61.おつかいと遭遇
「お嬢!俺とデート行こう!」
「デート?」
夏休みが終わり、学校が再開して、またいつもの日常が戻った頃。
刀柳館での相変わらずの訓練を終え、一息つくと、臣君から声をかけられた。
臣君と雅君も、毎日ではないけれど、頻繁にここで訓練を受けているので、帰りが一緒になる事も多くある訳なんだけど、個人から声をかけられる事は稀だ。
私は、何かあったのかな?と首を傾げながら尋ねる。
「何しに行くの?」
「やだなぁ、お嬢。デートなんだから、街をブラついたり、買い物したりするに決まってるじゃないですか」
「何買うの?」
「な、何買うのって…デートですよ?ウインドウショッピングとかでも良いんじゃないんですか?」
「それは分かってるよー。でも、臣君が一人で声かけて来るのって珍しいし、もしかして、デートにかこつけられるような、何か用事があったんじゃないかなーって思ったの。どう?当たってる?」
「…お嬢可愛くなーい」
「当たっていると見た」
何だかんだで、こうして慣れてみると、臣君は分かりやすい。
この辺の感情コントロールは、案外雅君の方が上手いかもしれない。
…まぁ、雅君は結構正直なだけな気もするけどね。
臣君の爽やか笑顔の仮面がはがれる事はないけど、良く見ると不満です、ってな感じで目が細まるのだ。
ああ、可愛い。
「ちょっとお嬢ー。何ですか、その手は」
「頭撫でてあげようと思って」
「俺のがお兄ちゃんですよ?まったく…」
「そう言いながらしゃがんでくれる臣君大好きっ!」
「っ…」
よしよしと、臣君のふわふわな髪を撫でる。
こうしてると、野良猫が懐いてくれたみたいで何だか嬉しい。
手のかかる子ほど可愛いってヤツか。
「それで、何の用事?」
「お嬢さぁ、俺が純粋にデートに誘いに来たとは思わないんですか?」
「イケメンで女の子に事欠かない臣君は、デートの誘い方は手慣れてないはず。となれば、もし純粋にデートに誘いに来たんなら、もう少し照れがあっても良いかなと思って」
「……お嬢さぁ」
「ん?」
「本っ当、可愛くない」
「ふはは。サイコメトラー瑞穂って呼んでも良いのよ?」
「絶対呼ばない」
単純に、イケメン臣君が年下チビの私をデートに誘うワケがない、と思っていたと言う理由もあるんだけど、それを言ったら、卑下するなーみたいな事を言われそうだったからやめた。
うんうん、本当に良い子だよね。
「お察しの通りです。先生からテーピングとかの買い出し頼まれました」
若干不機嫌そうに、臣君がリストを手渡してくれる。
それを見ると、確かに松本さんの字で、色々書きつけてあった。
「別に良いんだけど、どうして私?」
「ああ…俺は全クラスに顔出してる訳じゃないので、細かいメーカーの違いとか、分からないんですよね」
「それで私に来てほしい、と」
「お嬢なら分かってますよね?」
「モチのロンよっ」
「…お嬢、本当に平成生まれ?」
「え、そこ疑われちゃう??」
どこからどう見ても平成生まれだろうっ。
え、前世?
昭和生まれニャめんなよっ!
「で、付き合ってくれます?」
「うん、良いよ。因みに、雅君はいないの?」
「マサは俺と別クラスなんで、終わる時間が違うんですよ。アイツが終わるまでに買って戻って来ましょう」
「合点承知の助!」
「……やっぱお嬢、平成生まれじゃないんじゃ…」
だって口をついて出ちゃったんだからしょうがないでしょ…。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ガーゼと絆創膏と…うん、これで完璧だね!」
「いやぁ、思ったより早く終わりましたねぇ」
一時間後、私達は道場への帰路についていた。
リストに書きつけられた物を見た時は、二時間以上かかるかと思った。
でも、意外にもまとまって売っている所を見つけて、予想より早くすんだ。
ドラッグストアって、食べ物まで売ってたりするんだね。
全然縁がなかったから知らなかった。
「お。メール。お嬢、ちょっと失礼しますね」
「うん」
「……マサも、もう終わるそうです」
…臣君、現代っ子だなぁ。
私も、キッズ携帯を貰ってはいるんだけど、使いこなせていない。
最早首からぶら下がる、ただの警報機代わりと化している。
メールひとつ完成させるのに、十分とかかかるし。
なのに、臣君はささっと読んでささっと返信してしまう。
なんと恐ろしい…。
え?パソコン?
いやいや、苦手じゃないですよ。人より時間かかるだけで使えますよ。
「お待たせしました。…あれ、お嬢?携帯見てどうしました?」
「ううん。私にも何か来た気がしたけど、気のせいだった」
「あ、あるある。バイブに設定して、震えた気がして見たら、別に何も来てなかったりするんですよねぇ」
「うん、そうだね」
実はないけど。
……な、なくはないけど!?
とりあえず、適当に頷いておこう。
雅君ならともかくとして、焔とか臣君に知られたらイジりたおされる。嫌だ。
「そう言えば臣君、」
「げっ!!」
「そうそう、ゲシュタルト崩壊って名前が…ん?」
「げっ?」
適当な事を言ってお茶を濁す作戦に出ようとした矢先、何か変な声に遮られる。
しかも、聞いた事がある気がする。
おや?と首を傾げて、声のした方に視線を向けて、驚いた。
「なっ、な、なな、何でお前らがここにいるんだ!?」
「廉太郎さんだ」
「轟医院の夢見がちな息子さんか」
「その通り、我こそは偉大なる慈愛の化身!轟医院の…って、違う!!」
爽やかで清潔感のある、パリッとしたシャツに、夏でも全然重くない、あっさりとした黒い色のズボン。
ところどころ入った水色のラインが白いシャツに映える。
胸元の金色の校章もなかなか格好良い。
プールで会う時と全然違う格好だから、一瞬誰か分からなかった。
制服、着崩すタイプじゃないんだね、廉太郎くん。意外だった。
「あ、あの女は一緒か!?」
「あの女って?」
「め、眼鏡をかけた…みつあみの…」
「ああ、さっちゃん」
「そうだ!一緒か!?一緒じゃないのか!?」
な、何でそんな切羽詰まってるんだろう。
そう思ってから、気付いた。
そう言えば、さっちゃんに物影に連れて行かれてから、廉太郎くんのテンションはダダ下がりしてた。
何をしたのか、怖くて聞けなかったけど、聞かなくて正解だったのかも。
私は、苦笑気味に首を振った。
「一緒じゃないよ。寧ろ、さっちゃんと一緒の時は少ないかな」
「そ、そうか…。…あ、ああ、いや!断じてホッとしてなどいないぞ。ははは、そうか、あの女はいないのか。残念だな。今度こそは我が最強最悪の必殺技を食らわせてやろうと思っていたのだがな。ああ、残念だ」
物凄く嬉しそうだ。
良かったね、廉太郎くん。
マジで何されたんだろう。
いや、世の中には知らない方が良い事もある。
きっと、これはそっちだ。
「ところで、貴様等はこの私に何用だ」
「いや、廉太郎さんに用はないです。おつかいを終えて戻るところです」
「くははは!おつかい!やはり、他人に膝を折った者の業は深いようだな」
「ヤバイよ、お嬢。俺、この子が何言ってるか全然分かんない」
「それが正常だと思うよ、臣君」
寧ろ業が深いのは廉太郎くんだから。
高校とか大学辺りで目が覚めて、黒歴史にのたうちまわらない事を祈っておいてあげようかな。
その時にもまだ関わりがあったら、全力でイジるけどね。
え?鬼畜?
そんな事ないよ。皆もやるよね。え。やらない?
…気にしたら負けだ。
「じゃあ、偉大なるなんちゃらの廉太郎さんは、どうしてここに?」
「良くぞ聞いてくれた、青島瑞穂!」
「何でフルネーム?」
「そう。あれは数日前に遡る…」
「あ、スルーっすか」
完全に自分の世界に入り込んだ廉太郎くんは、ペラペラと事情を話しだす。
ただし、殆どが蛇足だったので、カットさせてもらおう。
「…と、言う訳だ」
「つまり、最近有香さんがあからさまに何何が欲しいって言ってたから、部下思いで優しい廉太郎さんが、サプライズで買って、日ごろの労をねぎらってあげよう、とその為に買い出しに来た、という訳ですね」
「その通りだ!」
うん。確かに、廉太郎くんは純粋で優しい。
でもさ、相手有香さんだよ?
これが有真さんだったら、まだ本当に純粋な独り言で欲しい物を呟いちゃう事もあるのかもしれないけど、有香さんだよ?
絶対下心あって言ってるでしょ。
いや、でも言えない。
こんなキラキラした顔で、僕優しい!って顔してる子に言えない。
「えーと、流石廉太郎さんはお優しいですね」
「くくく…我は天上より人々を癒さんが為に遣わされた唯一にして至高の存在…。我に仕える者を癒せずして、我に課せられし使命を果たせるだろうか!!」
「て言うか、それって良いように使われ…」
「しっ!言っちゃ駄目だよ、臣君!!」
自分に酔ってる廉太郎くんに、そんな哀しい現実伝えられない。
最近、ちょいちょいウザく感じてたけど、一転、何だか愛しく感じて来る。
廉太郎くん。君は十分魅力的だった。
コミュニケーションの難解さだけで避けていて申し訳なかった。
私は、グッと廉太郎くんの手を取って頷いた。
「私、崇高な廉太郎さんの考え方に感銘を受けました!愚痴りたくなったら…じゃないや。いつでもお話伺いますので、遠慮なくメールしてください!!」
「ちょ、お嬢!?」
「そうかそうか!感心なる若者だな。良かろう、我が知識有難く受け取るが良い」
「ありがとうございます!!」
メールアドレスを書いた紙を渡すと…あ、私赤外線とか良く分からないから…、
廉太郎くんは颯爽とこの場を立ち去って行った。
途中盛大にすっ転んでいたけど、助けなくても良いだろう。
きっと大丈夫だ。
偉大なるなんちゃらだから。
「お嬢さ…」
「ん、どうかした?臣君」
「まぁ、轟くんは悪い事に利用しようとしたりはしないだろうけど、そうホイホイ誰にでもメルアド教えるとか、不用心ですよ?」
「分かってるよ。大丈夫だって」
「…ホントかなぁ…」
何でそんな疑いの眼差しで見るのだ、臣君よ。
不満に思った頬を膨らませると、臣君は笑いながら突いて来た。
「あはは。お嬢、変な顔」
「生まれつきですぅー」
「…でも、今俺だけに見せてくれる顔は、好きですよ」
「?」
「何でもないです。あ、そうだ!手、繋いで帰りましょう?」
笑顔で臣君が手を差し出して来る。
断る理由もないので、私はさっと手を握る。
臣君って、細い割に手がガッシリしてるんだよね。
世の中の女子は、この辺りのギャップに萌えるのだろうか。
何だか自慢に思える。
私のお兄ちゃんですよ!血も戸籍も繋がってないけどね!!
「何の躊躇いもないもんなぁ…お嬢、恥ずかしくないの?」
「どうして?あ、臣君は恥ずかしい?周りから見られるし」
確かに、身長差が結構あるから、周囲は微笑ましい感じで見て来る。
普段は臣君が格好良いから視線を集める感じだけど、こうして手を繋ぐと、イケメンが可愛い女の子の面倒を見ている感じになって、一気にほんわかする事によりどっちかって言うと、女の人よりご年配の方からの視線を多く集める。
あっ、可愛い女の子って、自画自賛じゃないよ?
ただ身長的な話だよ?
「いーえ、別に気になりませんよ」
「そう?じゃあ早く帰ろうっ」
「ですね。……はぁ」
そうして、私達は夕陽を浴びながら、道場へと戻って行った。
戻った直後、雅君に迎えられて、臣君が何故かムッツリ扱いされていた。
可哀想に。
でもフォローはしないよ、面白いから。
「……ムッツリ」
「うるさいなぁ!マサだって似た様なものだろ」
「残念ながら、僕はそういうタイプじゃない」
「くそー…デートした事もない癖に」
「僕は本当に大事な時まで取ってるだけだ」
「そう言うの、こじらせてる奴の論理だぞ」
「好きに解釈したら良い」
「ぐぬぬ…」
ふふふ、最近双子のやり取りが可愛くて嬉しい。
最初は距離感とかあったけど、今ではこの通り、すっかり仲良しだ。
よきかなよきかな。