03.幼稚園喧嘩イベント
「みんなー、ちゃんと仲良く遊ぶんですよー?」
「「「はぁーい!」」」
精神年齢二十代後半、実年齢三歳ロリ。
勿論、先生の言う通り、皆と仲良くしますですよ。へいっ。
坊っちゃんこと焔が主人公気取って、意味不な事を言ってから数日。
私も無事に幼稚園に入園しました。
えーと、何だっけ?
そうそう、「白鶴学園幼等部」だ。
ちょっぴりお洒落!と思ったのは内緒。
そこそこの人数がいて、一学年…というにはアレだけど、一学年は三クラス。
先生も、一クラスにつき二、三人常駐と、なかなか良い幼稚園だ。
幸いな事に、面倒…コホンコホン。
未来のご主人様であらせられる焔とはクラスが分かれた。
これは、もう能天気に暮らせって、神様の啓示ですよね!!
神様会った事ないけど。
あと、「白鶴学園」と聞いて、私は気付いた。
やっぱり此処、私の知ってる世界じゃないな、と。
そんな輝かしい名前が使われてたら、幾らなんでも覚えている。
これから先、高校とかを外部受験でもすれば別だろうけど、このまま行けば、私は確実にエスカレーターだ。
大学までエスカレーターかは分からないけど、少なくとも高校まではそうだ。
つまり、白鶴学園を舞台にした作品を知らない以上、私は私の知る漫画やゲームの世界に生まれた訳ではない、と言える。
非常に残念だが、そうなったらそうなったでもう仕方ない。
残る問題は、焔がこの世界をどう解釈しているか、だけど…当面すり合わせられないだろうし、考えない方向で!
「すっべりっだいーっすっべりっだいーっ」
先日焔に痛い!とか言っておきながら、私は鼻歌交じりに独り言だ。
仕方あるまい。
生まれてからこの三年間、ずーっと家にいたのだ。
出かける事が無かった、とは言わないけれど、過保護な両親に挟まれて、自由に公園の遊具で遊ぶなんて不可能だった。
お母さんが横にいるだけで、滑り台とか滑れる気がしない。
あの笑顔で、スカートが汚れてしまいますわ、なんて言われてみなよ。
静止を振り切って滑り台なんて無理だわ。死ぬわ。
今日は、待ちに待った滑り台。
テンションはまさにうなぎ登り!
このまま滝を登り切って龍にでも進化しそうだ。
アイキャンフラーイッ!!
「じゃますんなよーっ!」
「い、いたいっ、や、やめてよぉっ」
滑り台待ちの列直前、という所で、不穏なセリフが聞こえて来た。
一瞬、舌足らずで可愛い!と思ったのは内緒の方向で。
何だ何だと声のした方へ視線をやる。
現場は、園庭の隅の方に、結構広く設置されている砂場だ。
一人の女の子が、複数人の男の子に叩かれている。
えー、先生どうした先生。
……あっ、別の場所のケンカ止めてるわ。仕事してるわ。
さて、どうしたものか。
私はジーッと彼らを見つめる。
子供のケンカなんて、案外どっちも悪かったりする。
大人の立場なら、まぁ何とでも話を聞けば良いかもしれないけど、今の私は、どう多く見積もっても子供。
下手に口を出せば、先生から要らない説教を食らう可能性が出てくる。
私が怒られる分には良いけど、悪くない子が説教されるのはちょっと微妙だ。
何なら先生とガチンコ討論大会とか開いても良いけど、子供が大人に説教しても良いのは、私的にはある程度成長してからだと思う。
正しかろうが間違っていようが、大人は大人。
子供が破って良い沽券なんてない。……まぁ、理不尽な私理論だけど。
「だって、ちとせ、おすなばっいま、あそんでたんだもん!」
「なんだよ!ここはおれたちのなの!いつもそうだしきょうもそうだ!」
「そうだそうだ!」
「じゃますんな、ブス!」
「ぶっ、ぶすじゃないもん!ママ、かわいいねって、いってたもん!」
「うっせー!ブースブース!」
「う、うわぁぁああんっ」
……意味不明なやり取りだ。
おい、ジャイアン。論点がすっかりズレている事に気付いているか。
おい、取り巻き。肯定しか出来ないのかお前達は。
おい、少女。泣き顔超可愛い!
あれ、私もズレたな。何故だろう。
気を取り直して。
状況証拠だけで言うなら、多分女の子が正しいんだろう。
先に遊んでいたのに、後から来た男の子達に邪魔された、と。
でも、男の子達は前からあそこで遊ぶのがお決まりだった。
だから邪魔者は女の子であって、自分達じゃない。
……うーん、子供の世界も難しいなぁ。
空気読んで避けるのがベスト、とか思っちゃう辺り完全に大人だわ。
子供の内は、こうしてぶつかり合って、ケンカして、他人との距離感を学んでいく訳だし。
仲直りの方法だって、ケンカしないと学べない。
大人になってからはねー、ケンカすら出来ないし、したら決定的になるしなー。
やはり、そんな人生はつまらん。
そういう視点から言うなら、任せておくべきなんだろうけど…。
ジャイアン、叩いてるしなー。
力加減を知ってれば問題ないけど、下手したら流血モノだ。
……仕方ない。止めるか。
「はい、そこまで」
「っだ、だれ?」
「なんだよ、おまえ!じゃますんなっ」
「邪魔するよ。女の子泣かせちゃ駄目って、ママに習わなかった?」
男の子達と女の子の間にサッと入って、男の子を軽く睨みつけると、男の子は、うっ、と短く息を漏らして後ずさった。
ラッキー。どうやら、ジャイアンのお母さんはしっかり教育していたらしい。
女の子に流させて良い涙は、幸せの涙だけって相場は決まってるんだよ。
……やだ、私カッコ良い!なんつって。ふざけてる場合じゃないんだけどな…。
「う、うっさい!おまえにカンケーないだろ」
「ないけど。私は女の子の味方だから」
「はぁ?バッカじゃねーの?」
「そーだそーだ!」
「ひっこめ、ブス!」
「ブース、ブース!」
ブスしかボキャブラリー無いのかこの子らは…。
どうしよう。焔が頭良く見えて来た。
ある程度スタートライン誤魔化してるから仕方ないんだけどね。
私は、多数に寄ってたかって馬鹿にされているのに、楽しくなって来た。
可愛いもんだ。
「あはは」
「な、なにわらってんだよ。きもちわりーな!」
「きもーい!」
「きもーい!」
「別に。叩くなら私を叩いてもらおうかなと思って」
「!?だ、だめだよ、いたいよっ」
「平気だよ」
庇った女の子が、ギョッとした表情で私を見上げた。
やだ、可愛い。
キュンとする私に反し、女の子の顔は真っ青だ。
痕にはなっていないけど、叩かれて痛かったのだろう。
大丈夫だよ、私は。
目に指突っ込まれるとかでもしない限り。
あっ、フラグだったらどうしよう。今の無しで。
「君は隠れてて」
「でっ、でも」
「私は大丈夫だから」
ニッコリと笑って説得すれば、女の子はコクリと頷いて離れて行った。
よしよし。判断力は十分ですな。
最終的に喧嘩両成敗になった時だけはゴメンね。
その辺りまで庇う気はないんだわ、私。
大人に叱られて大きくなりなさい。
私は勿論、テキトーに聞き流すけどね!
「あっ、にげるなよ!」
「私が相手になるって言ってるでしょ」
「じゃますんなっ!」
パシンッ!
よし、殴った。
内心ガッツポーズな私は、別にマゾではありませんよ。
後は、こっちから殴らなけりゃ完全に私は悪者じゃなくなる。
言い訳が立つから、ガッツポーズしてるだけだ。
にしても、前世でも殴り合いなんてした事ないけど、まだ全然平気だな。
いや、痛いけど。結構痛いけど。
良かった、こんな馬鹿騒ぎが幼稚園で済んで。
これが小学生とかになったら、力が増してきて冗談じゃ済ませなくなるかもしれないもんなぁ。
しかも、距離感つかめなくて、蹴りをミスしてる取り巻きいるし。
何あれ可愛い。
パンチしようとして勢いあまって転んだ子もいるし。
何あれ可愛い。
私、一応避けようとはしてるけど、そんな達人じゃあるまいし、殆ど何となくで動いてるから、普通に何発もパンチを貰ってる。
にも関わらず、それ以上に外してる攻撃があるって…何それ可愛い。
「何してるの!!」
その時、ようやく先生達が騒ぎに気付いて駆けつけて来た。
先生、何の為の二、三人体制っすか。
もっと早く来て下さいよ。
なんて、内心でしか言わずに、小さく溜息をつく。
顔だけはガードしたから、痣は付いてない。
けど、この時点で両親に報告が行く事は決定した。
後はこの少年達へのフォローを考えないと、下手こいたら明日には転校騒ぎだ。
私は青島の娘として生きるのだって、めちゃくちゃ諭して来る割には、私に対して甘いんだよな、両親もだけど、伯父さん伯母さんも。
所詮子供同士の諍い。大人がそこまで介入すべきじゃないだろう。
「なんてこと…青島のお嬢さんが喧嘩だなんて…」
「女の子を泣かせるなと言われているので、守っただけです」
「話は千歳ちゃんから聞いているから、分かっているわ。ただ、そうね。貴女からもお話してくれる?」
「はい」
庇った女の子は、逃げた…のではなく、先生を呼びに行ってくれていたようだ。
状況判断能力は、私の予想以上だった、と言う事か。賢い賢い。
ホッコリする私に対し、先生達は慌ただしかった。
当事者全員の、支離滅裂な説明を根気良く聞いて、目撃者からの、これまた支離滅裂な説明を、やっぱり根気良く聞いて。
それぞれの話を上手く繋ぎ合わせて、何が起きたのかを把握する。
それから、当事者の保護者に連絡。
当事者の保護者が到着し次第、状況を説明。
直接当事者の保護者達が会わない様に配慮しながら、一時帰宅してもらう。
他は…私のいる所からは見えなかった。
大方、園長先生とかに報告、とかそういった所だろうか。
そんな騒ぐ程のケンカじゃなかったと思うんだけど…。
これも、金持ちの子が多く通う白鶴学園幼等部ならではだろうか。
面倒くせぇ。
「あっ、あの…ご、ごめんなさぁい…」
こっそり、教室を抜け出して廊下に座り込む。
いやー騒がれるのは苦手ですなー。
やっぱり一人の時間もそれはそれで最高!
なんて思っていると、泣きじゃくりながら、女の子が声をかけて来た。
可哀想に、すっかり目を腫らしてしまっている。
「うん、謝ってくれてありがとう」
「ふぇ?」
「分かんないなら良いよ。無事で良かった」
よしよし、と頭を撫でると、大きな目を更に潤ませる女の子。
圧倒的ヒロイン力だ。
ふわふわの黒い癖っ毛が愛らしい。
やだ、癖になりそう!癖っ毛だけに。…全然上手くねぇ。
「ち、ちとせはね、ちとせっていうの。あなたは?」
「ん?青島瑞穂だよ。ヨロシクね」
「ミズホちゃん」
「うん」
「ミズホちゃん!ミズホちゃん!」
「うん?うん」
わっと思い切り泣きだして、私に縋りついて泣き出す。
あれ、どしたの?感極まっちゃったの?
困惑する私は置いてけぼり。
早速買ったばかりの制服が洗濯籠行き決定だ。わお。
「あーーーーーーっ!!!」
「!?な、何??」
「ひっ」
「ちとせ」って、どう書くのかなー、なんてのんびり考えていると、急に響いて来た大声。
何事だと思ったら、それは焔の声だった。
ちとせちゃんを見ながら、信じられない、といった表情で、ワナワナと打ち震えている。
ちとせちゃんのあまりの可愛さに困惑中か。いや、それは私か。
アホな事考えている私に、しばらくすると我に返ったらしい焔が、ギッと私を睨んで詰め寄って来る。
そして、ちとせちゃんが縋りついているのと反対方向の肩を力強く掴む。
痛い痛い!殴られたのより痛い!
力は内面に依存します?なんちゃって、ふざけてても痛い!
「お前、何でお前が千歳と仲良くなるんだ!」
「はい?」
目を白黒とさせる私に構わず、焔はまくしたて続ける。
「「そこ」は俺のポジションだ!」
「え、いやだから何?」
「赤河焔が、助けるはずだったんだ!」
「え?う、うん。そうなんだ」
「っ!」
私の返答がご不満だったのか、半ば突き飛ばすような形で肩から手を離す焔。
マジで何なのこの子。
すっかり困惑しきる私に、焔はビシッと指をさす。
そして、自信満々に言ってのけた。
「お前!漫画の主人公になった俺の邪魔をする気か!?このモブが!」
「……はい?」
やべぇ、意味分かんない。
いや、寧ろちょっと意味通ったか。
詳細を尋ねたい所だけど、激昂してる焔に身バレしたくないなぁ。
怒り狂う焔。
焔の勢いに押され、更に私に縋りついて泣くちとせちゃん。
そして、幼稚園生にあるまじき遠い目をする私。
一時、幼稚園は異様な空気に包まれるのだった。
子供の喧嘩に関わる瑞穂さんの見解は、あくまでも瑞穂さんの見解です。
いないとは思いますが、参考にはしないで下さい。暴力ダメ、絶対!