30.小二に向けて
「瑞穂とー」
「焔のー」
「二年生対策会議ー!ワーパフパフパフーッ!!」
「って、何だよこの茶番は!?」
突然振られた割には、素晴らしいノリツッコミを見せる焔。
流石は、我が永遠の相棒である。
ヘラヘラと笑ってそう言ったら、頭を叩かれた。痛い。
「だって、そろそろ小学二年生になるんだよ!」
「ああ、まぁそうだな。で?」
「察しが悪い!二年生で起こるイベントを二人で復習しておこうって話だよ」
「俺が聞きたいのはそう言う事じゃないって分かってるよな?」
本気でイライラした時の顔をしておる…!
まったく、ツンデレも極めると面倒な事だ。
…だから睨まないで!!
「年末年始とか、面白いイベントありそうだったのに、何もなくてつまらなかったから、せめてここで盛り上げたいなーと思って…」
「別に盛り上げとかいらないんだよ!普通にしろ、普通に」
「えぇー」
「いい加減にしろよ、精神年齢三十代」
「そこは言わない約束だよ、おとっつぁん」
「誰がお父さんだ」
「えへへー」
何だかんだと文句を言いながらも、付き合ってくれる焔が大好きだ。
ツンデレじゃなくて、実はアレだろうか。
面倒だとか言いながらも、何だかんだで面倒を見てくれる素晴らしい存在。
即ち…ダルデレ!
ん?違ったっけ?
「痛いっ!急に何!?何で叩くのー!?」
「お前、また余計な事考えてただろ」
「そっ、そんな馬鹿な!ちゃんと将来の事を考えてただけだよ!?」
「ふぅーん?」
「うわ、あからさまに疑ってる…!」
いやはや、流石にこれ以上ふざけるのは問題か。
私は溜息をついて、表紙にマル秘と書かれたノートを取り出す。
まぁ、普通に机の一番上の引き出しに入れてるし、見る気になったら、私の部屋に入った全ての人に見る機会があるんだけどね。
こう言うのは気分だ。
そのノートの最初の方のページをめくる。
一番最初には、幼稚園、ちーちゃんと出会う、と書いてある。
次が、双子と出会う、小学一年、ゆーちゃんと出会う、などである。
それぞれ下には、本筋が書かれてある。
要するにこのノートは、日記でもあり、漫画との違いを比較する為の表でもあるのだ。
だから、人によっては見られても良いし、私は特に思いつかないけど、悪用される危険性がある人には見せられない、マル秘のノートと言える。
あとは気分だ。
「二年生は、特に何か起こる予定あった?」
「えーっと、二年生は……」
焔は私の問いに、軽く目を細める。
それにしても、流し見してただけの漫画の過去編の内容まで、良く正確に覚えてるよなぁ。
自慢じゃないが、私は良くネタに使う有名漫画の有名なシーンくらいしか覚えていない。
幸いな事にと言うか、この世界について書かれた漫画、『ハーレム×ハーレム』以外は、出版物なんかに、私の記憶との違いは殆どない。
つまり、思い出せなくなったら、普通に立ち読みするなり買うなりして確認すれば良い訳だ。
でも、『ハーレム×ハーレム』は、この世に存在しない。
焔の記憶を頼る他ない訳だけれど、こうも細かいセリフまで正確に覚えているなんて、若干引くレベルだ。
いや、尊敬するレベルだ。
まだ小一だから、大差ないけど、高校生辺りになったら、私、ボロ負けしてるんじゃなかろうか。
くそう、それは悔しいな。
今からちゃんと勉強しておこう。そうしよう。
「麻子先生と、親父の出会いイベントだな」
「先生…と、伯父さん?えっ、不倫フラグ?」
「違う!」
反射的にドン引いた私は悪くないと思う。
まさか、あの伯母さんに首ったけの伯父さんが不倫だなんて…。
そう思ったけど、焔は全力で否定した。
その様子に、私は胸を撫で下ろす。
良かった。血を見る所だった。
主に、お義姉様を裏切るだなんて信じられませんわ!とか言って騒ぐだろう、お母さんの手によって。
「じゃあ先生ってどんなキャラ?焔の未来を決定付ける重要なサブキャラとか?」
「…一応メインヒロインだよ」
「……熟女専?」
「最後まで話を聞け!」
いや、だって先生がメインヒロインって…。
最近じゃあ、結構少ないと思うのは私だけでしょうか。
サブヒロインだよね、せめて。
「と言う事は、今はまだ高校生くらい?」
「えーっと、来年度で中三だな」
「臣君雅君の一つ下だね」
「ああ」
って事は、計算上ストレートで教員免許取って、先生になる…って事だよね?
えーっと、焔が高校入学と同時に物語がスタートする訳で、その時点で先生として登場するんだもんね?
サブヒロインなら、二年生とか三年生の最後の方の登場でも良いけど、メインヒロインなら、最初からいないとおかしいし…。
この就職難の時代に凄い事だ。
「凄いね、新任で焔の先生になるなんて」
「来年度、親父との出会いイベントって言ったろ?」
「え?うん、言ったね」
「それで親父が麻子先生を気に入るんだぞ。大体、後はどんな流れになるか分かるだろ」
「…つまり、」
「そう言う事」
げんなりとした様子で溜息をつく焔。
私も溜息をつきたくなる。
要するに、そのアサコ先生とやらを気に入った伯父さんが、焔の嫁に!とか言い出して、先生になる意思に関してはどうか知らないけど、とりあえず焔の側に行けるように、赤河家の権力使ってねじ込んだ、と。
「えげつな…。それって、先生的にはOKだったの?」
「親父との出会いイベントで、麻子先生は親父に惚れる訳」
「好きな人の言う事なら、って事??」
「んー、本編じゃヤンキー先生って感じで、そんな大人しい印象じゃないんだけどな。多分そう言う事だと思う」
「うへぇ……」
同じ女性として、ちょっと同情する。
あの伯父さんの事だから、既婚な事は堂々と公表どころか、目の前で急に妻自慢とか始めるから、すぐ分かるだろうけど、いざ身を引こうとしても、あの伯父さんが、気に入った人から距離を取るなんてあり得ない。
好きな人を諦めも出来ず、あの無邪気な笑顔で息子をよろしく!なんて言われたら、まぁ断れないですよね。
それなりのクソ野郎ならまだしも、伯父さんはああ見えて気も利く。
何よりイケメンだ。
いや、顔は無視した所で、家族馬鹿な所を除けば、隙のない良い男なのだ。
諦めるとか、新たに恋する以外の手段はないと思う。
「か、可哀想…」
「ああ。あの親父の見てくれに騙されるんだよ」
「いや、それは違うと思うけど?」
「え?」
焔はキョトンとしてる。
イベント内容聞いてないけど、あの突飛な伯父さんに惚れるのだ。
それなりに格好良い登場の仕方をするに違いない。
つまり、見てくれに騙されるような形ではないはずだ。
まぁ、それは生まれてから今まで伯父さんと付き合ってきた経験から弾きだした結論な訳ですが。
…えーと、焔の中の伯父さんは、そんなに顔だけって事ですか。
伯父さんには絶対に言えない、残酷な事実を知ってしまった。アウチ!
これは、私の胸の中に秘めておこう。
あと、もし未だにSPさんが付いているとしたら、是非お口にチャックしておいて下さい。
雇い主の心の平穏の為です。
今まで一度もSPさんなんて見てないんだけどね!
いるっぽいから祈っておくよ!
「そ、それはともかくとして、詳しい内容教えてもらって良い?」
「ああ。詳細は分かんないけど、家庭の事情でグレた麻子先生が、親父狩りをしてる時に、俺の親父…赤河緋王をターゲットにするんだ」
「何と言う命知らず」
「だろ?まぁ、で案の定ボッコボコにされて、麻子先生は更生。それから教師を目指す…みたいな話だった」
「へぇ…伯父さん、どうやって説得したの?」
「さぁ?麻子先生のセリフは出るけど、親父のセリフはなかったんだよな」
「…過去編なんてそんなものか…」
折角の活躍シーンなのに、セリフないとか…。
もしかすると、作者か編集者は、伯父さんが嫌いだったのだろうか。
…あり得るな。
イケメンで金持ちとか、嫉妬の対象でしかないわ。
ちょっと変人だけど、もしかするとこの性格設定も、悪意の結果かもしれない。
「それっていつ起きるか分かる?」
「受験直前みたいな話だったはずだから…秋か冬じゃないか?」
「うーん…あやふやだね」
状況も変わってるし、伯父さんも、ただその先生を助けてあげるだけで終わるかもしれないし、そもそもそんな出会い自体起きない可能性も捨てきれない。
私としては、知っちゃった以上、報われない恋をする女性を助けてあげたい、と言う気持ちはあるけど、基本は焔の意見に従おうかな。
カリカリと、ノートに起こる可能性のあるイベントを書き込むと、焔の方に視線を戻す。
「焔は今回はどうしたい?」
「かぐやと違って、そんなに焔に執着するキャラじゃないし、どっちでも良い。ただ、親父が好きって言うのは、微妙な気持ちだから、変えられるなら変えたい…かもしれないな。
――瑞穂は?」
一拍空けて、焔が質問を返す。
私も同じくらいの間を空けてから、笑みを返した。
「そうだね。出来るなら助けてあげたいかな」
「そうか。よし、それじゃあ来年度は、親父の毒牙から先生を守るって方向で!」
「オッケー!じゃあ、気合い入れていきましょーか!」
「おうっ」
パンッ!とハイタッチをかわす。
どう動こうが、何だか主要人物と関わってしまう私達。
それならそれなりに、望む未来に手を伸ばしても良いだろう。
私達は、こうしてここに、初めて運命に立ち向かう決意を固めたのだった。
……なんて、そこまで重い話じゃないと思うんだけどねっ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ところで、双子って今年受験じゃなかったっけ?」
「えっ、若忘れてたんですか?ひっどー」
「当然、受かっておりますよ。焔様」
「らくしょーでしたよ!」
「内部受験でしたからね」
「高校生だ!二人が高校生になる!後で写真撮らせてー!いいなー!」
「えっ、何でそんなはしゃいでんの?」
「ロマンじゃないか、ロマン!爽やかブレザー!ご飯三杯いける!」
「お嬢様が望まれるのであれば、今から…」
「いやいや。入学式までおあずけでしょう、そこは!」
「何ですって!?臣君の鬼畜ー!」
「我慢した方が、何倍も美味しく頂けますよ、お嬢」
「はっ!臣君、君は天才か!我慢するよ、私!!」
「素晴らしい!流石俺らのお嬢!」
「…あの犬みたいなのがお前等のご主人様で良いのか…?」
「何を仰いますか、焔様。あの方以上の主は、少なくとも僕にはいません」
「へ、へぇ……」
「何はともあれ、来年度もよろしくね!」
因みに、麻子先生のフルネームは、十村麻子です。
瑞穂さんは、ちゃんと漢字までこの間に尋ねています。