56.友達になった
「青島」
「ん?なになに、どしたの?委員長」
さーて、部活に行くかー!
そんな感じで気合いを入れたタイミングで、ふと委員長から声がかかった。
これはあれかな。
残業かな!
いいよ、バッチコイ!
頼られるのは嫌いじゃないからね。
「…その、」
「?」
どうやら、残業ではないらしい。
何でもズバズバと言う委員長にしては珍しく、言い淀んでいる。
と、言う事は私的な内容で話しかけて来た、と言う事だ。
えっ、私的?
もしかして、結構打ち解けてくれたのだろうか。
それなら、非常に嬉しい。
思わずニヤニヤしたら、めちゃくちゃ怪訝そうな顔された。
無表情の方がマシとか初めて思ったよ。
「以前言っていた、部活の件なんだが」
「ああ、美術部入らない?って誘った事かな」
「そうだ」
「入る気になってくれたの!?」
「まだだ」
「あら、そうなんだ」
食い気味で尋ねたら否定された。
ちょっぴり哀しい。
入る気になってないのに、部活勧誘の件。
あれ、これって断られるパターン?
元から、入ってくれるとまでは期待してなかったけど、そっか。
それはガッカリだな。
折角仲間が増えると思ったのに。
「…まだ入らないとも言ってない」
「え?そうなの??」
もしかして、目に見えてガッカリしていたんだろうか。
私って、そんなに分かりやすかったっけ??
いやいや、そんなまさか。
きっと委員長が鋭いだけだ。
「まだ決めてないなら、何の話?あっ、活動内容について聞きたいとか?」
「近い」
「近いの!?えーっと、」
生真面目な委員長に対してボケて距離が開いたら哀しいので、とりあえず普通にあり得そう、と思った可能性について尋ねると、答えは「近い」。
近いと言われると、当てたくなるのが人情ってものでしょう。
ポクポク、チーン!
整いました!!
「美術部についての調査報告書の製作と提出を求めている!!」
「良く分からないが違う」
「あっ、即答っすか」
全然整ってなかった。
あ、そうだ。
今私、全然ボケてませんでしたからね?
勘違いしちゃ駄目ですよ?
勘違いしたら、お母さん特製ダークマターを口にねじ込むんで。
と、それはさておき。
聞きたいんじゃなければ、読みたいんだと思ったけど違った。
でも近いって言われてたって事は、路線は良いと思うんだよねー。
「今日」
「ん?」
腕を組んで、うんうん唸っていたら、どうやらタイムアップらしく、委員長が口を開いた。
「良かったら、その…見学させてもらえないだろうか?」
「見学!?」
「っ、や、やはり無理か」
予想外の申し出に、思わず叫んでしまった。
あまりにも大きな声だったせいか、委員長もビク付いている。
私は慌てて首を横に振った。
「違う違う!ちょっとビックリして。見学はいつでも大歓迎だよ!」
「……」
「本当だよ!?他の部活と違って、一年を通して入部出来る変わった部活だから」
運動部は、入部した子達のレベルにそう大きく差が開く事がないように、普通に春の時点で入部しないといけないし、締め切りがある。
でも、美術部には特にそんな縛りはない。
一応、早く入った方が多くの画材に触れられる、とかあるっぽいけど、あくまでも部員本人のやる気次第で、幾らでもやれるし、遅れとか特に関係ない、というスタンスなのだ。
…って、前に先生が言ってた。
「なら、頼む」
「了解!」
「何か必要な物はあるか?」
「特にないよ。画材とかは基本的に全部部室にあるのを使うしね」
「分かった」
部室って言うか、美術室なんですけどね。
こういう時ばかりは、他の部室のある部活が羨ましい。
「じゃあ、出発進行ー!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから、美術室に到着すると、室内がザワついた。
何でだろう?と思っていたら、すぐに理由が分かった。
何故ならば、皆の視線が私の後ろ…委員長に集中していたから。
考えてもみれば、委員長はイケメンだった。
目つきが悪役っぽいけど。
醸し出す雰囲気なんて、魔王のそれみたいだし。
美術部は、男子も確かにいるけど、圧倒的に女子が多い。
クラスの子達も、怯えて遠巻きに見てはいるけど、実は憧れてる、なんて子がいるのを、私は知っている。
入ろうと思っていた文芸部で、委員長の顔を見て泣き出した子、って言うのも、実は恥ずかしさが許容量を超えてしまったせいなんじゃないかと、私はひっそりと疑っていたりする。
それはともかく、私はとにかく部員達に慌てて事情を説明する。
勿論、委員長の耳に入らないように小声で素早くだ。
泣いたりしたら、折角見学に来てくれたのに、帰ってしまって、二度と来ないかもしれない。
それではあんまりだ、的な説明をした。
そうしたら、皆すぐに納得してくれた。
因みに、言葉はキツイけど、怖い子じゃないから、と言う説明に対しては、寧ろそこが魅力的、と答えてくれたツワモノがいた。
勿論、その人は下級生じゃなくて、先輩だ。
駄目な方向への成長を遂げている。
流石先輩!!
そして、職員会議が長引いていたらしい先生が登場すると、私は同じような説明をして、委員長の見学許可を頼んだ。
すると、先生は二つ返事で了承してくれる。
その答えに、いつも表情に殆ど変化の無い委員長も、ホッと息を漏らす。
私は反射的に、優しく肩を叩いて微笑んだ。
良かったね、って言ったら無言で頷いてくれた。
やっぱ良い子だわー。
最終的に、委員長はクラスみたいに遠巻きに見られる事なく、心穏やかな時間を過ごす事に成功した。
試しに描いた絵がめちゃくちゃ上手くて、先生が号泣し出した時には、あんまりこれ穏やかじゃないかもしれない、と思ったけど。
「柊くん。君の絵は本当に素晴らしい!是非入部を前向きに考えて欲しい」
「分かりました。考えておきます」
「えー、先生!私のは?」
「う、うーん。い、色の選択は良いかな」
「わーい!先生が、私の色の塗り方はルノワール並みだって褒めてくれたー!」
「そこまでは言ってないからな!?」
まぁ、そんなこんなで、無事に委員長の突撃美術部見学!は、終わった。
……かに見えた。
「ボクが先だ!」
「わたしよ!もうっ、ゆーまのクセに生意気ー!!」
「ん?この声は…」
「みーちゃん!!」
「ミズホちゃん!」
ダダダ、と言う足音が近付いて来たと思った直後、ガラッと激しい音を立てて扉が開く。
そこには、肩で息をする、私の可愛い天使達の姿。
「ゆーちゃんとちーちゃん!どうしたの?」
「むかえに来たよ!」
「めずらしく早く部活が終わったのよ!」
私の姿を見つけると、タターッと駆け寄って来る二人。
ああ、耳としっぽが揺れているように見える…。
私も大分毒されてるな。
ああああ、可愛いいいい。
「そっかぁ。私ももう終わる所だから、一緒に帰ろうねー」
「やった、久しぶりにミズホちゃんと帰れるのね!嬉しいっ」
「ボクも嬉しい!」
「えへへへー」
思わず変な笑いが漏れてしまった。
二人の頭を撫でていると、そんな気分になるんだから許して。
えっ、事案?
そ、そんな事ないよ!
何しろ、見た目は私、同い年ですから。
「あれっ?この子、はじめまして?」
「ホントだ。みーちゃんの友だち?」
「…」
二人の興味が、委員長へと向かった。
二人なら物怖じしないし、委員長の友達にも良いんじゃないかなーと思って、私は軽く紹介する。
そしたら、何かを間違えたのだろうか。
二人は、委員長を怖がるどころか、噛みついて行った。
「あいぼう?いやー!ミズホちゃんの一番はわたしなんだから!!」
「違う!ボクだ!…ちーちゃんはいいけど…君はダメ!!」
「……おい、青島。何とかしろ」
「えーっと、うちの子達がゴメンねー」
何か、最早母親の気分だ。
産んだ事ないけど。
二人共、まだ数年の付き合いとは言え、人生の殆どの付き合いと言っても過言ではない。
そう言った意味でも、大事な子達だから、間違っちゃないだろう。
私は、皆大事な友達だと説明するんだけど、二人共納得してくれない。
若干呆れ気味の他の部員は、そそくさと帰宅してしまった。
う、裏切り者ー!
仲間が困ってるんだから助けてくれても良いじゃない!
そんな目で見たら、一人の先輩にグッて親指を立てられてしまった。
いやいや、ガンバ!じゃないから!
応援とか今一番要らないから!!
「……何を悩んでるんだ?」
「え?」
「俺とは付き合いが浅いんだから。そいつらが一番で良いだろ」
まさかの、引き合いに出されてる本人から打開案が提案された。
いやいや、でも駄目だから。
私、物ごとを円滑に進める為の嘘なら幾らでもつけるタイプだけど、こういう事に関して嘘つくの嫌いですから。
「付き合いの長さは関係ないよ。私にとって、委員長も二人も友達!大事な友達だから、順序とか付けたくないの!」
「…友達?俺も?」
あれっ、友達だって思ってたの、まさかの私だけ?
好きにしろって言ってたのに?ホワイ!?何で!?
「わたしは一番じゃないの?」
「ボクたち、親友だよね…?」
「二人も好きだよ。皆一番。それじゃダメ?」
何だろう。
浮気男の気持ちになって来た。
違うんだ、ハニー。俺には君だけだよ。
……洒落にならねぇ…!!
「委員長も友達だから。委員長がどう思ってるか知らないけど、私の中ではそう」
「…怖いヤツなのに?」
「別に怖くないって。ねぇ、二人共?」
「べっつにぃー」
「ボクはちょっと怖いけど…今はそれよりみーちゃんが大事!」
「……そうか」
二人が、ちょっと不満げに私に抱きつく。
おお、学校の天使達よ。
優柔不断な私に、死の裁きでも与えるつもりかい?
内臓出るぅぅぅ……。
「……ありがとう」
結構本格的に命の危機を感じはじめた時。
ぽつり、と委員長が呟いた。
パッと委員長の顔を見る。
すると、今まで見た事がないくらい、嬉しそうな微笑みが目に入った。
どうやら、ようやく友達だと認めてもらえたようだ。
ああ、良かった。
もう死んでも良いや。良くないけど。
そして私は、その喜びのまま、二人の説得に着手。
何とか、委員長も友達。二人も友達。という所に決着させた。
ふふ、モテる女は辛いなぁ。
なんちゃって!!
そして後日、委員長は美術部に入部届けを出すのでした。
めでたしめでたし!
「と言う事があったんだよねー。私、マジで罪な女」
「お前、いつか刺されるぞ」
「お嬢、夜道には気を付けた方が良いですよ」
「……」
「皆ヒドイ!!」