54.昇級試験
「刀柳館」に通い始めて、およそ一ヶ月と少し。
いよいよ、初めての昇級試験の臨むことが決定した。
お陰様で、今日は部活が被ってたのに、昇級試験が優先されるから、サボる羽目になってしまった。
ちょっとくらい日程ズラしてくれても良いのに!!
なんて嘆きつつも、現実は変わらないので諦めておくことにする。
あぁ…ちーちゃん、ゆーちゃんも部活で忙しくなって来ていて、天使達と戯れる機会も減ってしまっている中、美術部は結構な癒しなのに…。
二人も頑張ってるって話だけど…見学とかしたいなー…。
「あっ、青島せんぱい!おつかれさまです!!」
「ナオくんヤッホー!」
姿を現した私の方へ、笑顔で駆け寄って来るのはナオくんだ。
根っからの小二のはずなのに、大人顔負けの礼儀正しさを誇る、「刀柳館」を代表する跡取り息子である。
年齢的には下だけど、ここではナオくんの方が、本来であれば先輩だ。
だけどナオくんは、それも理解していながら、目上の人は敬うべき、と言う考え方に即して、私に敬語を使ってくれている。
なんて偉いんだ…!
私も見習うべき所は多い。
「今日は、もうしょうきゅうしけんをうけるとうかがいました。すばらしいです」
「いやいや、ナオくんのお父さんのスパルタ…コホン。ナオくんのお父さんの指導が凄いからだよ」
「はいっ。父上は、ほんとうにりっぱなかたなんです!」
ナオくんは、嬉しそうに目を細める。
可愛い。
思わず抱き締めて撫でまわしたい衝動に駆られる。
いやいや、犯罪だよ。
外見的にはともかくとして、精神がヤバいよ。捕まるよ。
ここは一つ、別のことを考えて落ち着くことにしようではないか。
えーっと、何が良いかな。
そうそう、今日受ける昇級試験は、初めに説明を受けたように、各クラス内での昇級とは、少し意味が違っていることについてまとめてみようか。
普通は所属するクラス、まぁつまり柔道だとか剣道だとかにおいての昇級を目指して試験を受ける。
だから、柔道で昇級試験に受かったからと言って、サブで受けてる剣道も昇級出来る、という話にはならない。
仮に柔道が金剛石級でも、剣道は石級だったりする。
…そう言えば、級についてもまとめてなかった気がするな。
じゃあ、改めて説明しよう。
普通に言えば、柔道は黒帯だとか白帯だとか、何級、何段、といった風に強さが序列化されているけれど、この道場ではまた異なる体系を取っている、という説明はした記憶がある。
これは結構分かりやすくて、初心者から数えて、石、鉄、銅、銀、金、金剛石、という六種類に分けられている。
ちょっとRPGっぽいかな。
所謂世間一般で言う段持ちは、大体銅以上に当たる。
ただ、この独特の昇級試験に受かった所で、帯の色が変わる訳ではない。
それはまた別に、普通の昇級試験を受ける必要がある。
一応は、並列で受けることが出来る場合もあるらしいけど。
少なくとも、今回の私には関係のない話になる。
話を戻そう。
私はそもそも、一つのクラスに限定して受けている訳ではない、という話は覚えているだろうか。
私は、松本さんに見てもらいながら、今は基礎的なことをしているけれど、最終的には、すべての格闘技に精通するように教育されることになっている。
そこで、今回受ける昇級試験も、他の昇級試験と異なり、一つのクラスに限定されないものとなっているのだ。
つまり、一度受かれば、自動的にすべてのクラスの級が上がる、という訳だ。
松本さんの判断次第で、例外はあるらしいけどね。
…うん、落ち着いて来た。
改めてナオくんに目線をやると、満面の笑みを浮かべてくれた。
あらやだ、折角落ち着いて来たっていうのに。
誘ってる?もしかして誘ってるの??
「こら、お嬢。浮気はダメだよー?」
「わああああ!?お、おおお、臣君!?」
「やほー」
突然耳元で囁きかけられて何事かと思えば、声の主は臣君だった。
臣君達もここで修行させられてるのは知ってるけど、え、何でいるの?
「晴臣せんぱい、晴雅せんぱい!おつかれさまです」
「うん、お疲れ」
「ああ。…ところでお嬢様。晴臣が驚かせてしまったようで、申し訳ありません」
「ううん、全然構わないよ。それより、二人はどうしてここに?今は別の部屋で空手か何かの時間じゃなかった?」
二人のスケジュールを、詳しく知っている訳ではないけど、多分合ってるはず。
そう思って尋ねると、二人共首を横に振った。
「俺は知りません。と言うかお嬢、浮気に関してはスルー?」
「大勢に影響ないし」
「ヒドッ!」
「煩いぞ、晴臣。…ただ、僕も詳しくは。ここに来るように、との指示を受けただけですので」
と、いうことは松本さんの指示か。
他の先生達が指示を出すこともあるけど、予定外のことをすると言ったら、正直松本さんしか考えられない。
そう思っていたら、当の本人が登場した。
「やぁ、揃ってるね。それじゃ早速、瑞穂ちゃんの昇級試験を始めよう」
「え、早速?」
「僕達は見学、という事でしょうか?」
あまりにもサラッと言うから、何かと思った。
すかさず雅君から質問が飛ぶ。
それに対し、松本さんはいつもと変わらぬ穏やかな笑顔。
…ああ、やっぱりこの人食えない人だなー。
「直はそうだよ。今後の参考になるからね。で、西兄弟には、どっちか一方に試験官をやって欲しいなーと思ってさ」
「試験官?」
「試験内容はタッチ鬼。制限時間十分の間に、少しでも瑞穂ちゃんが、試験官の身体に触れられれば勝ちって言うルールでね。面白そうでしょ?」
一体それで何が分かるのだろうか。
そう思ったのは、私だけではないらしく、双子も困惑気味だ。
…まぁ、父親のシンパなナオくんは尊敬の眼差ししてるけどね。
だからと言って、ここで文句を言っても始まらない。
それは、この場にいる全員が知っている。
そこで、割とすぐに双子の話し合いが始まった。
「俺やりたい」
「いや、ここは僕の方が最適だ」
「なんで?」
「お前、真面目に試験官なんて向かないだろう」
「失礼だなぁ。そう言うマサこそ、手心を加えたりするんじゃないか?」
「ないな」
意外にも、臣君の問いかけに、雅君は即答した。
そして、雅君は私の方を見て言った。
「僕は、お嬢様の望む通りに動く事が願いです。お嬢様は、正々堂々を好まれるお方。僕が手を抜く事を望まないでしょう。ですから、僕がお嬢様相手に手心を加える可能性など、万に一つもあり得ないのです」
「雅君…」
何度か思った事あるけど…どうして雅君こんな私に忠実なの!?
そこまで琴線に触れたの?
頼もしいけど!!
ちょっとばかり引きつつも、雅君の言う通り、私は本気で戦うのが好きだ。
それが遊びでも、真剣勝負でも。
ある程度、手を抜かれたりすることは仕方がない状況、というのもあるにはあると思うけど、出来る限り本気でやって貰いたいと思う。
だから、その意図を汲んでくれている雅君と戦えるのなら嬉しい。
そう思って、私は頷いた。
「分かった。じゃあ、松本さん。私、雅君と戦いたいです」
「オーケー。それじゃ、すぐに始めよう」
「えぇー…お嬢のいけずー。次の機会は俺とやってね?」
「分かった分かった」
「ふたりとも、ガンバってくださいね!」
鬼ごっこの一種だから、際限なく何処までも行ってしまえば収集が付かない。
と言う訳で、フィールドは今居る小さめの体育館みたいな部屋限定だ。
雅君の方が不利のようにも思えるけど、雅君もなー。
別の意味での拷問クリアして来てるらしいしなー。
「はじめ!」
ちょっとそんなことを考えている間に、試合が開始された。
たった十分。
されど十分のこの勝負。
絶対に負けられない。
私は、まず真っ直ぐに雅君へ向かって走った。
そのまま手を伸ばすも、雅君はヒラリとかわす。
こうして見ると、やっぱり動きが洗練されている。
何だかんだ、試験官に選ばれるだけあるのだろう。
「やっ!」
フェイントを交えてパンチやキックを繰り出す。
それがヒットしても私も勝ちだし、受けとめられても私の勝ちだ。
それを全部さけなきゃならない雅君の難易度はかなり高いはず。
…なんだけど、涼しい顔で見切られている。
ううう、悔しいぃぃぃ。
素人っぽい、雑な避け方じゃない。
ちゃんと間合いを見切ってよけているのだ。
これは屈辱である。
「お嬢ガンバー!このままじゃ負けちゃいますよー?」
「ファイトです、青島せんぱい!」
一生懸命応援してくれるナオくんありがとう。
そして、臣君には後で覚悟をしておいてもらいたい。
「はぁはぁ…」
私の息が先に切れた。
確かに拷問を受け続けて来て、体力は増している。
でも、大した格闘技なんてまだ習ってないのだ。
上手い体力の配分なんて、知るはずもない。
これ、絶対体力削られてるよね。
所謂左右に走らされてるって状況だよね。
分析すればするほど、悔しさが積み上がって来る。
それでも、諦められるものか。
昇級試験を受けても大丈夫、と言ってくれた松本さんの期待に応えるのだ。
……そう、思ったんだけど。
「はい、終了ー」
「あああ!!!もうちょっと!あと五分…いや、あと一分!!」
「残念だけど、終了でーす」
負けましたー。
いや、勝てる要素なかったけど。
これは、あれか!?
天狗になりかけてる人の鼻を折る的な?
私調子に乗ってなかったのに!?
「瑞穂ちゃん、合格ね」
「はい?」
「今日から鉄級として、頑張るんだよ。ああ、あと次回から本格的な訓練を…」
「ちょい待ちぃぃ!!え、松本さん何言ってるの?何言ってるんですか!?」
思わず敬語が抜けちゃった、テヘペロ。
何言ってんの、このオッサン、とまで言わなかっただけでも許して。
目を白黒させる私とは対照的に、双子はのんびりしたものだ。
…ナオくんも目を白黒させてるけど。可愛い。
「私負けましたよね?」
「そうだねぇ」
「じゃあ、なんで合格…」
「あれ?僕、勝ったら合格なんて言ったっけ?」
「は?」
……言ってない。
思い返してみれば、全然そんな事言ってない。
私は、ヘナヘナとその場に崩れ落ちた。
あんまりだ!
いたいけな子供になんて罠を仕掛けるんだ!
「君才能あるよね。普通、石級から上がる条件って体力だけみたいな所あるけど、それでも一年近くかかるんだよ?」
「は、はは…そうなんですか…」
駄目だ。
笑う気力すらない。
「何はともあれ、おめでとう!今日から君は鉄級だ!」
「おめでとー、お嬢!」
「おめでとうございます」
「青島せんぱい、すごいですっ!!」
因みにその後、双子に引きずられるようにして家に帰ったのは言うまでもない。
畜生ー!全然嬉しくないっ、グレてやるー!!!
昨日、というよりも今日、『悪役令嬢の姉は、脇役だと信じたかった』というタイトルの短編小説をアップしました。
二軍恋愛とは全く毛色の違う、バッドエンド風味の、なんかちょっと病んじゃってる転生ものです。
心の広い方に、暇つぶしにでも読んでみて頂けると嬉しいです。