60.友達が欲しかった※
※委員長こと柊陽介くん視点です。
「陽介、お前大丈夫か?」
「……何が?」
「いやぁ、な。お前、もう小三になるのに、一回も友達を家に連れてこねぇじゃねぇか。親の俺に遠慮してんなら、気にしなくて良いんだからな?」
「遠慮なんてしてない」
俺の名前は、柊陽介。
白鶴学園の初等部に通っている。
今年から、小学三年生に上がった。
目の前で、俺を心配そうに見下ろしているのは、俺の父親だ。
周りの奴らに比べても細い方の俺に対して、父さんはガッシリとしている。
多分、土建業をしているからだ、と思う。
父さんが働いている所を見たことはないから、詳しくは知らないが。
「なら、友達は出来たか?」
「……出来た」
「嘘はいけねぇな。うん、いけねぇ。どうせ、明佳ちゃんだけなんだろう?」
「……」
父さんは、俺を一人で育ててくれている。
母さんは、俺を産んだと同時に亡くなった、らしい。
身体が弱かったけど、どうしても俺を産みたかった、と聞いた。
俺は、それを聞いてからずっと、母さんの分も生きて行かなければならないと、そう思っていた。
なのに、現実はなかなか難しい。
早く大人になりたくて、たくさん勉強して、たくさん本を読む。
それでも、分からないことは、まだたくさんある。
そして、今もまたこうして、父さんに心配をかけてしまっている。
「すまねぇなぁ、陽介。他のパーツは全部母さん譲りだってのに、目つきの悪さと口下手さだけ、俺に似ちまってよぅ」
「……別に」
気にしてなんてなかった。
父さんは、俺の誇りだ。
近くに、じいちゃんもばあちゃんもいなくて、本当に一人で、俺を育ててくれている。
大変な事も、きっと俺には想像もつかない程あるんだろう。
なのに、父さんはそんな顔なんて一つも見せてくれない。
俺が、子供だから。
そして、父さんは大人だから。
だからこそ、自分が情けない。
本当は、父さんに友達を紹介して、安心させてあげたい。
俺だって、本当は友達が欲しい。
明佳は…あんまり、友達って感じしないから。
俺の目つきは悪い、らしい。
父さんに似て、格好良いと思うんだけど、それは俺だけみたいだ。
みんな、俺の目を見ると驚く。悪ければ、泣く。
なんだかその度に、父さんに怯えているように見えて、哀しくなる。
俺は、そんなつもりないのに。
「けどなぁ、母さんみたいに、お前の良さを分かってくれる人が、必ず現れるさ。今日から新しいクラスなんだろ?大丈夫だ、諦めずにやってこい!」
「うん」
ニカッと笑って、俺の頭を乱暴に撫でる父さん。
父さんは、目つきは悪いけど、笑うと可愛い。
そう、母さんがいつか言っていたんだって、父さんの会社の人が教えてくれた。
俺も、笑ったら良いのかな。
だけど、面白くもないのに、笑えない。
「頑張るよ、父さん」
そう言いながらも、俺は多分、今年も友達なんて出来ないんだろうって、どこか諦めの気持ちでいたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「えっと、よろしくね。委員長」
「……」
今年も変わらないんだろうって、思ってたのに、最初から少し違った。
相変わらず、遠巻きに見られていることも、ボーッとしている内に、委員長に推薦されたのも、そこまで違わない。
ただ、一緒に選ばれた女の子だけが、違っていた。
俺を真っ直ぐ見ても、怯えもしないし、遠慮もしないけど、近過ぎもしない。
不思議な距離感だった。
「立候補したの?偉いねー。私なんて押しつけられたんだよ」
よろしくってだけで、会話は終わりだと思った。
なのに、女の子は更に会話を続けようとする。
この子は、俺が怖くないんだろうか。
先生達ですら、少し距離を置くと言うのに?
俺は、内心で首を傾げながら答えた。
「眼鏡」
「え?」
「眼鏡かけてるから推薦された」
「うわっ、何て馬鹿な理由」
女の子は、楽しそうに笑う。
それは、とても楽しそうで、嬉しそうで。
俺には、真似できないような笑顔だった。
思わずジッと見つめてしまう。
名前…そうだ、名前は、なんて言うんだろう。
そっと黒板を見て、俺はようやく、彼女の名前を知る。
さっきまで、先生が名前を呼んでいたけど、それまでは、興味なかったから。
ー青島瑞穂。
聞いた事がある。
確か、赤河グループとか言う、巨大なグループ企業のトップに仕えている家の子だと、入学した頃に噂で聞いた。
俺は、金持ちの家の子ではないから、詳しくは知らない。
ただ、人間離れした事をやってのける人達だと聞いた事があるような気がする。
「って、自然に私が仕切っちゃってたね。ごめん、委員長。委員長がやる?」
「…任せる」
「了解!聞いたかお前らー!今から私がルールだ!!」
「えぇー!?」
青島は、俺の答えに嬉々として場を仕切り始める。
仕切りたがりなんだろうか、と思ったけど、別にそう言う訳ではないらしい。
あまり、ジッと見ていると迷惑だろう。
俺は、誤魔化すように本を開いた。
けれど、内容が全く頭に入って来ない。
一見すると、青島は人間離れなんてしていなかった。
馬鹿にされれば怒るし、嬉しければ笑う。
楽しそうに委員会を決めて行く。
ただ、良く見ると、確かに、適当に指名しているように見えて、青島の采配は、的確だったように思う。
大人しい性格で、埋もれがちでも、いつも丁寧に黒板に文字を書く女子は、そうした事に向く委員会に。
逆に細かい事は苦手だが、決断力があってリーダーシップのある男子には、そうした事に向く委員会に。
先生は気付いていないのか、青島を止めようとしている。
きっと、自分勝手に決めていると思っているんだろう。
だけど、それは違う。
意識的にせよ、無意識にせよ、的確な采配をやってのける彼女は、間違いなく、人間離れしている。
小学三年生、初日。
俺には友達は出来なかったが、興味の対象は出来た。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「青島さん、よく柊くんとお話できるね」
「ん?なんで?」
「だって…コワイでしょう?」
「うーん」
ピクリ。
思わず反応してしまった。
部活の紹介が終わり、教室に戻って自分の席に座る。
直後、聞こえて来た会話だった。
それは本来普通の、気にする必要もない会話だった。
俺は、周囲から怖がられている。仕方がない。
けれど、相手は数少ない、俺と普通に話してくれる青島だった。
しかも、怖いか、と聞かれて、明確に否定してくれない。
…してくれない?
俺は、青島が俺の事を怖くない、と言ってくれる事を期待していたのか?
そんなの勝手だ。
俺は、青島にどうして欲しい、とか、言った事もないのに。
なんだか酷くガッカリした俺は、読書に夢中になっているフリをした。
案の定、ひと言も頭に入って来なかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
青島も、結局は俺が怖いんだろう。
最終的にそういう結論に至った。
観察するには面白いが、それ以上でもそれ以下でもない。
友達には、なってくれない。
そう思うと、割と気が楽だった。
俺は、あくまでも委員長として、青島と接した。
最低限のやり取りはするけど、それだけ。
青島も何も言って来ないし、それで良いんだろう。
そう、思っていたのに、ある日、妙に青島が俺を見て来た。
物言いたげに、ジーッと。
そんな事が、数日続く。
流石に耐えかねて、俺は休み時間になると席を立った。
すると、青島もついて来る。
もしかすると、何か話でもあるのだろうか。
しかも、クラスでは出来ない話。
俺は、気が重く感じながら、裏庭にやって来た。
話をするには最適の、静かな場所だ。
「……で、何の用だ?」
「ん?」
「……ずっと、俺の事見てただろ」
俺が振り向いて声をかけると、青島は目を見開いた。
予想していたよりも、驚きのリアクションが小さい。
もしかすると、青島も俺が気付いている事は想定内だったのか。
つくづく優秀だな…。
「実は、委員長友達いないのかなーって気になって」
「…友達?」
意味が分からない。
どうして、ただのクラスメートが、父さんみたいな心配をするのだろうか。
思わず眉をしかめてしまう。
ああ、しまった。
余計に怖がらせてしまうか。
…心配したけど、青島は平然とした顔をしている。
やっぱり、俺の事、怖くないの、か?
「……一応、いる」
「え、本当?でも、いつも一人だよね」
「……他のクラス」
どうしてか、良かった、とホッと息をつく青島。
どうしてそんな事を気にするのか尋ねると、「相棒だから」という答えが返って来る。
意味が、良く分からない。
青島は、何が言いたいんだ?
すっかり困惑しきった俺に、青島は、俺が、ずっと聞きたかった言葉を告げた。
「あっ、私が友達に立候補しても良い?」
「……お前が?」
「駄目かな?」
「……」
駄目なはずがない。
俺は、本当はずっと、友達が欲しかったんだ。
顔色をうかがったりしないで、好きな事を言い合えるような、友達。
笑い合うクラスメートが、本当はずっと羨ましかった。
「お前がしたいなら、別に。好きにすれば良い」
「本当に?やったー、ありがとう!」
「……」
満面の笑みを浮かべる青島に、一方で俺は泣きそうな気持ちでいた。
信じきれない。
俺と、友達になってくれるなんて、あり得るのか。
今すぐにでも、勿論だと明るい答えを返して、教室で、くだらない話をして。
俺には、勇気がなかった。
ああ、本当に、情けないな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そんな俺に、青島は話しかけてくれた。
ずっと一緒、という訳ではなかったが、時間があれば、俺の席に来て、何が楽しかったとか、何が綺麗だったとか、そんな話を聞かせてくれた。
反応の仕方が分からずに、無言を貫く俺に、飽きる事もなく。
もしかすると、本当に友達になってくれるのだろうか。
俺からも、何か雑談を振った方が良いのだろうか。
そう思いはじめた頃、青島から同じ美術部に入らないかと誘われた。
俺は、元々本が好きだったから、文芸部に入る予定だった。
けれど、見学初日で、一人の先輩に号泣されて断念した。
部活動は、楽しくやってこそだと、俺は思う。
仲間と上手くやっていけないのなら、やる意味はない。
そう思って、ずっと無部でいた。
青島は、俺の事を友達だと、アッサリ言ってのける。
俺が、諦めた部活にも、誘ってくれる。
勇気を出して行った見学では、他の人まで、優しく受け入れてくれた。
俺は、泣きたい気持ちになった。
顧問の先生に至っては、俺の絵を綺麗だと褒めてくれた。
こんな、子供の落書きみたいな絵。
嬉しくて嬉しくて、俺は入部を決めた。
しかも、青島は、俺の事を怖くない、と言ってくれた。
本当は、多分何よりもそれが嬉しくて。
俺は、入部を決めたのかもしれない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「いやー、プール楽しかったねぇ」
「ああ」
「まさか、よーすけが笑ってるの見るとは思わなかったよ」
「俺も意外だ」
夏休みに入っても、青島は俺を忘れなかった。
プールに誘われるなんて、夢にも思わなかった。
青島の友達は、変わった人が多かったけど、それもまた、面白かった。
話してみたら、赤河も良い奴だった。
今度は男だけでも遊んでみよう、と誘ってくれた。
「ただいま」
「おじゃましまーす!」
「おお、お帰り陽介。明佳ちゃんも一緒か」
プールはどうだった?と聞いて来る父さん。
俺は、騒がしくて大変で、それでいてとても楽しかった今日を振り返る。
そして、小さく頷いた。
「とても、楽しかった。それに父さん。俺、友達が出来たんだ」
「そうかそうか!」
満足そうに笑う父さん。
俺も、とても嬉しい。
「今度は、うちにも来てもらわねぇとな!」
「うん」
「そん時はアタシも呼んでよね!」
「わかった」
こんな日が、続くと良いな。
俺は今、とても幸せだから。
小学三年生の思考じゃない?
いえいえ、良く見るとちょいちょい可愛い所もありますよ。
彼から見た瑞穂さんが妙に優秀な所とか。