたい、と仰っていたので、もしかすると焔様とご一緒出来るかもしれませんね」
「えっ、本当ですか?それなら嬉しいな」
「ふふ。本当に貴方達は仲が良いですね」
よしよし、と頭を撫でられる。
うーん、胸が温かくなりますな。
幸せってこういう何気ない日常にある気がするよ。
「桐吾さん。お話は終わりまして?」
「はい。後は先生方に連絡を取って日程調整を…」
「まだやる事が残っておりますの?もうっ、そんなものは後回しでよろしくてよ!私、常々思っておりましたけれど、桐吾さんは家族サービスの精神が少なくありませんこと?もう少し私達と過ごす時間を取った所で、罰は当たりませんわよ?」
嬉々としてやって来て、お父さんの手がまだ空かないと知ると、ぷぅぅと頬を膨らませるお母さん。
年齢は考えたらダメだよ。
いつまでも少女みたいな所が、お母さんの良い所だよ。
流石、甘え上手!
「あたりませんわよー!」
「瑞貴くんもこう言っておりますわ!」
「いや、瑞貴は繰り返して言っているだけでは…」
「言っておりますわ!!」
「そ、そうですね」
母、強し!
いつも完璧で隙の無いお父さんがタジタジするって、なかなかのレアだ。
まぁ、ゴーイングマイウェイな伯父さんすらお母さんの迫力に負けたりするし、赤河家&青島家のカーストの頂点は、お母さんが陣取っていると言う事だろう。
皆、信じられる?
私もあの血を引いてるんだってよ?
「あねうえー、みじゅきのクマしゃんー!」
「ん?ああ、あれね。今取るよ」
半分以上生温かい気持ちで両親のやり取りを見つめていたら、突然スカートの裾を引っ張られて、誰かと思えば弟の瑞貴だった。
瑞貴愛用のぬいぐるみのクマさんは、普段何故か棚の上に置いてある。
この際、彼の手の届く所に置いといてあげれば良いのに、と思うんだけど、気付くと棚の上に戻ってるから、お父さんかお母さんの拘りなんだろう。
でも、私の背もまだそう高い訳じゃないし、本当は下ろしておいて欲しいんだけどねぇ。仕方あるまい。
「よ、…っと。はい、瑞貴。クマさんだよぉ!」
「クーマしゃ!ん!!」
「おおう、落ち着け落ち着け」
目を輝かせてのしーっと全身で乗っかって来る我が弟。マジ天使。
もうさぁ、子供って何でこんな可愛いの?
例えよだれでベトベトにされても愛しいとか、何なの?
はっ…これが所謂、母性というヤツか。
私にも宿っていたとは驚きだ。
うーん、可愛い。
「クマしゃんしゅきーっ」
「おねーちゃんは瑞貴がスキー!」
「きゃーい!」
クマさんごと抱き締めれば、楽しそうに暴れる瑞貴。
ぎゃんかわぁぁぁ。
これから訓練が積み重なろうが辛かろうが、どうでも良くなって来る。
可愛いは正義!可愛いは癒し!!
「瑞貴は幾つになるんだっけぇー?」
「ぷりん!!」
「んー、どうしてそうなったか分からないけど可愛いから良い!!」
「あねうえーぎゅーっ」
「ああ、もうっ…ぎゅー!!」
あああ、幸せだ。
お父さんに褒められるのも、お母さんに撫でられるのも好き。
でもさぁ、弟って格別だね!!
前世は一人っ子だったから知らなかったよ。
ほっぺやわー!
「ふふ、瑞穂ちゃんは本当に瑞貴くんが好きですわねぇ」
「あ、母様。お話はつきましたか?」
「ええ、そりゃもうしっかりと!」
「瑞穂。先生への紹介は、少し後回しになってしまいます」
お父さん…負けたのか。
私は悟った様な笑みを浮かべながら頷いた。
全然気にしてないんで!
って言うか、瑞貴と遊んでて溶けてなくなったんで!
「その代わり、午後は久しぶりに家族四人で出かけましょうか」
「え、四人ですか?」
「偶にはお兄様の邪魔…こほん。私達四人で行くのも良いと思いませんこと?」
今邪魔って言った!
オブラートとかなかった!!
流石だよ、お母さん。
藪つつきたくないんでオーケーですぜ。
「そうですね。嬉しいです。ねー、瑞貴!」
「?クマしゃん!」
「ほら、桐吾さん。子供達もこう言っておりますわ!」
「はは…そうですね。分かりました。それでは、どこへ行きましょうか?」
何だかんだ言いつつ、お父さんも嬉しそうだ。
邪魔とまでは思ってないだろうけど、やっぱり一家だけでの団欒も良いよね。
こうして、この日は家族で近くの公園に遊びに行きました。
うん、楽しかったよ!
ただ数日後…山のように体験教室?的なものをやったのは頂けなかった。
一応全部クリアしてやったがな!!
ふははは!
……はぁ。
とりあえず、瑞貴くんに癒してもらおうと思います。