55.おつかいと原作越え?
「イエーイ!久しぶりの休みだーふぅぅー!!」
「うるっせぇ!周りに迷惑だろ、馬鹿!」
「だって嬉しいんだもんー」
昇級試験から少し経って、私はようやく丸一日のお休みを手に入れた。
ちょくちょく、あれ?私まだ小三だよね?って気になる生活してるから、本当に嬉しい。
なんか、ブラック企業に就職してしまった気持ちだった。
何しろ、松本さんが、嬉々として漫画に出てくるみたいな特訓を課すのだ。
あれは駄目だ。
チートなんて大して貰ってないと思ってたけど、どんなに苦しいとは言え、一応クリアして来てる自分を実感して、恐怖しか感じない。
その内私、空とか飛べるようになるかもしれない。
…やめよう。恐ろしい。
「そんな大事な休みに、俺とおつかいで良いのか?」
どこか呆れたように尋ねて来る焔。
因みに、今日は人手が必要な仕事があるらしくて、双子も駆り出されている。
だから二人でおつかいをしている。
お母さんが作るお菓子に必要な材料だ。
でも、絶対ダークマターが出来あがるから、既定の牛乳を粉に入れれば完成するような、簡単な物を間違えて買って行ってやろうと思っている。
多少怒られる程度で、我々の胃袋の平和が保たれるなら、その方が良いだろう。
…と言うか、前はクソ甘なだけだったのに、どうして年々料理下手になって来てるの、お母さん!?
絶対本人に聞けないけどさ……。
「大事な休みだからこそ、おつかいに来てるんだよ」
「はぁ?他にしたい事ないのか?」
「そりゃ色々あるけど、何も考えずブラブラするの最高でしょ!」
「いや、考えろ。おつかいだぞ。…ってか、そんなんが最高なのかよ」
あれ、馬鹿にされたような気がする。
おいおい、休日にボーッと散歩する楽しみが分からないってのか?
ジーザス!これがジェネレーションギャップというヤツか!
敢えて平日の、他の皆は働いてる時間から家でゴロゴロしながらビール飲むくらい最高じゃないか!
それが分からないとは、焔…まだまだ子供だな。
「何か今、俺にとって不都合な事考えてないか?」
「ないない。可愛いなーって思ったくらい」
「考えてんじゃねぇか!!」
あははー、怒らせちゃった。
いつもの事とは言え申し訳ないな。
ここはひとつ、喜ばせてやろうではないか。
広い心を持った私に感謝するが良い!
「それに私、さ」
「?」
「焔と二人きりでデートするの好きだからね!」
「デートじゃねぇ!!おつかいだ!」
「えぇー?デートじゃない?」
「おつかいだ!ってか、腕掴むな!ひっついて来るな!!」
今や普通に焔の方が煩い。
ほら、周辺の人が皆生温かい目で見て来るしさ。
大学生くらいのお姉さんとか、ニヤニヤしながら見てるよ。同士だな。
だが、写メだけは遠慮して頂きたいところだ。
この真っ赤な顔の可愛いこと可愛いこと…。
撮りたくなるのは分かるけど、肖像権とかあるからね。
流石にからかい過ぎたか。
怒りより恥ずかしさが上回ったみたいだし、この辺にしておくか。
「いやー、ごめんね。冗談だから許してー」
「そ、それはそれで複雑なような…」
「え?」
「別に何でもない!!それより、早く買って戻るぞ!」
「へーい」
そして私達は、それまでのグダグダ具合は何だったのか、と言うくらい機敏に動きまわって、目的の物をすべて入手するのだった。
え?仕事は早いんだよ。出来る子なんだよ。
やるまでが遅いだけで。あははー。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あれ?」
「どうかしたか?」
スーパーを出て最初の信号待ちをしながら、エコバック代わりのリュックを背負い直した所で、私は思わず声を上げる。
向かい側の道をトボトボと歩いているのは、いつもと少し印象が違うけど、麻子ちゃんだ。
焔も、すぐに私が何に反応したのか気付いたらしく、どうする?と視線で問いかけて来る。
あんまり元気がなさそうな感じが気にかかる。
私は頷き返して、信号が青になると同時に、麻子ちゃんの方へと駆けていった。
因みに、良い子の皆は信号が青になったからって、すぐに駆け出したら危ないかもしれないから、気を付けてね!
右見て左見てね!
あともう一回右ね!!
「おーい、麻子ちゃーん!」
「えっ?あ…瑞穂ちゃん」
麻子ちゃんは、呼び声に気付くと足を止めて、キョロキョロと辺りを見回す。
そして、私に気付くと、薄っすらと、力のない笑みを浮かべた。
やだ、麻子ちゃんったら相変わらず美人…じゃなくて!
「こんな所に一人でどうしたんですか?」
「えっと、参考書、買いたくて」
麻子ちゃんは、手にしていた紙袋を苦笑気味に見せてくれる。
そりゃ高校生だし、それくらいは普通だろう。
だけど、私は違和感を感じてしまった。
何せ、その紙袋のロゴ。
参考書って言うより、教科書作ってる会社のものだ。
え、こんな時期に教科書?
完全に漫画脳としか言いようがないけど、テンションの低い麻子ちゃん。
真新しい教科書の出版会社のロゴ付き紙袋。
頭の中に、一つの可能性が光り出す。
まさか……イジメられてたり?
そう思うと、頬がピクりとヒクつきかけた。
何とか抑えようとしたけど、バレなかっただろうか。
思わず焔を見ると、焔もまた、微妙な表情をしていた。
やっぱオタクとしてはそうですよね。
いや、私はライトな方だったと思うけど。
「少し久しぶりですし、公園に一緒に行きませんか?」
「え?その、私……」
「いいからいいから!」
全然いいから、じゃないんだけど、多少強引に麻子ちゃんを引っ張る。
焔も、仕方ないなぁ、って感じで溜息はついてるけど、文句は言わない。
優しい子に育ってくれて嬉しいよ。
そんなアホな事を考えながら、急いでいつもの公園に向かう。
とりあえず、買った物が溶けるような物じゃなくて良かった。
あと、公園も近くて良かった。
そして、遠慮しまくる麻子ちゃんをベンチに座らせると、がっつり取り調べ。
何もなければ良いなーって思ってたけど、結果はアウト。
私と焔の突飛な発想な当たってしまっていた。
「私、頑張るって決めたのに…。何だか、情けなくて……」
しょぼん、と肩を落とす麻子ちゃん。
イジメられてる事自体にヘコんでいる訳ではなさそうだ。
だからと言って、放置出来る問題ではない。
…小学生が何言ってんだって話ですけど。
「ねぇ、焔。原作では麻子ちゃんってどうだったの?」
「高校は多分話の通りっぽい。ただ、イジメは受けてなかった。と、思う」
「って事は、原因ってやっぱり……」
「グレなかった事、だろうなぁ…」
「うわぁ…」
イジメられなかった漫画との違いは一つ。
性格が変わっていない事だ。
要するに、漫画では不良っぽい外見と口調の麻子ちゃんに、下手に手出しが出来なかったから良かったけど、今は見ての通り儚げ系美少女だから、何のかんのと絡みやすかった、と言う所だろうか。
「情けなくなんてないですよ、麻子ちゃん!」
「瑞穂ちゃん…」
グッと両手を握る。
麻子ちゃんが顔を上げて、目が合う。
「麻子ちゃんは、ちゃんと頑張ってます!!」
色々言おうと思ったけど、あんまり細かい事を言うと負担になるかもしれない。
ここは、子供の良さ。
愚直なまでに真っ直ぐ、を使用すべき所。な気がする。
「ねっ、焔!!」
「やめろ、ここで俺に振るな!ほぼ初対面だぞ!?」
「あれ、そうだっけ?」
援護射撃を出してもらおうとしたら失敗した。
と言うか、あれ?
二人って会った事なかったっけ?マジで?
私の機密日記を見られた衝撃しか覚えてないや。
あ、いや、そんなものなかったけど。うん、なかった。
「割と重要な事を忘れるな。お前の脳みそはところてんか」
「嫌だな。必ず古い事を忘れるとは限らないよ。現に私、今朝のご飯のメニューは覚えてるけど、お昼ご飯は忘れて…」
「痴呆症か!」
「痴呆症じゃないよ!食べた事は覚えてるからね!!」
「威張るような事じゃないからな!?」
「ふ…ふふっ」
「え?」
「ん?」
割と普通にケンカに突入した。
その時、麻子ちゃんが笑いだした。
えっと、何かそんなに面白い事あったのかな?
お姉さん分かんない。
「ふ、二人共、すごく…仲が良いのね」
「まぁ、心の友ですからね!」
「くっさ。どっちかっつーとただの親戚か腐れ縁だろ」
「酷い!!私の硝子のハートが傷付いたよ。癒してー」
「はいはい、そう言う事言うヤツのハートがガラス製な訳ないだろ」
「ノリ悪ー」
「ふふふっ」
私達のやり取りって、そんな面白いっけ?
いや、普通だと思う。
小学校なんて、そんな会話ばっかりだ。
毎日がエンジョイホリデーなノリだ。
意味が分からない?
大丈夫、私も分からない。
何言ってるんだろう。
「……ありがとう。笑ったら、少し元気が出て来たわ」
「えーっと、それなら良かったです」
とりあえず笑っとこう!
まるで、この展開を予想していたかのように。
痛い、叩かないで焔ー。
「あ、そうだ。もし今度イジメられたら、メンチ切ったら良いですよ!」
「めんち?」
「はいっ。てめー、何見てんだ。いてこますぞワレェー!って言えば、大抵はドン引きですから」
「???」
「あ、この馬鹿の言う事とか無視して良いんで」
「馬鹿とか酷い!精一杯考えたのに!!」
結構良い案でない?
原作に則って、せめて怒った時だけでもヤンキーっぽくって。
え?ヤンキーと言うよりヤクザだ?
大丈夫。同じヤから始まる自由な人種だ。
「良く分からないけれど、私、負けないわ。瑞穂ちゃん達が味方でいてくれるんだもの。私、一人じゃないなら頑張れる」
「その調子ですよ!応援してます」
「瑞穂で良ければ、いつでも話聞きますから」
「そこでナチュラルに私に投げるか、普通!?ま、まぁ別に良いんだけど…」
そんなこんなで、まだおつかいを完璧には終えていない私達は、任務完了を伝えるべく、麻子ちゃんとお別れして家へと帰った。
家に帰るまでが遠足です。
家に帰るまでがおつかいです。
……後日。
結構心配していたんだけど、結果としてイジメは収まったから、もう大丈夫だと麻子ちゃんから連絡が入った。
え、そんな急に収まるようなもの?
ビックリして説明を聞いて、更にビックリした。
「瑞穂ちゃんが言ってた通りに、てめー、何見てんだ。いてこますぞって言ってみたのだけど、そうしたら、誰も私に絡んで来なくなったのよ。ふふ、瑞穂ちゃんは本当に凄いわね」
いや、凄いのは貴女ですから。
マジで言ったの?
ま、まぁ結果的に収まったんなら良かった。……のかな?
それから、度々穏やかそうな外見で、ヤンキーも裸足で逃げ出すような口調を発揮するようになった麻子ちゃん。
ある意味、原作越えを果たしたかもしれない。
……わ、私のせいじゃないからね!!
ヤンキー麻子さんを期待してくださっていた方には申し訳ありません。あと、清楚麻子さんを応援してくださっていた方にも申し訳ありません。新しい扉を開いてください。笑顔で姐さん言葉…。