06.俺の神様※
※焔視点。
※焔の前世についての話が、若干シリアス注意。
前世の俺は、ずっと一人ぼっちだった。
共働きの両親は、俺に興味なんて無くて、まともに顔を合わせる時間は、殆ど無かったように記憶している。
ただ、まだマシだったのは、両親は俺に、ちゃんと適宜自由に出来るお金を与えてくれていた事だった。
家に一人の時間は、漫画を買って、それを読んで過ごしていた。
それを咎められるような事はなかった。
ただ、同級生が、遅くまで漫画を読んでいて怒られた、勉強せずにゲームをしていて怒られた、と言う話に、多少の羨ましさを感じる事も、少なからずあった。
俺の環境がきっと特殊なんだろうと思って、誰に言う事もなかった。
俺は、少しでも両親に見てもらいたくて勉強した。
なるべくテストでは百点を取って、常に上位を目指すようにした。
誰と話す時間も惜しんで、勉強した。
それでも両親は、褒めてもくれなかった。
俺は、ずっと孤独だった。
だけど、それを言える相手なんて思いつかなかった。
両親が応えてくれないのなら、俺には何も無い。
口下手だった俺は、とりあえず全部世間のせいにしておく事にした。
それで心が安らぐ事は無かったが、少しはマシな気がしていた。
一人だけ、中一の時の担任の先生だけは、俺の事を気にかけてくれていた。
あの人の事は、少しだけ特別に思っていた。
でも、あの人も俺の前から消えた。
理由は、良く思い出せない。頭が痛い。
多分、転勤したか何かだったんだと思う。
あの人にとって俺は、所詮生徒の一人だった。
仕方ないって分かってるけど、酷く寂しかった。
そして、中二になって少し経って、俺は気付いたら生まれ変わっていた。
どうやって人生が終わったのか、それは良く思い出せない。
先生の事を思い出そうとする時と同じ。
頭が酷く痛んで、後、凄く哀しい気持ちになるのだ。
けれど、そんな暗い思い出なんて、無くなっても構わないと思った。
新しい両親は、俺の知っている漫画の登場人物だった。
そこまで好きな話ではなかったけれど、明るく、楽しい作風だった。
俺の両親は、主人公の両親で、主人公は存在しなかった。
そして、俺を呼ぶ名前は、間違いなく主人公の物。
俺は、主人公になったのだと気付き、歓喜した。
別に、美少女達にキャーキャー言われたいと思った訳じゃない。
ただ、主人公は、孤独じゃなかった。
俺の知る主人公は、結構な馬鹿だったけど、一人じゃなかった。
その主人公の歩く道を進めば、俺はもう一人じゃない。
しかも、俺は物語の全てを知っている。
上手くやれば、メインヒロインだけじゃなくて、皆と仲良くなれるのではないかと思った。
恋も愛も信じられない。
けれど、誰かを俺に繋ぎとめておく手段としては、アリだと思った。
大丈夫。誰もそんな俺の考えになんて気付かない。
世界は、俺の思うままに動くはずだ。
……なんて、そんな考えはすぐさま打ち砕かれた。
「焔!今日幼稚園行ったらちとせちゃんに謝りなよ?」
「は?」
「は?じゃない!可哀想に昨日ちとせちゃん怯えてたんだよー!?」
この、煩い従姉のせいだった。
本来漫画には存在しなかったはずの従姉。
名前は青島瑞穂。
そもそも、父さんの側に控える執事は登場していたが、青島家についての説明は何処にも無かった。
そんな、存在しないはずの家の娘で、しかも俺の従姉。
それでも、ただの子供だったら、それ程気にならなかったと思う。
俺も、精神年齢だけで言えば大人だし、幾らでもかわせると思っていた。
ただ残念な事に、この従姉はそんな単純な子供じゃなかった。
あからさまに速い言語習得。
相手によって態度は使い分け、所作も大人のソレだった。
俺は、多分向こうも俺に気付いて、何かの反応を引き出そうとしているのだと、そう思った。
引っかからないように、努めて大人しくすべきだ。
分かっていたけど、アイツのやる事なす事、全てが妙に癇に障った。
それで、必要以上に噛みついてしまった。
前世では、一度も言った事のない文句。厭味。
一度堰を切った感情は、今の俺には抑える事は出来なかった。
俺は何となく、生まれ変わったばかりで、感情のコントロールが上手く行ってないんだろうな、と思った。
でも、明らかに俺と同じ転生した人間であるにも関わらず、従姉の感情コントロールは秀逸だった。
それもまた、勘に障った。
俺が幾ら怒鳴っても、厭味を言っても、顔色一つ変えずに言葉を返して来る。
不思議な感覚だった。
「そう言えば、ちとせちゃんって、漢字でどう書くの?」
「小田原千歳。地名の小田原に、千の歳」
「年って、年齢の年?それとも、土方歳三の歳?」
「土方のー…って、例えがおかしくねぇか!?何だよ、土方って!」
「へぇー、千歳ちゃんかぁー。カッコ良いね!!」
「聞けよ!」
俺は、俺の目指す道を、従姉が邪魔するんじゃないかと恐れていた。
言葉で勝てないなら、仮に力で勝てた所で、意味が無いように思っていた。
それは、前世からの俺の価値観かもしれない。
いずれにせよ、俺は昨日、その恐れは間違いなかったのだと思った。
上手く友達を作れずに、一人砂場で遊ぶ千歳は、他の奴らに、寄ってたかって攻撃を受ける。
一人園庭の隅で泣く千歳に、焔がハンカチを渡す。
幼い千歳からすれば、焔は王子様みたいに見えて、以降彼を慕うようになる。
一度しか見なかったが、妙に千歳に親近感を覚えた俺は、特に良くこのイベントを覚えていた。
前世で、誰と喧嘩する事もなかった俺は、実際にイジメられている千歳を見て、躊躇っていた。
このまま殴られるのを、看過して良いのか。
だからと言って、俺が割って入って助けられるのか。
どうしたら良い?先生を呼んだら良いのか?
でも、そうしたらイベントが……。
そう思っている内に、サッと瑞穂が現れて、解決した。
しかも、自分からは全く手を出していない。叩かれるだけだった。
俺は言葉を失った。
そして、色々な感情が頭を巡っていった。
最も大きかったのは、もう千歳と友達にはなれないのか、と言う絶望だった。
自分でも訳が分からない。
瑞穂に向かって言った事も、嘘ではない。
俺は、イベントを横取りした、瑞穂を恨んだ。
でも、自分でも言ったように、アイツはイベント通りに歩いた訳じゃなかった。
瑞穂は、瑞穂自身の言葉で、行動で、千歳を助けた。
俺には出来なかった。悔しかった。
瑞穂にその気がなかったとしても、アイツは俺を孤独にする。
怖かった。
だから俺は、家に帰るとすぐに、アイツに聞いた。
お前は何処まで知っているんだ、と。
アイツの知識さえ知れれば、対策を立てられると思った。
知らない訳がないと思った。
寧ろ、知っていたからこそ、あんな行動が取れたのだと思いたかった。
けれど、結果的に瑞穂は、本当に何も知らなかった。
大袈裟に疑って損した、と誤魔化したけれど、バレなかっただろうか。
俺は、瑞穂に負けた、と思ったのだ。
俺なんて、自分を取り巻く環境に、文句を言うだけ言って、何も変わろうとしなかった、ただの子供だった。
きっと瑞穂は、立派な前世だったんだ。
自分が傷つく事も躊躇わずに、誰にでも手を伸ばせる、そんな。
そう思うのに、一方で瑞穂は不思議な事も言った。
一人は寂しい、と言う瑞穂の目は、俺と同じ渇いた色をしていた。
満たされてる人間は、あんな目をしないと思う。
本当は、俺と同じような人だったんだろうか。
変わろうと思って、俺とは違って、実際に変われた人だったんだろうか。
だったら余計に、俺は惨めだ、と思った。
同じような状況にあって、俺だけが、空回って、無駄な事して、全然変わる事なんて出来ていない。
思わず涙が出た。
情けなくて、恥ずかしくて。
半ばやけくそで、俺は手を握った。
瑞穂が急に訳の分からない事を言うから。
友達になろう、なんて言うから、涙はもう引っ込んでいたけれど。
惨めさは、一切変わっていなかった。
なのに、嬉しそうに笑う瑞穂を見たら。
俺の手を、ギュッと握る瑞穂を感じたら。
色んな事が、どうでも良くなった。
全然俺はコイツの事を知らないし、コイツだって俺の事を知らない。
なのに、コイツは俺の手を離さないと、俺は確信していた。
理由はさっぱり分からない。
ただ、俺は母親に抱き締められた時にすら感じなかった安心感を得ていた。
俺はもう、一人じゃない。
そう思うと、別にハーレムなんて要らないと思えた。
自由に生きるって、どんな感じだろうか。
きっと、とても楽しいのだろう。
面白おかしい第二の人生。
俺は、ちゃんと歩いて行けるだろうか。
いや、きっと歩いて行けるだろう。
俺には、友達がいるんだから。
俺はもう、一人じゃないんだから。
◇◇◇◇◇
「ほむらくん、なんて、キライ!」
「ええっ!?」
「ほらー、嫌われちゃってるよ。焔ァー」
幼稚園に着いてしばらくして、自由時間になると、俺は瑞穂を訪ねて行った。
そうしたら、まるで親の仇を見るみたいな目で、千歳が俺を睨んで来た。
何事かと思えば、どうやら昨日、俺が瑞穂を怒鳴ったのが原因らしい。
「ちとせのおうじさま、イジメないでよ!」
「あー、その。ごめんなさい」
「つーんっ」
千歳は、瑞穂の後ろに隠れながらも、俺から瑞穂を引き離そうとしている。
一対多数でも、自分の意見を言えていた千歳だし、俺一人相手なら余裕なんだろう。
それにしても、物語の強制力って怖ぇな…。
助けてくれた人が、男でも女でも、王子様になるとか…。
こうして考えてみると、やっぱり物語に添わない方が正解かもしれない。
俺に、あんなモテモテヒーローは向かない。
と言うか、殆ど人と話した事がなかったってのに、突然そんなハーレムが降って来るとか、難易度高過ぎるわ。無理無理。
「ちーちゃん、焔は私の友達だから、許してあげて?ごめんなさいしてるし」
「おともだち?」
「そうだよ。ね、焔!」
「ああ、そうだな」
友達、か。何だかむず痒い感覚だ。
こうして誰かに友達として紹介されるだけの事が、こんなに心地良いとは。
恥ずかしさの方が大きいとは言え、何だか嬉しくなる。
「あーっ!」
「!?な、何だよ、瑞穂」
「焔ニヤニヤしてる!嬉しいんでしょ?」
「はぁ!?おい、ふざけんなよ!別に嬉しくねぇよ!」
「照れない、照れない。私も嬉しいよ!」
「う、うっせぇ!」
素直に認められないのはお前のせいだっつーの!
お前こそ何でニヤニヤしてからかってくるんだよ。
落ち着いて会話さえすりゃ、認めない事も……いや、ないか?
考えてもみれば、落ち着いて会話してれば、居心地が悪くなったような気がしなくもない。
まさかコイツ、軽口叩いて雰囲気良くしようとしてるとか…。
「素直になっちゃいなよ、焔!可愛い女友達が出来て嬉しいでしょ?」
「うわ、ウッゼェ!」
…ないな!
コイツに限ってそれはないな。
多分、ただ単に俺をからかうのを楽しんでるだけだろう。
その方が楽だし、楽しいから、まぁ、感謝しない事もないけどな!
「たのしそう、だし、わかった。ゆるしてあげる」
「え?ああ、ありがとう。千歳」
「うん。だから、きょうからおともだちよ。ほむら」
「!あ、ああ!よろしくな、千歳!」
輪が広がっていく。
俺があんなに昔欲しかったものが、簡単に手の中に降って来る。
俺は、神様なんてものには結局会わなかったけど、俺にとっての神様は、もしかすると……。
「ん?どうかした?私の顔に何かついてる?」
「別に」
「そう?あ、そうだ聞いて!千歳ちゃんの事、ちーちゃんって呼ぶ事にしたんだけど、ちーちゃんって呼んでも良い?って聞いたらはにかんだ笑顔を見せてくれてそれがまた可愛くてね!死にそうになった」
「そのまま天に召されろ」
「焔ひでぇ!!」
……能天気な顔した、変な女なのかもしれない。
絶対、本人には言ってやんないけどな!!
焔君の話が、ちょくちょく前後してるのにお気付きでしょうか?
私の書き方が悪いのもありますが、焔君は結構テンパッていた為、瑞穂さんと話している間の話の前後関係を正確に覚えていない為、このような分かりにくい書き方になっています。
問題なく通じる範囲内だとは思いますが、分かりにくくて申し訳ありません!