04.握手で仲直り
微妙にシリアスっぽいので、ご注意ください。
幼稚園での騒動から数時間後。
大人勢に事情を説明し終えて、両親に回収されて、家に帰ってまた事情を説明して…全部済んで、ようやく自室で落ち着くに至った。
いやー、吃驚だよね。
急に「俺が主人公で、お前はモブだ!」だもんね。
これはもう、流石にスルーはしておけない。
身バレするのは怖いけど、早速焔に事情を聞かねば!
え?ちょっとウキウキしてないかって?
ソンナコトナイヨ!
別に、どんな漫画の世界なのかな、なんてそんなの気になってないよ!
なってないったらなってない!以上!
「おい!その…瑞穂!いるか?」
「いるよ。何?焔」
おっと、向こうから出向いて来たか。
因みに現在、私も焔も青島家にいる。
理由としては、丁度赤河家では大きな仕事を抱えていた為、どうしてもすぐに焔を迎えに行く事が出来ず、家に一人いたうちのお母さんが、なら仕事が終わるまで私が面倒を見ておきますわ、と言った事だ。
まぁ、面倒も何も、お母さんは大人しくしていてね、と言って事後処理なのだろう電話中なのだが。
喧嘩していた、と伝わってしまった事もあって、別々の部屋に入れられていた私達だったけれど、信頼されているのか、鍵はかかっておらず、こうして自由に部屋を出る事が出来た。
焔が私の部屋に来た事からも分かる通り、焔の方もそうだったんだろう。
「何か用?」
「よ、用事が無くて部屋に来る訳ないだろ!」
「じゃあ、何の用?」
軽く首を傾げると、焔はグッと息を飲んだ。
え、私そんなに怖い?警戒させちゃうレベル?
私は少しだけ悩んでから、焔を部屋に入れる事にした。
出入り口で押し問答していて、下手にお母さんに聞かれたら不味いし。
そんな意図が伝わったのか、焔は文句を言わず、すんなりと入って来た。
そして、部屋の隅にある椅子に腰かけた。
私は、将来は一人で此処に寝るのよ、と既に与えられている、全く趣味じゃないファンシーなピンク色のベッドに腰を下ろす。
私の部屋であって、まだ私の部屋でないこの部屋。
両親の夢が詰まった夢の国。
小学生になったら正式に宛がわれるらしいけど、その時はさっさとベッドカバーを替えようと思う。
早く夢の国とはオサラバしたい。何このフリル。
「お、お前は、」
「ん?」
焔の緊張感に満ちた声で我に返る。
いかんいかん。
ファンシーグッズに毒されて、頭いっぱいになる所だった。
ごめん、焔。
今結構シリアスな場面だったっけね。
「お前は、何処まで知ってるんだ?」
「何処まで?」
「とぼけんな!あんな的確にイベント回収しやがって」
「そう言われても…」
マジで分かんない。
一応、焔の言いたい事を察する事は出来る。
焔的には、ちとせちゃんをイジメっ子から救う、と言う一連の流れが、何らかの漫画に描かれたイベントで、本来主人公である赤河焔がこなすイベントであった。
にも関わらず、ポッと出の、本来は登場しないはずの私、青島瑞穂がそのイベントを起こしてしまった。
勇んでちとせちゃんを救うつもりだった焔からすれば、何だあの女!という所か。
でも、何処まで知ってるか、と問われようと、私は答えられない。
焔の言いたい漫画自体知らないのだ。仕方あるまい。
私としては、寧ろ焔から情報を得たいのだけれど…。
情報源は現在、緊張の面持ちで私に向かい合っている。
うん。素直に教えてくれるかなぁ…?
「未来に何が起こるかなんて分からないよ。超能力者じゃないんだから」
「お前は!知ってるはずだ!じゃないと説明が付かないだろ!!」
いやいや、他にも説明が付く理由は色々あるでしょ。
自分の知ってる漫画の世界に、限りなく似た別の世界とか。
他の人の何気ない行動で、未来が変わっちゃった、とか。
何も、漫画の知識のある人間が、イベントを邪魔する、だけが答えじゃない。
「何でそう思うの?」
「何でって…だから、千歳を助けるのも、フォローも、漫画の通りで…」
「焔の言う漫画って何?未来でも書いてあるの?」
「それは…」
ふむ。
どうやら私は、知らず知らずの内に、漫画の赤河焔の行動を取っていたと。
それは分かったけど、じゃあこの焔は何がしたいんだろう。
イベントが分かってたなら、ちとせちゃんの事助けてあげれば良かったのに。
「な、何となくだ!俺の勘!夢で見たんだ!」
理由酷ェ!
せめて、もうちょっと良く考えて!
無表情の鉄仮面壊れちゃう!
ぶっは!超ウケるー!!
「じゃあ、どうしてあの子の事、喧嘩になる前に助けてあげなかったの?」
「えっ」
「未来が見えたなら、出来たよね?どうして?」
「そ、それは…」
目が泳ぎ始める。
えっ、これ想定外の質問だった?
そんな事ないよね。普通だよね。
って言うか、質問して来たの焔が先の癖にどうした。
私のヒットポイントは未だ余裕ですよ?
「どうでも良いだろ。それより、俺の質問に答えろ!」
「はい、アウト」
「はっ?」
駄目だ。何かもう面倒だ。
私だって交渉事なんてした事ないし、苦手だけど、それにしても焔は酷い。
私の事を、同じ転生者だと思って疑ってるなら、もう少し上手く話さないと。
上げ足取られて、良いように利用されちゃうよ?
私?
私は宇宙よりも広い心を持ってるから。
親切に手取り足取り教えてあげるだけだよ。
おう、私ったら何て親切!…なんつって。
ただ単に、腹の探り合いに疲れただけだけどねー。
この辺が、私も交渉事は苦手、って思う理由なんだよね。
「何がアウトなんだよ」
「全部駄目。自分の事情を全部隠して、私からだけ情報を引き出そうとしてるのは分かるけど、それにしちゃ、お粗末過ぎると思うよ?」
「…お前、やっぱり俺と同じ転生者なんだろ!」
「それは正解」
「なら、俺のイベント横取りして何する気だ!教えろ!」
若干三歳程度のショタがカリカリしてる様は、どんな層のお姉様なら喜ぶんだろうね。少なくとも私はあんまし美味しくない。
キレられてるから、余計だけど。
「だから、それがお粗末だって。頭から決めつけたら事実が歪んじゃうよ?もっとフラットな目線で見ないと」
「何がだよ…」
「私は、君と同じ転生者。それは事実。でも、残念ながら君と同じ状況じゃない」
「はぁ?何言ってんだ」
「分かんない?特にイベント横取りするつもりはなかったって言ってるの」
「嘘つくなよ!」
あー、やっぱり信じてもらえないか。
どうしたものか。
思い込んで噛みついて来てるショタの対処法求む。
残念ながら、インターネット大先生の力は借りられない。
あー、楽しく生きる為の弊害が多過ぎる…。
「君は何がしたいの?」
「俺は…」
「私は、この世界で面白おかしい第二の人生送るのが目的。じゃあ君は?」
「俺だってそうだよ!だから邪魔するなよ!」
わぁ、怒鳴った。
階下のお母さんに聞こえたらどうしよう。
笑顔の説教コース突入だろうか。超怖ェ。
内心ビクビクしながら焔を見る。
焔は震えている。
顔は真っ赤で、相当怒っているのが分かる。
でも、なんて言うか私に怒ってると言うよりも、もっと違うような感じって言うか…八つ当たりっぽい?
「何でだよ!どうして俺ばっかり…漫画の世界に生まれられたんだから、この世界でくらい、面白おかしく暮らしたって良いじゃないか!俺は、この世界で焔が作れなかったハーレムを作って、女の子達と楽しく暮らすんだ!だから邪魔するな!」
「は、ハーレム?」
「!!」
無意識に言ったのか、私が繰り返すと焔は固まった。
えぇー…そんなの目指してたの?
そんなの目指すって事は、バトル物じゃないのかな?
あー、でもバトル物でも美少女いっぱい出てくる作品も多いよね。
もしかしてそういう作品?
でも、「焔が作れなかった」って事は、主人公はハーレムは作って無かったって事だよね?
少女漫画とか青年漫画の線は薄くなったな…。
私は、内心でどんな世界の可能性が高いのか考えながら、問いかける。
「そんなの作って楽しく暮らせるの?」
「え」
焔が、愕然とした表情で私を見る。
いや、だから想定内の質問じゃないの、この位。
私そんなにレベルの高い事求めてる??
「あ、当たり前だろ」
「えーっと、漫画の焔はそんなの作って無いんだよね?」
「だから、俺はあいつ以上に幸せになるんだ」
「女の子の数イコール幸せじゃないと思うけど…まぁ良いや。ハーレム築いて、その後はどうするの?」
「どうって、だから幸せに…」
「幸せに暮らしました、めでたしめでたしって、それこそ物語だけじゃないの?」
「そ、それは…」
「漫画で出た情報を活用して、自分に都合の良いように毎日は過ごせるかもしれないけどさ、漫画で書かれていない未来は、自分で選んで行くしかないんだよ?」
「……」
出来るの?と暗に濁して言うと、焔は俯いた。
どうしよう、イジメしてるみたい。
違うよ、イジメ反対派だよ私は!
鳴かぬなら、お菓子はどうだい、ホトトギスってな位に媚びる派だよ?
「別に私は、ハーレム築こうが良いと思うけど、上手く行かないと思うし、つまらない人生になるんじゃないかと思うよ?」
「お、俺は……」
すっごい落ち込ませちゃった。ごめん、焔。
察するに、焔は結構、前世で辛い目にでも遭っていたのだろう。
で、転生したし、今度は上手く行くぞと勇んでたのに、私と言う名のバグが邪魔をして来る。
どうして思い通りにならないんだよ!で、今に至ると。
うーん……可哀想って言うか、やっぱり子供だな、焔は。
「じゃあ」
「ん?」
「じゃあ、どうしろって言うんだよ!漫画の知識でも使わなきゃ、友達なんて作れない!また一人になるんだぞ!なのに、その漫画の知識だって、お前に無茶苦茶にされて…俺は、また一人に……っ」
「えっ、ほ、焔??」
どうしよう。泣かれた。
私だって、偉そうに言える程友達多くなかったんだってば!
私に聞かれたって困るよ。
それこそ、私も二度目の人生楽しく生きるぞ!って、反省を活かして行動する気満々だった訳だし。
でも、これだけ偉そうに語っちゃった手前、私が解決策を提示しないといけないんだろう、多分。
「泣かないでよ焔…」
「な、泣いてねぇよ、バーカ!」
「いや、どう見ても泣いてるじゃん」
「泣いてない!絶対泣いてない!眼科行け、バカ!」
あらやだ、可愛い。
ぐすぐすと鼻を真っ赤にしてる癖に泣いてないとは。
ってか、この子精神年齢幾つなんだろう。
私より年下だろうなーとは思ったし、今もそう思うけど。
もしかして、一回り違ったりするんだろうか。
それはちょっと…大いに哀しいな。
今回話してみて良く分かったけど、やろうとしてた事はともかくとして、この子は、別に悪い子ではなさそうだ。
からかったら本気で怒るし、単純で可愛い。
折角の転生者仲間だし、わざわざ一人になるの怖い、って本人にその気はなくても、悩みを打ち明けてくれてる訳だし、私が手を差し伸べない選択はないな。
何よりも、私は腹を割って殴り合える…じゃない、話し合える友達が欲しかったのだ。
こうして拙いながらも、私にぶつかって来てくれたこの子がいてくれれば、第一目標は達成出来るのではないだろうか。
何でも分かり合える友達。
それでいて、適度な距離感もある。
なかなか難しそうな条件だけれど、この子なら適任な気がする。
「よし、焔」
「何だよ…」
「友達になろう!」
「は?」
ちょ、ポカーンて顔しないで。
哀しくなっちゃうでしょ。
あ、でも思わず涙止まったみたいだ。
それに関してはグッジョブ、私。
「だから、私と友達になろう!」
「ふ、ふざけんなよ!誰がお前みたいな性悪女と…」
「だって焔、本当はハーレムが欲しいんじゃなくて、「一人になりたくない」んでしょう?」
「……べ、別にそう言う訳じゃ」
「私も一人は寂しいから嫌だよ」
「!」
嘘はない。
二度目の人生を楽しむ気は、今でも満々だけど、寂しいのも本当だ。
まぁ、どっちかって言うと、これ以上焔に泣いて欲しくないだけだけど!
あはは。
「折角同じ転生者仲間なんだから、仲良くしようよ」
「……同じ」
「同じだよ。そりゃ、細かく言えば全然違うだろうけどさ」
焔は、口を噤む。
これって、未だに警戒されてるとかそう言う事なんだろうか。
だとしたらちょっぴり切ない。
強引過ぎる話法だろうか?
逃げ道をなくしてる?
私がイベントをかっ攫っちゃったのが痛かったかなー。
でも、あれは知らなかった事だし、過ぎた事だし仕方ない。
「改めまして、私は青島瑞穂だよ。よろしくね」
「…………」
そっと手を差し出して、根気強く返事を待つ。
焔は、ジッと私の手を見つめ続ける。
カチカチ。
部屋の時計が、やけに煩い音を立てる。
連続秒針の時計にすれば良かったのに、なんて内心文句を言う。
どれくらい経つだろうか。
ようやく、焔の小さな手が、私の手を握った。
「分かったよ。仕方ねーなぁ…」
「!」
弱々しくだったけれど、紛れもなく了承の言葉だった。
私は、パッと笑顔を浮かべて、素早く両手で包みこむ。
「わっ」
「ありがとう!やったー、友達!よろしくね、焔!!」
「わぁ!や、やめろ、バカ!腕が千切れる!!」
「大丈夫!取れたらくっつけてあげるからね!」
「俺は人造人間か何かか!?付くワケねーだろ!」
「あははー」
「笑いごとじゃねー!!」
苦しかった思い出なんて要らない。
折角の二度目だ。
精々笑って、楽しく生きようじゃないか。
この手を取ってくれたからには、焔の笑顔も守ってみせよう。
そうしよう。