39.公園女子会と相談
「明日から夏休みに入りますが、はしゃぎ過ぎて危ない事に巻き込まれたりしないように、気を付けて生活してください。良いですか?」
先生の問いかけに、二年二組の良い子達の、はーい、と言う返事が響く。
満足げに頷いた先生は、軽く手を叩く。
「それでは、ありがとうございました」
ありがとうございました、と間延びした返事を終えると、HRも終わりだ。
素晴らしい解放感から、早速弾けるように家に帰る子もいる。可愛い。
真面目な責任感から、宿題について確認する子もいる。可愛い。
そんなクラスメートを観察してニヤニヤしながら、手早く荷物をランドセルへと詰め込んで行く。
宿題は、溜め込まないように早めに終わらせよう。
そして時間が余ったら読書フィーバーだ。ふぅうう!!
「はぁ…」
と、思考が明後日の方向にブッ飛んでいても、可愛いゆーちゃんの溜息だけは、漏らす事なく聞き取った。
あの事件の噂が下火になった頃から、こうして時折ゆーちゃんは、重い溜息をついている。
事件について気にしてるのかなぁ、と思ったんだけど、表情を見る限り、どうもそう言う絶望的な印象は感じない。
本人も、事件に関する事じゃない、とハッキリ言ってたし、そうなんだと思う。
しかし長い。
何かの悩みなんだろうと思うけど、非常に心配である。
さりげなく家に遊びに行って探りを入れてみたけど、家族は仲良しだった。
この間みたいに、精神的に追い詰められてる訳ではなさそうだし、見守る、と言う選択は間違いではないと思うんだけど…大丈夫だろうか。
ジッと眺めていると、視線に気づいたのか、ゆーちゃんは目を瞬いて、それから恥ずかしそうに苦笑した。
「ぼく、またためいきついてた?」
「うん…。本当に大丈夫?」
「だいじょうぶ、元気だよ!」
嘘ではないっぽいんだけど…うーん。
どう判断したものか。
私に言えない悩み…身長とか?
勉強難しい、とかなら普通に言ってくれると思うしなぁ。
とりあえず、ゆーちゃんを信じて突っ込まない事にしておこう。
私はそう決めると、ゆーちゃんと連れ立って家に帰る事にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ゆうまが?」
「そうなの。溜息ついてて心配なんだよねぇ」
「悠馬くんって…あの、背の低い、可愛い男の子、よね?」
「そうですそうです」
数日後。
夏の日差しを浴びながら、公園でブランコをこぎつつ、女子組に相談をする事にした私。
女子組とは、言わずもがな、ちーちゃん、麻子ちゃん、私である。
何故この取り合わせかと言えば、ちーちゃんが家まで遊びに来て、偶には女の子だけで遊びたい、と甘えて来たから、折角だし、と言う事で麻子ちゃんも交えて遊ぶ事にしよう、と考えたからである。
右手側に美少女。左手側に美少女。
どうだ、羨ましかろう。
譲らないがね。
何故相談する事にしたかと言えば、やっぱりまだゆーちゃんが心配だからだ。
こう言うのを、過保護、と言うのかもしれないけど、気になってしまう。
本人に知られたら、鬱陶しがられてしまうかもしれない。
と言う訳で、内密に行う。
ちーちゃんが、お口にチャック出来るか心配だけど、うん。ケセラセラだ。
え?この二人は相談に向かないんじゃないか?
いえいえ、そんな事ありませんよ。
ちーちゃんは、何だかんだ世話好きな所があって、私がいない時には、良くゆーちゃんの面倒を見てあげているらしいし、今回の相談にピッタリ。
で、麻子ちゃんは、自分の事ではすぐいっぱいいっぱいになる割に、結構他人の事に関しては冷静みたいで、落ち着いた会話が可能だ。
多分、第三の意見とかを、くれるような気がする。
「そういえば、さいきん元気なかったかも…」
「やっぱり、ちーちゃんも気になってた?」
「うん。だって、わたしとしゃべってるのに、ボーッとしたりするんだよ?」
失礼しちゃう、と言って頬を膨らませるちーちゃんは、最近自分の事を、わたしと言うようになった。
成長を感じてホッコリする。
…今はゆーちゃんの話題だから、置いておくけど。
「二人とも、何か心当たりはあるのかしら?」
「私はないです。ちーちゃんは?」
「んんー…よく分かんないけど、つよくなりたいなーって言ってるの聞いたかも」
「強くなりたい?」
ちーちゃんの言葉で、電流が走った。
そう言えば、事件直後、私の事を守る!って気合い入ってた。
もしかすると、それが思うようにいかなくてヘコんでるのかな…。
そう思うに至るだけの理由に、心当たりはないけど。
えぇー、それっぽい。
それっぽいけど、それが本当なら心苦しい。
良いんだよ、私の事守ろうとかしなくて!
SPさん付いてるし、多分だけど!!
「瑞穂ちゃん?もしかして、何か心当たりがあるの?」
「そう言えば一時、私の事守るって言ってた事思い出しました」
「えぇー?ゆうまがー?いらないよね、そんなの。だってミズホちゃん強いもん」
ちーちゃんの中の私、どんだけ強いんだろうか。
幼稚園の時に、微妙なイジメから救ったインパクトが強過ぎるのかもしれない。
嬉しいけど流石に大人には勝てないし、取っ組み合いになったら負けますよ私。
だって、中身以外は普通の女の子だもん。
「貴女の知らない所で、西さん達に釘を刺されたのかもしれないわね…」
「うわっ、あり得る。主に臣君。…いや、でも何だかんだ言って二人ともゆーちゃんの事気に入ってるし、やっぱりあり得ないかもしれないです」
一瞬、俺達がいるから、とか言ってる臣君を想像したけど、違う気がする。
他人に冷たい二人だけど、ゆーちゃんとの付き合いはそこそこ長いし、偶に一緒にいれば、じゃれてるのを見たりもする。
多分、二人から見たゆーちゃんは身内な気がする。
だとすれば、そう言う理由ではないのかな。
「そうなの。…じゃあ、全く違う理由かもしれないわ」
「例えば何でしょう?」
「そうね…身長とか、成績とか…誕生日について気にしている、なんて理由もあるかもしれないわね」
「そうですねぇ…」
確かに、ただの杞憂なのかもしれない。
案外、夕飯の献立について悩んでいるとか…いや、主婦か!
それは無いにしても、些細な事で悩んでるのかもしれない。
寧ろ、溜息と見せかけて深呼吸だった、と言う可能性すらある。
「えぇ?ゆうま、しんちょーなんて気にしてないよ?チビって言っても、おこんなかったもん」
「そ、それはヒドイ…。ちーちゃん、チビとか言っちゃ駄目だよ」
「だってホントだもん」
「いや、事実だからこそね。言っちゃ駄目って言うかね…」
「変なのー」
幾つか理由を考えてたら、ちーちゃんがえげつない事言い出した。
ちょ、私のいない所で何故そんな暴言を!?
ちーちゃんの様子からして、喧嘩にはならなかったみたいだけど…。
…とりあえず、今はいないゆーちゃん。
君の心は海より広い。誇ってくれ。
そして、言えないけどちーちゃん。
可愛い顔して、結構言う事えげつないね。
流石はテンプレツンデレ幼馴染ヒロインである。
「チビ、は相手を馬鹿にする言葉よ。だから、言っては駄目なの、千歳ちゃん」
「だってホントなのに」
「本当の事でも。
悠馬くんは怒らなかったかもしれないけれど、相手が怒らないからと言って、友達を馬鹿にするような人は、悪い子だわ。少なくとも、私はそう思う。
…千歳ちゃんは、相手が嫌な気持ちになるかもしれないような言葉を言うのは、良い事だと思うかしら?」
「……思わない」
「そうよね。千歳ちゃんは、優しい子だものね。じゃあ、もう言わないでね?」
「うん、分かった」
おお…麻子ちゃん、マジ先生。
私が、アホな事を考えている横で、教育的指導入りました。
ほら、見たか。
麻子ちゃんはやれるんだよ。
ちょっと自分の事となるとマイナス思考なだけなんだよ。
「あっ。…何だか、私、偉そうに言ってしまって……」
ハッとしたように、麻子ちゃんが肩をすぼめる。
必死過ぎて、自分が何を言っているのか分からなかったようだ。
「そんな事ないですよ、麻子ちゃん!本当の先生より先生っぽかったです」
「そ、そう…?」
グッと親指を立てると、麻子ちゃんは苦笑気味だけど笑ってくれた。
あら、可愛い。
「ちーちゃんも、嫌な気持ちにはなってないよね?」
「うん。ちゃんと分かったもん」
ちーちゃんも、先生みたいだった、と言って笑う。
麻子ちゃんは、少しだけ考える素振りをして、それから頷いた。
どうやら、気にしない事に決めたらしい。
うんうん。
麻子ちゃんも最近、かなり明るくなって来てるし、ここから更に自信を付けて、強く生きて欲しいものである。
「それで、ゆうまはどうするの?」
「ん?」
「ミズホちゃんが、ゆうまのことしんぱいしてるの分かったけど、わたし、どうしたらいいか、よく分かんないよ?」
「うーん…」
とりあえず、話が本筋に戻っては来たけど、結論が出て来ない。
果たしてどうしたものか。
再び頭を悩ませていると、麻子ちゃんが呟いた。
「もしかしたら、ただの恋煩いかもしれないし、そっとしておいてあげた方が良いんじゃないかしら?」
……恋煩い。
OH、恋煩い!
えっ、マジで?
いやいや、それはないでしょ。
私は、必死にゆーちゃんの表情を思い出す。
…うん、ないな。
別に、頬を赤らめたり、みたいな事じゃなかったし。
いやぁ、無駄に焦ってしまった。
別に、恋人とか全然作って良いし、応援もするけど、小学二年生でカレカノとか私は認めないぞ。
考え方が古い?煩いわ。お母さんの手作りマドレーヌ食べさすぞ。
「コイワズライ、って何?」
単語が分からなかったらしいちーちゃんが首を傾げる。
そんなちーちゃんに、微笑ましそうに笑いながら、麻子ちゃんが説明する。
そして、やがて理解したらしいちーちゃんは、眉を顰めた。
「ええー!?ゆうまのクセにズルイ!!」
「ず、ズルイ?」
「だって、わたしにもまだカレシいないのにー」
ぷぅう、と頬を膨らませるちーちゃんマジ天使。
…じゃなくて。
特に、ちーちゃんの前で恋愛話とかした覚えないんだけど、何処で覚えて来るんだろう、こう言う話。
とんだおマセさんだ。
私が、本当に小二だった頃なんて、そんな単語に興味なんてなかったんだけど。
…ん?私の場合、大人になってもあんまりなかったような……知らんな!
「ねー、ミズホちゃんカレシになってよぉー」
「ええ!?いや、私女だから!?」
「…知ってるもん。でもわたし、ミズホちゃんみたいなおーじさまがいい!」
「瑞穂ちゃんみたいな王子様なら、素敵ね」
「ええええ!?」
何と言う事だろうか。
私ったらハーレムの主。
いやいや、女子がハーレム作ってどうするの。生産性なさすぎでしょ。
大体、ハーレムって言ったら焔だよ。焔何処にいるの。家だよ。
「と、とにかく!二人のお陰で、そこまで心配しなくても良いんじゃないか、と言う結論に至って助かったから!ありがとう!!」
早急に話を閉めなければ。
そんな風に焦りながら、ポンポンと手を叩く。
二人は顔を見合わせると、何故か笑った。
何故。
「分かったわ。それじゃあ、後は普通に遊びましょうか。何をしたい?」
「はーい!すべりだいする!」
「瑞穂ちゃんは?」
「えーっと、ツイテイキマス」
「じゃあ行きましょ」
「レッツゴー!」
こうして、妙に楽しげな二人に引きずられて、私は公園で遊びまくった。
疲れたけど、偶には女子だけで遊ぶのも良いな。
…うん!何故か疲れるから、偶にで良いけどね!!
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