43.プールDE騒動(3)
「こちらにおわすは、かの有名な赤河グループの舵取りをなさっている赤河緋王様が嫡子、赤河焔様!貴方がたこそ、焔様のご不興を買って、無事でいられると思っているのでしょうか!!」
「……はぁあああ!??」
前回までのあらすじ。
やって来たプールの持ち主の息子が喧嘩を売って来た。
ので、同じく金持ちの権力を振りかざしての撃退を試みました。
「何言ってんだ馬鹿ー!!」
「流石お嬢!カッコ良い」
「素晴らしい啖呵です、お嬢様」
「ああ、そうだったここお前のイエスマンしかいなかったわ、畜生ー!!」
矢面に立たされた当の本人は、めちゃくちゃ嫌がっている。
最終的に、直接喧嘩を売られたのは私だった気がするけど、スル―だ。
目には目を、歯には歯を、そして権力には権力だ。
ゲスい?そんな事は無いよ!多分!
「赤河グループ?そんな会社は知らんな」
「えっ」
「大方、この私に負けそうになったが為に、有りもしない名前をねつ造でもしたのだろうが、この私の目は騙せんぞ!」
「ええー……」
何か、自慢げに胸を逸らされてしまった。
これって、どう解釈すべき?
もしかして、案外赤河グループって、大した事ない?
いやいや、かぐちゃん所のお父さんはめちゃくちゃ接待してくれてたし…。
てっきり、金持ちの家の人なら、誰でも皆知ってる、印籠的効果を持つ、どデカい会社…と言うか、グループなんだと思ってたけど、そうでもなかった、って事だろうか。
ある一部だけに、やたら知られてるとか。
かぐちゃんの旅館は該当して、轟医院は該当しない?
もしそうなら、伯父さん!
世界的企業だと解釈してた今までの私に謝って!
…なんて、悪いのは私か。
今の今まで、赤河グループについて調べようともしなかったしな。
一応関係者の癖に、現状を把握してないなんて、ただの私の怠慢だ。
そして、良く知りもしない最終手段に縋ると、こうなるんですねぇ。
すっごく恥ずかしい。
「分かってると思うが、瑞穂」
「うん」
「お前より、俺の方が今恥ずかしい思いしてるからな」
「マジごめん」
何で考えてた事が分かったの、とかそういうツッコミは無しだ。
とりあえず、家に帰ったら秘蔵のお菓子をプレゼントしよう。
海よりも深く反省した所で、自らまいた種の回収どうしよう。
最終手段を使えば、問題なく切り抜けられると思ってたけど、どうやら、間違いだったようだし。
あれですね。
傲慢に成長する前に、ここで折られて良かった、と思っておきましょう。
そうでないと、泣けて来る。
精神年齢アラサーにもなって、調子に乗ってたようだ。ごめんなさい。
そう思って、内心ヘコんでいると、突然有真さんがハッとした表情になる。
何事だろうと見ていると、有真さんは真っ青な顔色で廉太郎くんに、何かを耳打ちする。
やがて聞き終えた廉太郎くんは、信じられないものを見る様な目で、焔を見た。
焔はそっと目を逸らしている。
これは、有真さんは赤河グループの偉大さを知っていた、と言う所だろうか。
ならば、伯父さんに謝っておこう。
やっぱり、私の思ってた通り、素晴らしいグループ企業なんですね!!
だからと言って、耳打ちした内容が、想像通りとも限らない。
ここで全然違う内容だったら、恥なんてもんじゃない。
さて、どう聞きだしたものか。
そう思って悩んでいると、ズバッと鋭い声が響いた。
「赤河グループとこじれて、彼らの持つ医薬工場が抑えられてしまえば面倒な事になりますが、如何なさいますか?坊ちゃま」
「くっ…だ、だがここで敵に背を向ける訳には…」
悔しげな廉太郎くん。
医療業界については、まったく詳しくないし、全然分からないけど、何となく想像は出来る。
彼らの病院で使う重要な薬か、或いは多くの薬を出荷する工場は、赤河グループの持ち物なんだろう。
それで、どうして廉太郎くんは赤河グループを知らなかったのか…。
不思議に思ったのが伝わったのか、有真さんが申し訳なさげに説明してくれた。
「あーっと、坊ちゃまは、世間知らずな訳ではなく、轟院長の主催するパーティーに参加している企業の方しか御存知ないだけでして…いやはや、申し訳ない」
「失礼を言うな、有真ァ!僕…じゃない、私はきちんと、我が医院と関わりのある企業や代表の名は頭に入れているぞ!」
「その通りです。坊ちゃまは、更にその先の繋がりまでは把握されていないだけです」
「有香ァ!!」
…なるほど、納得した。
と言うか、想像より偉いな、廉太郎くん。
私、全然そう言うの知らないんですけど。
思わず焔を見たら、焔も首を横に振っていた。おお、同志よ。
「あぁ、多分そろそろ教わる事になると思いますよぉ?」
「どう言う事?臣君」
「本当は、中学生くらいから会社について教えるつもりだったけど、お二人は賢いから、そろそろその辺りについての勉強を始めても良さそうだって、この間旦那様と桐吾様が話してるの聞きましたから」
「僕もそう聞いています。正確に言えば、三年に上がったら、との事らしいです」
「へぇ…」
知らない所で、着々と跡取り養成プログラムがスタートしているようだ。
勿論、前世とは違う事をやってみたい、と言うくらいが私の将来に対する希望だから、お父さんの跡を継いで、焔のサポートをする事に文句はない。
寧ろ、楽しみなくらいなんだけどね。
「し、しかし、確かに間接的とは言え、我が医院の礎となっているグループに対して、礼を欠いた行動をしてしまったようだ。その事については謝罪しておこう」
「え?いや、こっちこそ煩くしてスイマセンでした…」
尊大な態度は相変わらずだけど、どうやら謝ってくれたようだ。
それに面喰った焔は、目を何度も瞬いている。
いや、それにしても印籠はやっぱり効果絶大なようだ。
これからも、しっかり企業研究して、ここぞと言う時の切り札として使わせてもらう事にしようかな。
なんて、黒い事を考えていたら、「だが」と廉太郎くんは目を吊り上げた。
「ここで勝負を投げ出す事は出来ない。何故ならば雷帝たるこの私の辞書に、敗北の二文字は無いのだからな…!」
要するに、負けたまま終わるのは嫌、と言う事らしい。
何としても戦いを継続したいのだろうか。
でも、これ以上やってたら、他のお客様に迷惑だ。
その辺、プールの持ち主の息子としては良いんだろうか。
…良くないんだろうなぁ。
有真さん、めっちゃ顔真っ青だし。
「有真、有香!」
「は、はいっ?」
「……」
「貴様らに、この私の頭脳となる権利をやろう。さぁ、存分にその力を示すが良い!」
何となく、廉太郎くんの言いたい事が分かって来た。
つまり、どうしても負けたままでは終わりたくないから、何か良いアイディアを自分の代わりに出せ、と言う事のようだ。
二人共、それぞれの困った顔をしていたけど、しばらくして、有香さんが溜息をつきながら、口を開いた。
「貴方さまのお父様に報告すれば、我々はとても困った事になりますので、引かざるを得なくなります。しかし、本当によろしいでしょうか?」
「俺は別に構いませんけど…どう言う事ですか?」
ここから脅しにかかる?どうやって?
焔が眉を寄せながら尋ね返す。
すると、有香ちゃんは、無表情にとんでもない事を言い出した。
「ここでその権力を使えば、なるほど、確かにこの場で貴方がたの労力は減るのかも知れません。しかし…その代わりに見ず知らずの多くの患者が苦しむ事になるのですが、貴方がたはそれでよろしいのですね」
「はぁあああ!??」
「えええええ!!?」
そう言う話、ここで持ち出して来る!?
マジで!?
手段選ばな過ぎでしょ!?
…すいません、取り乱しました。
と言うか、ヤバくない?
コイツ…イカれてやがる…ゴクリ。
脅し方が堂々としたもの過ぎてドン引きだ。
一切の躊躇なく言い切る辺り。
もしかして、裏の世界の女とか?とさえ思わせる。
「ちょ…お嬢さん。そりゃないでしょ…」
「神経を疑いますね」
流石の双子もドン引きらしい。
二人とも、似たような表情で顔を引き攣らせている。
こう言う所見ると、双子だね。
…いや、ホッコリしてる場合じゃないけど。
「我が主がそれをお望みでしたので」
シレッとした顔で答える有香ちゃん。
ちょ、怖ぇぇぇ!!
実の兄すらドン引いた顔してるじゃないですか、有香ちゃん!?
「ふふふ、良くやったぞ有香!と言う訳だ。残念だったな、貴様等。子供の世界に大人の出る幕は無いと言う事だ…」
いや、格好良く言ってるけど、最初に大人出そうとしたの君ですから。
いい加減に呆れて来た。
切り抜けるには、もう素直に謝って、適当に去るべきだろうか。
そう思いはじめた時、受付にいたお兄さんが駆けて来た。
「市村さん!見回り変わってくれてありがとうございましたー!あれ?」
彼は、私達を見ると途端に笑顔になる。
「貴方がたは!こんな何時間もいて下さるなんて、このプールを余程気に入ってくれたんですね?轟院長に良い報告が出来そうで嬉しいです!」
「なん…だと……!?」
お兄さんの言葉で、パッと廉太郎くんの顔色が悪くなる。
なんと、無表情女王有香ちゃんまでも、真っ青な顔色をしている。
「え?えーと、彼らがここに来ている事って、院長は御存知なんですか…?」
恐る恐る、と言った表情で有真さんがお兄さんに尋ねる。
すると、お兄さんはキョトン、と言った表情で頷いた。
「当然じゃないですか。彼らは、院長自らお招きしたVIPですよ。ですからそのリストバンドを付けて…あれ?言ってませんでしたっけ?」
一瞬、轟医院グループの空気が凍った。
ですよね…。
まさか、トップの招いた客に喧嘩売るとか、あり得ないですよね。
確かに最初は、プールで騒ぐな、と言う注意ではあった訳だけれど、途中から、完全に私怨になってたもんね…。
彼らにとっては、私の印籠より効果が大きかったらしい。
すっかり元気をなくした廉太郎くんは、それでも負け惜しみを言いながら、二人を引き連れて去って行った。
「くそっ、貴様等、これで済むと思うなよ!?」
「…さようなら」
「ご迷惑をおかけしましたー!」
「えーと、オレ、何か余計な事言っちゃいました…?」
困惑気味のお兄さんに、適当に事情を説明すると、お兄さんも納得してその場を立ち去って行った。
残された私達の間に漂うのは、微妙な空気。
「…あと、どうする?」
「俺、すげー疲れた。帰りたい」
「若にさんせー」
「僕も出来れば、帰りたいです」
「じゃあ、帰ろうか…?」
「みんなー!これおもしろいよー!」
「うぉーたーすらいだーって言うんだって!!」
「あ、二人共…」
途中から完全にログアウトしていた二人が合流する。
キラキラした笑顔は、心を真っさらにしてくれる気がした。
よし、決めたぞ。
もうひと遊びして、今日の事は忘れる!!
「分かった!私、もうひと泳ぎして来る!!」
「ええ!?タフだなぁ、瑞穂…」
「お嬢が言うなら、いっちょお付き合いしますか」
「お嬢様の仰せのままに」
「じゃあ行こう!!」
「わーい!!」
今日の教訓。
面白そうだからって、変な人に付き合わない!!
…はー、つかれたー。