50.刀柳館での出会い
「それでは、二人共。瑞穂の事、よろしく頼みますね」
「はい」
「お任せください」
小三生活も一週間くらいが過ぎ、とうとう、赤河家使用人としてのスキルを高める地獄の猛特訓が開始される。
ただでさえ厳しいと噂の特訓な訳ですが、私は筆頭使用人の青島家の娘、と言う事で、余計に厳しくなっていくらしい。
何その死亡フラグ。
まぁ、まだ三年生だし、そこまで厳しくはしない、とはお父さんの談だけれど、伯父さんが笑いながら、「そう言う事に関して、桐吾の言う事は当てにならない」なんて恐ろしい事を言っていたので、ちょっと内心ビビってたりする。
ハイパー執事デラックスなお父さんは、幼少時からその才能を遺憾なく発揮していたそうで、大人達も舌を巻いていたと言う。
あんまり勉強でも苦労した事ないらしいし、対人スキルが完璧だから、あんまりそう感じないけど、努力しても出来ない人の気持ちは、良く分からないんだとか。
何それ怖い。
スタート地点ズルしてるとは言っても、前世の私だって天才じゃなかった。
そんな私に、DNAは引き継いでるかもしれないとは言え、ハイスペックお父さんの跡を継げと言われても無理がある。
やばいなー。
私の将来安泰じゃん、とか思ってたけど、場合によっては未来断たれたりするのかな?
こんな事も出来ないような娘に、焔様の右腕は務まらないぞ!的な感じで。
それは何か悔しいな。
出来る限り頑張ってみよう。
と言う訳で、今日は格闘訓練だそうだ。
何でも、臣君と雅君も学んでいる道場に行くらしい。
だから道案内は双子だ。
三人で自転車をこいで進んで行く。
自転車と言えば、ふと思い出した。
幼稚園に上がる辺りに、伯父さんが嬉々として私達に小さな自転車を買って来てくれて、「絶対離さないからな、焔!」って、自転車に初めて乗る時に良くある光景を期待していた事があった。
前世では、私も焔も普通に自転車に乗ってたけど、身体自体はまだ未経験。
もしかして乗れなかったりするのかな?って思ったけど、そんな心配は皆無で、私も焔も、練習一切無しで、補助輪すら外せるレベルだった。
ただ、それを普通に見せれば伯父さんがガッカリする。
私達は悩んだ。
でも、そんな私達の様子を変に思ったんだろう。
お父さんが、伯父さんの事は抑えておくから、好きに乗って良い、と言ってくれたのだ。
私達は少し考えて、遠慮なく乗る事にした。
ガッカリする伯父さんのフォローは大変だろうと、心配になってお父さんを見たけれど、まぁ、私達の心配は杞憂だった。
伯父さんは、スイスイ自転車を乗りこなす私達を、興奮して見ていた。
「見ろ、桐吾!流石は俺の子達!何のレクチャーも受けずにあそこまで乗れる子なんてそうはいまい!凄いぞ、格好良いぞ、焔!可愛いぞ、瑞穂!!」って言ってお父さんに、「瑞穂はうちの子です」って、クールに怒られていたのが印象的だったのを覚えている。
良い大人がヤバイな、って思った。
「お嬢様。到着致しました」
「ジャジャーン!此処が良く分かんない格闘道場、「刀柳館」ですよーっ」
「良く分かんないの!?」
どうでも良い事を考えている内に、到着したようだった。
前の二人にならって、私も自転車から降りる。
そして顔を上げると、格闘道場、と言われて想像するような和風の家が、ドドンと建っていた。
入り口が二つあって、片方には普通の表札がかけられている。
「松本」さんの家らしい。
で、もう一方には、デデンとでっかく、「刀柳館」の文字。
ほうほう。
あれで、とうりゅうかん、って読むのか。
とまぁ、それは良いんだけど、臣君今なんつった。
良く分かんない格闘道場って、どう言う評価?
強いの?弱いの?良く分かんないの。
説明としてそれあり!?
「こら、晴臣くん。お嬢さんに、妙な事を吹き込むもんじゃありませんよ」
「おうわっ!?」
「だってホントの事じゃないですか。なぁ、マサ?」
「…こればかりは同意する」
「ヒドイなぁ。まったく君たちって子は…」
思わず変な声出た。
何しろ、気配もなく急に現れたんだもん。
私は、暴れる心臓を落ち着けながら、新たな人物に目をやった。
お父さんや伯父さんと同年代くらいの、柔和な雰囲気の男の人だ。
顔や雰囲気だけで言えば、決して格闘技なんてやってなさそうな感じ。
でも、着ている服は、剣道着に近い道着だ。
一目で此処の関係者だと分かる。
ジッと見つめていると、男の人と目があった。
男の人はニコッと優しげな笑みを浮かべた。
「はじめまして、お嬢さん。話は聞いてるよ。僕が此処の責任者。今日から、君の先生になる、松本直昌です。よろしくね?」
「はい!私は、青島瑞穂と申します。どうぞよろしくお願いします!!」
差し出された手を取って、固く握手する。
何だか凄く良い人っぽい。
「あの、ところで良く分からないって、どう言う意味でしょう?」
「ああ…ほら、晴臣くん。お嬢さんが気にしちゃったじゃないか」
「えぇ、俺のせいじゃないしー」
「正直、それ以外に此処を表現する言葉が分かりません」
「晴雅くんまでぇ…」
元々下がり気味の眉が、更に下がってしまった。
えっと、大丈夫なんだろうか。
もしかして、スル―した方が良かったんだろうか。
いやいや、そう言われても、これから通う場所の中身が気になっても仕方ないよねぇ?
「この「刀柳館」は、一般的な道場と異なり、この世に存在する、ありとあらゆる格闘技を教えているのです」
「えっ?あ、ありとあらゆる?」
「はい。…ね?良く分かりませんよね?」
基本的に表情変化の少ない雅君が、めっちゃ微妙な顔してる。
本当の事なんだろうってのは分かるけど…えぇぇ。
何その漫画みたいな設定は。
…あ、この世界漫画だったね。
もしかして、ハレハレにも登場してるんだろうか。
後で焔に聞いてみよう。
「うちの方針でね。あらゆる格闘技に精通していれば、大切な人を守る事が出来るだろう…って。シンプルでしょ?」
「は、はぁ」
「これのどこが、良く分からないなんだか教えてほしいよ。まったく」
伯父さんとは、また違った意味で子供みたいな人だ。
何だか凄く親しみを感じる。
「まぁ、こんな所で話していてもなんだね。早く自転車を置いておいで。僕は中で待っているから」
「はーい」
「分かりました。お嬢様、駐輪場はこちらです」
とりあえず、入り口で騒ぐのも問題だ。
私は納得して、二人の後に続いて、自転車を置きに行くのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
裏手にあった屋根がかかっただけの駐輪場に自転車を置くと、私は双子について道場の中へ入っていった。
道場は、私がイメージしてるような、板張りの部屋がドーン!と言う感じではなくて、どちらかと言うと、体育館みたいな感じだった。
入ってすぐは玄関で、左右に大きな靴箱が置いてある。
その先は、ずーっと真っ直ぐの廊下が続いていて、左右にはそれぞれ幾つも扉が見えた。
扉の上には、手書きの文字で、剣道場、柔道場、なんて風に名前が書いてある。
あらゆる格闘技に精通、と言うのは、言葉だけではないらしく、それぞれの部屋からは、猛々しい声が聞こえて来る。
時折、投げ飛ばしたり、打ち合ったりする音も、微かに聞こえて来る事からも、結構本格的にやっている事が窺えた。
と言うか、もしかして防音設備も結構整っているのだろうか。
これだけの部屋があって、それなりに門下生がいるだろうと考えると、外にまで聞こえて来なかった説明が付かない。
そう考えると、建物の大きさから言っても、本当に凄い所なのかもしれない。
何か緊張して来た。
「ああ、そう緊張しないで」
「え?」
「今日は案内と挨拶と見学…軽い準備運動しかしないからね」
「は、はい」
ビビった。
いや、ビビったのは、別に軽い準備運動って全然軽くないんじゃないの?って風に疑った訳じゃなくて、松本さんが、全然振り返らずに、私の様子を言い当てた事についてだ。
後ろに目でも付いているんだろうか。
何それ怖い。
「心配しなくても、青島さんちのお嬢さんなら、すぐにこれくらい出来るようになるはずだよ」
「そう言う心配はしてないです!」
「さっすが、俺らのお嬢。才能はバッチリですね!」
「ああ。素晴らしいです、お嬢様」
何これ、読心術ってヤツ?
マジ怖ぇぇぇ!!
優しそうな人な事も相まって余計に怖ぇぇぇ!!
ビクビクしながらも、私は松本さんについて行って、全部の部屋を見学した。
扉を開けると、その迫力に呆気にとられた。
やっぱり防音設備が効いていたらしく、開けた瞬間、物凄い音が聞こえて来たのである。
最早、音に襲われたと言っても過言ではなかった。
熱量もハンパじゃなかった。
奥の方にあった、弓道場とかはともかくとして、他は大体熱かった。
暑かったじゃなくて、熱かった。
うおお、私も此処に混ざるのか。
見た感じ、男女で分けられる程女子は多くない。
私くらいの年齢の子で言えばなおさらだ。
うええ、自信ないー。
一通り見終えると、普通の塾の教室みたいな部屋に案内された。
心も鍛える必要がある、と言う考え方から、写経をしたりする事もあるらしく、そう言った目的で使う部屋なんだそうだ。
今の時間は誰も利用していなかったからガラン、としていた。
松本さんは、にこやかにホワイトボードにここのルールやら仕組みやらを書き込んで説明してくれる。
あんまり難しいルールはなかった。
ここで学んだ事を、一般人に向かって使ってはならない、とか。
ケンカするなら言葉で、とか。
要するに、むやみやたらに力を行使するな、と言う事。
あとは、ほうれん草…つまり、報告・連絡・相談は忘れるな、と言う事。
そんな常識的な事だった。
それだけ、常識は大事って事なんだろうけど。
で、後は仕組み。
これも、そこまで難しい事は無い。
普通は、どれか一クラス、要するに剣道を選べば剣道だけ、柔道を選べば柔道だけ選んで、そこに所属する。
それで、各クラスの先生に見てもらって、訓練しながら、一ヶ月に一回行われる昇級試験を受けて、強くなる事を目指す、と言う感じだ。
この昇級試験と言うのは、公的に通用する物もあれば、この道場内だけに設置された基準である物もあるらしい。
まぁ、それは今は細かく知っている必要は無いらしいけど。
とりあえず、強くなるには、昇級試験を受けまくって、受かりまくれば良いワケである。
実にシンプルだ。
とは言え、昇級試験を受けるには、各クラスの先生に加えて、代表である松本さんに認められる必要があるらしく、級が上がる毎に、そもそも受ける事自体が難しくなっていくそうだ。
これも、今の段階ではそこまで気にしなくても良いだろうけど。
そもそも、私の実力とか良く分からない訳だし。
「大体こんな所かな。分からない所はあったかい?」
「大丈夫です」
「もし気になる事があったら、僕でも他の先生でも、そこの二人でも良いから、遠慮なく聞くようにね」
「はい!」
「父上。今、しょうしょうよろしいでしょうか」
「直」
丁度話が終わった時、扉を開けて、小さな影が入って来た。
松本さんに、良く似た雰囲気の男の子だ。
睫毛が長くて、おめめがパッチリで、女の子みたいだけど、男の子だ。
あらやだ可愛い。
「ああ、そうだ。お嬢さんにも紹介しておこうかな」
「?新しいもんかせいのかたですか?」
「うん、そうだよ」
松本さんは、ニコニコと笑いながら手をコイコイと振る。
それを見て、男の子はとてとてと、可愛らしく近寄って来る。
やばい、キュン死にする。
「この子は、僕の息子の直。仲良くしてやっておくれ」
「ごしょうかいにあずかりました、松本直と申します。小学二年生になりました。どうぞ、よろしくおねがいいたします!」
ペコッと勢い良く頭を下げる。
道着の胸元に縫いつけられた文字を見る。
松本(直)って書いてある。
けど、名前はすなおくん。
……直一文字で、すなお、って読むんだろうか。
あらやだ、可愛い。
「私は、青島瑞穂です。小学三年生です。よろしくお願いします」
一緒になって頭を下げる。
と、恐縮されてしまった。
まだ小さいのに、丁寧な子だ。
慇懃無礼に感じないのは、多分、持ち前の雰囲気のお陰だろう。
父親譲りなのか、優しそうだもんね。
「晴臣さんと晴雅さんのおしりあいなんですか?」
ナオくんは、双子を見上げて尋ねる。
ずっと通ってたんだから、知り合いだったんだろう。
こんな可愛い子と知り合いだったんなら紹介してくれても良かったのにぃ。
「うん。俺の可愛い可愛いお嬢だよ」
「お前のじゃない。…僕達のお守りするお嬢様だ」
「??そうなんですか」
良く理解してないのに頷くナオくん可愛い。
この世に舞い降りた、何番目の天使だろう。
神様、ナオくんを生み出してくれてありがとう。
超眼福です。
「直も、お嬢さんと同じように全クラスに顔を出しているから、多分、顔を合わせる事も多いだろうから、覚えておいてね」
「分かりました」
それから、私の運動能力を確かめる目的らしい、軽い準備運動をすると、今日の所はお開きとなった。
本当に軽い運動だったけど、何でか松本さんの目が爛々と輝いていたのが気にかかる。
死亡フラグじゃないと良いな…。
と、とにかく!
あんな可愛い天使も一緒にいるらしいし、ただの地獄じゃなくて済みそうだ。
どんなに苦しくても、可愛い子がいれば頑張れる!
頑張るぞ、おー!
もう50話まで来ました。
本格的にスタートする中学生編に入るまでに100話まで行ってしまいそうです。
何それ怖い…。