34.執着※
※前半は晴臣視点。後半は謎のお姉さん、木下さん視点。
※引き続き、シリアス注意。
俺は決して、不幸なんかじゃない。
ずっとそう思って、生きて来た。
それは、西さんに引き取ってもらってからも変わらない。
お嬢に、敵わないなぁって思ってからも、変わらない。
不幸そうな顔のマサを見る度、馬鹿だなぁって思ってた。
家族の事を顧みない、あんな親父なんて、いなくても構わない。
当然、俺達はまだ子供で、誰かの力を当てにしないと、生きていけない。
それでも、諦めるのには早すぎる。
縋るのと、手を借りるのは、全く意味が違う。
俺は、自分で生きている自負があった。
お嬢に心を開いてからは、マサも、不幸な顔をしなくなった。
まぁ、お嬢に相応しい人間に、とか、俺からすればバカバカしい理由からなのかもしれないけど、別に構わない。
俺とマサは、双子だけど、違う人間だ。
アイツはアイツで、好きに生きれば良い。
ただ、どうしても気になる事がある。
マサだけじゃなくて、お嬢の側に寄って来る人間が、何だか皆、妙に生きるのが下手って言うか、お嬢に寄り掛かるような奴ばかり、という事だ。
俺の勘違いって事もあるかもしれないけど、その辺りの判断には自信がある。
一人ででも生きていけるように、俺はずっと、色んな人と関わって来ていた。
だから、何となく目を見れば分かる。
…まぁ、お嬢については良く分かんなかったから警戒してたんだけど。
付き合いが長くもなれば、大体分かって来る。
お嬢も若も、中身って言うのか?
精神年齢が、大分実年齢より上っぽい、と言う事だ。
それで、自覚もあるんだろう。
そのせいか、お嬢は色んな人を背負い込もうとしてるみたいだった。
若は、お嬢と比べれば幼いみたいで、それでも俺と同じ位なのかもしれないけど無意識に、お嬢に寄りかかってるように見えた。
流石に、マサは完璧に寄りかかってるワケじゃないみたいだけど、俺からすればあんま変わらない。
お嬢は、なんだかんだ言ったってまだ子供なんだ。
小学生の女の子なんだ。
それなのに、どうしてそんなに背負い込まなきゃならない?
そんなの、本人に言えるワケないけど、俺はずっと思っていた。
俺の事まで、お嬢がすくい取ろうとしてくれた、あの日から。
だから俺は、“皆の”お嬢がキライだ。大キライだ。
自由に振舞っているようで、責任感と無縁みたいな顔して。
本当は、誰よりも真面目で優しい、お嬢。
折角恵まれた環境にあるんだから、自由にすれば良いのに。
俺らみたいなのに手なんて伸ばさないで。
自分の未来に、手を伸ばせば良いんだ。
小さな手で掴める物なんて限られてる。
俺だけに、手を伸ばしてくれたら。
今はまだ無理でも、大人になったら。
逃がしてあげたい。
でも、無理なのは分かってる。
どんなに俺が大人になっても。
多分お嬢は、手を伸ばす事を止めない。
それなら俺は、なるべく、引き留めようと思った。
これ以上、余計な物を背負い込まないように。
嫌われても、疎まれても。
全然そんなの、どうでも良い。
俺を憐れみもせず、過剰な評価もせず。
ただ一人の人として、手を伸ばしてくれたお嬢を。
守れるのなら、それで。
そう、思ってたのに。
「ねぇ、いつまで俺のお嬢に甘えてるつもり?」
「何を、言っているのか、良く…」
どうして、お嬢の側には、人が寄って来るんだろうね。
クラスの子とかは、別に良いんだ。
友達がいっぱいって、喜ぶお嬢にとって。
でも。
「いい加減鬱陶しいんだよね」
「!」
「君さ、自分の居場所、履き違えて無い?」
俺達みたいなのは、もう要らない。
お嬢の背中は、若の世話でいっぱいなんだから。
特にこんな、女は、要らない。
「えええ!?ちょ、ちょっと?何やってるの、臣君!?」
「チッ」
「あれっ、今舌打ちした?舌打ちしたよね!?」
不幸そうな顔をした女。
優しいお嬢に、縋ろうとする女。
何を置いても引きはがそうと思った。
なのに、そんな最高に丁度良いタイミングで、お嬢が割り込んで来た。
上手く行き過ぎ。
チラリと見れば、マサが小さく笑うのに気付いた。
マサは、お嬢の願いを全て叶えるのが願いだ。
お嬢が願いを口にしなくても。
お嬢が願う事は、分かりやすいから。
それを、先んじて叶えようとする。
俺と、反対だ。
どうして、双子なのにこんなに違うのか。
根元は、一緒なのに。
「邪魔するなよ、マサ」
「何の事だ?」
「…とぼけるな」
「…僕に構っている暇があるのか?」
恨めしげに俺を見つめる視線。
言わずもがな、お嬢の物だ。
嫌われても良い、と思うのに。
どうしてか、嫌われる事を恐ろしく思う。
そんな感情自体、お嬢にとっては邪魔な物だ。
お嬢の小さな背中には、重過ぎる。
分かってる。
俺自身が、大きな負担だから、似たような存在を、遠ざけたい。
「もーしわけありませんね、お嬢」
「うわっ、全然反省してない!お姉さん、大丈夫でした?」
「え、ええ…。……いいえ、私が、悪いの」
カチン。
卑屈な言葉。
後ろ向きな声。
腹立たしい。
ムカ付く。
言い訳か?
お嬢にとって重い人は要らないなんて。
俺は、単にこの女が嫌いだから、遠ざけたいだけなのか。
「わー!わー!」
俺の機嫌が悪くなったのを感じたのか。
お嬢が慌てた様子で俺の手を取る。
「二人の仲が悪いのは分かったから、落ち着いて!」
「別に、仲が悪いワケじゃないです。すげームカついてるだけです」
「仲悪いじゃん!?」
お嬢は、真っ直ぐに俺を見て。
困ったように、笑う。
その瞳に、嫌悪の色は全く無い。
どっちかって言えば、悪い事をした子供を見るような目だった。
しょうがないなぁ、って。
そんな目に、安心感を覚える自分自身に、嫌悪感を覚える。
「それで、どうして臣君はお姉さんの事が嫌いなの?」
「え?」
「理由だよ。理由も分からずに二人を遠ざけたのは失敗だったって分かったから、先にそれを明らかにして、解決しよう」
名案を思いついた、と言う風に手を打つお嬢。
こうして見ると、年相応の笑顔なのに。
この場の人間の、お嬢を見る目は、そう言うんじゃない。
尊敬出来る、大人を見る目だ。
…或いは、庇護してくれる、親への親愛の目。
吐き気がする。
自分だけで、生きていける自負はあるのに。
縋りそうになる自分が。
俺は、違う。
違うのに。
「言って良いんですかぁ?」
「うん。…大丈夫ですよね?お姉さんも」
「……ええ」
力無く頷く女。
俺は、それもまたイライラする、と思った。
「じゃあ遠慮なく。
その、全世界の不幸背負ってる、みたいな顔がムカつく。
事あるごとに自分が悪い、みたいな事言う割に、世間を責めてる目がムカつく。
全然まだ出来る事あるのに、考えを放棄して逃げてる態度がムカつく。
お嬢を煩わせるの分かってながら、甘えてるのがムカつく。
…他にもあるけど、大体そんなトコですかね」
指を折って説明する。
こうしてみると、少ないような気もする。
そんな俺の言葉に、傷付いたみたいな顔するのが、またムカつく。
「だってアンタ、親いるんだろ?俺らとは違う」
「え…」
「仲悪いとか、それが何?俺らなんて、親の仲良過ぎて空気みたいな扱いだったけど、ちゃんと生きてるよ?ラッキーだった所は否めないけど」
しゃべりながら、少し、納得する。
もしかすると、俺って、何気に家族好きだったのかもしれない。
「親死んだら、もう二度とやり直せないんだよ」
やり直せないなんて、やり直したいって思ってなきゃ、思えないだろ。
俺は不幸じゃない。
その自負があった。
でも、そう思わないと、生きていけなかったのかもしれない。
俺は、弱くないって言い聞かせて。
…そんなの、マサを馬鹿に出来ないじゃないか。
くっそ、ダセェ。
「わ、たし、は…」
俯く女。
俺は、思わず嘲笑を浮かべた。
自分自身に対してだ。
「臣君のぶわかっ!!」
「…へっ!?」
急に怒鳴られる。
何事かと思えば、お嬢が目を吊り上げて怒っていた。
何か、俺怒らせるような事言ったか?
首を傾げていたら、今度はお嬢が泣き出した。
「え、お嬢。ちょっと…」
「俺らとは違うって何?実は臣君、凄く気にしてた!?」
「えーっと、まぁ言葉の綾って奴ですよ、お嬢」
「騙されないよ!臣君って、いつも飄々としてるから分かりづらいけど…ごめんね臣君。やり直しは、もう効かないかもしれないけど、形は違うかもしれないけど、
私達、家族だから!」
「お嬢…」
思わず言葉を失った。
「臣君自身を見ない人なんて、ウチにはいないよ。臣君が、大人になって家を出て行っても、家族は此処にいるから。臣君は、一人じゃないよ!」
ああ、なんて言えば良いんだ。
とりあえず、したり顔で頷くマサがムカつく。
ああ、ムカついてばっかだ、俺。
「それから、お姉さん!」
「わ、私!?」
「臣君がごめんね!家族って言っても色んな形があるし、家族がいるからこそ辛いとか、そう言う事もあるんだと思う。勇気が出ない事もあるし、逃げたい事もあると思う。分かるなんて、おこがましい事言えないですけど…」
「わ、私は、別に…」
「だから、幾らでもお姉さんの良いように、私の事使って良いですからね!」
ついには女が泣き出した。
だから、嫌なんだ。
大人みたいな顔して。
全部背負い込んで。
俺の心、弱い所全部暴いて、的確に手を伸ばして。
「晴臣。早く諦めろ、楽になるぞ」
「はぁ?何、お前の方がお嬢の事分かってるみたいな顔してんの?」
「事実だろ?」
「冗談」
そうだな、諦めるよ。
お嬢は、こう言う人だ。
きっと、壊れるギリギリまで。
いいや。容量を超えても、弱い人に手を差し伸べ続ける。
それなら俺は、縋る人を蹴り落とすんじゃなくて。
手を伸ばすお嬢の腕に、手を添えよう。
少しでも、力になって。
壊れない様に、見守っていく。
そうしたらきっと。
お嬢の背中に、ただ負ぶわれるだけの子供じゃなくて。
隣を歩く、男になれるだろうか。
「マサ」
「…何?」
「俺、ロリコンで良いや」
「……晴臣」
「…冗談だよ」
不幸な顔をした奴は嫌いだ。
何の努力もしないで、潰れて行く弱い人間は。
もう一人の自分を、見てるみたいで。
手を伸ばせない弱い自分を、見てるみたいで。
だけど今日からは、少しは、受け入れても良いだろう。
目を逸らすのは、もうやめだ。
お嬢の隣にいたいなら。
俺を躊躇い無く家族だと言う、小さな女の子に感じた熱が幻でないなら。
きっと、大丈夫だから。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
何処までも、底抜けに優しい人。
桜の、妖精。
私の甘えを知って尚、彼女は笑う。
男の人が、私を責めるのを、私は納得して聞いていた。
その通りだと思った。
胸が痛くて、痛くて。
その痛みごと抱き締めて、彼女は笑う。
美しい、と思った。
強く輝く瞳。
迷いなく、私を受け入れてくれる瞳。
対する私は、何と弱く、醜いのだろう。
私を嫌う男の人は、親が無いのだと言う。
彼に比べれば、きっと私は、恵まれている。
そう、言いたかったのだと思う。
綺麗な、人。強い、人。
美しい女の子の側には、綺麗な男の人がいる。
お姫様の側には、王子様。
弱い私には、届かない世界。
羨んで、でも、羨む気持ちに蓋をし続けて来た。
だけど。
醜い私は、弱い私は、欲しいと思ってしまった。
「俺、なんかすっごいお嬢の事スキだわー」
「えっ、突然の愛の告白?」
「なーんて、うっそー。ホントは大っキライ」
「えっ、どっち!?」
愛おしいと。
熱情の孕む目で。
年齢差なんてそこにはなくて。
ただ、欲しいと訴えかける目。
あの目で、私を見て欲しいと。
逸らされる事のない瞳。
美しい輝きで。
姫でもない私は、王子様を欲する事は、出来ない。
分かってる。のに。
報われないの。
このままの私じゃ。
「あの」
「…え」
ふと、彼に似た男の人が、私を呼ぶ。
一見冷たい目の奥に、かすかな戸惑いの色を織り交ぜて。
「…晴臣は…兄さんは、難しい、と思う」
「っ」
「ああ見えて…本当は僕より、子供、だから…」
「…ごめん、なさい」
他人の口から明確に、難しいと言われると、恐ろしくなる。
大それた事を思った自分が。
「謝って欲しい訳じゃない。ただ…」
「?」
「お嬢様を、泣かせないで上げて欲しい。未来は、何も分からないけど」
「もっ、勿論!」
優しい人。
優しい人の周りには、きっと優しい人が集まるんだ。
私も、そうなりたい。
お姫様にはなれなくても。
せめて、その傍にいられる、そんな人になりたい。
「あっ、あの!」
「?どうしました?」
だからせめて、決意を。
「私、両親と、向き合って、みます」
「!」
一歩踏み出す、決意を。
「でも、もし負けてしまった時には……慰めて、くれる……?」
おずおずと、それでも確かに伝えれば。
桜の妖精は、まさにそれが真実であると訴えるかのように。
美しく、嬉しそうに、笑った。
「当然です!勝った時には、一緒に喜びますよ!」
「っ…あり、がとう…!」
傷付けたい訳ではないの。
彼女の事も、とても好きだから。
こんな、焦がれるような炎で、焼きたくはない。
知らないで欲しい。
汚い私。
それでも、初めて知った心を。
捨てる事が、出来ない。
「お姉さん頑張るって言ってるし、臣君も優しくしてあげてね?」
「善処しますよ」
棘のように、私の心を抉った。
貴方を。
「あの、私…十村麻子と言います。貴方達のお名前を、伺っても…?」
木下さん=第三のメインヒロイン麻子先生。
お分かりの方も多かったかと思います。
そして突然の、なんか微妙な恋愛要素。
次回からはまたもう少しほのぼの……だと良いな?




