31.少しだけ不穏な始まり
―桜舞い散る季節。
いよいよ、二年生が目前になって来た。
こうして桜吹雪を見つめていると、感慨深い気持ちになる。
本当に小学二年生になる時の記憶なんて、些細な物だ。
こうして、落ち着いた気持ちで迎えられるなんて、僥倖だ。
本来ならあり得なかった二度目。
全部、あます事なく、この目に刻みつけようではないか。
「おーい、何ボーッとしてるんだ?早く頼まれた物買って行こうぜ」
「ふっ、お子様には分からないんだね。このアンニュイさは」
「はいはい。分かったから、お前焼きそば持てよ」
焔が、遠慮なく私の手に焼きそばのパックを乗せて行く。
ちょっと!!
折角ノッてる所に、焼きそばはないんじゃないの、焼きそばは!?
恨みがましくジッと見ると、焔は鼻で笑った。
うおお、腹立つ…!!
「い、一応今日の主賓は私でしょ?何で私がパシられてるの?」
「それは親父に言えよ。俺のせいじゃないし」
「伯父さんに文句とは、何その死亡フラグ」
「分かってんなら文句言うなよ」
私は、その言葉に、大仰に溜息をついて見せた。
落ち着く為にも、現状について説明してみようか。
本日、四月三日は私の誕生日です。
で、近所の公園で桜祭りが開かれる日でもある。
折角だし、桜祭りを見に行きながら、誕生日パーティーしよう!と言う事で、いつものメンバーが集まった。
家族行事を死ぬ程大事にする伯父さんのお陰で、お父さんも参加出来ている。
いつもは殆ど家にいないし、正直嬉しい。
桜祭りと言っても、何かイベントがある訳でもなく、ただ公園内にたくさん屋台が展開していて、そこで何か買ったり、後は桜を見る位しかする事はない。
人通りは結構多いけど、まぁ穏やかなお祭りだ。
結構広いスペースあるし、のど自慢大会の一つでも開催したら良いと思うんだけど、多分企画者がいないんだろう。
「そう言や、林檎飴も頼まれてたよな」
「えぇー?まだ買うの?誰だそんな物頼んだのは」
「千歳」
「よっしゃ、すぐ行こう早く行こう!」
「…現金な奴…」
臣君雅君の双子と、私と焔のぺアが、何故か買い出し係をしている。
私主賓!と思わないでもないけど、メンバーを考えれば仕方ないんだろう。
でも、私だってのんびりビール飲みながら桜見たい!
あっ、今未成年だからビール飲めなかった!
……うう、ちょっと切ない…。
「てか、このお祭りって結構混むんだね。知らなかったよ」
「だな。毎年普通に家でパーティーしてたしな」
「ねー」
焔は、平均より背が高くなっているからまだ楽そうだけど、平均より低めの私は結構辛い。
お父さんはかなり背が高いけど、お母さんは背が低い方だ。
前世は高い方だったけど、遺伝子に前世は影響しないだろう。
出来れば高くなりたい。切実に。
そうすれば、こんな人混みなんぞに負けたりしないのに。
「瑞穂?大丈夫か?」
そう思ってたら、サッと手を引っ張られた。
誰かと思えば焔だ。
まぁ、他に誰もいないんだけど。
少しばかり複雑な気持ちで、私は笑みを返す。
「へーきだよ。ちょっと流されそうになっただけ」
「強がんなって。昔は知らないけど、今のお前小さいんだから」
「チビとは失敬な!」
「言ってないだろ…。ほら、手離すなよ?」
「うん…」
何だか感動する。
今の焔、超紳士だよ!
何処に出しても恥ずかしくないって、この事を言うんだね。
私は納得しながら頷く。
「あっ、屋台見っけ!」
「お、あったか?」
「うん。でも持てる?手離さないと」
「……危ないだろ」
「繋いでる方が危なくない?」
「駄目」
「えぇー?」
片手に焼きそば、片手に焔。
これじゃあ、林檎飴は持てない。
焔も何か色々持ってるし、手繋いでられなくない?
私が間違ってるの?
何故か良く分からないけど、焔はムッとした顔をしている。
これはあれか。
別に片手が塞がれてようが、林檎飴くらい持てる!と言う主張か。
男の子だもんね。
出来ない、なんてカッコ悪くて言えないか。
「すいません!林檎飴ひとつ下さいな!」
「おっ。お嬢ちゃんエライねぇ。お兄ちゃんとお買いものかい?」
「チッチッ!おじさま!私がお姉ちゃんですよ!」
「あはは!そうかそうか」
「それで、もし袋があれば、頂きたいんですけど」
「ああ、手がいっぱいだもんな。よし、持ってきな!」
「ありがとうございます!!」
スムーズに袋を入手した私。
サッとそこに焼きそばのパックと林檎飴を入れる。
完璧だ。
これで手を繋いでいられる。
そうだ、焔!
これで君の望みは果たされるぞ!
「……」
そう思ったのに、だからどうして不機嫌そうなの!?
私、何か間違えた?
「焔?どうかした?」
「…お前さ、すぐ年上ぶるよな」
「そこが不満だった?ごめん!そうだよね、焔だってお兄ちゃんだもんね!」
何しろ夏ごろには、妹が生まれるのだ。
焔も立派なお兄ちゃん。
そりゃ、子供扱いは嫌がるよな。
そう思ったのに、これも微妙な答えだったらしい。
えぇー!私何を求められてるの?
難しすぎるよー。
「ちょっとー、何が不満なの?」
「全体的に。瑞穂、すぐ子供扱いしてくるしさ」
「そんなにしてるかなぁ?」
「してる。知ってるだろうけど、俺中学生なんだぞ、中身」
ムーッと目を細める姿はまさに子供だ。
そんな事言われても、私からすれば中学生だって子供なんだよ。
いや、決してババァではないけれども。
「分かるけどさぁ、難しいんだよ。そのさじ加減」
「そこは頑張れよ」
「えぇー?」
それは最早私に息をするなと言っているようなものだよ!
どうやって言い訳したものかと悩んでいたら、双子の声が聞こえて来た。
「あー、お嬢と若、手ぇ繋いでる!良いなー」
「お嬢様、荷物をお持ち致しましょう」
と、同時に手が軽くなる。
雅君が持ってくれたようだ。
ふと見ると、焔の方は臣君が持ってくれている。
流石は新・高校生!
「ありがとー、助かっちゃった!」
「いえ、この程度当然の事です」
「そうそ。気にしないで下さい」
「いいこいいこー!」
頭を撫でてやろうとすると、二人は身体を傾ける。
幼女が青年の頭を撫でる。
傍から見たらなかなかに怪しい光景だな。ウケる。
「じゃあ戻ろうか!…?焔?」
「お前さー…」
「?」
焔の顔が、果てしなく微妙そうに歪められる。
えっ、私また何かしたの?
ボケたつもりもないのにそんな顔されると傷付く。
「晴臣と晴雅も子供扱いなんだな…」
「ん?んんー……そうだね」
考えてみれば確かにそうだ。
いや、まぁ精神的には年下だしね。
仕方ない仕方ない。
「なら仕方ないのか…?」
焔は、そう小さく呟くと、押し黙ってしまった。
いたいけな心を傷つけてしまったのだろうか。
そんな事言われても、何処に地雷が埋まってるか分からないのに、避けようがないじゃないか。
「あれ?」
「どうかしたの、臣君?」
ふと、臣君が足を止める。
視線は、ある大きな桜の木の方へ向いている。
何かと思って尋ねると、臣君がその桜を指した。
「あそこの女の子、何してんのかなーと思いまして」
「女の子?」
私達の視線が、一斉にその桜の木へと向かう。
すると、確かにそこには一人の少女が立っていた。
透けるような、真っ白なワンピースを着た、儚げな美少女。
カバンも持たずに、桜を見るでもなく、ぼうっと人の波を眺めている。
楽しそうに行き交う人々の中で、あの子だけが、重い空気をまとっていた。
「確かに。観光って感じでもなさそうだけど…」
「ですよねぇ。何してるのか聞きに…」
「晴臣。興味本位で声をかけるな。迷惑だろう」
「何だよ。マサは気にならないのか?」
「どうでも良い」
そう言って、雅君はさっさと歩いて行こうとしてしまう。
慣れっこな臣君は、やれやれと肩をすくめると、すぐに後をついて行く。
私もそれに付いて行こうとして、その前にと、もう一度少女の方に目をやって。
固まった。
「?瑞穂?」
手を引いていた私が足を止めたからだろう。
黙っていた焔が、怪訝そうに私の名前を呼んだ。
その声で、一気に私は背筋に汗が湧き出るのを感じた。
「なっ、何でもない!」
目を離したのは一瞬だった。
なのに、もう一度見ると、既にそこに少女はいなかった。
現実感の無い程、真っ白なワンピース。
ワンピースに負けない程、綺麗な白い肌。
際立つ、艶やかな黒髪。
……えっ、幽霊?
心臓がバクバクと脈打つ。
いや、脈打つなんて生ぬるい。
身体の中から花火でも打ったかのようだ。
何を隠そう、私は幽霊が苦手だ。
怖いもん。
人智を超えた何かとかあり得ない!
えっ、お前転生したじゃないかって?
それとこれとは話が別なんだよ!!
怖いよ!怖いんだよ!!あんだーすたん!?おーけい!!
私は、反射的に焔の手を強く握る。
温かい。
私は、生きてる。
ちゃんとここに、生きてる。
「!?ど、どうしたんだよ、瑞穂…」
「ううん。本当に何でもないよ」
「???」
私は、足早に皆の所へ戻って行った。
騒がしいけど、愛おしい此処。
実感してたくて、私はずっと焔の手を握りっぱなしだった。
「良く分かんないけど…安心するなら好きなだけ握ってろよ」
「ありがとう!」
お化けなんてないさ!嘘さ!
誰にも言えないけど、誰か保証して!ねぇ、お願いします!!
楽しいはずの誕生会兼お花見は、ちょっと小さな影を落としたのでした…。




